033 魔法を使うのは大変みたいです
「さて、私の名前は入った?」
……唐突にそういうことをするのはやめてください。それからテスタロッサさん、見ないようにしているつもりなのでしょうが、指の隙間からばっちり目が見えますよ?
「ちょっと待って……ん、入ってないね」
地味にテスタロッサさんの数字が増えたこと以外はそのままです。
「そう……。あ、フェイトもう戻ってもいいよ」
テスタロッサさん……。首を傾げながら戻っていきますが、何のために来たのか分からなかったんでしょうね……。
「さて、と。真面目な話に戻りましょうか」
さっきまで浮かべていた楽しげな様子は影を潜め、ルフェーブルさんは真面目な顔をしました。
「まず、随分簡単にそのノートについて教えてくれたけど、奪われたりとかする可能性は考えなかったの?」
……あ、そう言えばその可能性もあったんですね。
「全く考えてなかったよ……。それが何の役に立つのかよく分からないしね」
一応転生者の判別は簡単に出来るので、全くの役立たずではありませんが、役に立ったといえるのが、アディリナちゃんと話すきっかけになったくらいですし。それにしても、お互い何も知らない状態でも似た空気を感じたのか話しかけてきたので、ノートがなくても友人関係は築けたでしょうし。
原作の開始時期が読める、というのがつい最近分かりましたが、もうはじまっている以上なくても困らないし、原作知識持ちの転生者には簡単に見破られる事が今回の件で明らかになったから、相手に先手を打たれる方が早いだろうから、こちらでも役に立つとは言いがたいですし。
「でも、自分の改変度が分かるのは大きいんじゃない?」
「比較対象もないのに、大きいか大きくないかなんて分からないでしょ? 現状親しくない人の改変度を調べる方法が無いからお互いの順位もわからないし」
せめて、お互いの順位だけでも分かれば違うんですけどねぇ。
「それは、まあ……」
ルフェーブルさんも納得してくれたみたいです。それに、僕は頼みたいことも無いし、改変をやりたい人がいれば勝手にやっていれば言いと思ってますし。僕たちに迷惑がかからない範囲で、ですが。
「まあ、そっちについては納得してあげる。じゃあ次ね。これもあっさりと私に色々話してくれたけど、それについてはどうなの? 拉致した上で監禁までして……最初は拘束までしていた相手よ?」
あー……そっちですか。
「まあ心のそこから信じた、というわけではないよ? ただそれでも、わざわざ浚ってきた以上は何か聞きたいことがあるんだろうな、と。少なくともその確認が終わるまでは、危害を加えられたりしないだろうな、という予想もあったしね」
本当はノートのことまで話すつもりはなかったのですが、成り行き上話さざるを得なくなってしまいました。ただ、そこまで正直に言う必要はありません。多少なりとも「相手を信じた」という意味にはなるはずです。
「それに僕に抵抗する手段なんて無いしね。拷問でもされるくらいなら、協力者としての立場を確保した方がずっと楽だよ。そもそもにおいて、僕に転生者同士の争いに関わる意思は無いしね」
「そう……。その争いに関わる意思はない、という言葉に嘘偽りは無い?」
これは、一応協力者として認めてもいい、ということかな? どの道本心からの言葉なので頷きます。
「そ。じゃあ着いてきて」
そう言うと、ルフェーブルさんは僕に背を向けて歩き出しました。慌ててついていきますが、さすがに無防備すぎませんか?
「あなたに合わせたかったのはこの人」
案内された部屋には、ダークグレーの髪をした女性が眠っていました。随分と深い眠りについているみたいで、部屋に入った僕たちに全く反応しません。それにしても、顔色がよくないみたいですが……。
「この人は?」
「プレシア・テスタロッサ。フェイトの母親ね」
なるほど。でも顔はともかく、髪色は全然違うんですね。
「大分顔色が悪いでしょ? 一応、私が魔法で症状を押さえ込んでるけど、私の魔導師ランクはさして高くないから、本当に気休めね。デバイスでかなり補助されてるといっても、素人がどうこうできる状況じゃないのよ」
で、僕にどうしろと? 残念ながら、僕の医療知識はそこらへんにいる小学生よりはマシ、程度のレベルでしかありませんよ?
