第10話 シルフィード
ギーシュとの決闘も終わり、手を差し伸べたが座ったまま動けないギーシュが居た。
動けない理由はともかくとして、言って置かなければいけないことがあるね。
「ギーシュ、シエスタに謝ってくれるかい? 貴族も平民も関係なく、1人の人間としてギーシュは失礼なことを言ったんだからさ」
「あ、あぁ。少し落ち着いてみると、僕が少し言い過ぎたような気がする」
「そのプライドだけでなく、しっかりとした考えを持てばもう少しいい男になるよ」
「平民にそれを言われちゃ……いや、違うな。えっと、僕に勝った勇者よ。君の名前を教えてくれ」
ギーシュが突然改まって名前を聞いてきた。
こんな敗北で少しは成長したのかね?
「僕の名前は一之瀬太郎……
「
「タロー!」
ギーシュの疑問の声を遮って、アリサが後ろから抱きついてきた。
ジェスチャーでギーシュに悪いなと伝えると、気にするなと返してくる。
そのまま抱きついてきたアリサを正面に回し、横抱きにしてルイズ達の元へ歩いて行く。
「ちょ、ちょっとだけ心配したんだからね」
「うん、ありがとう」
「ほ、本当にちょっとだけだから別に良いわよ」
「それでもありがとうね、アリサ」
顔を赤くしてそっぽを向くアリサを抱きしめ、驚いて座り込んでいるルイズとシエスタの元にたどり着く。
「ただいま」
「お、おかえりなさいタローさん。凄い強いんですね!」
「タロー、アンタ剣なんて使ったことあったの!? もしかしてアリサの使用人じゃなくて護衛なの?」
シエスタとルイズが各々話しかけてくるので、ゆっくりとアリサを下ろして質問に答える。
「強いとかは良く分からないんだけど、剣は使ったことないよ。料理で包丁握ったぐらいかな?」
「それなら何であんなに使いこなしてるのよ!」
「多分これじゃない?」
ルイスの言葉に僕は左手のルーンを見せる。
「何もなってないじゃないの」
「うーん……そっか! アリサ、
「いいわよ」
そしてアリサから
それを見て驚く3人。
「な、何よこれ?」
「何だかよくわからないですけど、凄いですね」
「シエスタは分からないとしても、ルイズも分からないの?」
「う、うん。普通の使い魔のルーンとは違うと思っていたけど……」
アリサの言葉にルイズは首を傾げる。
シエスタは凄いと言ってるけど、意味は分かってなさそうだし……。
「まぁ、気にしない気にしない。とりあえず身体に起きた変調は理解できたからさ」
「変調!?」
「ちょっと、タロー。大丈夫なの?」
「タローさん平気なんですか?」
「うん、平気だよ。3人とも心配してくれてありがとね」
3人の言葉に感謝をすると、僕のお腹がグーと鳴る。
ちょっと照れくさいので頭をかく。
「アンタ……真面目なのが長続きしないわね……」
「もぉ、タローは仕方がないわねー。ケーキ以外にサンドイッチとかあったかしら?」
「マルトーさんに頼んで、美味しい物作ってもらいますね。テラスで待ってて下さい」
シエスタは急いで調理場の方へ走って行った。
それを見送った僕たちはテラスの方へ歩いて行く。
もう周りのギャラリーたちも解散したようで、コソコソとギーシュが飛んで部屋に戻っていく姿が見えた。
あの後、コック長のマルトーさんから大量の美味しい料理を作ってもらい、満腹と満足に満たされた状態で、いつもの使い魔小屋(僕命名)でゆっくりしていると、シルフィードが僕のそばにやってきた。
「ん、シルフィードか。どうしたんだい?」
「キュイキュイ」
「あー構わないけど、ご主人様の許可は貰っているのかい?」
「キュイー」
僕の質問に悲しそうに首を左右に振る。
「まぁ、バレずに付いて行けば良いか。足で僕を掴んで飛べる?」
「キュイ!」
「それなら、その方法でお願いね。僕は存在を希薄にしてるから」
そしてそこに居るけど居ない……なんて感じになり、シルフィードの足を触る。
シルフィードは一瞬驚くけど、僕を優しく掴み飛び立ち、ご主人様……タバサの部屋へ行く。
しっかし、吸血鬼ってそんなに怖いものなのかねー?
