011 携帯を買いにいくみたいです
あの後は微妙な空気になったままでした。すぐに僕やなのはちゃん、すずかちゃんが帰る時間になったのでどうにかなる時間が無かった、というのが正確なところですが。次の日に学校で会ったときは普段と変わらなかったので、現状すぐにどうこうという話ではないと思います。まあ、僕が渡したヘアピンをみんなつけてきてくれていたのは、ちょっとうれしかったのですが。
「達也、今日も放課後大丈夫?」
僕は大丈夫ですが、アディリナちゃんたちは大丈夫なんですか?
「僕は平気だけど、今日も習い事無いの?」
「私とアリサは事情話してあるから平気よ。なのはも大丈夫だったし……すずかはどうだった?」
どう? という質問ではなく、どうだった? という確認なのは、昨日のうちにメールなり電話なりで確認を取ったからですかね。
「私も大丈夫。1時間くらいなら平気だよ」
「なら今日も放課後は集合ね」
はいはい、わかりました。相変わらず僕には秘密の話し合いが進行しているみたいです。
一応休み時間にも確認を取ってみましたが、やっぱり教えてもらえませんでした。で、現在放課後です。今日は月村家から車が出ているようです。
「じゃあみんな乗って」
バニングス家のようなリムジンではなく、街中でも普通に見かける車なので(それでも高級車らしいです。車の違いはよく分かりませんが)、一人だけ助手席に乗らないといけません。
「あ、達也。助手席は私が行くからあなたは後ろ」
何故かアディリナちゃんに止められました。一人だけ男な僕でも、車を出した家のすずかちゃんでもなくなんでアディリナちゃんなんですか。
「いいから乗る!」
これ以上悩んでいると蹴飛ばされかねないので何か釈然としないものを感じつつも乗りこみました。まあ乗ってしまえば、何を気にするでもなくなのはちゃん達と会話をしていたのですぐに忘れてしまいましたが。
途中から、誰の家に行くのにも通らない道に入ったので、どこに行くのだろうと思っていたら、ようやく駐車場へと入っていきました。
「携帯電話ショップ……?」
それも複数の会社の電話を選べる結構大きなお店です。
「そうよ。この中で携帯持ってないのは達也だけでしょ?」
まあそれはそうなんですが。
「でも、さすがに母さんや父さんに許可をもらわずには買えないよ?」
「許可もらってるから大丈夫。最初はウチが全額負担するって言ったんだけど、「さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないって」言われたわ」
「……いつの間に」
「昨日よ。あんたがこれ取りに行ってる間に許可もらっておいたのよ。すずかに話したら、それなら月村家も出すって言ってたわ」
髪につけたヘアピンを指しながら答えてくれました。なるほど、これはアディリナちゃんの企画の下に行われているんですね。忍さんも何を考えてお金を出そうとしたんだか……。や、それにしてもよくウチの両親が納得しましたね。
「なんて言って母さんを説得したのさ」
とりあえず、確認の意味もこめてアディリナちゃんに尋ねると、アディリナちゃんはいたずらっぽく笑いました。あ、いやな予感。
「ふっふーん。聞きたいんだ?」
いえ、遠慮しておきます。
「アリサは達也とクラス違うでしょ? 放課後遊んでいるっていっても、どうしても同じクラスの私や習い事がほぼ無いなのはちゃんと違って、話す機会が少ないから気にしてたのよ」
さっきまでと一転、真面目な顔をして言っていますが、それ僕に言っちゃってもいいんですか?
「そうやってバニングス家のわがままだから、で通そうとしたのよ」
「まあ、アリサちゃんをそうやってダシにすれば母さんは折れてくれるだろうね。でも忍さんは何でこの件に絡もうとしたの?」
アリサちゃんが関わっていれば、バニングス家の親さん(特にジャネットさん、あ、アリサちゃんのお母さんです)が簡単に許可を出すであろうことは予想できますが、忍さんはどうしてなんですかね?
「んー……正確なところはわからないけど、あの人なりに考えがあるんじゃない?」
アディリナちゃんも詳しく聞いたわけではないみたいですね。
「達也、何やってるのよ!? あんたの携帯選ぶんだから、いなきゃ話にならないでしょ?」
アディリナちゃんと待合スペース的な場所で話していたら、アリサちゃんがやってきました。さっきまでは、なのはちゃん、すずかちゃんと共に喋りながら楽しそうに選んでいたんですが、急にどうしたんですかね。
「ほら、私たちで1つずつよさそうなのを選んであって、後はあんたの意見を聞くだけなんだから早く来なさい」
わーお、まさか3人それぞれが推したのを引っ込めなくて僕に選べっていう地獄のような状況では無いですよね? あ、アリサちゃん引っ張らないで。すぐに行くから!
