005 他の転生者とお話するみたいです
アディリナちゃんが転生者だと判明しましたが、どうするべきなんでしょう? もし本格的に勝ちを目指しているのなら、僕とは敵対関係になるのは明らかです。いや、僕自身はどうでもいいんですが、アディリナちゃんがこちらを敵と認識したら、それ自体はどうしようもないですし。
……うーん、原作知識を持っているかどうかが最大の問題なんですよね。もし持っていたとしたら、少なくともなのはちゃんが原作改変ノート(仮)で3,000,000分変わっているわけだから、近くにいる僕を問い詰めてくるでしょうし。逆に持っていなかったら、異様に大人びた子というだけなので、精々疑問を持たれる……あれ、結局どうやっても疑われることに変わりはないのかな。でも、小学1年生から始まって、さらに家族とのトラブルがあるって言う重い話はそうそうないだろうし、僕と同じ何も知らない立ち位置な気はするんだよね。ならもう素直に話しちゃっても大丈夫かなぁ。
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一晩悩みましたが、結局素直に話すことに決めました。どうせ襲われる可能性があるのなら、びくびくしながら生活するのは嫌です。問題は、いつ、どうやって切り出すかなんですよね。時間自体は結構あるんですよね。授業の間の休み時間、放課後……(とりあえずしばらくの間は、午前中で帰るらしい。5月から午後も授業が入ってくる)。お昼はお弁当を持ってきて全員で食べる。仲良くなれるように、という配慮だろう。そんな訳で、帰る前に捕まえて話をするのが一番いいだろう。授業の間に伝えておけば先に帰られることもないだろうし。
授業中なう。まあ授業といってもただの自己紹介ですが。ここでしっかりと聞いておけば、話をするときにとっかかりができる……かもしれないので聞き逃さないようにしています。それにしてもみんな元気だねぇ。あ、次が僕の番ですか。
「清水達也です。海鳴市に住んでいて、好きなことは本を読むこと、嫌いなことは運動です」
みんな好きなアニメ(ア○パ○マ○とか)を言ったりしていますが、僕はアニメはなのはちゃんの付き合いで見ていただけなので自己紹介で言うほど好きではないのです。その後は、質問に対して適当に答えていればすぐに終わりました。
「アディリナ・バニングス、私も海鳴に住んでいるわ」
気付けばアディリナちゃんの番になっていました。聖祥が海鳴市にあるだけあって、海鳴出身の子は結構な人数がいます。
「それから、私のお姉ちゃんが1組にいるけど、間違えないでね」
最後に、どこかいたずらっぽくそういって席に着く。1組に姉妹がいるのか。なのはちゃんと同じクラスだから、もしかしたらすぐ会うことになるかもしれないな。んー愛称を言わなかったのはある程度親しくなるまで言うつもりがないのか、それとも僕みたいにアディーちゃんって言われるのが嫌なのか。……まあどっちでもいいか。
その後も自己紹介は続いたが、飛びぬけて大人びているのは僕とアディリナちゃんだけみたいです。もちろん自己紹介という極々短い時間なので正確なところはわからないけれど。っと、休み時間だからアディリナちゃんに話をしないと。
「達也君、いる?」
なのはちゃんが来てしまったようです。まあ今すぐやらなくちゃいけないことではないので、この休み時間はなのはちゃんと話していました。もちろん、戻る前にクラスの子とも話すように言っておきましたよ? これで、次の休み時間からは時間が取れるでしょう。
予想が甘かったみたいです。残念ながらアディリナちゃんは人気者みたいで、休み時間になるたびにほかの子達に囲まれて話しかけるどころではありませんでした。2限3限の休み時間はチャイムが鳴ると同時にアディリナちゃんに突進する子が沢山いたので早々に諦めました。僕ですか? ずっと本を読んでいました。話しかけられたら普通に会話はしますが、何もなければ本を読んでいるのが一番です。あれ、後はお弁当を食べて帰るだけ? ……ミスったかもしれない。
