014 那美さんの親類がやって来るみたいです
那美さんが落ち着いてしばらくしてから、恭也さんと美由希さんが帰ってきました。汚れて血がにじんでいる僕の制服を見て、少し訝しげな表情を浮かべましたが、「転んだ」と説明すると、納得した表情を浮かべてくれました。……実際、背中を強く打たれた以外は、転んだだけですしね。その時の痛みも那美さんに治してもらっていますし。その時に美由希さんを那美さんに紹介できたのはよかったと思います。結構あっさりと意気投合していたので、これからもいい関係を続けてもらえたら、と思っています。
その後は、母さんが迎えに来るまで遊んでいましたが、なぜかいつも以上に周りのことが気になってしまい、思いっきり遊べませんでした。やはり、襲われたのが原因なのかな、と思っていましたが、家に帰ってから原因がわかりました。どうやら、霊能力に目覚めた見たいです。と、言っても、大したことはないみたいですが。
何故わかったのかというと、原作改変ノート(仮)に新しいページがまた増えていたからです。『獲得技能』という項目のページが新たにあり、そこに、『霊感(弱)』という項目が増えていました。しかも、今回は今までと違って、その下に説明が書いてあったのです! ……まあクラスに1人はいるくらいの弱い霊感だそうで、幽霊の類がいることを感じられる……かもしれない、ということでした。
そえにしても、本当にこのノートは何なんでしょうか? このページには数字が書いてないのですが。むー……新たな仮説としては、「原作の改変状況」ではなく、「僕とそれに関係した人物の状況」を表している、と考えることはできます。アディリナちゃんの改変状況(暫定ですが)が表示されたのが、アディリナちゃんが、僕にかなり気を許してからだったので、そのタイミングで僕の仲間、とみなされたのではないでしょうか? いや、あくまで推論でしかないわけですが。……それにしても、説明書くらい付けてくれてもよかったと思います。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日付が変わって、幽霊を見てから3日が経ちました。あの後は、アディリナちゃん達も何もなく5人で遊んでいたので、あれ以来はじめての再会になります。ちなみに今日は日曜日。やっぱり久遠のことが気になるので、なのはちゃんと話して、今日は朝から神社に来ています。
「あら、おはよう達也君、なのはちゃん。今日は早いのね」
「おはようございます、那美さん!」
「おはようございます。やっぱり久遠が気になるので来てしまいました」
久遠の運命の日まで、後1週間。僕たちと一緒に遊んだ楽しい記憶を少しでも持っていて欲しいので、時間がある限りは来たいと思います。
「そう……。久遠のこと、気にしてくれてありがとうね」
那美さんは、そう言って微笑んでいます。……あれ、そう言えば。
「那美さん、那美さんがそういう格好でいるのって珍しいですね」
那美さんはいつもの巫女服ではなく、私服を着ていました。ピンクのワンピースの上にジャケットを着ており、普段見ている巫女さんとはまた違った印象を受けます。
「そういえば、いつもここに来るときは巫女さんの格好してたもんね」
「いつもの巫女さんも那美さんらしくていいですけど、今日みたいな格好も似合ってますね」
アリサちゃんを筆頭に何度も怒られてきたので、こういう普段とは違った格好をしているときの対処法は鍛えられているのですよ。
「そ、そうかな? ありがとう……。なのはちゃんも、大変だね」
はにかんでいる那美さんも可愛いですよ。あと、何が大変なんですか、何が。……どっちみち、なのはちゃんに恋愛はまだ早いですよ。
「ふぇ?」
やっぱりよく分かっていない様子のなのはちゃんに、那美さんと顔を合わせて苦笑をもらします。
「あはは……。あ、何でこんな格好しているかだったよね。今日、わたしのお姉ちゃん——薫って言うんだけどね、薫ちゃんが海鳴に来るの」
お姉さん……この時期ってことは、久遠に絡んでだと思うけれど。そう思って、久遠に視線を向けると、那美さんは再び苦笑を浮かべました。
「やっぱり、達也君には分かっちゃうか。……うん、久遠の封が解けるから。薫ちゃんも久遠のことが大好きだから、本当は殺したくなんか無いと思うの。でも、神咲の当主としての義務とか色々あって……きっと、悲しみながらでもやっちゃうと思うんだ」
そう言って、なのはちゃんになでられている久遠を切なそうに見ます。
