第9話 決闘
アリサとルイズに頼まれ、テラスで紅茶とケーキの準備をするはずだったけど、いつの間にやらギーシュと決闘をするはめになった。
一番の被害者であるシエスタは体を震わせ泣いているので、僕は優しく抱きしめ、落ち着くまで背中をポンポンと叩いている。
「で、タローはあたし達が居ない間に何をしているのかしら?」
「タローは何しでかしてんのよ! タバサに聞いたわよ!」
背後から聞き慣れた声がしたので、ゆっくりと振り返ると“ニッコリ”と言う擬音が聞こえそうな笑顔をしているアリサと、タバサと言う子に話を聞いて怒っているルイズがいた。
とりあえずアリサをどうにかしないと……と思い、立ち上がろうとすると、シエスタがしっかりと僕の服を握りしめていた。
仕方なく立ち上がるのを諦めると、アリサよりも先にルイズが怒った声で怒鳴る。
「なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!」
「決闘?」
「そうよアリサ。このバカ使い魔……じゃなくて、タローは貴族に決闘を挑まれて、それを受けたのよ!」
アリサの質問にルイズは答えながらも、ドンドンと興奮して行く。
「メイジに平民は絶対勝てないの! なのにタローったら……殺されちゃうわよ!」
「決闘って言うのは戦うだけなの?」
「戦うだけって……相手は貴族、つまりメイジなの。だから魔法を使ってくるのよ!」
そのルイズの言葉を聞いてもアリサは特に気にせず、僕と僕にしがみついているシエスタの側にやってきた。
「そこの給仕の子、お名前はなんて言うのかしら?」
「し、シエスタです……。タローさんを怒らないであげてください。私が悪いんですから……」
シエスタの言葉にアリサは僕の顔をチラリと見る。
本気で怒ってる訳じゃなさそうなのは、なんとなく感じ取れるんだけど……。
「タローを怒らないのは無理だけど、シエスタがここで起きた出来事を話してくれれば、随分と違うんだけど……」
「話します、話します。だから私を庇ってくれたタローさんを許してあげてください」
シエスタはアリサの言葉に涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ここで起きたことを一生懸命話し始める。
それを聞いてアリサは頷き、ルイズは余計に怒り出す!
「何よ! ギーシュが悪いんじゃない! それをシエスタのせいにして……私がガツンと言ってやるわ!」
「ルイズ、その役目はタローの仕事よ。あまり能動的に動かないくせに、こういうトラブルは持ってくるんだから……」
ギーシュの行動に対してアリサだけでなくルイズも怒っている。
「同じ貴族なのに怒れるんだね」
「当たり前よ! 貴族っていうのはただ偉いだけじゃ駄目なものなの!」
「最初はルイズもそんな感じだった気がするんだけど……」
僕の呟きはルイズには聞こえなかったみたいだが、アリサとシエスタには聞こえたらしく、2人とも苦笑いをしている。
プンプン怒っているルイズに連れられ、僕達はヴェストリの広場にやってきた。
まぁ、簡単に説明すると中庭なんだけど、先ほどテラスに居た生徒や、噂を聞きつけた生徒たちで広場は人で溢れかえっていた。
「諸君! 決闘だ!」
僕らの姿を見ると、ギーシュが薔薇の花を|掲《かか》げた。
それを見て生徒たちから歓声が上がる。
そんな歓声にギーシュは腕を振って応える。
「とりあえず逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」
ギーシュは薔薇の花を弄りながら余裕の表情で言ってくる。
「それとレディ。貴女の使用人を傷つけることをお許し下さい。これは貴族を侮辱した罰を与えなければならないのです」
アリサに向かってギーシュは恭しく頭を下げる。
それを見てアリサは微笑む。
「ええ、罪には罰を与えなければいけないわ。それが誰であってもね」
「流石はレディ、お話が良く分かる」
「そう、誰でもね」
アリサの最後の呟きはギーシュには聞こえなかったようだ。
そしてギーシュは薔薇の花を振り、花びらが一枚、宙に舞うと甲冑を来た女戦士の形をした人形になった。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
「別になんでも良いけど、それは壊しても良いのかな?」
僕の質問にギーシュは大きな声で笑う。
「はっはっは。中々笑わせてくれるね。壊せるならどうぞ壊してごらん。僕の二つ名は“青銅”。青銅のゴーレム“ワルキューレ”がお相手するよ」
その言葉と同時にワルキューレが僕に向かって突進してきた。
そして殴りかかってくるんだけど……遅いよね。
