013 はじめて事件に巻き込まれるみたいです
那美さんの悩み相談を受けてから、1週間が経過しました。アディリナちゃん達には、頭のいい狐と遊んでいる、とは言ってありますが、久遠と会わせたことはありません。那美さんがいない状況で会わせて大丈夫なのか確信が持てなかったのが一点と、この間受けた悩み相談に久遠が関わっていそうだったから、安易に会わせることでトラブルに巻き込まれないか悩んで、ためらっているのがもう一点です。
それから、お化けが出ると言われてから、那美さんは大分早くから僕達に帰るように言いはじめました。幸い(?) にも僕達はお化けに会ってはいませんが、なのはちゃんは随分と怯えています。そのため夜中も一人で寝るのは怖がって、桃子さんと一緒に寝ているようです。自立傾向の強いなのはちゃんに甘えられるのが嬉しいのか、桃子さんが機嫌よさげに話してくれました。……「達也君でも平気じゃない?」と水を向けていましたが、明日も普通に学校あるんですよ? もちろん、丁重にお断りさせていただきました。
ちなみに今は、なのはちゃんと手を繋いで、神社からの帰り道です。日が長くなっているのに油断してしまい、今までで一番遅い時間となってしまいました。那美さんは慌てていましたが、まだまだ人通りの多い時間帯です。そんなに心配しなくてもいいと思うんですけどね。
「あれ?」
「なのはちゃん、どうかした?」
なのはちゃんが急に声を上げ、立ち止まりました。何かあったんですか?
「うん……何か、那美さんがいた気がする」
……? 那美さんに見送られて神社から来たのに?
「見間違いとかじゃなくて?」
「うん。巫女さんの格好してたし、間違いないと思うよ」
巫女服を着ていたのなら、那美さんで間違いなさそうですね。でも、どうしたんでしょう?
「でもこっちに来るのなら、一緒に来てもよさそうな気もするけどね」
僕たちと別れた後に急な用事が入った、とかですかね?
「それは分からないけど……でも、那美さんは大丈夫なのかな?」
なのはちゃんの目線の先には、決して人通りが多いとは思えない路地裏があります。海鳴の治安は悪くないとはいえ、女性が一人で歩くのは少しどころではなく危険です。数年前にも事件があったばかりですし、本当に大丈夫なんでしょうか?
「ねえ、追いかけても、大丈夫かな?」
一応、お願いという形ですが……どうしようか。僕達は2人いるとは言っても所詮は小学生でしかありません。まあ、でも日が完全に暮れるまでにはまだ少し時間がありますし。
「んー……。ちょっと追いかけてみて、すぐに見つからなかったら帰ること」
僕の言葉を聞いて、なのはちゃんの顔がパッと輝きます。
「うん!」
そんなに奥まで行かなければ、道にも迷わないだろうし、大丈夫でしょう。
「……いないね」
なのはちゃんが見た、那美さんの進んでいた方向へといってみますが、人影すら見えません。
「うん。やっぱりこれだけ入り組んでいると、見つけるのは難しい、かな」
建物と建物の隙間が複雑に絡んでいるので、何度か曲がられていたら、もう見つけるのは不可能な気がします。
「これ以上いても僕たちが危ないだけ出し、戻ろうか」
「うん……」
しぶしぶとですが、なのはちゃんは僕の言葉にうなずきました。
そうして来た道を引き返そうと、振り向いたときでした。
「——っ!」
唐突に背中に強い衝撃が走ります。何とか手を離せたので、なのはちゃんを巻き込んではいませんが、僕自身は地面へと倒れこみました。
「た、達也君、大丈夫!?」
「……痛い」
痛いですが、転んだわけではなく、間違いなく第三者によるものです。なのはちゃんの手を借りて立ち上がり、後ろを見ますが何もいません。…………いや。
「なに、あれ……?」
僕にあわせてなのはちゃんも振り向き、同じものを目にしたのでしょう。自分の見たものが信じられないとばかりに声を漏らします。
「オオオォオオ……オオォォ……」
僕たちが目にしたのは、なんとも形容しがたい、もやのような何かでした。もちろん、何か意味のある言葉を発しているわけでも、動物のようにこちらを威嚇しているわけでもありません。それでも、ソレがこちらに敵意を抱いているのを感じられました。