「くーちゃん、私たちのこと忘れちゃダメだよ?」
なのはちゃんの言うとおり、絶対忘れないでいてくださいね。
「さて、と。それじゃあ薫ちゃん迎えに行くね。……達也君たちも来る?」
少し迷いましたが、久遠も一緒に行くとのことだったので、僕たちも連れて行ってもらうことになりました。
駅前で会った薫さんは厳しそうでしたが、厳しそうだったからこそ、久遠を見たときの優しそうな笑顔が印象的でした。その後4人で翠屋に行って、お昼を食べました(かわいそうでしたが、このときばかりは久遠は外で待機です)。そのときに、たまたま応対してくれたのが士郎さんだったのですが、士郎さんは薫さんを見かけるなり驚いた顔をしていました。
少しだけ時間が出来た士郎さんと薫さんの話を聞く限りでは、薫さんは随分と凄い剣士さんらしいです。
「いや、その若さでそれだけの実力を持っていれば大したものだよ」
「いえ、まだまだです。それに、士郎さんにはとてもじゃないですけど敵いそうにありません」
士郎さんはそう言っている薫さんを見つめていましたが、ふと思い出したかのように言いました。
「そうだ、うちの息子は多分薫さんとそう変わらない実力だと思うんだが、よかったら軽く手合わせしてもらえないかい?」
その提案に、薫さんは少しだけ考えこみましたが、すぐに首を横に振りました。
「その、申し出は大変ありがたいのですが、近々大きな仕事が待っていますので、申し訳ありませんが……」
本当に申し訳ない、という気持ちが伝わったのか、士郎さんは苦笑しています。
「それなら仕方ないさ。ただ、仕事の後に余裕があったら考えてもらえないかい?」
「それなら、是非」
どうやら、合意が出来たみたいです。
「薫さん、お仕事って……くーちゃんのことですか?」
「那美!?」
なのはちゃんが思わずしてしまったであろう質問に、薫さんは信じられないとばかりに席から立ち上がります。
「薫さん、那美さんは悪くありません。那美さんは僕たちに注意してくれていたのに、僕たちが注意を無視したからなんです」
僕が那美さんをかばうと、薫さんは興奮が収まったのか席に着きました。
「「お化けが出るからすぐに帰らないと駄目」。那美さんがそう言っていたのに、寄り道をしたから、僕たちが襲われて。……そのときに、那美さんと久遠に助けてもらったんです」
「そうか。なら仕方ないが……これからは気をつけないと駄目だぞ」
もちろんです。何があるか分かったものじゃないと理解したので、いっそう注意しますよ。
「ふむ。詳しい話は分からないが、裏に関わる、ということでいいんだね?」
しまった、席にはまだ士郎さんがいたんだった。士郎さんはいつもより厳しい表情を浮かべていますが……。
「え、ええ……」
薫さんもバツの悪そうな表情を浮かべています。
「ふむ。物理的にどうにかなる相手なら、私たちでも十分役に立つとは思うんだが……」
「いえ……。今回の相手は、そういうものでは無いので……」
確かに、久遠自身は、斬ってしまえばどうとでもなるのでしょうが、『祟り』をどうにかするとなると、物理的な力だけではどうしようもないんでしょうね。そもそもそれで何とかなるのならもうやっているでしょうし。
「ねえ、お父さん。お兄ちゃんって強いの?」
どこか沈んだ空気が流れましたが、なのはちゃんはそれにも構わずに発言しました。
「うん? ああ、恭也は強いよ。もちろん誰にも負けない、というわけじゃない。でも、誰かを守るためなら、どこまででも強くなれる。——それが、御神の剣だからね」
誰かを守るための剣、か。
「なら、お兄ちゃんに那美さんを守って欲しいの。……那美さん、きっと凄く無茶をすると思うから」
……気付いていたんだ。おそらく那美さんは、自分のギリギリまで粘って、それまで周りの手出しを絶対に許さないだろうから。
「なるほど。……薫さん、なのははこう言っているが、那美さんを守る、という役割は必要かな?」
「恭也さんの実力がどのくらいか分からないので何ともいえませんが……。那美を守ってくれる人がいてくれれば助かるのは事実です」
そこで一旦言葉を切ると、薫さんは口をゆがめながら那美さんのほうを見た。
「那美は、見ての通り運動神経に難があるので。もし本当に私と同じだけの実力があるのなら、こちらからお願いしたいと思います」
「ならすぐに呼び出すから、うちの道場で軽く相手をしてみてくれ。もちろん、それで役に立たないというのなら連れて行かなくても構わないよ」
士郎さんは、そう言い残して仕事に戻っていきました。