その場で攻撃を避けていると、ふと思い出す。
「あ、バットないんだった」
「全くタローは仕方がないわね……」
僕の呟きが分かっていたかのように、アリサが一振りの日本刀を僕に向かって投げる。
その日本刀はアウレオルスがアリサに作った2つの品のうちの1つ。
|天壌の劫火《アラストール》とアリサが自分の2つ名を与えた、アリサ専用の武器……いや、兵器。
「ちゃんと壊さず返しなさいよ」
「うん、ありがとうアリサ」
|天壌の劫火《アラストール》を受け取った瞬間、僕の左手にあるルーンが光った。
そして身体が羽のように軽く……なるわけもなく、今までと変わらない。
でも、身体の中で何かが一生懸命に身体能力を強化しようとしている気がする。
それとは別に、左手に握った日本刀が自分の身体の延長のようにしっくりと馴染む。
まるで……バットを持った時のようだ。
「まだ倒れないとは褒めてやろう。そして武器を持ったからには、手加減することは出来ないよ」
ギーシュは中々攻撃の当たらない僕にイライラしており、武器を持ったことを切っ掛けに、さらに魔法を唱える。
そして新たに“ワルキューレ”が6体現れ、僕に向かって攻撃をしてくる。
「タロー!? アリサ、なんでタローに武器なんか渡したのよ! あれじゃ加減してもらえないじゃないの」
「ルイズ、落ち着きなさいよ。まず、タローに攻撃があたってないのは分かるでしょ」
「う、うん。で、でも……」
「タローに何も持たせない方が、加減が効かなくて危ないのよ。それにあたしの物を壊すことは絶対にしないから、アレぐらいが丁度良いのよ」
アリサの言葉をルイズは理解できておらず、シエスタと一緒にオロオロしっぱなしだ。
早めに終わらせたほうが安心してもらえそうなので、アリサが|天壌の劫火《アラストール》を振る様に一閃する。
シュ
そんな音が聞こえた後に、7体のワルキューレは同時に上半身と下半身がお別れした。
そしてその太刀先にあった塔も若干ズレた!?
冷静を装いつつも周りをゆっくり見渡すが、塔がズレたことに気が付いた人は居なそうだ。
「ギーシュ。ワルキューレは全部壊したけど、まだやるかい?」
「な、何なんだその魔剣は! レディの力添えがあって壊したからって、調子に乗るんじゃない!」
わめきながらもギーシュは新たに7体のワルキューレを作り上げた。
僕は呆れているアリサに|天壌の劫火《アラストール》を手渡しで返す。
「これじゃ納得行ってくれないみたいなんだけど、どうしよっかね?」
「はいはい、タローはそのまま避けてなさい。あたしが何とかしてあげるわよ」
「うん、流石アリサ! 頼りになるね」
「え、ええ。ま、任せておきなさいよ!」
アリサはそう言うとギーシュに向かって声を上げる。
「ギーシュ、あたしの武器は下げたから、貴方が納得の行く武器をタローに渡しなさい。貴族なら無手の相手をしないわよね」
「あ、ああ、当然だとも! その魔剣がなければ、そんな平民すぐに倒してくれる」
そう言って一枚の花びらが一本の剣に変わり、ギーシュが僕に向かって投げる。
「さあ、それを受けたからには、もう逃げられないぞ。魔剣の加護もなくやられると良い!」
そして指を鳴らし一斉にワルキューレを僕に向かわせる。
|天壌の劫火《アラストール》程ではないが、この武器も手に馴染み剣士のような動きが出来そうな気がする。
でも、身体を勝手には動かさせない。
あくまでこの体は僕の身体だ!
「行くよ!」
言葉を発して僕は動く。
一歩でワルキューレ達の中心、剣の間合いに入り込み一閃する。
今度はワルキューレだけを切り、もう一歩踏み込みギーシュの眼の前に現れ、目の前の地面に剣を刺す。
「ひぃ!」
デバイスからボールを取り出し、優しくギーシュに触る。
「はい、タッチアウトだよ。まだやるかい?」
優しく触れたつもりだったけど、周りの空気の動きはそうもいかず、ものすごい勢いでギーシュの周りを吹き抜けた。
ギーシュの髪の毛がオールバックになり、服も後ろに伸びたようになった事に気がつくと、ギーシュはへなへなと地面に座り込んでしまう。
そしてガックリと肩を落とし、涙に濡れた顔を僕に向け、震えた声で呟く。
「ま、参りました……」
その呟きを聞いた生徒たちは騒ぎ始める。
「ぎ、ギーシュが負けたぞ!」
「あの平民、何なんだ!?」
騒ぎはどんどんと大きくなって行くんだけど、そんな事よりもギーシュに手を差し伸べる。
その僕の手を見てギーシュが戸惑っている。
「決闘は終わりだろ。いつまでも座ってないで立ちなよ」
「あ、あぁ……。でも、色々な問題で立ち上がれないから、しばらくそっとしておいてもらえるかい?」
立ち上がれない理由……腰が抜けたのか、それとも地面のシミが原因なのか……。
そっとしておこう。