第13話 デルフリンガー
虚無の曜日、馬に乗って3時間ほど走った場所にあるトリステインの城下町へ4人で来た。
「それにしてもアリサは乗馬も出来るのね」
「えぇ、これぐらいは普通に出来るけど……タローがまさか馬に乗れるとは思わなかったけどね」
僕とエルザは一緒に馬に乗って、普通に2人に着いて行ったんだけなんだけど……。
「お兄ちゃん手綱も握らず凄いよねー」
「ん? だって馬にお願いして走って貰っただけだし」
「「いや、それはおかしいわ」」
別に馬と意思疎通ぐらい普通なのにね。
それにしても臭くて狭い街だなーなんて思って横を見ると、アリサは小さく頷く。
「タローが言いたいことは分かるけど、ここが中世と同じぐらいの文化レベルなら、この街の状況は普通なのよ」
「へー、そういうものなんだ」
僕とアリサがのんきに話していると、先を歩くルイズが振り向く。
「ほら、ぼーっとしてないで気をつけなさいよ。スリが多いんだから! いくらタローでも魔法を使われたら盗られるかもしれないでしょ」
「ん? メイジは貴族だけなんじゃないの? 貴族がスリとかするの?」
「タロー逆よ。貴族は全員がメイジだけど、メイジの全てが貴族じゃないんでしょ」
僕の疑問にアリサが答え、それをルイズが頷いている。
「そうよ。勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったり……色いろあるのよ」
「ふーん、大変だねー」
「ホント、面倒なのね」
僕だけでなく、エルザも他人事のように呟く。
そんな呟きをしつつも、エルザは周りのお店や看板を楽しそうにキョロキョロ見ている。
「エルザ。随分と楽しそうね」
「うん。今まで見たことがなかった場所だし……。その……お姉ちゃん達と手を繋いでるのも嬉しいから」
僕とアリサの間で両手を繋いで歩いているエルザは、楽しそうに言う。
その表情を見てアリサは目を細め優しく微笑んでいる。
「あったわ! ここよ、ここ」
しばらく歩くとルイズは狭い路地裏にある、剣の形をした看板が下がっているお店を指さして言う。
石段を上がって羽扉を開け、みんなで店の中に入る。
店内は薄暗いが、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、大きな甲冑もある。
店の奥でパイプを加えていた50絡みの親父が、僕達を胡散臭そうに見ていたが、ルイズとアリサの服装を見て驚く。
「貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
「客よ」
主人のドスの利いた声にルイズは腕を組んで言い返す。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を!?」
「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」
ルイズの言葉に主人は僕をジロジロと眺める。
その視線に映るのが嫌なのか、エルザは僕の後ろに隠れてしまった。
「剣をお使いになるのはこの方で?」
「そうよ。私は剣のこと分からないから、適当に選んで頂戴」
主人はいそいそと奥の倉庫に消えたけど、鴨がネギを~とか言ってたよね。
その声は僕以外には聞こえなかったようで、みんな大した反応をしていない。
そしてしばらくすると細身の剣を持って来た。
「レイピアね」
アリサが呟く。
その呟きを聞き取った主人は説明し始める。
「そうです。昨今は宮廷の貴族の方々が、下僕に持たす際に良く選ばれる品でさあ」
何だか無駄に綺羅びやかな模様が付いていたりして、高くて邪魔そうだな。
むしろ金属バットとか木製バットはないものかなー?
僕が店内をウロウロしていると、ルイズがさっきの言葉から質問をしている。
「貴族の間で下僕に剣を持たすのが流行ってる?」
「へぇ、なんでも最近このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしておりまして……」
「盗賊?」
「そうでさ。なんでも“土くれ”のフーケとか言うメイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくっているって噂でぇ。貴族の方々は恐れて下僕にまで剣を持たせる始末でぇ」
しかし、ルイズは盗賊に興味はなく、レイピアを見ている。
「もっと大きくて太い剣が良いわ」
確かにレイピアだと爪楊枝……は言い過ぎとしても、細いから簡単に折れそうだよね。
ルイズの言葉に主人は溜息をつきつつ、奥から大剣を持って来た。
その時、他にお客さんが入って来たけど、出された剣が鏡のような両刃の刀身で、良く切れそうな光を放っていたので、みんなはそれを見ている。
ただ、ところどころに宝石が散りばめられて居て、邪魔そうというか剣じゃない気がするなー。
「店1番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げてほしいものですな」
「す、すごい剣ね。おいくら?」
ルイズと主人のやり取りはお金の相場が分からない僕にも、何となく分かる掛け合いだった。
何だか高名な錬金術師が作ったから高いとか、その金額だと家が買えるとか……。
その掛け合いに飽きて、店内を見渡そうとすると、1人の少女がルイズの横に移動してきた。
「その剣はダメ。儀式用で実用性がない」
この、聞き覚えのある淡々とした口調は……。
「タバサ!?」
「そう。出来ればタローには実用性の高いものを持たせるべき」
ルイズの呼びかけに相変わらずの返事と、そして自分の意見を言う。
ん? タバサが自分の意見を言う?
