第11話 吸血鬼
タバサが鳴き声からシルフィードの言ってることを理解するのをやっと諦めたようで、僕の方を向いて話しだす。
「タローは秘密守れる?」
「ん? 基本的に頼まれたら断らないけど、何かあるの?」
僕の言葉にタバサは無言で頷く。
「まず、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「さっき、ガリアに行った時もタローは一緒に居た?」
「えーっと……ガリアってのがどこだか分からないけど、神殿みたいなところには行ったよ」
タバサは僕の目を見ながら僕の言葉を真面目に聞いている。
僕もしっかりその瞳を覗きこむ。
「中には入った?」
「いや、シルフィードの横にいたんだけど、シルフィードも僕のこと忘れてるみたいだったし……」
「でも、私の名前を知ってた」
「それは僕の耳が良いから聞こえただけだよ。他にも操り人形とか七号とか聞こえたけど、言わないほうがいいでしょ」
僕の言葉にコクンと頷く。
そしてタバサはしばらく悩み、口を開く。
「私はガリアの
「うん、それで?」
「私の任務を手伝って欲しい」
「イイよ」
「…………」
「……?」
タバサが僕の返答に驚いている。
わざわざ自分の立場も、今回の任務も僕に伝えてのお願いだから、僕が返事に悩むこともなのにね。
「本当に良いの? 相手は吸血鬼、危険な相手……」
「シルフィードの足に掴まってる時に、シルフィードが何だか説明してたから何となく分かるよ。でも、退治って滅ぼさなきゃダメ?」
「吸血鬼は人間の敵。だから滅ぼさなければ駄目」
そしてタバサは今回の任務の難しさを説明してくれる。
僕が理解できたのは犠牲者が9人で、その中には王室から派遣されたガリアの正騎士も含まれる。
トライアングルクラスの火の使い手だったが、到着して三日目の朝に村の広場で死体となって発見された。
「分かった、気をつけるね」
「タローは絶対理解してない……」
僕の返事にタバサは呆れたように呟く。
うーん、おかしいなー?
「それで、何か作戦とかあるの?」
「最初はシルフィードにやらせようと思ったけど、タローが居るならお願いする」
タバサはマントを脱ぎ、杖と合わせて僕に渡してくる。
「タローが騎士。私、従者」
「僕がメイジのフリをするの?」
「そう」
そしてタバサは難しい話に飽きて寝ているシルフィードに向かって話しかける。
「あなたは近くで待機。呼んだらすぐ来て」
「はいなのー。怖い思いしなくて良いならお任せなのねん」
そして目を閉じて本気で寝始めるシルフィード。
まぁ、ここまで飛んでくれたんだから疲れてるだろうし、休める時に休んでおいてくれないとね。
タバサと2人でのんびり歩いて、サビエラ村にたどり着く。
村人たちが僕達を見ると、心配そうな声でヒソヒソと話し始める。
「今度派遣されてきた騎士さまは大丈夫かしら?」
「あまり強そうに見えないが、あんなんで大丈夫なのか?」
「呆れた。子供を連れてなさるわ」
「こないだいらした騎士さまのほうが、なんぼかお強そうじゃ」
「んでも母ちゃん、その騎士さまも吸血鬼にやられちまったじゃねえか」
「こないだの騎士さまは三日。今度は二日でお葬式かねえ……」
ため息まで聞こえるけど、タバサは気にせず歩いて行く。
まぁ、タバサは僕の従者ってことだから、僕が先に歩かなければいけないんだけどね。
「騎士なんてあてにはならねえ」
1人の農夫がそう言うと、周りにいる村人も頷く。
「俺たちの手で吸血鬼を見つけるんだ」
「……となるとやっぱり、あのよそ者の婆さんが怪しいと思う」
「あの枯れ枝のように痩せこけて小さな婆さんか。確かにしわくちゃで悪魔みたいな感じだな」
タバサはそんな言葉に全く反応を示さず、僕を村長の家へ誘導する。
そして1階の客間に通されると、白い髪と髭の人の良さそうな村長が深々と頭を下げてきた。
「ようこそしらっしゃいました。騎士様」
「ガリア花壇騎士、タローです。状況を説明してくださいますか?」
この村へ来る途中、タバサとの打ち合わせにあった花壇騎士と名乗る。
花壇騎士って何だかほのぼの感があるんだけど、騎士だから強いんだろうなーなんで頭の中で思っていると、村長の説明が終わってしまった。
チラリとタバサの顔色を窺うけど、表情の変化はない。
そして僕の視線に気がつくと、僕の耳元で囁いてくる。
「村長の身体を調べさせてもらって」
「なんで?」
「
「でも、そんな気配ないから平気だよ」
タバサの呟きに僕は返事をすると、タバサは僕の瞳を不満気に覗きこむ。
多分理解してもらえてないんだろうな……。
それよりも気になる気配があるんだよね。
「村長さん、この家に他に誰かいますか?」
「え、ええ。5歳になるエルザという娘がいます」
「申し訳ないですけど、呼んできてもらえますか?」
「は、はい。少々お待ち下さい」
僕の言葉に村長は頷き、奥の部屋に行く。
村長が部屋からいなくなるとタバサが僕に対して不満気な瞳を向ける。
「なぜ、身体の確認をしないの? 屍人鬼か確認しないと私達が危険」
「うーん、タバサって気配って分かる?」
タバサの言葉に僕は質問で返すと、不満気だがコクリと頷く。
「僕はそう言うのに結構敏感なんだ。幽霊とかも認識できるぐらいにね。そんな訳で、村長さんは人間の気配だよ」
「え?」
「それで吸血鬼の気配って今まで何度も感じたことがあるから、似た気配はすぐに分かるんだよね。それは……」
僕の言葉の途中にドアが開き、村長が金髪の少女を連れて戻ってきた。
この子がエルザ……かな?
