015 約束の日が来たみたいです
いよいよ明日が那美さんと久遠の約束の日になります。あれから、なのはちゃんと一緒に久遠と遊べるだけ遊び、今日も今日とて遊んでいました。さすがに、この期間はアディリナちゃん達との付き合いが悪くなったので文句を言われましたが、詳しい事情を伏せながら「大きな手術前の子みたいな感じ」と説明したら、「しょうがないわね。でも無事終わったら、ちゃんと私たちにも紹介しなさいよ!」と、送り出してくれました。あ、ちなみにこの言葉はアリサちゃんです。さすがアリサちゃん、漢前です。
「達也君、くーちゃん大丈夫かな……」
今日は、なのはちゃんの家にお泊りです。お泊まり会に僕が行くことはあまりないのですが、やっぱり那美さんと久遠のことが心配なのか、珍しくなのはちゃんが頼みこんできました。もちろん誘われることがないわけではないのですが、なんだかんだと理由をつけて断っています。これに関してはアリサちゃんやすずかちゃんも苦笑して許してくれています。
「うーん……分からないけど、僕たちに出来ることなんてもうないからね。那美さんと久遠と恭也さんを信じてもう寝ようか」
「え!? ね、寝ちゃうの?」
なのはちゃんは起きているつもりだったんでしょうか。別にそれでも構わないとは思いますが。
「うん。那美さん達を信じてるから、明日終わった後に遊んだりするためにも早く寝ようかなって」
「そっか……うん、そうだよね」
少しだけ考え込んでいたなのはちゃんでしたが、最後には納得していました。
「それじゃあ電気消すよ?」
「あ、待って」
もう10時近くになっており、小学2年生が起きているには遅い時間なんですが……。
「その、達也君。一緒に、寝てもいい?」
一緒にも何も……あ、もしかして同じ布団で、ということですか? 年齢的にはまずいという訳ではないですけど、さすがに男女が同じ布団というのはどうかと思いますよ? ……あともしばれた、ら士郎さんや桃子さんにからかわれて大変なことになりそうというのもありますが。
「ダメ、かな……?」
上目遣いで僕を見つめるなのはちゃん。その目を見るだけで、いいか、と思えてしまうあたり、やっぱりなのはちゃんには甘いんですよね。……今更ネタが1つや2つ増えたところで、今までに色々あったことだけで十分からかわれることは間違いないから、放置しても問題ないといえばないといえます。
「ん、まあいいよ」
結局なのはちゃんに負けて、一緒の布団で寝ることになりました。なのはちゃんのベッドではなく、床に敷いた僕の布団に入っています。まあ、ベッドに2人で入ってベッドから転げ落ちるとかが怖いので別に構わないのですが。
「……なのはちゃん?」
なのはちゃんはすぐに眠りにつきましたが、よく見ると小さく震えていました。久遠のことが不安なんですね。……考えてみれば当然のことではあります。幼いころに士郎さんが大怪我で生死の境をさまよっていて、普通の小学2年生より“死”に敏感なのかもしれません。もう会えないのかもしれない、士郎さんみたいになったら、那美さんや恭也さんは大丈夫なのか——数え切れないほどの不安が、本人も気づかぬうちになのはちゃんを追い詰めていたのでしょう。
「大丈夫、大丈夫だから、ね」
なのはちゃんの小さな体を抱きしめると、少しだけなのはちゃんの震えが収まった気がします。きっと、大丈夫だよね……。そう思いながら僕の意識も眠りについていきました。
「なのは、達也君、起きてる?」
ドアのノックで目を覚ましましたが、返事をする前に開けられました。桃子さん?