「珍しいわね。あたしがルイズ達が出かけたのを教えたら、慌てて追いかけようとしたのも変なのに、自分の意見を言うなんて聞いたことないわ」
「キュルケまで?」
そこには入り口で腕を組んで胸を主張しているキュルケも居た。
はて、なんだこのメンバー?
そして相変わらずルイズとキュルケが言い合いをし始めたので、それは放置。
タバサはちゃんと教えたと僕の方を見ているんだけど、これは褒められたいのかな?
「タロー、エルザが面白いもの見つけたわよ」
アリサが呼ぶ声がしたので、そっちに向かう途中、タバサの頭を軽く撫でる。
「ほら、この剣喋るのよ。インテリジェンスデバイスの仲間かしら?」
「おうおう、俺っちに気が付く小娘に、妙な貴族が沢山とは、この店も長くねーな」
カタカタと柄の辺りを動かして、サビの浮いた刀身の細い薄手の長剣が喋っている。
「「剣が喋ってる!?」」
「うるせえデル公! お客様に失礼なこと言うんじゃねえ!」
ルイズとキュルケの驚きの声と、それより大きな主人の怒鳴り声が店内に響く。
「ね、お兄ちゃん。面白い剣でしょ」
「そうだね。ありがとうエルザ」
そう言って頭をなでると嬉しそうに目を細める。
空いている左手でデル公と呼ばれた剣を持ち上げてみると、左手のルーンがいつもよりも熱く輝いている気がする。
「……おでれーた。俺っちを片手で軽々と持つだけでなく、てめぇ“使い手”か!」
「“使い手”って何?」
「お嬢ちゃんは分からねーだろうけど……って、おめぇも首かしげてんじゃねえよ!」
デル公の言葉にエルザは質問するけど答えてくれない。
それでも何だか面白そうな剣だね。
「ルイズ、僕はこのデル公が欲しいんだけど」
「ちがうわ! 俺っちの名前はデルフリンガー様だ!」
「うん、分かったよデル」
「デルって、更に短くなってるし……」
何だかションボリと柄が動いた気がするけど、気のせいかな?
「デル。タローには言っても無駄なのと、名前を短く呼ぶのは愛称と言って、タローにとっては親しい証よ」
「おっ、そうなのかい? それならデルでも悪くねぇな……」
アリサの説明にデルが納得したようだ。
結局その剣を買うことになったが、ここでもまた一悶着が起きる。
誰がこの剣の代金を払うのかというところだ。
ルイズは自分の使い魔のだからと言って当然払おうとするが、タバサがプレゼントするといって自分も出そうとする。
仕方がないのでキュルケの値切りにより、タダ同然の値段を2人で折半して買うこととなった。
いや、むしろあれは貰ったというべき値段までの値切りだったかと……。
恐るべきは色仕掛けってところかな?
「タローは、あーゆーのが良いの?」
「大丈夫よエルザ。昨日の夜もスルーしているんだから、タローは平気よ」
エルザの言葉にアリサは頬を赤らめながら言う。
何を思い出しているんだろう?
「ミス・アリサ。その辺のことを詳しく教えて欲しい」
「タバサ!?」
タバサが興味深そうにアリサに聞いている。
その言葉に思わずルイズが反応するけど、いつもの無反応具合から言ったらビックリするよね。
「そのミスって言うのを無くしたら教えてあげるわよ。タローの友達ならあたしの友達だしね」
「……アリサ」
「うん、タバサよろしくね。あたしの部屋でゆっくり話しましょ」
タバサとアリサが仲良く話してるけど、何の話なのかな?
その2人でシルフィードに乗って帰っちゃったから、取り残されたルイズとキュルケが再度ギャーギャー何かを言い合っている。
うん、そんな2人は放おって置いて、エルザと一緒に馬に乗って学園に帰ったんだけどさ。
「おいおい、俺っちのこと忘れてねーか?」
「うん、お兄ちゃんと馬に楽しく乗ってるんだから、大人しくしてて」
「そりゃないだろ!」
「ウルサイから鞘に入って」
デルの呟きにあっさり答えるエルザ。
そして鞘に仕舞われてしまい、大人しくなるデル。
まー買い取ったは良いけど、扱いが可哀想なことになりそうだなー。