「それじゃあ気をつけて帰りましょう、さようなら」
「「「さよーなら」」」
はい、さようなら。残念ながらアディリナちゃんに接触できないまま帰る時間になってしまいました。
アディリナちゃんを探してみると、数人と話していましたが、今までの休み時間と比べれば遥かにマシです。
「アディリナちゃん、ちょっとだけいい?」
さすがにこれ以上待つわけにもいかないので声をかけてみます。
「あら、達也。いいけどどうかしたの?」
「んー……ここだとちょっと。二人で話したいんだけど」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
僕にそう断ると、近くにいた子たちに断りを入れています。どうやら一緒に帰ろうと言う誘いがあったみたいです。
「お待たせ」
そう待つこともなく、周りにいた子の説得を終えました。
「僕が誘ったんだし平気だよ。でもよかったの?」
「ええ。どの道アリサ——ああ、私の、一応、姉ね? と一緒に車で帰るから、断ることになっていたし」
苦笑いしながらアディリナちゃんが答えます。どうやらお迎え付きの様です。確かにその状況だと一緒に帰るのは難しいかもしれません。
「そっか。じゃあちょっとだけ移動しよう」
誰にも聞かれたくない、というこっちの意図を察してくれたのでしょう。アディリナちゃんは何も言わずに後を付いてきてくれます。
「それで、話ってなんなの?」
やってきたのは、特別教室側の階段のすぐ下。この近くには通常の教室はないから、そう人が通ることは無いでしょう。
「単刀直入に聞くね。……アディリナちゃん、転生者だよね」
疑問形ではなく、断定します。……これで違っていたらあのノートは燃やしてやる。
「……何のことかしら」
まさか、いきなりこんなことを聞かれるとは思っていなかったのでしょう。それまで纏っていたどこか楽しげな雰囲気が消え去り、緊張感が漂います。でもそれじゃあ答えを教えているようなものだよ?
「隠したいのなら、そんなに緊張しちゃ駄目だよ」
何の気負いもなく——少なくとも表面上はそう見えるように僕は言います。実際は心臓がバクバクと音を立てていますが。
「——はあ。まさか会ってすぐにバレるとは思わなかったわ。……何で分かったの?」
あっさりと認めます。とりあえずいきなり敵対と言う最悪の事態は避けられたので、こちらも思わず息を吐いてしまいます。
「うーん、その前にひとつ質問。僕を見てどう思った?」
僕自身は既にある程度諦めていますが、彼女の身の安全のためにも、これは確認しておくべきでしょう。
「達也を見て? 同い年の割にしっかりした子だなぁとは思ったけど」
「それだよ。少なくとも過去の記憶を持っていない僕ですら、ここまで大人びた行動がとれるんだもの。入学式から今日までの短い間でも、君が普通の小学生とはかけ離れた行動をしている自覚はある?」
僕の質問に対して、アディリナちゃんは何も言いません。自覚はあったのかな。
「……それが決め手? 確かに普通とはいえないと思うけど、それだけじゃすぐに確定できるわけじゃないわ」
確かにそうでしょう。特に、僕はなのはちゃんという精神的に成熟した子と長い間生活していたからそのあたりの認識に関しては弱いのですけどね。
「そうだね、僕もそれだけで決めたわけじゃない。まだ、思い返せば、と言った程度の違和感でしかなかった」
「じゃあ、何で?」
「これ」
そう言って、手に持っていた原作改変ノート(仮)を渡します。
「何これ!?」
ノートを手に取り、ページをめくるや否や悲鳴を上げます。そしてそのまま僕の首を……ってちょっと待って!?