「本来なら、私たちの世界にいる医者に見せた方がいいんだけど、本人が拒否したのよね。……まあどの道、病院に行くには色々とやってきた後ろ暗いことの清算をしなきゃいけないけど、それまで体が持つかが怪しいのよね」
後ろ暗いことしてるんですか。プレシアさんの側に何かいる気がするのは、その人たちから恨みでも買ったからでしょうか?
「八方塞じゃないですか。僕自身にできることはないですよ?」
「いいえ。第97管理外世界……地球なら、そんなしがらみとは関係なく診てもらうことが出来るの。換金出来る様な貴金属は確保してあるから、こんな身元の保証も出来ないような患者を治療してくれる医者がいれば、だけど……」
なるほど。つまり、身元が明らかでない、怪しさ満点の患者さんを診てくれる医者がいればいいんですね?
「つまり、そんな医者を探せってことでいいよね? 一応当たってみるけど、見つからなくても文句言わないでよ?」
「そこについては、見つかればラッキー程度だから。何事もなく進めば問題ないと思うし、そもそもこの頼み自体が、念のため程度のものだしね。魔法知識なしでどこまで治療できるかがまず疑問だもの」
……? よく分かりませんが、とにかく医者を探してこればいいんですよね? 一応那美さん、士郎さん、忍さんと怪しいことに関係した医者を知ってそうな人は沢山いるので、誰か1人くらいは条件にあった人がいるでしょう。
「ん。とりあえずそれは分かったよ。とりあえず、僕が協力する以上、僕とその周りについては手を出さないでよ。……それで仮に見つかったとして、どうやって連絡すればいいの?」
アディリナちゃんも身を守る手段は持ってませんしね。同じ転生者という側面がある以上、これだけは守ってもらいたいと思います。
「……ま、わざわざ敵を増やすつもりもないしね。あなたがこちらに協力してくれるのなら手は出さないわよ。それから、連絡手段については前に言ったでしょ? 念話を覚えてもらうって。それで連絡さえくれれば、私かフェイトか……2人とも駄目ならアルフに迎えに行ってもらうから」
一応口約束とはいえ最低限度の安全は確保できたとしますかね。
「迎え……? 帰りに道を覚えるとかじゃダメなの?」
アルフ、というのが誰なのかは知りませんが、わざわざ迎えが必要なのでしょうか? 機密保持のためと言われたらそれまでですけど。
「ああそっか、何も知らないんだっけ。ここ、地球じゃないから、普通の手段じゃこれないよ」
え……? ああ、そういえば魔法なんてものがあったり、違う世界があったりするんでしたね。なら何か転移的な魔法があるのでしょう。
「うん、よく分からないけど、とりあえず念話を覚えなきゃいけないことだけは理解したよ」
「じゃ、早速やろっか。別にどこでもいいんだけど、さすがにここでやるのは問題だろうから、部屋変えよっか」
あぁ、そうですね。さすがに病人がいる部屋で色々やるのは問題でしょう。
「じゃ、はじめようか」
(……聞……る)
……? 何か聞こえたような気がしますが……。そういえば前にもこの感覚があった気もします。
「……駄目ね、魔力はあるけど才能無いんじゃない?」
ちょ、いきなりなんですか。まあノートの方にも魔法関係のことなんて書いてなかったから、才能なくても驚きませんけどね!
「はあ。まさかこれを習得するだけでもデバイスがいるの? いや、むしろデバイスがあっても使えない可能性も……」
そういえば前にも言ってましたが、デバイスってなんですか?
「とりあえず作ってくるからちょっと待ってて」
了解です。ルフェーブルさんの仰せのままに。
「はい、これ。ストレージと呼ぶのもおごがましいけど、とりあえず念話だけなら補助してくれるはずよ」
渡されたのはボールペンでしたが、こんなのでも大丈夫なんでしょうか? 作るって言って出て行ってから、5分と立っていませんが……。それから、ストレージって何なんです?
(今度は聞こえる?)
「わ!?」
唐突に頭の中に声が響きます。もしかして、さっきもこうやって話しかけてきたのでしょうか?
「ん、聞こえてるみたいね。じゃあ今度はあなたからやってみて」
えっと……こう?
