035 きっかけってそれぞれよね
「そう言えばアリサちゃん、アリサちゃんはどうして達也君のことが好きなの?」
珍しく、というほどでもないけど、達也もなのはもいなくて私、アディー、すずかの3人で遊んでいたら、急にすずかがそんなことを言いだした。
「うーん……なんでって言われても、はっきりした理由があるわけじゃないのよね」
「あ、そうなの? もしかしたら、とは思ってたけど、1年で海に行った時には確信持てたから、それまでに何かきっかけががあったのかと思ってた」
アディーでも気付いてなかったとなると、やっぱり無意識のうちに、よね。まあアディーが言うとおり、意識するきっかけ自体は海での一件だけど。
「でも、結構最初の頃から達也君を見てたよね」
「それは自覚があるから覚えてるわ。でも本当に最初は、恋愛感情とかじゃなくて、唯の興味だったのよね」
アディーが簡単に打ち解けてたからね。私と同じ……いいえ、私以上に精神的に自立しているアディーが、何の気兼ねもなく話してたから、ね。
「そうなんだ。気付かない間に募っていた恋心が小さな嫉妬をきっかけに、かぁ……」
すずか、それはさすがに夢みすぎだと思うわよ? 別にあいつが妬ましいとか思ったことはないし。
「あ、それはあるかも。私がもしかしたらって思ったきっかけも、何か達也を見る目がだんだん熱くなっていったからだし」
ちょ、アディーまで!? あー、もう! 別に今更そんなこと言われて恥ずかしいとかじゃないし、からかってないともわかるけど、やっぱり顔が赤くなるのが止められない。
……でも、2人が言うとおり途中から達也を見る目は変わったかもしれない。本当に最初は、アディーと仲が良かったから。次は、何回素気なく接しても粘り強く話しかけてきたなのはが懐いていたから。なのはやすずかと友達になってからは、一方的に悪者だった私に何の隔意もなく接してくれて……それどころか優しくしてくれて。よくよく考えてみたら、好きになったのはこの頃のことなのかもしれない——
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「ねぇ、たまにはウチに来る?」
なのはたちと友達になってから1月くらい経った頃に、急に達也がそんなことを言った。
「そういえば、最近は全然達也君家に行ってなかったよね」
なのはと達也は小学校に入る前からの付き合いだったっていうし、お互いの家を行き来してても不思議じゃないわよね。
「私は1回もお邪魔したことないから、行ってみたいかな?」
5人揃って遊ぶとなると、やっぱり迎えをよこしてくれている私の家やすずかの家になることが多いから仕方ないとはいえ、行ってみたいわね。
「私も気になるから行ってみたいわ」
「よし、じゃあ行こうか。でもアディリナちゃん達の家と違って、狭いし特別なものがあるわけじゃないから期待しないでよ」
まあ、私やすずかの家はかなりの資産家だし、それと比べてもしょうがないんじゃないかしら?
「でも、達也君の家っていっぱい本があるよね?」
「そうなんだ。 それはちょっとだけ楽しみかな?」
本はあるんだ。でもあんたは体力がないんだから、もう少し外で遊んだりしたらどうなの? 女子が4人っていうメンバーだから難しいのかもしれないけど。
そうして、鮫島に運転してもらって達也の家まで来たのだけれど、確かに本がたくさんあった——それも、想像以上に。絵本や漫画、あって児童向けの童話があるくらいかと思っていたのだけれど、ジャンルを問わずに本当に色々な種類の本があった。もちろん、童話もあったし、結構な量の絵本も置いてあった。けれど、それらは結構読み返した跡があって、かなり前からあったものみたいで、新しそうな本となると、理科の本といった勉強の延長上にあるものや比較的難しそうな小説ばかりだった。果てはシェークスピアって……小学生がこんなものを読んでるんじゃないわよ!