「せっかく買うんだから、やっぱり機能が充実してるのがいいと思うの」
「でもはじめて持つんだし、使いやすさのことも考えないと」
「そういうのも大事だけど、色とかデザインで決めちゃえばいいのよ」
何これ……。それぞれが言いたいことはわかります。でもなのはちゃん? 僕にそんなにたくさんの機能は使いこなせないと思うので、宝の持ち腐れになっちゃいますよ?
アリサちゃん、多分電話とメールしか使わないから、色とデザインで選ぶのには賛成です。でもそれ、確かアリサちゃんが持ってる機種の色違いですよね? しかもそれも最新機種だから割と使い方が複雑な。
それからすずかちゃん、あなたの言っていることには全面的に賛成します。が、何で普段は大人しいあなたが引かずに争ってるんですか? 別にこれ、どうしても通さなきゃいけないことではないですよね? 忍さんの妹だけあって、やっぱりメカにはうるさいんですか?
「で達也、誰のオススメを選ぶの?」
アディリナちゃんは蚊帳の外だからって好き勝手言わないでください。
「ちょっと待って」
とりあえず手にとって見てみようとしますが、手を伸ばした機種を推した人の顔が輝いて、それ以外の人が沈んでいるのを見ると選べないんですが。
「ねぇこれ、選べないんだけど……」
一旦諦めて、アディリナちゃんのほうを向きます。……思いっきりこの状況を楽しんでますね、顔がにやけています。あ、そうだ。
「アディリナちゃん、アディリナちゃんは何がオススメ?」
どうせ面倒な状況になっているのです。一人だけ傍観者を貫くことは許しませんよ。
「ちょ、達也!? ……はぁ、じゃあ私は——」
アディリナちゃんはそう言ってアリサちゃんのオススメ機種に手を伸ばしますが、なのはちゃんとすずかちゃんの悲しげな表情に気付いたのか、思わず手を止めます。
「う……ごめん、達也。私が悪かったわ」
どうやらアディリナちゃんにもどうにも出来ないようです。
「そういえば、アディリナちゃんは何使ってるの?」
興味半分、手助け半分で聞いてみます。
「あ、うん。私はこれ」
「アリサちゃんと同じ機種じゃないんですね」
アディリナちゃんが指したのは、春に上位機種が出たばかりの冬のモデルでした。とりあえず、なのはちゃんが示した機種みたいに謎の機能はついていない、と。
店員さんに確認を取ってみたら、初心者にも扱いやすいオススメの機種とのことでした。デザイン的にも結構好みですし、これにしようかな。
「それから1代前の機種なんですが、最新機種以上に高性能なカメラが付いているので、未だに人気の機種ですよ」
なるほど、カメラも着いてるんですか。
「じゃあこれにします」
「「「ええー!?」」」
非難の声を上げたのは、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんの3人でした。アディリナちゃんは一人頭を抱えています。
「達也君、どうしてそれにしたの?」
一番衝撃が少なかったのか、なのはちゃんが聞いてきます。
「使いやすいってみたいだし、このデザインも結構気に入ったしね」
「むー。機能は気にしなかったの?」
すずかちゃんとアリサちゃんの意見は参考にしているのに、なのはちゃんの意見は反映されていないのがいにいらなかったんでしょうね、なのはちゃんが頬を膨らませています。
「いや、だってどうせメールと電話しかしないし。それに、仮に使ったとしても、僕に複雑なのは使いこなせないと思うよ」
機械音痴とまでは行かなくても、何回か見て来た僕の機械に対するセンスの無さを思い出したのか、なのはちゃんはしぶしぶと納得しました。
「そうだったんだ。でも達也君、もし不満とかあったらお姉ちゃんに言ってね? きっと満足するのを作ってくれると思うから」
すずかちゃん、忍さんに頼んだら、きっと機能や使いやすさでは何の不満も抱かないでしょうね。でも、本当の意味でいらない機能——例えば自爆装置とか、パスワード入力でロボットを呼び出すとか——が搭載されていそうなので遠慮しておきます。
「はい、お待たせしました。それではこちらになります」
「ねえ達也君、電話番号交換しよ!」
手元に携帯電話がやって来るや否や、なのはちゃんが待ちきれない、とばかりにやってきました。その様子に苦笑をもらしながら、番号の交換をしました。続いて、アリサちゃん、すずかちゃんとも交換をし、最後にアディリナちゃんとも交換をしました。
「……覚えてなさいよ」