その後、家にいたという恭也さんは薫さんの眼鏡にかなったらしく、約束の日(封が解ける日のことみたいです)の前日から泊り込みで神社に待機することになりました。詳しい話を聞いた恭也さんは
「妹とその恩人の頼みだ。よっぽどの無茶でもなければ、かなえてやりたいと思いますよ」
気負いの無い笑みを浮かべながら、そう言っていました、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ただ今、那美さんが現在住んでいて、薫さんも以前住んでいたというさざなみ寮へと向かっている途中です。薫さんは相当久しぶりに来ることになったみたいで、とても楽しみにしています。……んー、それにしても、何かいる気がするんだけど。
「達也君、何かさっきから気にしてるみたいだけどどうかしたの?」
話に集中し切れていない僕に気付いたのか、那美さんが声をかけてくれました。
「あ、いえ……。何かがいる気がするんですけど、何も見えなくて。多分気のせいなんでしょうけど、ずっと気になってて……」
僕がそう言うと、那美さんと薫さんの表情が厳しくなりました。
「達也君、その違和感っていつから感じてる?」
「ここ数日ですけど」
たぶん、というかまず間違いなく、霊感(弱)を得たからなんでしょうけどね。
「もっと具体的に言って」
随分としっかり問い詰められていますが、何かまずいんですか?
「多分、幽霊に襲われた後からだと思いますけど」
「……薫ちゃん、確認してもらっていい?」
「ああ。ちょっとごめんよ」
薫さんは、僕の額に指を近づけて目を瞑り、集中しています。
「うん、間違いないね。ごく微弱だけど、霊能に目覚めてる」
「そんな……」
霊能ってなに? ……霊感(弱)のことだと思うけど。
「ふぇー……達也君も那美さんみたいな力持ってるの?」
感心したような声を出していますがなのはちゃん、僕にはそんなものはありませんよ?
「分からないけど、幽霊とかは見えるようになるかもしれないね」
勘弁して欲しいですが。
「にゃ!? それならなのははいらないの!」
まあ、あれだけお化けを怖がっていたなのはちゃんですからね。当然の反応でしょうね。
「すいません、話がよく分からないんですが……」
僕となのはちゃんに謎の言葉だけを残して、2人で話し合っている那美さんと薫さんに声をかけます。
「あ、ごめんごめん。えっとね、霊能っていうのは、んー……わたしたちみたいな、普通じゃない力のことを言うんだけど」
薫さんは見たことないので分からないですけど、那美さんが僕を治してくれたあれとかでいいんですよね。
「普通に持っているだけなら特に問題ないの。でも、幽霊とかは霊能を持っていて、しかも幽霊にとって脅威にならないような人を狙う傾向にあるから、注意が必要なの」
そういう非日常的な話は勘弁して欲しいんですけど。鍛えたところで、何か役に立つような力になるんですかね? そもそも、霊感(弱)ですから、鍛え上げてもろくなものになるとは思えないんですが。
「だから、その力がこれ以上成長しないように封をしたいんだけど、いいかな?」
「いいも何も、さくっとやっちゃってください」
躊躇うことなく僕が答えると、那美さんは驚いた表情をしました。
「? どうかしたんですか?」
「う、ううん。達也君みたいな年頃の男の子ってそういう不思議な力にあこがれたりしそうなものだけど……達也君は欲しいとは思わないの?」
まあクラスの子とかだと、欲しがる人のほうが圧倒的に多いんだろうなぁとは思います。でも。
「まあ欲しくない、といったら嘘にはなりますけど、そんな危険があるのならいらないですよ。僕はなのはちゃんうや久遠と遊んでいられればそれでいいです」
そういって、僕をじっと見ていた久遠をなでます。
「あれ、わたしは入ってないの?」
那美さんは、少しだけ悲しそうな顔をしています。
「もちろん、入ってますよ」
そういうと、那美さんは嬉しそうに微笑みました。
「那美……」
あ、薫さんがあきれたように那美さんを見ています。
「薫ちゃん!? これは違うの! えっと……」
何でもいいけど、那美さんは自爆が多すぎると思います。
更新しました。
感想でもチラッと触れ、本文中にもある程度書きましたが、「致命的なトラブルに遭わない」というのは、不可避あるいは受動的なものに限られるので、自分から関わっていった場合は、危険な目にあう可能性は十分にあります。
つまり、走っている自動車に自分から突っ込んだら、当然命に関わりますよ、ということです。