第12話 微熱のキュルケ
「ただいまー」
「どこほっつき歩いてたのよ! 私の使い魔なんだから、ちゃんと近くにいなさいよね!」
学園に戻るといきなりルイズに怒られた。
数日ぶりに帰ってきたのがいけなかったのかなー?
「……タロー」
アリサが僕を呼ぶ声がするが、いつもの燃えるような雰囲気ではなく、絶対零度を感じさせるような……。
「その……タローの手を握っている少女は、どこから連れてきたのかしら」
僕の視線が下に向くと、サビエラ村から僕の手をずっと握って離さないエルザがいた。
結局、吸血鬼騒ぎは上手くタバサが解決したことになった。
そしてタバサから、エルザの親戚を知っているから、そこに連れて行くと言う説明。
村長とエルザは涙ながらに別れる事となったが、あのままあの村にいることは出来ないからね。
「それで……説明はまだかしら?」
「お兄ちゃん?」
「!?」
エルザが不安げに僕の手を強く握り締めると、アリサの雰囲気が余計に怖くなる。
多分僕のことを理解しているんだけど、感情ばっかりはどうにもならないんだろうなー。
「えっと……出来ればあまり人のいないところでの説明のほうがありがたいんだけど……」
「じゃあ、あたしの部屋に来なさい」
「アリサ、これから夕食が……って、もう良いわよ。夫婦喧嘩は他所でやりなさい」
ルイズは呆れて食堂に1人で行ってしまった。
なんか申し訳ないなー。
とりあえずアリサの部屋で僕は順を追って説明する。
全部話し終えるとアリサは深い溜息を吐く。
「まぁ、そんな事だろうと思ったわ」
「それにしては怒ってたじゃないか」
「あたしに何も言わずに行動するのがいけないのよ!」
そう言ってプイッとアリサは横を向いてしまった。
「大体、タローの血液が美味しいとかあたしは知らないわよ! ……帰ったらすずかを問いたださなきゃ!」
うん、もう怒ってなさそうだから大丈夫だね。
そんな事を思っていると、僕の服の裾をエルザが引っ張っているので、そっちに顔を向ける。
「どうしたのエルザ?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんって夫婦なの?」
首を傾げながらエルザが僕に問いかける。
そして、アリサは顔を真っ赤にしながらも、僕に視線を向けてなんて答えるか期待している様な……。
「うーんっと、僕らの世界の法律では男性は18歳、女性は16歳にならないと結婚できないんだ。僕達はまだ16歳だから、結婚できるのはアリサだけなんだよ」
「私って既に30年以上生きてるけど、それなら結婚できるの?」
「そうだね。その前に向こうへ行ったら夜の一族にご挨拶に行ったり、戸籍を作って貰ったりと色々やらなきゃいけないことが多いけど、それさえ終われば結婚は出来るかな」
しかし、エルザの姿だと5歳児にしか見えないから、戸籍は5歳で作られそうだけどね。
昔、さくらさんから夜の一族は適度な吸血がないと成長が遅いって聞いたことがあったっけな。
だからエルザのその姿は、本当に吸血をほとんどしていない証拠なのかもしれない。
「じゃあ、お兄ちゃんが18歳になったら、私が結婚してあげるね」
僕が思考の海で泳いでいるとエルザがそんな発言をする。
うーん、子供特有の大きくなったら~みたいなものなんだろうな。
「そうだねー。僕が18歳になるにはまだ……」
「ダメよ!」
僕が軽く流そうとしたら、アリサが言葉を遮って来た。
思わずアリサを見つめる。
「既にタローは売約済みなのよ。ただでさえ面倒なタヌキがいるんだから、ぽっと出は入る隙間はないの」
腕を組んで仁王立ちになるアリサをエルザが見上げる。
目に見えない火花が飛んでいるようだけど、気のせいだよね。
そんな中、扉の向こうにフレイムの気配がした。
呼んでる気がするので2人に気が付かれないようにそっと出る。
「どうしたのフレイム?」
「きゅるきゅる」
「はいはい、キュルケが呼んでるんだね。部屋に行けば良いの?」