「登場人物って、転生者って、どういうことなの!?」
ちょ、落ち着いて。小学1年といっても全力で襟をつかまれてシェイクされたら堪えます。
「ちょ、アディリナちゃん、落ち着いて」
僕が何とか声を絞り出すと、自分の行動に気付いたのか、手を離す。
「……ごめん。でも、どういうことなの?」
先ほどよりは落ち着いたみたいですが、まだまだ不安定なようです。
自分の乱れた呼吸を整えて、答えます。
「わからない」
端的にそう答えると、据わった目をしてまた手を伸ばします。
「ちょ、待って!? 最初から話すから」
もう一回シェイクされたらリバースするかもしれません。
「……ふうん。つまり、気付いたらあった、と?」
「うん。……アディリナちゃんはこういうのなかったの?」
アディリナちゃんが頷きます。
「じゃあ僕の特典だったのかな」
それは、誰かに向けた言葉というわけではなく、思わずもれた呟きでした。
「特典?」
アディリナちゃんに聞かれてしまったみたいです。
「あ、うん。転生のときにもらった特典。……あ、そうだ」
どうせならこれも聞いておこう。
「アディリナちゃん、この世界の元になった話知ってる?」
「……」
有無によって勝敗に大きく影響する知識です。簡単には肯定も否定も出来ないと思います。
「ちなみに、僕は全く知らないよ」
だから、こっちから明かす。後は相手がこれを信じるかどうかですね。
「私なんかに言ってよかったの?」
「うん。多分、僕はこの原作にある程度大きな影響を与えているはずだから。もし持っていたらすぐにばれるはずだから……転生者であることも、知識を持っていないことも」
「そう……」
アディリナちゃんはそういったきり口を閉ざす。さすがに、簡単に決められることではないからどうするか決めるまでは待とうと思います。
「うん、決めた」
1分ほどでしょうか。結構重大な問題の割に短いと思うのだけど、いいのかな。
「私も、持ってないわ」
この言葉が真実だという保障はありません。だが、少なくとも表面上はアディリナちゃんは僕の言葉を信じたのでしょう。ならば、僕も信じるだけです。
「そっか」
今度は、隠すつもりもなく大きく息を吐きます。
「……どうかしたの?」
ほっとした様に見える僕の様子に疑問を感じたのでしょう、質問が飛んできます。
「いや、もし原作の知識を持ってたら、それは原作がはじまっているってことだから」
「ちょっと、それどういうことよ!?」
あれ、アディリナちゃんは知らないのかな。
「特典を決める時に教えてもらえたよ」
でも、アディリナちゃんの様子だと知らないみたいですね。
「……細かいことを聞く前に、お互いが知っていることを確認した方がよさそうね」
「だね」
僕が伝えたのは、原作知識持ちは話が始まるまでこちらに関われないこと、逆に持っていないと登場人物に関わりやすくなること、転生者は成人までは致命的なトラブルは原作がらみ以外では遭わないようになっていることでした。逆に彼女は転生者10人で原作の改変を競うという最低限のことしか知りませんでした。
「何か、私が教えてもらってばかりで悪いわね」
「いいよ、別に。でも適当に言ってるだけかもしれないよ?」
僕が半分おどけてそう言うと、アディリナちゃんは首を横に振ります。
「私は信じるわ。……少なくとも、成人まで致命的なトラブルに遭わないっていうのには思い当たる節があるし」
何かあったのでしょうか?
