031 とうとう物語がはじまったみたいです
「あ、達也君。今ちょっと時間大丈夫かな?」
アディリナちゃんと一緒にいたところ、急になのはちゃんから電話がかかってきました。同じタイミングでアディリナちゃんにも電話がかかって来たので、なにかあったのでしょうか?
「平気だけど、どうしたの? 今日塾だったよね」
「う、うん、そうなんだけど……」
なのはちゃんが言うには、塾に行く途中の公園で、怪我をしているフェレットを見つけたそうです。それで病院に連れて行ってあげたいけど、なのはちゃんたちは塾があるから申し訳ないけど僕たちでそれをやってくれないか、とのことでした。
「僕はいいけど……ちょっと待ってね。アディリナちゃん、そっちの電話もフェレットのこと?」
たぶん大丈夫だとは思いますが、アディリナちゃんに確認を取ります。今はバニングス家の車で移動中なので、アディリナちゃんの都合によっては無理になってしまいます。
「ん? あ、ちょっと待って。そうよ。アリサの頼みだし、連れていきたいけど達也は平気?」
やっぱり同じ内容だったみたいです。アディリナちゃんの言葉に頷きを返すと、なのはちゃんに返事をしました。
「さて、と。鮫島、臨海公園まで行ってちょうだい。そこでフェレットを回収したら、動物病院まで」
「かしこまりました」
アリサちゃんも含めて、普段はお嬢様、という雰囲気ではないのですが、こういう時は凛としていて、やっぱり良家のお嬢様なんだなぁと思います。
「……何よ?」
「何でもないよ」
アディリナちゃんが怪訝そうな目でこちらを見てきますが、本当に何でもないですよ。ただ、格好いいなぁと感じただけで。
「怪我はそんなに深くないけど、随分衰弱してるみたいね」
槙原動物病院、という病院にフェレットを連れてきて診察してもらったところですが、とりあえず大丈夫なようでほっと一息。
「どこかのペットだったのかしら? それに、この首輪についているのは宝石……なのかな?」
院長先生が、首に付けられた赤い宝石を触りながらそう言うと、振動か、声か、はたまた宝石に触られたのが原因か、とにかくフェレットが目を覚ましました。
「あっ」
アディリナちゃんが声を上げました。その時ちょうどアディリナちゃんを見ていたからびっくりしたのかな? ただ、フェレットはすぐに視線を外すと、院長先生、僕と順番に見て行きます。僕を見ていた時間は少しだけ長かったみたいですが、それも少し経つと首を傾げてすぐにまた寝てしまいました。
「……なんだったのかしら」
「さあ……?」
「まあ、しばらく安静にした方がよさそうだから、明日まで預かっておこうか?」
院長先生がそう言ってくれます。正直この子をどうするかはまだ決まっていないので、その申し出をありがたく受けることにしました。
「うーん……家には犬がいるし、すずかの家は猫でしょう? なのはも飲食店をやってるから、安全に預かれるのって達也だけなんだけど、大丈夫?」
動物病院から出て、鮫島さんにウチまで送ってもらっている途中でアディリナちゃんが尋ねてきました。
「聞いてみないと何とも言えないけど、母さんに頼めば多分大丈夫だと思うよ? とりあえず、確認とってからまた連絡するよ」
「了解。ま、無理そうなら気にせず言いなさいよ? 人の出入りがほとんど無い部屋もあるから、最悪そこに放り込んでおくし」
その言い方には苦笑しか出てきませんが、こちらを気にかけてくれているのは分かったので、頷いておきました。
フェレットはとりあえず大丈夫みたいです。ウチで預かれそうなので、明日時間のある人は一緒に迎えに行きましょう……と。
家に帰って母さんに確認してみたところ、あっさりと受け入れてくれました。どうやら、普段わがままを言わない僕が頼み込んできたことが嬉しいらしく、それはもうこちらが引くくらいの勢いで許可をくれました。今は、そのことをみんなに伝える為にメールを打ったところですね。
……っと電話です。アディリナちゃんからか……まだ塾の最中だろうから、当然といえば当然ですけどね。
「あ、達也? メール見たけど本当に平気なの?」
「平気じゃないかも。フェレット飼ってもいい? って聞いたら、こっちがびっくりするくらいの勢いで頷いてたからね。その場で踊りだしかねなかったくらいだよ」
僕が言った光景が目に浮んだのか、電話の向こうで苦笑する気配がしました。
「それは確かに大丈夫じゃないかもね。ま、とりあえず私は明日も暇だから一緒に行くわ。アリサも多分一緒に行くことになるだろうけど」
「ん、了解。それじゃあ、お休み」
さて、明日には元気になってるといいんだけど。
「そっかー。でも、珍しい種類なんだね」
「うん、院長先生はそう言ってた。僕にはフェレットの種類の区別なんて付かないけど」
フェレットの様子を心配したなのはちゃんが、夜に電話をしてきました。今は状況も伝え終わって、ただの雑談と化していますが。
(……か?)