「すごいね。家にも本は沢山あるけど、お姉ちゃんの趣味で理系の本ばかりだから」
そういえばすずかって、運動もできる癖に文学少女なのよね。私も読書が嫌いってわけじゃないけど、すずかほど読んでいる訳じゃないしね。
「そういえばそうだよね。すずかちゃんの家にある本は結構専門的なのばっかりだよね。
それになのはは、達也君がいたからたくさん本を読むことになったんだし」
その話は聞いたことがなかったので詳しく聞いてみると、なのはは達也と出会ったばかりの頃には本を全然読んでいなかったみたい。それが、同い年なのにすらすらと本を読んでいるのに驚いて、達也に教えてもらいながら勉強するうちに、本の楽しさに目覚めたとか。
なるほど、と思いながら私と同じく本をあまり読まないアディーの方を見ると、何が興味を引いたのか、珍しく本を読んでいた。なのはやすずかもそれぞれ本を手に取っていて、私一人だけが何もしていない状況だった。
「あれ、アリサちゃんどうかしたの?」
何か私も読んだ方がいいのかしら、と恐る恐る手を伸ばしたところにちょうど達也がやって来た。お盆の上にコップとお菓子が載っているから、取ってきていたみたいね。
「あぁ……。つまりみんな本を読みだしちゃったけど、自分には向いていないからどうしようか悩んでいた、ってとこかな」
達也は、私たちを見て苦笑しながらそう言った。こ、こいつ……そんなんじゃないわよ!
「ま、いいんじゃない? 無理して変な本なんか読まなくても」
「変な本って……自分の家にある本なんでしょ?」
さすがに、自分で否定するのはどうかと思うわ。
「うーん……でもさすがにこの辺りは普通の小学生にとっては変な本だと思うけど」
そう言いながら達也が手に取ったのは、「失楽園」と書かれた本だった。
「……なに、それ?」
「天使とかのことが書いてある本。ただ、思った以上に宗教色が強かったから……」
なるほど、それは確かに十分に変な本ね。私はもちろん、すずかでも厳しいんじゃない?
「そういう訳だから、無理しなくてもいいんじゃない? それに、丁度いい機会だから僕もアリサちゃんと話したいしね」
そういえば、達也とはなのはやアディーを間に挟んでばかりで、2人でしっかり話したことはなかったわね。達也とすずかは、本という共通項があったから結構話してたみたいだけど。
「そうね。あんたと話すのも悪くないわね」
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そうして達也と話していたのだけれど、親しかっただろうなのはにもこちらからやり返してたから、根に持っているかとも思っていたけどそんなことはなかったわ。むしろこっちに気を遣っているみたいで、何を考えているのかがよく分からずに、何故なのだろうと疑問を持っていた。
……まあ、詳しく話を聞いたら、子供同士の喧嘩だと考えてたみたいだし、アディーからも頼まれていたって言っていたから、アディーと同じで半分保護者的な目線だったんでしょうけど。とにかく、そういうこともあって達也のことを一層注意して見るようになったんだけど、本当に周りのことを見ているんだと実感した。
困っている人、悩んでいるような人がいたら手助けをする。もちろん、私もやっているし、人並み以上にやれているとは思っていた。それでも、達也には到底かなわないと思ったわ。助けるにしても、相手の負担にならないようにさりげなく。今までも他人への手助けをしてきたから、それを続けることがどれだけ大変なのかはわかるつもりだ。
そうやって誰にでも優しくするのに、私たちはやっぱり特別扱いして嬉しかった。きっと、そうして恋に落ちたんだと思う。
「ねえアディリナちゃん、アリサちゃんはどうしたのかな?」
「達也のことでも思い出してたんじゃない?」
声が聞こえたので思索を中断すると、アディーとすずかがとんでもない事を言っていた。……まあ、あながち間違いじゃないんだけどね。
「別に。すずかが言った、達也を好きになったきっかけを考えていただけよ」
「そうなの? でもどうしてなの?」
私をからかうのはいいけど、すずか、あんたも同じ理由でからかわれることを忘れていないでしょうね?
「やっぱり、明確な理由なんてなかったわよ。それよりすずか、あんたはどうなのよ?」
私がそう切り返すと、思った以上にすずかが取り乱していた。
「え、わ、私!? 私は……やっぱり私のことを受け入れてくれたから、かな」
そうよね、すずかはそれがあったから、なかなか踏み込むのは大変だったのよね……。
「でも、一応前から気になってはいたんだよ? お姉ちゃんと恭也さんがお付き合いすることになった時に、私も……って考えたら出てきたのは達也君の顔だったし」
そういえば、達也を気にしだしたのは、夜の一族について聞く前からだったわね。気になってたところに、拒否されるかも、と思って打ち明けた秘密を何の躊躇もなく受け入れてくれたら、その恋心は確かなものになっちゃうか。
「私のことはもういいでしょ? それよりもアディリナちゃんの好きな人の方が気になるな」
「あ、それは私も気になるわ」
なんだかんだと言いながらも、達也とアディーは仲がいいし、何回か2人きりで話し合いをしているのを見たことがある。それに、たまに私やパパ、ママ以上に、達也との距離が近いと感じることがある。
「え? わ、私は別に達也のことなんて……」
ふっふーん。アディー、語るに落ちたわね!