「……この際だから言っちゃうわ。私の特典は『裕福な家庭に生まれること』。それから、私に姉妹がいるのは知ってるわよね?」
頷く。自己紹介のときに言っていたことであり、なのはちゃんのクラスにいるということで印象的だったのでよく覚えています。
「そう。それでね、私の家ってありえないくらいお金持ちなの。当然、そのお金を狙って色々とちょっかいを出されてるの」
そこで一度息を吐きます。
「その中には、身代金目的や対立関係にある企業何かから誘拐が計画されてきたの。もちろん、大部分は計画段階で潰してきたし、警備なんかもしっかりしているから実行に移して早々成功するものじゃないわ。……ただ、ね」
淡々と語ってきたアディリナちゃんの顔がゆがみました。
「一度だけ警備の隙を突かれて浚われたことがあるの。その時はたまたま私とアリサが別の行動をしていてね、浚われたのはアリサだったんだけど……明らかに私のほうが隙があったらしいのよ。なのに、アリサが浚われた。みんな不思議がっていたけど、これが達也の言っていた「致命的なトラブルには遭わない」ってことなんでしょうね」
アディリナちゃんは自嘲気味に笑っています。
「私が捕まっていればよかった、なんて言わないわ。でもこれからは可能な限りアリサと一緒にいるわ。そうすれば、きっと私と一緒にアリサも事故に遭わないはずだから」
「お姉さんのこと、大事なんだね」
覚悟を決めたように言うアディリナちゃんにいえるのはそれだけでした。
「ええ。7年も経つと前世の記憶も大分薄れてくるしね。でも、前の人生じゃ家族に恩を返す前に死なれちゃって、私もそのまま死んじゃったからね。だから、私は今回の人生は家族を大切にしようと思うの」
そこで一旦言葉を切ると、アディリナちゃんはどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべる。
「そういうわけで、私は今回の争いからは降りるわ。……安心した?」
いや、安心も何も。
「そもそも僕も争いに積極的に関わる気もないし」
僕がそう言うと、きょとんとした顔をする。はじめてみるアディリナちゃんの年相応な顔かもしれないな。
「そうなの? 前世の知り合いにも会えるし、基本的にみんなやる気だって聞いてたけど」
僕は聞いて無いけど……あ、他の世界ってことは元の世界も含んでいるのか。
「うーん……他の人は知らないけど、僕は前世の記憶は全く無いし単純にもう一回生きれるだけだと思ってるけど」
「そういえば、ちらっとそんな意味のことを言ってた気がするけど、どういうこと?」
記憶が無いとは確かにちらっと言ったかも。えっとね——
「あはははははは。笑っちゃいけないんだけど、そういう発想になるとは思わなかったわ」
僕が記憶を持っていない理由を言い、その流れで特典を決めたときのことを話したら大笑いされた。
「何もそこまで笑うことないじゃないか」
思わずふてくされたような声がでます。
「あーごめんごめん、でも何でもよかったからって普通相手に委ねる? 少しでも自分に有利になるようにした方がよかったと思わなかったの?」
「んー……正直あそこにいた時って本当に何も分からない感じだったしね。神様と漫才は出来てたみたいだから謎の状態だったね」
脳の記憶がごく一部だけ残ったのかな? まあ今となってはどうでもいいんだけど。
「まあそんなわけで、この『原作改変ノート(仮)』が僕の特典だろうということです。自分で選んだわけじゃないから機能も全く分からないしね」
「かっこ仮って……。ああ、すっかり忘れてたけど、分からないってそういうことなのね。そりゃあ分からないわよね」
どうやらツボに入ったみたいで、アディリナちゃんはまだ笑いを噛み殺しています。
「まあそんな訳で、僕も別段争う意思は無いので仲良くやりましょうって言いたかっただけなんだけど、随分複雑な話になったよね」
僕が言い終わるか終わらないかの内に、どこからか振動音が聞こえます
「そうね。……っとやば、アリサ待たせちゃってる。あんまり遅いと心配かけるから私は先に行くね」
アディリナちゃんは携帯電話を取り出し、何かを見ると直ぐに駆け出していきました。
「達也」
かと思ったら、思い出したかのように数歩歩いたところで立ち止まり、こちらを振り返ります。
「あなたと知り合えてよかったわ。また明日、よろしくね!」
そういって、満面の笑みを浮かべました。
「あ、うん。また明日」
不意打ち気味に見せられた笑顔には、そう返すのが精一杯でした。
駆け去っていくアディリナちゃんをぼーっと見ていたが、ふと気付きました。
……なのはちゃん、待ってる気がするけど、どうしよう?
3日間連続更新! たった3日間ですが、毎日のように更新している作者さんの凄さがよく分かりました。
それにしてもキャラごとの口調の違いが難しい。転生者10人とか書き分けられるのかなぁ。まあ実際は10人書き分ける必要はなかったりしますが。
このことの詳細は秘密です(笑)
それから連絡を。連続更新は今日で(おそらく)終わります。ストックは当然のように無いですし、明日はバイトなので核時間が取れそうにありません。ご了承ください。