「あれ?」
空耳なのかも知れませんが、何かが聞こえたような気がします。ですが、耳を澄ましてみてもやっぱり何も聞こえません。
「ごめん、達也君。また明日!」
なのはちゃんは慌てたようにそう言うと、僕の返事も待たずに電話を切ってしまいました。んー……なんだったんだろう?
(……え…………こ……)
結局それからしばらく何かが聞こえる感覚がありましたが、すぐに聞こえなくなってしまいました。学校もはじまったし疲れてるのかな、と思ったので、今日は早々に布団に入ろうと思いましたが、ここしばらく確認していなかったので、久しぶりに原作改変ノート(仮)を開きます。なのはちゃんたちに大きな変動はなし……?
いつもと同じならば、『アディリナ・バニングス』という項目のページなのですが、そこに新たな項目が増えていました。『原作』という項目があり、そこに『PT事件』と他のものよりも大きく書いてありました。その下に、いつもと同じ大きさで『清水達也:35』『アディリナ・バニングス:15』と2人分の数字が書いてありました。これは、原作がはじまっている……?
アディリナちゃんに伝えるかどうか悩みましたが、夜も遅かったのでやめておきました。どの道、翌日になれば学校で会えますし、都合よくなのはちゃんたちとは別のクラスなので、休み時間になら2人で話すのは難しくありません。そう思ったので、逸る気持ちを押さえつけ、学校でアディリナちゃんを待ちます。
「あら、達也。こんな時間にいるなんて珍しいわね」
一番早いバスで学校まで来ているので、確かに珍しいですが、今はそんなことはどうでもいいです。まだ朝のホームルームまでは時間があるし——。
「ごめんちょっといい? アディリナちゃん、大事な話があるんだ」
冷静に、冷静に、そう言い聞かせ、真剣な表情でアディリナちゃんに声をかけます。
「え……? ん、わかったわ」
一瞬訝しげな顔をしましたが、すぐに本当に大事な話だということがわかったのか、切り替えてくれました。
「ここだとちょっとあれだから、屋上にでも」
クラスのみんなが何かざわめいているようですが、今はそんな些事を気にしている場合ではないのです。原作改変ノート(仮)を持って、と……。
「達也、何してるのよ! さっさと行くわよ!」
僕がノートを探している僅かな時間に女子に囲まれていたアディリナちゃんが何か怒るように言います。いや、そんなに待たせたわけじゃないからそんなに怒らなくても……。
「……なるほど、ね。確かにこれは一大事だわ」
物語がはじまったらしい、ということを根拠であるノートを見せながら話しました。このノートには、一定以上の信頼を置いていてくれたみたいで助かりました。
「うん。最大の問題は、他の転生者が僕たちに対してどう出てくるか、なんだけど……」
何の知識も無いまま関わってしまったことも問題なのですが、何よりも僕たちがまだ子供だということで、行動の自由が全く確保できていないことが痛いです。これが他の子たちも同年代だったら、条件としては同じなのがせめてもの救いでしょうか?
「ま、そのことについては今悩んでもしょうがないでしょ。それに、早々目立つことは相手もしないだろうしね。さ、そろそろホームルームだし戻りましょ?」
アディリナちゃんは、そう言うとさっと引き返していきました。そして、校舎へと入る扉を開けたのですが……。
「「「きゃぁぁ!」」」
開けた途端に、クラスメートの、それも主に女の子が倒れこんできました。
「もしかしたら、とは思ったけど、本当にやってるとはね……」
呆れたように言うアディリナちゃんですが、一体何の話なんでしょうか?