「アディリナちゃん、私は好きな人について聞いただけで、達也君とのことなんて聞いてないよ?」
すずかの言うとおり、珍しくアディーが自爆している。まあなんとなく思ってはいたけど、やっぱり達也のこと気にしてたのね。……まあ、この前のバレンタインを思い返せばそう不思議なことではないけど。
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「そうそう。しっかりと混ぜながら、温度にも注意して」
2月13日の夕方、私、アディー、すずか、なのはという達也を除いたメンバーで、なのはの家に集まっている。せっかく明日はバレンタインだということで、女子のみで集まって手作りのチョコレートを作っているわ。
少しでも想いを込めて渡したい私とすずか、それに触発されて一緒に作業をしているなのはと違って、アディーは私たちの作業を見ながら指導してくれている。でもアディー、いつの間にこんなことができるようになってるのよ?
「アディリナちゃん、これくらいいでいい?」
「んー……うん、大丈夫みたい。さすがは桃子さんの娘ね」
なのはは終わったみたいね、嬉しそうにしているわ。私たちもやらないと……。
「アリサ、すずか。別に急がなくていいから。失敗したらまたやり直せるから、丁寧にやりなさい。……しっかりしたのをあげたいんでしょ?」
「うん。ありがとう、アディー。でもアディーは作らなくてもいいの?」
今日知ったアディーの実力なら、私たちに教えながらでも作れたと思うんだけど……。そもそも、同時に作業しても困るようなものではないわけだし。
「平気よ。私はもう昨日のうちに作ってあるし」
は、早いわね……。確かに冷蔵庫に入れておけば1日や2日くらい平気でしょうけど。
「そうなんだ。アディリナちゃんは何作ったの?」
ナイス質問よ、すずか。私たちを指導するだけの実力があるんだから、きっとすごいものを作ったに違いないわ!
「普通に固めただけの量産品よ。クラスのみんなに配ろうかと思って」
あ……私はそんなこと全然考えてなかったけど、配った方がよかったのかしら?
「あ、たくさん作ってあるから、アリサたちも配る? 3人からってことにしておけば問題は無いだろうし」
そうね、どんなものかは知らないけど、市販品をただ渡すだけよりもずっと印象はよさそうだし貰っておこうかしら?
「もらえるのなら、ありがたく配らせてもらうわ」
「りょーかい、じゃあ家に帰ったら渡すね。そうだ、まだ材料余ってるよね? 家でも使いたいから、もらってっちゃっていい?」
アディーはそう言って残りのチョコをもらっていったのだけど、あんなことをするなんてこのときには予想できなかった。
「ほら、これは私から。ホワイトデー、楽しみにしてるからね」
次の日に、私、すずか、なのはと昨日作ったチョコを渡した後に、アディーも箱を渡していたんだけど……随分と丁寧にラッピングしてないかしら。
「うん、ありがとう。……わ、すごい」
受け取った後、達也がその箱を開けたんだけど、そこにあったのはただチョコを固めただけの私たちの物とは違って、丁寧に作られたトリュフチョコだった。
「ほ、ほら、アリサたちの分もあるから。固めるだけだと寂しいかなって、昨日の夜にやってみたのよ」
ジト目で見ている私たちに気付いたのか、アディーは慌てて私たちにもチョコを渡すのだけれど……そういうのも作れるんなら、私たちにも教えなさいよね!
それによくよく見てみると、達也のほうがしっかりとラッピングしてあったわよね?
別にアディーの勝手だけど、しっかりと自分の気持ちを表にしないと、達也は気付かないと思うわよ?
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更新しました。
タイトルの順番変更のため、一部の読者様には迷惑がかかっているかもしれませんが、ご了承ください。
……入れ替えの方法が分からなかったんです。
最後のネタがやりたかっただけの番外編です。
アリサの補完とバレンタインネタ。ちょっと強引だったかも知れません……。