「あらあらあらあらあら」
何か用事があったのだとは思いますが、桃子さんは僕たちに何か言う前に部屋を出ていきました。……よく分からないけど、もう一回寝よう。さっき目に入った時計だと6時前だったし。そう思い、手の中に感じる暖かいものを抱きしめながら再び目を閉じました。
眩しい。ウトウトとしたあたりで、視界が白く染まるとともに何か物音が聞こえた気がするので目を開けると、カメラを抱えた桃子さんがいました。一瞬、何をしているのだろうと思いましたが、昨日の寝る前の会話を思い出すや否や眠気が完全に吹き飛びます。
「仲好しさんねー」
カメラは持ったまま、桃子さんがにやにやと笑っています。
「それにしても、ガードの固かった達也君がそんなことをするなんてね」
何を言っているんだ、と思いましたが、よく見てみると桃子さんの視線は僕の顔から逸れていました。おそるおそるその視線の先を見てみると、なのはちゃんがいました。僕の、腕の中に。僕の胸に顔をうずめて。
「あーっと、これはですね」
「大丈夫、大丈夫。2人の結婚式にはちゃんとこの写真使うから!」
話を聞いてください。
「う、うぅん……」
なのはちゃんが目を覚ましたみたいです。
「あれ、おかーさん……? おはよう……」
「うん、おはよう。なのは、達也君に挨拶は?」
「たつやくん……? たつやくんがなんでいるの……?」
どうやら目の前すぎて気付いてないようです。
「なんでかしらね。でも、なのはが抱きついているのは誰?」
なのはちゃんは、自分の手が誰かのパジャマをしっかりと握っていることを確認してから、おそるおそる視線を上へと向けていきました。
「おはよう、なのはちゃん」
なのはちゃんと目があった時点で挨拶をします。
「ふ、ふぇ!?」
何が何だか分かっていないみたいです。誘ったのはなのはちゃんですけど、覚えてないんですか? まあ抱きしめたのは僕からですけど。
「で、達也君。なのはに聞いても無駄そうだけど、何があったの?」
「……なのはちゃんが一緒に寝よう、って言ったんですよ」
まあ全てを言う必要はないですよね。
「じゃあ達也君もなのはも無意識にお互いを抱いてたの?」
「……まあ、僕の方はなのはちゃんが震えていたから、抱きしめてあげたんです」
正直に言うかどうかなやみましたが、この人相手にあまり嘘をつきたくはなかったのでそのまま伝えました。……理由があった方が安全だろうとの判断もありますが。
「そう。なのはは、何か覚えてる?」
「え……う、ううん。何か嫌な夢を見たことだけは覚えてるけど、それ以外は何も」
まあ、寝ている時の記憶なんてそんなものですよね。夢を見ていたと覚えているだけまだ残っているほうだと思います。
「そっか、じゃあきっと、その時に達也君が抱きしめてくれたのね」
機嫌のよさそうな桃子さんですが、何か用事があったんじゃないですか?
「それで桃子さん、こんなに朝早くにどうしたの?」
僕が質問を投げかけると、桃子さんは先ほどまでの空気を払って、真剣な表情を浮かべます。
「あ、そうそう。さっき恭也が帰ってきてね」
この時間に恭也さんが帰って来たということは、何かあったんでしょうか? 僕となのはちゃんに緊張が走ります。
「それで、2人に伝言。「無事終わった。ただ、神咲さんも久遠も疲労しているから、午後になったら家に来るそうだ」ですって」
よかった、2人とも無事だったんだ……。
「達也君!」
感極まったように、抱きついているなのはちゃんが力を強めます。
「詳しい話は知らないけど、よかったわね。それから、朝ご飯もう食べられるけど、どうする?」
なのはちゃんと顔を見合わせて、どちらからともなく頷きます。
「食べるの!」
もうすっかり眠気は吹き飛んでしまいましたしね。午後がとても待ち遠しいです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、午後になりました。この喜びをすぐに伝えたいとばかりに電話をかけようとしたなのはちゃんを止め、アディリナちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんにメールで状況を伝えました。すぐに、とはいきませんでしたが、9時前には返事が返ってきました。3人とも今日は時間があるようなので、一緒に久遠に会うそうです。久遠のことをどこまで話すのか、という問題はありますが。
「それでなのは、その久遠って子たちはいつ来るの?」
お昼を食べてから高町家に集合したいつものメンバーです。
「んー……午後としか聞いてないから、いつ来るかはわからないの。でも、3時くらいまでには来ると思うよ」
まあそれ位までには来るでしょうね。それより遅くなるようだったら、夕方なり夜なり別の表現を使ったでしょうし。
「そう。なら、来るまでは遊びましょ」
僕達も、何の心配もなくこのメンバーで遊ぶのは久しぶりですしね。せっかくだから楽しみましょう。
「私の勝ちだね」
「うにゃー負けたー……」
何故かトランプをすることになり、ババ抜きをやっていました。最後に残ったのはすずかちゃんとなのはちゃんだったのですが、さすがに思っていることが表情に出やすいなのはちゃんがババ抜きをするのは無謀だったようです。その割に自分自身の不安を隠すのは上手いからタチが悪いんですよね、となのはちゃんを見ていると、インターホンが鳴りました。
「はーい、今行きまーす」
なのはちゃんが行きました。那美さんだといいんですけどね。