「……」
「……」
もしもーし、聞こえてますかー?
「ダメね」
駄目ですか。
「そんなこと言われても……。そもそもいきなりやれって言われたところで、どこをどうすればいいのか分からないんだけど」
「あー、もう! とりあえずしっかりした理論込みで教えるから、さっさと覚えること。覚えるまで帰さないからね!」
なるほど、つまりやり方がわからないのなら、基礎から教えようということなのですね。と、そのことを聞くと
「大抵の人間は、こんなことしなくても使えるようになるから」
とのありがたいお言葉を頂戴しました。やっぱり僕には大きな力は無いので、後ろから応援している方が向いているみたいです。
魔法を教えてもらいましたが、その発動は数学や物理学を利用しているみたいです。一応念話だけは何とか使えるようになりましたが、他の魔法を使うのは大変そうです。これ本当に使える人っているんですか?
「素の状態で高度な魔法、それも攻撃系みたいな外界への干渉作用が強い魔法を使える人はほとんどいないよ? だから、デバイスにその制御のほとんどを割り振るの」
なるほど。つまり、才能の有無に関わらず、デバイスの無い僕が攻撃魔法を使うことは出来なかったわけですね。
「よし、と。とりあえず医者が見つかっても見つからなくても、明日には連絡して頂戴。戻す場所はあの神社前で大丈夫?」
「あ、うん」
「じゃあ行こうか。はい、荷物を持ったら私の手を取って」
言われるままに手を取ると、ルフェーブルさんは何事かを呟き始めました。そしてそれが終わったと思ったら、この時間で慣れてしまった部屋から、神社前の道に移動していました。
「それじゃあね……っとそうだ。これからなのはが夜中とか放課後にうろつくと思うけど、近寄らない方がいいよ。他の転生者も狙ってるだろうしね」
「分かったよ。とりあえず、また明日、でいいのかな?」
僕がそう言うと、ルフェーブルさんは軽く手を振って消えました。魔法って、使いこなせると便利なんですねー。個人的に思うところが無いわけではありませんが、直接命を狙われたりしないだけマシなのでしょうね。僕が下手なことをしなければ、アディリナちゃんやアリサちゃんたちに手を出さないとの約束はしたので、できるだけのことはしますけど、ね。
さて、戻ってきたのはいいのですが、完全に日が落ちてしまっています。こんな時間まで連絡なしだったことは無いから、母さんは心配してるだろうなぁ。さて、正直に言ってもいいのですが……。
「わかったわ。一応私から説明するけど、本当に大丈夫なのね?」
結局那美さんに相談することにしました。なのはちゃんに引き続いて迷惑をかけることになり非常に申し訳ないのですが、快く引き受けてくれました。ただ、襲われたことまで話しているので心配させてしまいました。
「大丈夫じゃないかな? 一応協定だけは結んだし。それに、どうやら僕に戦いの才能は無いみたいだから、警戒なんてしないと思うよ」
言ってて切なくなって気ますが……。それから、那美さんに対する口調は、那美さんから頼まれたのでなのはちゃんたちと同じ感じになっています。
「ならいいんだけど……」
「うん、気にしないで。でもごめん、本来関係ないことなのに……」
「大丈夫、大丈夫。達也君からの頼みだしね。でもどうしても気になるのなら、今度2人でどこか遊びに行こっか」
えっと……。まあいいのかな? でも那美さんはどこまで本気なんでしょうか? この状態での9歳差は結構大きいと思うのですが。……まあなるようになるかな? 那美さんが他に好きな人が出来たなら、それはそれで構わないわけですし、ある程度成長してしまえば、9歳差なら大丈夫、かな?
色々悩みはありますが、家に電話をして迎えに来てもらいます。当然のように怒られましたが、那美さんのとりなしによって、そこまでひどくは怒られませんでした。あ、しまった。お医者さんのこと聞いておけばよかった……。
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更新しました。
感想で大分指摘されたので、前回のフォローが入りましたが……。まだ足りないかも。
それから、ユニークアクセス合計が10万をこえました。
拙作を読んで頂いた方、評価していただいた方にこの場をお借りしてお礼を言わせていただきます。
本当にありがとうございます!