032 知ってる人からすると驚きの事実みたいです
さて、ここはどこなんでしょうか? 目を覚ましたのはいいのですが、見たことのない天井が広がっていました。一体何が起きたのやら……。
「あれ?」
体を起こそうとして、全く身動きが出来ないことに気付きました。寝返りをうとうとしても出来ず、視線を体の方にやってみると、菫色の光を放つ鎖に拘束されていました。本当に何なんですか。
「あら、起きたの」
右手の方から声が聞こえますが、目をそちらに向けても人影が見えません。
「ああ、拘束させてもらってるから、無理に見ようとしなくてもいいよ」
「……どうしてこんなことを?」
声の主(受ける印象としては女性かな?) の方を向くことを諦めて質問をすると、こちらを嘲笑うかのような声で返事が返って来た。
「あんな時間にあんな場所にいて分からないの?」
いや、分からないから聞いてるんだけど……。何があったんだっけ、と思い返すと、那美さんに会いに行く途中で、金髪の女の子に襲われたことを思い出しました。あ、転生者って言ってたから、もしかしてその関係? ……あ、結構まずいかも。
「……ちょっと待って、あなたあそこに何しに行ったの?」
僕が色々考え込んでいると、その様子を不自然に思ったのか、慌てたように女性(仮定)が言いました。
「えっと、ちょっと相談をしようかと」
「相談……? 誰に、何についてしようとしてたのかな」
那美さんに、ということは話しても問題ないだろう。原作の登場人物ではないのだし。問題は相談内容だ。転生者だと知られたら、どういう行動に出るか……。
「……金髪の子が僕を襲った側の神社にいる、神咲那美さんに相談に行くつもりだったんだ。内容は、原作が始まったために襲われるかもしれないから、身を守る方法がないか、だね」
悩みましたが、正直に言うことにしました。わざわざ浚ったうえで、拘束までしているのです、殺されはしないでしょう。……情報を引き出した後に処理される可能性もありますが、どの道こんな状況になった時点で、もう僕に抵抗する手段はないので考えても無駄ですしね。
「……驚いた。まさか、あっさり言うとは思わなかったよ」
「ま、こんな状況だしね。それにわざわざ浚って来たんだし、何か知りたいことがあるんでしょ?」
「ちぇ。想像以上に頭が回るみたいね……」
僕がそう言うと、彼女(仮定)は溜め息を一つはくと、何事かを呟きました。
って増えてる!? 鎖が増えてるから!
「さて、と。話し合いをしましょうか」
いや、そんなこと言われても僕はあなたの顔が見えないんですが。そう思っていると、僕をベッドに縛り付けていた鎖が消えて、僕の体が浮かされてベッドの上で起き上がった姿勢になりました。
「悪いけど拘束は完全に解かないよ。まずは、自己紹介から、かな。私は第8管理世界リムーザン出身でローザ・ルフェーブル。一応、ミッド式の魔導師だね」
話していたのは、予想通り女の子でした。明るい紫……僕を縛っていた鎖と同じ菫色の髪を、背の半ばまで伸ばしていました。淡い水色のワンピースを着ており、さらにはだがそれに負けないくらい白いので儚い印象を受けそうなものですが、本人の纏った快活な空気のおかげか、色の白い綺麗な女の子、という感想しか出てきません、
……それにしても、理解できない単語のオンパレードなんですが。理解できたのは名前と出身くらいだけど、その出身にしても管理世界って何?