「頑張ってきなさいよ!」
アディリナちゃんがそうやってなのはちゃんを励ましますが、僕はそれどころではありません。
お昼休み、いつもと同じようになのはちゃんたちとご飯を食べていたのですが、その途中に、なのはちゃんがとんでもないことを言い出しました。
どうやら、昨日のフェレットが何某かの厄介ごとを持っていたみたいで、なのはちゃんはそれを手伝うみたいです。正直、もう少し優しい世界を期待していたのですが、どうやら那美さんが関わっているような危険に満ち溢れた、ふぁんたじぃな世界である可能性が高くなって来ました。
「ほら、達也も何か言いなさいよ!」
アリサちゃん、僕は今結構落ち込んでいるのでそっとしておいてほしいのですが。……まあでも、危険に飛び込むなのはちゃんには声をかけておかないといけませんね。
「ん、何するのか分からないけど、無理だけはしないでね」
そう言うと、なのはちゃんは嬉しそうに頷いていました。
「さて、達也。放課後の予定なくなっちゃったけどどうする?」
放課後、何か練れる対策は無いかと原作改変ノート(仮)をパラパラとめくっていた僕にアディリナちゃんが声をかけてきました。そう言えば、動物病院に行くって話でしたっけ。
「んー……とりあえず、動物病院に一度寄ってみようかとは思ってる。なのはちゃんの家に匿われたことだけでも伝えておかないと」
「あ、そういえばあの動物病院、車が突っ込んできたとかで、壊れてるらしいわよ?」
えー……。明らかに危険度が上昇するキーワードじゃないですか。これは、本当にまずいかも……。
「そっか。じゃあとりあえず、那美さんに何かしてもらえないか聞きに行ってみるよ。久遠と一緒にいられれば少しは安心できるしね」
「そう……。ま、あんまり思いつめないようにね。じゃ、私は家でのんびりしてるわ」
そう言うと、アディリナちゃんは教室から出て行きました。
さて、今からのんびりと歩いていけば、神社に着くころにはなのはちゃんの相談も終わってるかな? 不思議な出来事を那美さんに相談する、ということは聞いていたので、時間が被らないようにだけは注意しておきます。本当は、全然関係ないことに那美さんを巻き込みたくは無いのですが、背に腹は変えられません……。
本当に何か、対策練らないとなぁ……。そう思いながら改めてノートに目を落とすと、信じられない記述がありました。『PT事件(消滅済)』
は……? 既に解決した!? いや、この書き方だと発生すらして無い、って読み取った方が自然かな? そうすると、他の転生者の介入によって事件の根元が断たれたのかな? ……でも、こういう書き方がされてるってことは、PT事件以外にも他の事件も起きるだろうから、本質的には解決していない、か。
さて、現在神社のある山の麓まで来たのですが、なのはちゃんの相談は終わったんでしょうか? 僕がしばらく教室で呆然としていたことに加えて、なのはちゃんはホームルームが終わったらすぐに出て行ったとのことなので、もう結構な時間が経っているはずなのですが……。
「ま、まだ終わってなかったら諦めて待ちますか」
溜め息を吐きながら、そう言って階段を上ろうとしたときのことでした。
「……」
金色の髪と赤い瞳を持った同い年くらいの女の子が、階段を少し上った場所に立っていました。いや、その年齢だからまだ平気だけど、その格好はどうなんだろう……? 随分とタイトな服に黒いマントを着ています。完全に何かのコスプレにしか見えませんが……。
「えっと……微妙だけど、一応やったほうがいいのかな?」
何か独り言を言っていますが、本当になんでしょうか? そんな胴でもいいことを考えていられたのは、一瞬だけでした。
「『転生者』って知ってますか?」
思いもしない言葉を聞いたので、思わず目を開いて硬直してしまいます。どう反応していいのか分からない僕の目の前で、女の子が手に持った棒状の何かを僕に向けてきます。
「……ごめんね」
『Photon Lancer』
申し訳なさそうな声と、無機質な声。2つの声を聞きながら、僕は強い衝撃を受け、意識を失っていきました、
*
更新です(2度目)。
本編か、弓兵か。悩みましたが、両方更新すればいいじゃない、ということで2話投稿です。
2話ともなると、勢いだけでやっている部分もありますので、反応が結構怖かったり……。