008 雨が降った後は地面が固まるみたいです
「二人ともそこまでよ。この喧嘩、私が預かったわ」
意識の外にいた人が急に乱入したことにより、3人の意識がこちら、というかアディリナちゃんに向きます。
「アディー!?」
「アディリナちゃん!?」
見知った顔であったことに驚き、先ほどまでの争いは完全に沈静化しました。
「僕もいるよ」
「達也君まで……」
なのはちゃんは完全に落ち込んでいます。さっきの喧嘩を見られたくなかったのかな?
「で、一体なにがあったの? 喧嘩しちゃいけないなんて言うつもりは無いけど、しなくてすむのならしないに越したことは無いでしょ?」
どこまでも格好いいアディリナちゃん。どことなくばつの悪そうなアリサちゃん。へこんでいるなのはちゃん。状況がよく分かっていない黒髪少女。
あの2人に関しては、アディリナちゃんがやってくれそうだし、僕は黒髪少女に話をしておけばいいかな。
「大丈夫?」
アディリナちゃんが事情聴取を始め、放置される形となった黒髪少女に声をかけます。
「あ、はい。えっと……?」
あ、まだ自己紹介もしてないや。
「あ、ごめん。僕は1年2組の清水達也。あっちの茶色い髪の子の友達」
「あ、なのはちゃんが言ってた……。私はすずか、月村すずかです。なのはちゃんと同じクラスなんです」
ああ、このこがすずかちゃんだったのね。
「君がすずかちゃんだったんだ。なのはちゃんから何回か話は聞いてるよ」
さて、黒髪少女改めすずかちゃんからも話を聞いた方がいいのかな? 向こうはアディリナちゃんが聞き出すことから、アリサちゃんへの説教に移っています。なのはちゃんも、怒られてこそいませんが雰囲気的に逃げづらいのか、しっかりと話を聞いています。
「私もなのはちゃんから何回も聞いています。えっと、清水君も結構本読むんですよね?」
張り詰めた空気のあちらとちがって、こちらは和やかな歓談ムード。なのはちゃんが恨めしそうに見ている気もしますが、気付かない振り気付かない振り。
「うん、小さいころから結構読んでたんだ。すずかちゃんも本を読むんだよね」
「うん。でも休み時間に呼んでて、なのはちゃんが話しかけてくるまで友達が出来なかったから、最近は少し控えてるんです」
自覚はあったのね。自覚があって(というかわざとやってるし)直そうともしない僕よりはずっとマシですが。
「そこ! 人が必死に仲を取り持とうとしてるのに無視して話をしない!」
とうとうアディリナちゃんに怒られました。まあさすがに、似た立場の人が、苦労している人のすぐ側で楽しんでたら駄目ですよね。
「怒られちゃった。……んー言いたくなかったら別にいいんだけど、一体なにがあったの?」
おそらく一番辛い目にあっているのはすずかちゃんでしょうから、本当は聞くのはよくないのかもしれません。が、あそこまでなってしまった以上、本人達だけでの解決というのは難しいでしょう。……なのはちゃんもアリサちゃんもしっかりしているので、案外あっさりどうにかなったりするのかもしれませんが。
「最初は、バニングスさんが……」
すずかちゃんの話をまとめると、アリサちゃんがすずかちゃんにカチューシャを見せて、と言ったのがきっかけだったみたいです。大切なカチューシャだから嫌だ、と言っても聞いてもらえず盗られてしまった。たまたま側で見ていたなのはちゃんがそれを返すように説得、しかしアリサちゃんは聞き入れずに逃亡、なのはちゃんと追いかけてきて、ここで捕まえて説得を再開。それでも返そうとしなかったアリサちゃんになのはちゃんがマジギレ、そして今に至る、ということみたいです。
