第14話 土くれのフーケ
日課の早朝トレーニングだけど、今日はいつもと違っていた。
「ねえ、この柄を外したらダメ?」
「当たり前だ! それがねぇと、俺っち喋れねーじゃんか!」
僕の問いにデルが答える。
それなら……。
「デルってバットになる気はない?」
「そのバットってのが何だか分からねーが、今の使われ方を見る限りは、嫌な気しかしねーな」
またもや僕の問いに否定的な言葉をデルが返す。
何が不満なんだろうな~?
「いや……タローが“使い手”なのは分かってんだけどよ、この使い方は剣のプライドを砕くぜ」
「そうなの? とりあえずこれで2万回……っと」
デルと喋りながらノルマにした2万回の素振りを終了する。
まぁ、自己修復が終わっていないバットの代わりに、新たに手に入れたデルでスイングをしていたんだけどさ。
「まぁ、縦に振ろうが横に振ろうがタローの好きだけどよぉ。これは剣の使い方じゃねぇだろ」
「うん。夜に話をした野球の素振りだよ」
デルを購入して使い魔小屋で色々と話しをした。
野球のこととか“使い手”の事とかね。
デルが言うには僕に刻まれたルーンによって、あらゆる武器や兵器を自在に扱える使い魔……それが“使い手”らしい。
つまりこの身体の中に居る違和感はコレということなんだね。
「それにしてもタローは“使い手”とは関係なく、ナニモン何でぇ?」
素振りによってサビが綺麗に取れて、ピカピカの剣になったデルが呟く。
何が言いたいのか良く分からないので、思わず首を傾げてしまう。
「俺っちのサビを取ったりとか、他の使い魔と普通に喋ったりとか……」
「ん? 普通じゃないのかい」
「んなことあるかい!」
デルは大声でツッコむけど、何がなんだか?
まぁ、気にせず厨房の水瓶を満タンにしたりと、いつものお勤めをデルと話をしながら済ませたよ。
朝食を摂るためにみんなで食堂に向かうと、食堂では教師たちが大騒ぎをしながら話し合いをしている。
「どうしたのかしら?」
アリサがそう呟くので、教師たちの会話を良く聞いてみる。
「この学園の宝物庫から“破壊の杖”ってのが盗まれたみたいだよ」
「何でアンタは教師たちの会話が聞き取れるのよ……」
ルイズがジト目で僕を見るけど、他の内容を聞き取るかな。
「盗んだのは“土くれ”のフーケで、犯行声明が刻まれてたんだってさ。なんでも塔が斬られたようにズレていて、宝物庫のあった場所が侵入可能だったらしいよ」
はて、塔がズレていた?
何だか思い当たる気がするけど……。
「ねえ、ルイズ。宝物庫のあった塔って、どこの塔のこと?」
「ん? えっと……タローが分かりやすく説明すると、ギーシュと決闘した広場から見えたはずよ」
ってことはやっぱり……。
「タロー、また何かしたのね」
僕の心を読んだかのようにアリサがジト目で呟く。
「えっと……ほら、ギーシュと決闘した時に|天壌の劫火《アラストール》を使ったでしょ……」
「なるほどね。故意じゃないけど責任を取っておいた方が良さそうね……」
全部話さなくてもアリサは理解したようで、ルイズに耳打ちを始める。
アリサの説明を聞いていると、ルイズもジト目で僕を見始める。
そしてアリサとの話が終わると、2人して深い溜息を吐く。
「ごめんね」
「もう、済んだことは仕方がないわ。とりあえず先生方の所へ行きましょ」
「そうよ。タローのフォローはあたしの役目だしね」
ルイズの言葉で教師達の話し合いをしているロフトへ移動する。
その横を女性が小走りで追い抜いて行く。
「ミス・ロングビル? 急いでどうしたのかしら」
「とりあえずあたし達も行きましょ」
そしてロフトに辿り着くと、コルベールさんがロングビルさんに興奮した様子でまくし立てている。
しかし、ロングビルさんは落ち着き払った態度で話を始めた。
「朝から急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして宝物庫にフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」
ロングビルさんの説明に髭の老人が頷く。
「仕事が早いの。ミス・ロングビル」
僕がアリサを見ると、小声で学園長のオスマンさんと教えてくれる。
言葉に出してないのに良く分かるなー。
「で、結果は?」
「はい。フーケの居場所がわかりました」
そしてロングビルさんが話を始める。
聞き込みによって近くの森の廃屋に入って行った黒ずくめのローブの男を見たとの情報を得て、その廃屋がフーケの隠れ家ではないかと言う。
その場所は徒歩で半日、馬で4時間と説明するけど……。
「距離が微妙ね。朝から調べたんじゃ間に合わないわよね」
僕だけが聞き取れるぐらいの小さなアリサの呟き。
アリサを見ると首を傾げつつ、ロングビルさんを訝しげな目で見ている。
そんな中、コルベールさんが王室に報告しようと言うと、オスマンさんが怒鳴る。
「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれたのは、魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」
ロングビルさんがこの答えを待っていたように微笑んだ。
当然僕だけでなくアリサも気が付いているね。
他の人は気が付かず、オスマンさんは咳払いをして話を続ける。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは杖を掲げよ」
しかし誰一人として杖を掲げず、教師達は困ったように顔を見合せている。
そんな中、前にルイズが出て杖を掲げた。
「ミス・ヴァリエール!?」
シュヴルーズさんがルイズに気が付き声を上げた。
それによってオスマンさんを含めた教師全員の視線がルイズに集まる。
「何をしているのです! 貴女は生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」
「誰も掲げないじゃないですか。それならば私がと思い杖を掲げさせて貰いました」
シュヴルーズさんの言葉にルイズは真剣な表情で答える。
そんなルイズの横にキュルケとタバサが並び、同じく杖を掲げた。
「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」
「心配」
キュルケはつまらなそうに、タバサは表情を変えずにそう言う。
それを見たルイズは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう……2人共……」
そんな3人の様子を見てオスマンさんは笑う。
オスマンさんはアリサへ視線を送ると、それに気が付いたアリサはコクリと頷く。
「そうか。では、頼むとしようか」
オスマンさんはタバサが|騎士《シュヴァリエ》の称号を持っているとか、キュルケの魔法が強力とか教師達の説得に入っている。
そしてアリサが行くと言うと、教師達の反対の声は一斉に静まる。
アリサの炎はコルベールさんは体験済みだし、他の教師には伝わっているようだね。
「この4人に勝てるという者がいるなら前に一歩出たまえ」
オスマンさんの声に教師達は一歩も動けない。
そして、僕はナチュラルに除外されてませんか?
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
「「「杖にかけて!」」」
オスマンさんの言葉にルイズとタバサ、キュルケが同時に唱和した。
アリサはスカートの裾をつまみ、恭しく礼をしたので、僕もとりあえず頭を下げた。
貴族の礼儀って良く分からないなー。
「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地に着くまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってやってくれ」
オスマンさんの言葉にロングビルさんは頭を下げた。
「もとよりそのつもりですわ」
その表情は僕達に見えない。
アリサだけが鋭い視線を送っているけど、ロングビルさんは何を考えているんだろうね?
まぁ、考えるのは僕じゃなくてアリサだから、僕は僕の出来る事をしよう。