「私立聖祥大付属小学校3年、清水達也です」
「……」
「……?」
「それだけ?」
何かよく分かりませんが、何かまだ伝えなきゃいけないみたいです。でも、基本的な知識が足りなさ過ぎてどうしようもないのですが。
「それだけも何も、僕には君が言ったみたいな不思議な設定はないよ」
「あーあーあー……わかった。あなた、原作知識がないのね」
確かにありませんが、よくこれだけの会話で判断がつきましたね。そのことを伝えると、
「まあ原作知識なしなら、一連の反応も納得いくしね。……あれ、でも待って。どうして原作が始まっているなんて判断できたのよ?」
あー……話しちゃっていいのかな。いや、原作改変ノート(仮)を見せること自体は構わないけど、なのはちゃんに刻まれたあの大きな数字を見せても平気なんだろうか。……今更か。どの道しばらく見ていれば、なのはちゃんとは深い関係にあるのが丸わかりになるから、那美さんに相談しようとしたんだった。
「僕が持ってたカバンある? あったら、そこから1冊だけ表紙に何も書いてないノートがあるから取ってほしいんだけど」
自分で取れれば問題はないのですが、これだけ警戒されていたら拘束は解いてくれないでしょう。
「……いいわ。カバンはそこにあるから、自分で探して」
そう思っていたのですが、案外あっさりと拘束を解いてくれました。
「別に完全に信用した訳じゃないけど、いきなり攻撃してくることもなさそうだしね。こういう話し合いだと、お互いが信じられなきゃはじまらないでしょ」
不思議そうな目をしていたのが分かったのか、ルフェーブルさんが僕の拘束を解いた理由を説明してくれました。確かに、自由がない状況で話し合いをしても、相手のことをどこまで信じられるか分かったものではないでしょう。まあ僕の場合は、あのノートさえ見せれば納得したでしょうが。
「……ほら、ここ。消滅済って書いてあるけど、『原作』って項目があるでしょ? だから、もうはじまっていると思ったんだ」
根拠となったページを指さしながらそう言うと、ルフェーブルさんは納得したみたいでした。
「なるほど、ね。確かにこれなら原作が開始されたとは判断できるね。で、このノートって何なの?」
パラパラとページをめくりながら聞いてきますが、何なの、と聞かれても僕にもこのノートが何なのか分からないのですよ。
「それは僕の方が聞きたいくらいだよ。気付いたら手元にあったし説明書もないしで、もうあんまり気にしてないし」
「ふーん……。で、このアディリナって娘とアリサの関係は何なの? やっぱり双子?」
あ、さすがに気付きますか。まあ伏せておくほどのことでもないし、いいのかな?
「普通の姉妹だよ。誕生日はアリサちゃんの方が数日早かったかな?」
僕がそう言うと、ノートをめくっていたルフェーブルさんの手が止まり、ありえないものを見るような目で見てきました。……? 何か変なことでもあったのかな?
「え、ちょっと待って。異母姉妹ってこと?」
「そうだよ」
そんなに驚くようなことなのでしょうか?
「もしかしてアディリナって娘はデビットさんの浮気相手の娘とか?」
いや、あの人たちの夫婦関係は良好らしいから、デビットさん(アディリナちゃんたちのお父さんです)は浮気なんてしないと思いますよ。そもそも本人を除いて、家族が女性ばかりだから、下手なことをしようものなら家に帰れなくなりかねませんし。
「ううん。二人とも正式に結婚してるよ?」
僕がそう言うと、ルフェーブルさんは完全に僕のことなんか無視して、そんな、とか描写はなかったけど、とか言ってますが、どうしたんでしょうか?
「もしもーし?」
声をかけてみても、全く反応がありません。リムーザン、でしたっけ? そことは結婚の方式が違っていたので驚いたんでしょうか? 何にしても、ルフェーブルさんは自分の世界に閉じこもってしまっているので、放置される形になっていたノートを手に取り、眺めてみます。
あ、転生者の欄に『ローザ・ルフェーブル』が追加されていますね。ここの一覧に追加されるだけなら簡単なんですが、個別ページは……やっぱりないですね。ある程度親しくならないと増えないみたいです。
「それで、少なくともこの国では、一夫多妻制、ということで、いいのね?!」
ようやく我に返ったルフェーブルさんが、確認するように言ってきました。
「正確に言うと、多夫一妻もあるけどね。夫か妻のどちらかが中心となっていれば、独身の相手に対してはいくらでも婚姻関係を結べる、だったはず」
とても説明はしづらいのですが、男性が複数の女性を妻として持つか、女性が複数の男性を夫として持つかのどちらかなら許されています。どちらも複数を、という声がない訳ではないのですが、遺産分与が大変なことになるとかで結局のところ現行の制度が支持されています。
「ふーん……で、あなたは不思議に思わなかったの?」
「だって僕。転生前の記憶がないから、何が不自然なのか分からないし」
僕の言葉に、ルフェーブルさんは息をのみました。
「そう……。でも、その方がいいのかもね。でもアディリナって娘は?」
少しの間固まっていましたが、やがて大きく息を吐くと、どこか寂しそうな目をして僕に笑いかけてきました。
「アディリナちゃんも原作知識ないしね。「こういう世界なんだ」で終わってたよ」
様々なことについて何回も話し合ってきましたが、結局のところ何が自然なのかを知らないので、大体は「なるようになる」という結論しか出てないんですよね。