僕とタバサの視線がエルザに集まると、怯えた表情を浮かべるんだけど、この気配は間違いないね。
「この子だよタバサ」
「え!?」
僕の呟きに驚きの声をタバサが上げると、村長とエルザの視線がタバサに集まる。
気合をあまり入れずに、加減をしながら僕はガッツポーズを取る。
グッ
それにより村長は意識を失い、エルザは動けなくなる。
タバサとエルザは驚きの表情を浮かべるが、僕は気にせずエルザの目の前に移動する。
「え……な、なにが?」
「演技はもうイイよ。吸血鬼のエルザ」
「い、いや……。た、助けて……」
「ごめんね。僕は友達に吸血鬼いるから、気配だけで直ぐに分かっちゃうんだ。それに……ほら」
僕の言葉に演技を続けるエルザの口に、僕の指先を切って
その瞬間、エルザは光悦の表情を浮かべる。
「もっと……もっとください……」
エルザの言葉にタバサは驚きの表情を浮かべ、僕の方を向く。
「僕の血液って吸血鬼にはとんでもなく美味しいらしいんだよね」
「意味不明」
僕の言葉に呆れたようにタバサが呟く。
まぁ、それは置いておこう。
「エルザ、聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「は、はい……。なんでも答えますから、もう少し血を……血液を下さい……」
「それじゃ、吸血鬼って血液を吸ってないと生きられないのかと、ここで9人も殺人を犯した理由が知りたいな」
「タロー。吸血鬼は人間の敵。殺人に理由なんて……」
タバサの言葉を僕は手で制して止める。
「分からないから聞いてみるんだよ。さ、話して」
「吸血は血液じゃなくて体液なら……汗でも涙でも、なんでも良いの。ただ、成分が薄いから必要な回数が増えるの」
「へー、そうなんだ。それで吸血鬼は絶対に血液を吸わないと生きていけないの?」
「そんな事はない。栄養価の高い嗜好品と同じ。正直この村に来て半年吸ってなかったけど、何も身体に問題はなかった」
そうなんだーって、タバサも興味あり気に聞いてるね。
意外と吸血鬼とコンタクトをとる方法ってなかったのかな?
「じゃあ、ここでの殺人理由は? ただの食料としてしか人間を見てないの?」
「そんな簡単な理由じゃない! 私の両親はメイジに殺されたんだ!」
僕の言葉に声を荒げてまでエルザは否定する。
そして過去を語り始めた。
エルザと両親は人里離れた場所でひっそりと生活していた。
しかし、中々老いて行かないエルザ達家族に、近隣の村から吸血鬼ではないかと不安の声が上がる。
その村からの進言によりメイジが派遣され、両親はエルザだけを逃がすことに成功したが殺されてしまった。
それから30年間、1人でトボトボと旅を続け、人間に対して復讐の機会を待っていた。
1年前のある日、この村の村長に拾われ、復讐を始めたとのこと。
「そうだったのか……。でも、エルザ。全ての人間が酷いわけじゃないのは、村長と暮らしていて分かったんじゃないかな?」
村長はエルザを本当の家族のように接していたんじゃないかな。
この客間にもエルザの似顔絵が飾ってあったり、家の外だが敷地内には子供の遊ぶためのブランコなどがあった。
「そんな事……そんな事……」
「僕は結構幸せだし、他人に対して強い恨みを持ったことがないから説得力はないかもしれないけど、復讐だけに囚われたら勿体無いんじゃないかな?」
「でも、私は……」
僕の言葉にエルザだけでなく、タバサも気持ちが揺らいでいる気がする。
名前を替えているぐらいだから何かあるんだろうけど、そう言うのは人には話すことじゃないんだろうな。
「もし良ければ僕達と一緒に来ない? 大量の血液はあげられないけど、たまにで良ければ少し分けて上げるよ」
「!? タロー……それは!」
「吸血騒ぎがなくなれば、タバサの依頼もある意味達成じゃない? エルザが村から離れれば解決でしょ」
僕の言葉にタバサは納得してなさそうだね。
でも、そんな事は気にせずにエルザに話しかけよう。
「僕はこの世界の人間ではなく、他所の世界から“サモン・サーヴァント”で召喚されたんだ。だからエルザが持つメイジへの怨みとか、人間に対する復讐の対象外かなーって……屁理屈かな?」
「別の世界!?」
僕の言葉にエルザは驚きの声を上げる。
タバサも表情を変えずに驚いているな。
「そうだよ。もし、この世界が嫌なら僕が帰る時に一緒に連れて行ってもイイよ。ただ、向こうには吸血鬼を束ねる一族とかいるから、色々と面倒だったり決まりごとが多いけどね」
「おにいちゃん……貴方はいったいなんなの?」
「そう言えば自己紹介をしていなかったね。僕の名前は一之瀬太郎……
「「
タバサとエルザの質問がハモる。
「それはそのうちね。さ、行こうよエルザ。復讐と言う狭い世界だけでなく、色々と楽しい世界を見よう」
そして僕はエルザに手を差し伸べる。
その手をエルザは……。