交換が終わったときに、小さな声で声で言ってきました。まあ待っている間アリサちゃんに大分恨めしそうに見られていましたからね。気持ちはわかりますが、残念ながら僕は記憶力がよくないのです。
「さて、と。用事も終わったしそろそろ帰らないとまずいわね」
アディリナちゃんは、先ほどまでのこっちを睨んでいた様子は少しも見せずに言います。
「そうね。すずかもそろそろ時間が危ないんじゃない?」
選んで、契約して、でそろそろ1時間経っちゃいますね。遅らせてもらったのが2時間なら、確かにそろそろまずい時間です。でも、戻る前にこれだけはやりたいのです。
「ゴメン、ノエルさん。車に乗る前に、みんなと一緒に写真を撮ってもらってい?」
せっかくカメラ付のものを買ったのです、記念に撮っておきましょう。
撮ってもらった写真は、僕を中心に向かって左側にすずかちゃん、なのはちゃんが、右側にアリサちゃんとアディリナちゃんが写っています。せっかくだから待ち受けに設定して、と。
「じゃあ僕はなのはちゃんと遊んでから帰るからこれで」
ここから僕の家に夜となると、結構大回りしないといけないのでここでお別れです。ここから翠屋までならそんなに時間もかからないのでそうした方が都合がいいでしょう。
「わかったわ。じゃあなのは、達也、バイバイ」
アリサちゃんが最後にそう言って車に乗り込みました。
「じゃあなのはちゃん、行こっか」
3人を乗せた車が見えなくなるまで手を振ってから、なのはちゃんに声をかけます。
「うん。……せっかくだし、ちょっとだけ大回りして帰ろう?」
春の穏やかな気候、雲ひとつ無い青空。確かに珍しいくらいに気持ちのいい天気だったので、インドア派な僕には珍しくその提案を迷うことなく受け入れました。
「ふわー、いい天気なの」
「そうだね」
本当にいい天気です。天気のよさに釣られて、珍しく山頂の神社にまで来てしまっています。この神社は、小さな山の上に建っており、平地にある神社より神秘的な雰囲気がします。……まあ疲れるので、普段はあまり来ないのですが。
「おっ」
珍しいものが見えたので、思わず携帯で写真をとります。
「達也君、どうしたの?」
「狐がいたみたいだったから、撮っってみたんだ」
「え、どこどこ!?」
「逃げちゃったみたい」
カメラの音に驚いたんでしょうかね。意外と大きな音がするので逃げてしまったみたいです。
「えー、なのはもみてみたかった」
カメラには、と……。
「よかった写ってるみたい」
「わー本当だ、可愛い」
なのはちゃんに写真を見せると、さっきまでのことは忘れてはしゃいでいます。
「あら、こんにちは」
なのはちゃんと話していたら、急に声をかけられました。
「あー! 狐さんがいる」
振り向くとそこにいたのは子狐を抱えた巫女さんでした。ここの神社の人なのかな?
「あ、こら!」
急に声をかけられたなのはちゃんに驚いたのか、抱えられていた子狐が腕から逃れようと暴れます。そして、そのまま抜け出し、林の方へと逃げていきました。
「もう、久遠ったら……。ごめんね、あの子ちょっと怖がりだから」
名前があるんだ。ということは
「さっきの狐、飼ってるんですか?」
「ええ。このあたりで遊んでいると思うから。何回か来れば、あの子も慣れると思うから。それに、今度はしっかり紹介したいしね」
いきなり色々やったので逃げてしまいましたが、飼い主の人がいればもう少し何とかなるかもしれません。
「はい! ……そうだ、この狐さんって久遠ちゃんですか?」
なのはちゃんが持ったままだった僕の携帯を巫女さんに見せます。
「……ええ、確かに久遠ね」
何か巫女さんはひどく驚いているみたいです。
「どうかしたんですか?」
「ううん、あの子がこんなに無防備に写真撮られるなんて珍しいからびっくりして」
確かに、怖がりだったら、何かを構えた時点で逃げ出していてもおかしくないかもしれません。
「そうなんですか。……それじゃあ、このあたりで失礼します」
そろそろ帰らないと、なのはちゃんの家族が心配するかもしれないです。
「しつれいしまーす。……あのまた来てもいいですか?」
「もちろん。それじゃあ、ばいばーい」
巫女さんに手を振って、なのはちゃんと2人で神社を去って行きました。
休みだから、ということで珍しく日中に更新。
前回から始まっていた2年生編のプロローグが終了、といった感じです。
当初の予定ではなかったイベントですが、本編の都合上挿入することになりました。
相変わらず迷走していますね。
いつも通り夜にも更新予定ですので、そちらもよろしくお願いします。