「お邪魔しまーす……」
那美さんでした。しっかりと久遠を抱えてやってくるのを見て、久遠が助かったんだ、とようやく実感することができました。
「こんにちは、那美さん」
どうやらなのはちゃんは飲み物を取りに行ったようなので、こちら側で唯一面識のある僕が挨拶をします。
「あ、達也君、こんにちは」
那美さんは僕に挨拶をしましたが、すぐに固まってしまいました。
「……那美さん?」
「あ、ううん。話は聞いてたけど、達也君の友達って本当に可愛い娘ばかりなんだなぁって……」
そう言って、どこか落ち込んでいる那美さん。まあそうですよねぇ。学年にいる可愛い子を全部集めました! って感じのグループだし。あ、僕は違いますよ? 容姿は精々中の上くらいです。
「達也、何でもいいけど私たちも紹介してよ」
あ、そうでしたね。
「えっと、この人は神咲那美さん。前話した久遠の飼い主さんで、忍さんや恭也さんと同じ風芽丘の2年生」
そう紹介すると、那美さんは少し慌てたようにお辞儀をする。
「で、那美さん、僕の友達でアディリナ・バニングスさん、アリサ・バニングスさん、月村すずかさん」
どうでもいいですが、普段と違う呼び方をするとすごい違和感があります。
「さっき僕に話しかけた、いまいちやる気なさそうな感じの子かアディリナちゃん、アディリナちゃんそっくりで生意気そうなのがアリサちゃん、もう一人の黒髪の子かすずかちゃんで、落ち着いたように見えるけど実際はこのグループ最大権力者」
嘘は言っていませんよ、嘘は。アディリナちゃんは自覚があるのか苦笑していますが、アリサちゃんは青筋を立てんばかりに怒っていますし、すずかちゃんも怒っていないように見えて、内心穏やかではないみたいです。
「ちょっと達也、どういうことよ!?」
「達也君、その言い方はないと思うな」
「あ、あはは……ちょっと言い過ぎました、すいません。でも、みんないい子だよ?」
予想以上のアリサちゃんとすずかちゃんの怒りに思わず敬語が出てしまいます。
「いいえ、許さないわ。さて、どうしてくれようかしら」
「うん。最近私たちと遊ぶ時間も減ってたし、何をしてもらおうかな」
どうやらやりすぎたようです。まあ2人ともさっきの言葉だけじゃなく、すずかちゃんが言ったように一緒にいる時間が減ったことが根底にあるのでしょうが。
「ふふ……本当に仲がいいのね」
2人に追いかけられている僕を見て、那美さんが笑みをこぼしました。そうやって笑われるのはさすがに恥ずかしかったのか、アリサちゃんもすずかちゃんも顔を赤くして座りました。
「あれ、みんなどうしたの?」
急に騒ぎが収まったのを不審に思ったのか、飲み物を持ってきたなのはちゃんが首をかしげています。
「別に何でもないわ。……達也がちょっと変な紹介をしただけで」
さすがアディリナちゃん、ナイスフォローです。
「そうなんだ」
そうなんです。なのはちゃんは特に気にした様子もなく、飲み物を配っています。
「でも私たちだけ言われるのも不公平だから、なのはも紹介しなさい」
命令形なんですね。まあいいですが。
「こちら高町なのはさん。運動が苦手なのに、相手と話をするためなら手を出すことも厭わない熱血さん。……ついでだから那美さんもやろうか」
なのはちゃんの紹介は笑って聞いていた那美さんでしたが、僕のその言葉を慌てて止めようとしました……が、止めませんよ?
「さっきも言ったけど神咲那美さん。おっとりしたように見えて、実際その通り。あと期待を裏切らずに見た目どおり天然な、巫女さん」
僕の言葉にうなだれていますが、実際那美さんの印象はそんなものだと思います。僕の言葉に怒った様子を見せていたなのはちゃんですら、苦笑していますし。
「ここまできたんだから達也もやりましょうか」
え、僕ですか?
「まあいいですが。清水達也、なのはちゃんの幼馴染でアディリナちゃんのクラスメート。男子の友達がいないわけじゃないけど、一番仲がいいのはこのメンバー」
「なんで自分は普通に話してるのよ……。まあいいわ、私がやってあげる」
どうやら僕の自己紹介が気に食わなかったみたいです。アディリナちゃんが僕を紹介してくれるそうです。
「こちら清水達也君」
あ、そこからやるんですね。でもアディリナちゃんに君付けで呼ばれるのは何かこそばゆい感じがします。出会った時から呼び捨てでしたし。
「さっきも言った通りこのメンバーが一番の親友で、ハーレムをつくるために日々誰かを攻略中」
ちょ、何言ってるんですか!? 別に落とそうとかは思っていないですよ? 友達のために頑張っているだけなのに、その言い方はひどいと思います。……まあ、アリサちゃんの件については思い当たる節が無いではないですが。 そ、それに、すずかちゃんに関しては、何したのかと言う記憶は無いのですが。ほら、言いがかりですよ、アリサちゃんだけですし。
アリサちゃんの顔が赤くなるのは想定の内ですし、最近の様子からすずかちゃんが恥ずかしそうに顔を伏せるのもいいでしょう。……いまいち分かっていないなのはちゃんはある意味平常運転ですね、誰も突っ込もうともしませんし。
「あ、やっぱり普段からそうなんだ」
それから那美さん、あなたは何を言ってるんですか。那美さんにまでそう思われていたんだとしたら、もう何も信じられなくなりそうです……。
バイトの日恒例の早めの更新です。
本来ならこれで那美編が終わる予定でしたが、予定外に長引いたため次回に延長です。
そのため、内容が薄いのは勘弁してください。