「あの、なのはちゃんは私のために怒ってくれただけで、アリサちゃんに対して心の底から怒ってたわけじゃ……」
なのはちゃんをかばうすずかちゃんは本当にいい子です。
「あ、じゃあカチューシャはさっさと返してもらった方がいいよね」
とりあえずやるべきことが決まったので、アディリナちゃんのほうに意識を戻しますが、まだまだ説教は続いているみたいです。
「アディリナちゃん、カチューシャ返してあげたいんだけど……」
「だから、アリサは……ん? 分かったわ。アリサ、カチューシャ返してあげなさい」
熱くなっているように見えましたが、我を忘れてはいなかったようで、すぐに僕の言葉に反応してくれました。
「……ヤダ」
「アリサ!」
あらら、どうやら意固地になっちゃっているようです。
「アリサちゃん、どうしてカチューシャをとろうと思ったの?」
直接話すのはこれがはじめてになりますが、怒っている真っ最中のアディリナちゃんや先ほど喧嘩していたなのはちゃんよりは話しやすいだろうと判断して、僕が聞きます。
「……」
「……」
むむむ、なかなか強情ですね。でもそう簡単に折れたりはしませんよ。
「……」
「……」
「……大切にしてるみたいだったから、話しかけるきっかけになるかと思ったの」
やった、勝ちました。それはいいのですが、話すきっかけが欲しくて相手の好きなものに注目するって、あなたはどこの話題に困ったビジネスマンなんですか? あ、女性だからマンじゃないですね。
「……はぁ。別に意地悪で、とかじゃないんだから、素直に言ったらこんなに怒らなかったわよ」
あきれたようにアディリナちゃんが溜息をつきますが、アリサちゃんはプイッと音がせんばかりにそっぽを向きます。完全に機嫌を損ねたみたいですね。
「でも、アリサちゃんも大切なものを取られちゃったら嫌でしょ?」
「……」
無言のままですが、アリサちゃんはこくり、と首を縦に振ります。
「じゃあアリサ、次はどうすればいいかわかるでしょ?」
相変わらず、アディリナちゃんには答えませんが、近くまで来ていたすずかちゃんにカチューシャを差し出しました。
「……ごめんなさい」
意地を張ったりするところはありますが、素直に謝れるあたりいい子なんでしょうね。無視される形になったアディリナちゃんも、柔らかな笑みを浮かべてアリサちゃんを見ています。
「返してくれて、ありがとう」
すずかちゃんも、アリサちゃんを責めたりせずに受け取っています。
「うん、よくできました」
アディリナちゃんは、謝ったアリサちゃんを後ろから優しく抱きしめています。アリサちゃんも特に抵抗するわけでもなくされるがままに任せています。この2人にももう問題はなさそうかな。
「アリサちゃんは、お友達が欲しかったの?」
いままで様子を見るだけだったなのはちゃんが、アリサちゃんに尋ねます。
「……」
声が出せないのか、喧嘩したばかりだから気まずいのか、なのはちゃんにも無言のままうなずきます。
「私もアリサちゃんとお友達になりたいな。私じゃ、ダメかな?」
「……いいの?」
なのはちゃんにそんなことを言われるとは思っていなかったのか、目を大きく開いて聞き返しています。
「もちろん。私はなのは、高町なのは。よろしくね? ……それから、さっきはごめんね」
「私はアリサ・バニングス。私のほうこそゴメン……」
色々とありましたが、なのはちゃんは無事アリサちゃんと友達になれたみたいです。フォローはするって言ってたけど、あんまり出来た気はしませんが。
「ねえアリサちゃん、私もお友達になりたいけど、いいかな」
すずかちゃん?