「まあ確かに、原作知識がなかったらこの状況が自然なのかどうかはわからないか。……でも、なのはたちの近くにいた転生者があなたたちみたいな原作知識を持っていない人で助かったわ。もし原作知識持ちがかき回してたら、何がどうなるかわかったものじゃないしね」
あ、待って下さい。ルフェーブルさんも知らないんですね。
「なるほど、原作知識持ちは原作開始まで関われない、か。確かに、第97管理外世界近くまで行く便は、いつ見ても満席だったわね」
関われない、ということの一つはそういう形でやられてたんですか。
「それで、この数字って干渉による変化を表していると思うんだけど、私の数字はどうしたら見れるの?」
あ、やっぱりルフェーブルさんもそう思うんですね。これの改変度って考えは確定でいいのかなぁ。
「んー……。よく分かってないけど、とりあえずアディリナちゃんは話してから2日くらい経ったら見えるようになったかな? あ、でも会ったばっかの頃は数字が出る人がいなかったから、そっちが原因かも」
「え? でも、アリサとは家族なんでしょう? 現に一番大きい数字をしてるし」
「アリサちゃんは当時ノートに載ってなかったからね。載った後には、結構大きい数字があったし、たぶんこのノートの主体は僕だから、僕との面識があるかないかじゃないのかな?」
あの時、すぐにアリサちゃんが載らなかったから、いくつか新しい仮説がたてられたんですよね。
「その条件は確かにあるかもしれないけど、私も結構大きい事やってるし、『原作』の方……っていうか、『PT事件』が消滅済になってる原因って私だし」
あ、そうなんですか? でも原作の方って全く考察できていないのであんまり役に立たないんですよね。
そのことを伝えると、ルフェーブルさんは少し考え込みました。やがて顔を上げると、何かを確かめるようにこちらに質問をしてきます。
「影響した登場人物と個別ページの出現に関してはある程度信頼してもいいのよね?」
「たぶん。何回も試してみるって訳にはいかないから、確信は持てないけど」
「じゃ、いいわ。ちょっと人を呼ぶから待っててちょうだい」
そう言ったので、どこかに人を呼びに行くものだと思ったら、その場を動かず、じっと黙りこんだだけでした。
「よし、と。すぐに来ると思うから」
「え? 何もしてないのに来るの?」
僕の疑問がおかしかったのか、ルフェーブルさんは苦笑を浮かべると驚きの言葉を僕に告げました。
「ああ、やっぱり何も知らないのね。これは念話っていって、魔法の一種よ? かなり簡単だから、すぐに覚えてもらうわ」
「魔法?」
そんなものは初耳です。霊感(弱)ならありますが、魔法なんてものも使えるのでしょうか?
「そ、魔法。フェイトに頼んであの場所に来た魔力を持ってる現地の人を浚ってもらったからね。あなたも使えるのよ」
そうなんですか。フェイトっていうのは、あの金髪の子なんですかね? まあ念話は使えたら便利なのでしょうし、覚えさせてもらえるのなら頑張って覚えますよ。
「ローザ、入るよ?」
本当にきました。魔法ってすごいですねー。
「あ、ちょっとだけ待って。さて、達也君。登場人物欄に名前は増えてる?」
何をさせるのだろうと思いながらも、とりあえずは言われるままに確認してみます。
「増えてないですね」
「じゃあそのまま確認してて。フェイト、入ってきて」
入って来たのは、僕を襲った金髪の子でした。この時点で増えないのも予想どおりです。
「えっと……」
浚ってきたはずの僕が、ルフェーブルさんと仲良くしているのが不思議なのか、どう反応していいのか分からないようです。
「ごめんね、フェイト。嫌なことさせちゃったけど、どうやらこの子は大丈夫みたい。ほら、自己紹介」
「ううん。ローザは私たちを助けてくれたから、これくらいはいいよ。……えっと、フェイト・テスタロッサです」
テスタロッサさんが僕に向かって名前を言うと、すーっと登場人物欄に『フェイト・テスタロッサ』の名前が浮かんできました。……50という微妙な数字があるのは、今の会話や襲われたからなんですかね?
「えー……清水達也です」
それにしても、何か元気がないみたいだけど、どうかしたのかな?
「どう、達也君? 私の名前は増えた?」
あ、そう言えばそれを知りたかったんですね。確認してみますが、ルフェーブルさんのページはやっぱりありません。さて、条件は何なのやら……。
「これでも駄目なの? 達也君、後考えられる条件はないの?」
えー……急にそんなことを言われても。
「うーん……。あ、そう言えばアディリナちゃんとは結構すぐに仲良くなったからそれが原因かも」
ふと思いついたので思わず口から出たのですが、すぐに後悔することになりました。
「ふーん。じゃあこうすればできるかな?」
そう言うと、ルフェーブルさんは僕に抱きついてきました。
「ちょ、いきなり何を!?」
慌ててはがそうとしても、全然離れてくれません。ちょ、頬とはいえキスするのはどうなの!? ほら、テスタロッサさんが真っ赤になってこっち見てるからー!!
*
更新しました。昨日できなかった理由は活動報告にあります。
反応が怖い回です。でも、この流れは前々から決まっていました。一応伏線的なのもあるので、勘弁してください。
それから、バイト直前にあわただしく更新しているので、普段以上にミスが多いかも。