「キュイ!」
「今行く」
シルフィードの声で窓が空き、タバサが上に乗る。
そして飛び立つんだけど、一体どこに行くんだろうなー?
しばらく飛んでいるとシルフィードが飽きたのか、タバサに向かって話しかける。
「お姉さま、吸血鬼は危険な相手ですわ! 太陽の光に弱い点を除けば人間と見分けがつかないし、先住の魔法は使うし……」
震えながら怖さをアピールしてるけど、タバサは動じずに本を読んでいる。
「おまけに血を吸った人間を手足のように操ることだってできるんだから! いくらお姉さまでも危険だわ!」
うーん、吸血鬼って言っても世界によって色々違うんだなー。
一緒なのは血を吸うことだけか。
……蚊? なんて言ったらすずか達に怒られそうだね。
そんな事を思っていると、僕を掴むシルフィードの手が緩む。
もしかして忘れられた?
とりあえず足に掴まり、目的地まで頑張るとしますか。
宮殿っぽい建物にたどり着き、タバサが降りて中に入って行く。
僕とシルフィードはお留守番なので、ぼーっと待っている。
正直、シルフィードが僕に全く話しかけてこないので、本当に僕のことを忘れたんではないかと思う。
しばらく待つと、タバサがやってきてシルフィードに跨り出発した。
うん、今回は僕のことを掴みもしなかったから、絶対忘れてるよね。
目的の村が僕の視力で目視出来る距離になると、タバサの命令でシルフィードが地面に着地させられる。
この時にちゃんと飛び降りて避けないと、僕が潰されるんだよね。
「化けて」
華麗に着地した僕を放置してタバサがシルフィードに命令しているんだけど、化けてってなんだろ?
しかもシルフィードは凄い嫌がっている……。
「化けて」
「あのさ……嫌がってるから止めてあげたら?」
「!?」
嫌がっているのが可哀想で、思わずタバサに声をかけたんだけど、僕って存在消してたんだよね。
思い切り驚いた表情のタバサが僕を見ている。
驚きながらも僕に向かって杖を突きつけているのは流石だね。
「待った、僕は敵じゃないって。シルフィードに頼まれて付いてきたの」
「タロー……」
「た、タロー!? あ、そ、そうなのねん」
絶対忘れてたよねこれ。
それよりもタバサが僕の名前を知っている方が気になるけど。
「なぜ付いてきたの」
「シルフィードに頼まれたからって言ったよ。シルフィードとは友達だから、そのご主人様のタバサとも友達さ」
「理由になってない」
「友達を助けるとか手伝うって理由いらないものだよ」
僕は両手を上げたままタバサと話をする。
「貴方は変わった人……」
「良く言われるねそれ。後、出来れば名前で呼んでくれると嬉しいな。友達同士は名前で呼ぶものだって、知り合いが力説してたからさ」
「……タロー」
「うん、よろしくねタバサ」
タバサは表情は変わらないが戸惑いつつ、僕の名前を呼ぶ。
そして僕が呼ぶ名前を聞くと杖を下ろす。
「タバサじゃなくてシャルロットの方がイイ?」
僕が宮殿で聞いたもう一つの名前を言うと、タバサはまた杖を向ける。
「お気に召さないみたいだったね。ごめんごめん。よくアリサに余計なことを言うって怒られちゃうんだよね」
何だか視線が強いので、頭を下げると小さくため息が聞こえた。
顔を上げると表情の変わらないタバサがそこに居た。
「私……今はまだタバサ。だからその名前は呼ばないで欲しいし、秘密にして欲しい」
「うん、分かったよ」
僕の返事に小さく頷くと、タバサは視線をシルフィードに向ける。
「シルフィードが喋ることも秘密の方が良いのかな?」
「うん、内緒」
「イイよ。どっちにしても言葉は分かるから気にしないさ」
「タローは使い魔の言葉分かるの?」
タバサは僕の言葉に首を傾げつつ質問をする。
そんなに変わったことなのかな?
「よく耳をすませば何を喋ってるか分かるよ」
「……聞こえない」
「まぁ、僕だけなのかもしれないけどね」
一生懸命耳を澄ましているタバサに対して苦笑いしつつ、僕はシルフィードを撫でた。
それが嬉しいのか「キュイキュイ」鳴いているけど、やっぱりタバサは意味が理解できずに首を傾げている。
ちゃんと「もっと撫でろ。お姉さまは竜使いが荒い!」って言ってるんだけどなー。