「すずかちゃん、いいの?」
「うん。アリサちゃんはちゃんとカチューシャを返してくれたし。それに走っている間も傷つけたりしないように大事にしてたでしょ?」
どうやらすずかちゃんも大人びた子みたいです。大切なものを取った相手のことをそんなに観察したり、あまつさえ友達になろうとは普通の小学生にはなかなか言えないでしょう。
「だから、よろしくね、バニングスさん」
「……アリサでいい。バニングスだと、アディーとどっちか分からなくなるから」
確かにそうですね。せっかく出来た友達だから、名前で呼んで欲しい、というのもあると思いますが。
「じゃあ改めて……よろしくね、アリサちゃん」
「うん、よろしく、すずか」
そういって微笑み会う2人。一歩間違えれば大変な事態になったかもしれませんが、ここまで上手くいったので、終わり良ければ全て良し、です。
「にゃー!? なのはも!」
2人だけで終わってしまいそうな雰囲気に、忘れられてなるものか、となのはちゃんが突撃していきます。その必死な様子に、アディリナちゃんと顔を見合わせて、どちらからともなく苦笑をもらします。
「達也、せっかくだし私達も混ぜてもらいましょうか」
「そうだね」
喧嘩とすれ違いから始まったこの関係だけど、願わくはずっと良い関係のまま続いていきますように。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかり意気投合した3人ですが、すずかちゃんのカチューシャを取ったことと、なのはちゃんを叩いたことが気になるのか、アリサちゃんが家に招いて償いをしたい、と言い出しました。当然2人はそんなこと気にしなくてもいい、と遠慮しようとしましたが、アディリナちゃんが何事か囁くと2人ともバニングス家に行くことをすぐに承諾しました。
僕ですか? なのはちゃんが行くと言ったら、流されて着いていくのはもう見抜かれていくのでフォロー無しでした。単純に拒否してなかったからかもしれませんが。
「とーちゃくっ。ここが私とアディーの家よ」
やってきたのは随分と大きな洋館でした。ちなみに、バニングス家の出している車で送ってもらっています。アディリナちゃんの特典や、父親の職から考えて相当な資産家であることは分かっていましたが、ここまで大きい家だとは思っていませんでした。
「ふえぇ……」
なのはちゃんも驚いているのか、感嘆の声しか出ていません。
「あら、達也もなのはも驚いてるけど、すずかはそんなに驚いていないのね?」
「あ、はい。家も結構大きな家に住んでいるので」
すずかちゃんの家もお金持ちみたいです。
「ほら、なのはも達也も何固まってるのよ。さっさといくわよ」
アリサちゃんも、車で移動している間に調子を取り戻したのか、喧嘩に割って入った直後のしおらしい様子は欠片も感じられません。
車から降りると、犬の鳴き声が聞こえてきます。それも1匹や2匹じゃなく、結構な数がいるみたいです。
「あれ、アリサちゃん犬飼ってるの?」
なのはちゃんも気付いたのか、アリサちゃんに尋ねます。
「ええ。まあ家にいるのは、飼ってるのだけじゃなくて、傷ついてたのを保護してるだけ、っていうのもいるけどね」
なるほど。そういうことまでやっている以上、家族の誰かが犬好きなんでしょうね。
「ほら達也、いい加減行くわよ」
「達也君、行こう?」
色々と考え事をしていると、アリサちゃんとすずかちゃんに両腕をつかまれ、半ば引きずる様な形でつれられていきます。それを見て、アディリナちゃんがくすくすと笑っています。
失礼な。固まっているんじゃなくて、2つのことを考えようとしているだけです。……成果は全く上がってませんが。あ、まって、それ以上早くなったらこけるから。自分で歩くから!