「きゅるきゅる」
フレイムの案内でキュルケの部屋に入ると、室内は真っ暗だが、僕の視力ではキュルケがベッドに腰掛けているのが見える。
「お邪魔します」
「ようこそ。扉を閉めてこちらにいらっしゃい」
キュルケがそう言い、指を鳴らすと部屋の中に立てられたロウソクに、1つずつ火が灯っていく。
そしてそのロウソクは道となっていて、キュルケの側がゴールのようだ。
「そんなところに突っ立ってないでいらっしゃいな」
僕を誘惑するようにベビードールだけを着たキュルケが言う。
それを見て思わず頭をかき、溜息をついてしまった。
「キュルケ、その手の誘惑は僕に通じないよ。むしろ無防備なアリサを毎日見ている方が、刺激が強くてキツイよ」
「なっ!」
僕の言葉にプライドを傷つけられたのか、キュルケは顔を赤くして怒った表情になる。
「それと確か“微熱”のキュルケだったよね。タバサが教えてくれたから、程々にそういう事が好きなのも知ってるんだよ」
「た、タバサと話をしたの?」
「うん。タバサとは友達だから、その友達のキュルケとも友達でいたいんだけど……どうかな?」
「え、あ、うん。タバサの友達ならあたしの友達よ」
タバサの名前を出され毒気を抜かれたようにキュルケは頷く。
それを見て僕はキュルケの部屋を後にする。
「もう少し自分を大切にね。それじゃ、また明日」
「え、えぇ……」
部屋を出て扉を閉めると、フレイムが待っていてくれた。
でも、何だか怯えているというかなんというか……。
フレイムの視線の先を見ると、アリサとエルザだけでなくルイズも立っていた。
「キュルケの家は……フォン・ツェルプストー家は、ヴァリエールの領地を治める貴族にとって不倶戴天の敵なのよ! それなのに何であの女の部屋にタローが行っているのよ!」
「いや、呼ばれたから普通に」
チラッとフレイムに視線を送り今のうちに逃げるように伝える。
フレイムは小さく頷くと、ちょこちょこと必死に逃げて行く。
これで被害は被らないだろう。
「呼ばれたからって行くバカがどこにいるのよ! それじゃまるでサカリのついた野良犬じゃないのー!!」
ルイズは両目を釣り上げて声を震わせ怒っている。
とりあえずルイズをどうにかしてもらおうとアリサに視線を送ると、顔を真っ赤にして俯き指遊びをしている。
「……アリサ?」
「タローがそんなに意識してくれてただなんて……アレだけ一緒に住んでたら無防備というか……タローの前だから無防備な……」
「アリサさーん」
「使い魔小屋で寝かせないで、あたしの部屋で寝かせたらもしかして……」
「お姉ちゃん……お兄ちゃん呼んでるよ」
アリサの前で一生懸命手を振ってみるけど全く反応がないので、エルザがアリサの服の裾を引っ張っている。
ルイズはそんなアリサを見て毒気を抜かれたのか、怒りが冷めてきたようだ。
「その手のことは私が言うことじゃなかったわね。アリサ、しっかりタローに首輪つけときなさいよ」
「タローに首輪……でも、それはすずかの担当……」
そして一通り頭の中が落ち着いたのか、アリサが我に返って顔を上げる。
そうすると丁度アリサを見ていた僕と目が合う。
「た、タロー!? いつからそこに居たのよ!」
そしてワタワタと手を動かし、真っ赤な顔を両手で隠す。
「うー、ちょっと今日は無理! あたしは部屋に帰るから、話は明日。エルザ、行くわよ」
「はーい」
そう言って僕に背中を向けて自分の部屋にエルザを連れて歩いて行く。
その背中にルイズは声をかけた。
「アリサ、明日は虚無の曜日だから街に出かけてタローの剣を買いに行くわよ」
「えぇ、分かったわ。それじゃおやすみ!」
僕達の方を見向きもせずに早足でアリサは去って行く。
エルザは僕達に手を振っていたが、強制的に引っ張られて行っちゃった。
「はぁ、あんなアリサ初めて見たわ」
「僕も見たことないね」
思わずルイズと顔を見合わせてしまったけど、あんなアリサも可愛いと思うんだよね。