「分からないけど……なのはちゃん!」
呆然と立ち尽くすなのはちゃんに強く呼びかけます。
「とにかく——逃げるよ!」
これ以上何かされる前に、逃げないと。そう感じたので、とにかくなのはちゃんの手をとり、全力で駆け出します。人気のあるところまで逃げられれば、もしかしたら。そう信じて脇目も振らずに走りました。
路地裏に入ってからは、歩いて1、2分ほどしか経っていません。たった100mほどしかないはずのその距離が、どこまでも続いているかのような錯覚を覚えます。僕1人だったら、きっともう捕まっていたと思います。
転生、というありえない経験をした僕は、どこか生きているという感覚が希薄でした。「明日死ぬ」そういわれても、きっと何も言わずに受け入れたんだと思います。でも、僕が諦めたら、なのはちゃんも巻き込むことになる。だから、自分の限界以上に頑張れているのだと思います。
「痛っ!」
次の角を曲がれば、大通りまで出られる。そこまで来れたのに、再び背中に衝撃を感じました。今度は、なのはちゃんの手を話すことが出来ず、なのはちゃんもバランスを崩します。
「達也君!?」
なのはちゃんは、幸いにも倒れこそしませんでしたが、僕が倒れたのを感じ、立ち止まってしまいます。とりあえず、誰か人を——
「はっ!」
僕の後ろに、誰かが割り込んできた気配がする。
「那美、さん……?」
那美さん? 何で那美さんが……。
「宮野さん、ですね?」
振り返ってみると、確かに那美さんがいました。
「……何があったのかはわたしには分かりません。でも、生きてる人に害をなしては……」
那美さんは、必死に語りかけているようですが、那美さんが割り込んだ直後に薄れた、僕に対する敵意がまた強まってきています。
「心残りなら、可能な限り取り除きます。だから」
那美さんは気付いていないのでしょうか?
「……あっ!」
身構えていた那美さんの横をすり抜けて、もやは僕の方に向けて一直線にやってきます。……やられる! そう感じて思わず目を瞑る。
目を閉じたことで暗くなっていた視界が真っ白に染まる。けれども、予想した衝撃はいつまでも来ませんでした。
おそるおそる目を開くと、紅白の衣装を着た女の子が立っていました。狐のような耳と尻尾をつけたその子は、何か言いたげな那美さんを見て、ゆっくりと首を横に振りました。
「久遠、待って!」
……久遠? 僕が抱いた疑問をよそに、那美さんの制止の声を最後まで聞かず、女の子の体から電光が走る。
「アアアアァアアア……アアァ……」
耳からではないが、確かに断末魔とも言うべき叫びが聞こえ、僕が感じていた敵意は薄れていきました。そして僕の目の前で、女の子は見慣れた子狐の姿へと戻っていきます。
「久遠……ごめんね。それから、ありがとう……」
那美さんは久遠を抱き上げると、優しくその体をなでました。
「達也君、なのはちゃん……どうしてこんなところにいたの?」
何も言えずただ呆然と立ち尽くしていた僕たちに那美さんが話しかけました。怒っているのか、声が厳しくなっています。
「えっと、その……」
「なのはちゃんが那美さんを見かけて、こんな場所にいて大丈夫なのかなって2人で様子を見に来ていました」
未だに混乱から立ち直れていないなのはちゃんの代わりに僕が答えます。
「そっか、なのはちゃんのお家はこっちの方だったもんね」
「はい」
まっすぐ帰っている途中の出来事だと分かってもらえたのか、那美さんの纏っていた空気が和らぎます。
「怒ってごめんね。……達也君、大丈夫?」
心配そうに那美さんに言われ、全身が痛いことに気付きます。
「痛いです……」
今までは緊張していたから大丈夫だったんでしょうか?
「そっか。ちょっと待ってね」
そう言うと、那美さんは僕の体に手をかざして、目を瞑りました。
「もう大丈夫?」
しばらくそのまま集中した後に、那美さんはそういいました。
「あれ、もう痛くない……?」
かなり痛んでいたのですが、どうしたんでしょう。
「ふふふ、おまじない」
那美さんはいたずらっぽく笑っています。それにしても、おまじない?