案内されたのは、アディリナちゃんとアリサちゃんの部屋でした。2人で使うということを考えても十分に大きい部屋なので、5人で来ても全く苦になりません。
「ね、何して遊ぶ? ゲームでもする?」
アリサちゃんは何故だかやたらテンションが高いです。それにしてもゲームってTVゲームですよね、ソフトを差し出しているあたり。とりあえずやったことないのでちょっと楽しみです。なのはちゃんも同じくやったことがないのですが。
「私、ゲームってやったこと無いんだけど、どうやるの?」
「あら、そうなの? じゃあすずかはやったことある?」
「わたしはちょっとだけ。……でもアリサちゃんが持ってるのは知らないな」
残念ながら、僕となのはちゃんは少数派のようです。さすがにアディリナちゃんはやったことあるでしょう。
「じゃあアディー、3人に説明するから相手してもらっていい?」
「ん、りょーかい。飲み物とか頼んでくるから準備しておいて」
アディリナちゃんはそう言って部屋を出て行きました。
アディリナちゃんはすぐに戻ってきて、アリサちゃんと2人でプレイしながら僕たちにプレイ方法を説明してくれました。女の子に人気のアニメのキャラクターたちを使って行う格闘ゲームみたいです。やってることは、ちょっと前のなのはちゃんとアリサちゃんと同じで女の子の殴り合いなんだけど……誰も気にして無いから別にいいのかな?
2人は2〜3戦してからいったん中止して、僕たち初心者組みにやってみるように言ってきました。最初はなのはちゃんとすずかちゃん。多少なりともゲームに慣れているすずかちゃんが最初……というかずっと押していましたが、なのはちゃんが重火力のキャラ(アディリナちゃん談。僕はよく分かりません)を遣ったときは結構いい勝負をしていました。
2人がしばらく遊んだ後、今度は僕の番です。相手はアディリナちゃんです。手加減してよ、という意味をこめてアディリナちゃんを見ると、にやり、と笑い返してきました。あ、嫌な予感がする。——ボコボコにされました。開始10秒でKOとか鬼畜です。抗議の意味をこめて見返すと、不敵に笑っていました。素人相手に何大人気ないことやってるんですか。転生者だから、子供だもんっていういいわけは聞きませんよ。
後ろでアリサちゃんが大笑いしています。なのはちゃんとすずかちゃんも、苦笑しているだけで、止めようとはしてくれません。まあ、2戦目を見たら笑いたくなる気持ちは分かるので別にいいんですが。
アディリナちゃんがパンチを出す。僕があたりに行く。アディリナちゃんが近寄ってくる。僕が無意味にジャンプする。アディリナちゃんの目の前に着地する。アディリナちゃんは何もしない。僕が決めポーズを決める。アディリナちゃんがキックをする……これはひどい。
さすがに何回か相手をしてもらったら、ある程度上達はしましたが。現在は、アリサちゃんを相手に何とか勝てないかと、なのはちゃんとすずかちゃんが必死に頑張っています。アリサちゃんも適当に手加減をしているようで、結構いい勝負になっているので楽しそうです。ああ、そういえば。
「アディリナちゃん、ふたりが家に来るのを渋ってた時、なんて言ったの?」
結局何を言ったか分からなかったから、気になってたんですよね。
「ああ」
そう言うと、優しい目で3人を——アリサちゃんを、かな? ——見る。その動きに釣られて、僕も3人を見る。……うん、きっといい友達になれるだろうな。
「初めて出来たアリサの友達だから、一緒に遊びたかったんでしょうね」
そっか。確かにそういえば、2人とも断るどころか、喜んで来るでしょうね。
アリサちゃんを見ていたアディリナちゃんが僕の方に視線をむけるのを感じる。
「達也、時間があるときでいいから、達也の家にもアリサを誘ってあげてね」
アディリナちゃんは、真剣な声で言った。何を当たり前のことを言ってるのさ。
「僕の家だけじゃなくて、なのはちゃんやすずかちゃんの家でも遊ぶつもりだよ」
そこで一旦言葉を切ると、アディリナちゃんをしっかりと見返す。
「もちろん、アディリナちゃんも一緒に誘うよ?」
「そう。……ありがとうね」
そう答えたアディリナちゃんは、とても楽しそうでした。
前編のみで終わらせたくなかったので、後編を意地で書き上げました。
これで1年生時に書かなくちゃいけないことは終了です。日常編を挟ん進級予定です。2年生時が書きたいことを書く貴重なチャンスなので、とりあえずそこまでを目標に頑張ります。