「ねえ、達也君、なのはちゃん。さっきのこと、しっかり話したいんだけど、大丈夫かな?」
「僕は聞きたいけど、なのはちゃんは?」
「あ、はい。なのはも、聞きたいです」
「じゃあ、行こうか。んー……どこがいいかな?」
僕たちの格好を見て、那美さんは困ったような顔をしました。まあ、僕となのはちゃんは聖祥の制服を着たままですし、那美さんは巫女服のままですしね。
「あの、家でもいいですか?」
確かになのはちゃん家ならすぐですし、この格好でも問題ないですね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なのはちゃんの家に着いた僕たちは、居間にある机を囲んでいます。
「それじゃあ何から話そうか」
那美さんがそう切り出します。僕たちに確認するためではなく、自分の中で整理するために発した言葉のようでした。
「そうね、まずさっきいたのは、幽霊だよ」
幽霊、ですか。
「幽霊そのものは結構あちこちにいるの。普通は見えないんだけど、悪意とか敵意とか……何かが怨めしいっていう気持ちが高まっちゃうと、ああやって普通の人にも見えたりすることがあるし、そのまま誰かを襲ったりするの。それで、わたしはそういう幽霊やお化けの類を退治しているの」
「どうやって、退治しているんですか?」
さっきは、久遠(多分だけど)が人間の姿になって、電気で倒していました。でも、那美さんはまだ何かを試してみたい、そんな風に感じました。
「わたしはね、神咲一灯流っていう、こういうのに対処する退魔師なの」
「退魔師って言う割には、攻撃をしているようには見えませんでしたけど」
「うん。わたしは、そうやって退治するのは苦手で、ヒーリング……達也君を治したあれね? そっちに適正があったの。だから、霊とお話して成仏してもらってるの」
そこで一度言葉を切り、どこか自嘲の色を帯びた乾いた笑みを浮かべました。
「今日のも、もっと早く見つけられれば退治じゃなくて成仏させられたかもしれないの。でも力が足りなくて、達也君を危険に晒しちゃって、最後は久遠に助けてもらって……」
そこまで言って、首を力なく横に振ります。
「それから、久遠のこと。さっきの幽霊は、死んだ人の想いが形になったもの……久遠は、ああいう幽霊と違って、けものが年を経て変化したもの」
「えーっと……つまり、妖怪みたいなものだと思っていればいいんですか?」
「厳密に言うと違うんだけど、そう思ってもらっても大丈夫」
なのはちゃんの質問に、那美さんが苦笑を零して答えました。
「そういう変化も、人に害をなす類……特に、普通と違う『祟り』って力を使うものは、わたしたちが祓うの。昔は、久遠も少し悪い子で……」
久遠が、退治する対象……。
「それで、わたしのおばあちゃんが退治して、『祟り』の力もほとんどは封印して、今は、さっきみたいにわたしを助けてくれる、本当にいい子で……ね、久遠?」
那美さんは膝の上にいる久遠を優しくなでます。そうして、やるせない声色で続けました。
「でも、封印はいつまでもしておけるわけじゃなくて。……そうやって封印された『祟り』は、封印が解かれるとひどく暴れるの。その時、久遠がいい子になっていなかったら、わたしの手で、切るって、約束したの」
それが、那美さんと久遠の間にあった問題。先週受けた、質問の真実。
「封印が解けるまで、あと10日かな。わたしは、最後まで、久遠を信じたい。……信じたいの!」
ずっと、1人で抱えていたのでしょう。那美さんは、溢れる感情をもてあまして、涙を零しています。先週僕が言ったことも、負担になってしまっていたのかもしれません。
「那美さん」
細かく震えている那美さんの手をとって、語りかけます。
「僕には、それがどれだけ大変なことなのか分かりません。だから、待っています。なのはちゃんと、那美さんと、久遠とまた4人で遊びましょう」
もし、駄目だったら。口にするのも怖いけれど、言っておかないといけない気がする。
「もし、駄目だったら」
「そのときは、達也君慰めてくれる?」
那美さんは僕の言葉をさえぎって、どこかからかうような声色でいいます。万が一でも想像したくないのでしょう。……でも、戻ってきてくれるのなら大丈夫だと思う。
「慰められませんけど……泣きましょう? なのはちゃんと一緒に、思いっきり」
一瞬、きょとんとした顔をしましたが、すぐに泣き笑いのような顔になって、大きくうなずいてくれました。
「あはは……何か、達也君には恥ずかしいところばかり見られてる気がする」
ようやく落ち着いたのか、那美さんはようやく僕の手を離してくれました。まだ顔が若干赤いですが、羞恥から来るものですかね?
「ほら、くーちゃんおいで」
じっと話を聞いていたなのはちゃんが、久遠を呼びます。
「くーちゃん、これはね、達也君からもらったなのはの宝物なの。……だから、絶対に返してね」
そう言いながら、久遠の首輪に僕が渡したヘアピンを取り付けます。
「……そうだね、那美さんだけじゃなくて、僕やなのはちゃんも友達だもんね。『祟り』なんかに負けるな、久遠」
「……くぉん!」
僕となのはちゃんと那美さんが見つめる中で、久遠は力強く鳴きました。これなら、大丈夫かな。
何とか更新できました。
忘れていたとらハの知識を確認しつつ、しかも駆け足でやっているので違和感が無いようにまとめるのに苦労しました。
まだまだおかしな部分もあるかとは思いますが、今のわたしにはこれが限界でした。
それから、前回のなのはの久遠に対する呼び方を「久遠ちゃん」から「くーちゃん(原作仕様)」に訂正しました。