037 アイデアは意外なところから浮ぶみたいです
『……だよ! もう、お母さん聞いてるの!?』
現在、アリシアちゃんによるプレシアさんお説教大会が絶賛開催中です。こう、僕とかはアリシアさんが見えているのでいいのですが、ルフェーブルさん辺りから見たらかなり異常な光景ではないのでしょうか?
……あ、僕がルフェーブルさんにも情報を送ればいいのか。ふと気付いてルフェーブルさんを見ると、ものすごい形相で睨んでいました。
『確かに私のことを心配してくれたのは嬉しいけど、フェイトにあんなことして許されるわけじゃないんだからね!』
慌ててつなぐと急に入ってきた情報に驚いたのか、軽く眉をひそめました。それにしてもプレシアさん、仮にも親ですよね? こう、口元まで布団を上げて顔を隠そうとしている様子は、どう考えても母と娘が反対です。
(それにしても、こういう展開を予想していたわけじゃないんだけど、結果オーライかな)
(予想していたも何も、僕には何がどうなっているのかさっぱりなのですが)
とりあえず、プレシアさん的には感動の再会だけど、アリシアちゃん的には今まで言いたくても言えなかったことをぶちまけるチャンスだってことくらいは分かりますが。
(んー、あの2人はまだ時間かかりそうだし、ちょっと話しておこうか)
プレシアさんをちらりと見ましたが、確かにまだまだかかりそうですね。問題ない範囲で説明してもらえると助かります。
(なるほど、クローンですか)
ルフェーブルさんによると、アリシアちゃんが事故で亡くなったのを受け入れられず、プレシアさんはクローンによる再生を試みたそうです。そのクローンがテスタロッサさんらしいのですが、アリシアちゃんとは全然違う人格だったため、受け入れられずに辛く当たっていて、今はそれを怒られているそうです。アリシアちゃんが色々言っている内容もこれと矛盾が無いみたいですし、本当なんでしょうねぇ。
それにしてもクローンですか。クローンって言うと、現在の地球の科学でも理論上は作れるみたいですが、寿命がかなり短くなってしまうそうです。まあ、アリシアちゃんを蘇らせる目的で作ったのだから、その点は解消されていると思いますが。
でも、生命工学系を齧っている人がクローンを作ったからといって全く同じにならないことくらいは理解していてもよさそうなものですが……。第一、単細胞生物は基本的にクローンですし、人間まで大きくしたところで、一番代表的なクローンといえば一卵性双生児な訳ですしね。
(達也君、達也君)
(え、なんですか?)
もう話も終わったので、自分の中で疑問点を確かめたりしていたのですが。
(思考、駄々漏れだよ?)
そうでしたか……すいません。
「あ、お二人も気にせずに続けてください」
『「気にする(わ)よ!」』
ちょ、そんな怒らないでくださいよ。大体、僕はいつまでこの中継役を続ければいいんでしょうか。
「とりあえず、勘違いだけ訂正しておくわ。確かに、単純なクローンは双子と一緒ね。でも、プロジェクトF.A.T.Eはそんなちゃちなものじゃないわ。同じ素体に記憶を転写することで本人と同じ人格を持ったクローンの製作を目的としていたのよ」
聞いてくださいよ。それから、そんな難しいことをただの子供に言われても困るわけなのですが。
「はぁ……。でも同じ状況で同じ体験をしたら、全く同じ人格になりそうなものなんですけど、何がまずかったんでしょうね」
「え……? 全く同じ……? 確かに抗体とかは……でも記憶に影響が……」
えーと、なにかまずかったのでしょうか? 僕の言葉を聞いたプレシアさんがブツブツとつぶやきだしています。まあ分からないから放置するしかないのですが……アリシアちゃんのことはいいんですかね?
そう思ってアリシアちゃんの方を見ると、アリシアちゃんは宙に浮いたまま苦笑していました。
「……プレシアさん、いいの?」
『うん。お母さん考え事しだすといつもああだから。私も生きてたときはああなると不機嫌になったけど、今は話せるんだもん、それくらいは我慢するよ』
なるほど。科学者って言うのは、ああいう側面を持ってるんですね。プレシアさんがマッドなだけかもしれませんが。
『まあ、フェイトの扱いについては別問題だけどね』
アリシアちゃん、5、6歳の外見でそうやって不気味に笑われるとものすごく怖いのですが。
「すまなかったわね」
結構長い間考え込んでいたプレシアさんでしたが、ようやくこちらに戻ってきてくれました。
「それで、アリシア。あなたが生き返ることは……」
『私には分からないけど、多分無理だと思う』
平坦な声で答えたアリシアちゃんの返事を聞いて、プレシアさんはすがるような目で那美さんを見る。
「……残念ですけど、私たちにも死者を生き返らせたという実例はありません」
がっくりと肩を落とすプレシアさんでしたが、那美さんの返答は予想がついていたのか、そうひどいショックを受けたようには見えませんでした。
「あれ、でもプレシアさんの反応見ていると、何かアリシアちゃんを生き返らせるアテがあったみたいですけど」
「……アテ、というほどでは無いわ。失われた秘術の眠る地、アルハザード。そこに行けたら、という程度のものよ」
バツの悪そうな顔をするプレシアさんですが……つまり、奇跡のような偶然に賭けようとしていたんですか。
「それも、このローザに止められて、ね。確証は無いけど、もしかしたらアリシアを蘇らせることが出来る人物が来るかもって言われたのよね。……蘇らせることは出来なかったけど、もう一度アリシアと話せるなんてね」
しみじみといっているプレシアさんですが、ルフェーブルさんはよくそんな条件で飲ませられましたね。そう思ってルフェーブルさんに振り向くと、
「あー、私もあんなことになるとは思わなかったわ。お陰で命を賭けるはめになるし……。でも今回のでプレシアさんも落ち着いたみたいだし、私も無理しなくても大丈夫かなぁ」
いや、軽く言ってますけど、命懸かってたんですよね? もっと思いつめていても……。
「あ、もしかして問答無用で僕を襲ってきたのもそれが関係してる?」
「……うん。あの時は本当にゴメン! 自分でもあれは無いと思うわよ……。下手したら自分たちの戦力以上に危険な相手を敵に回してたかもしれないし、仮に敵にならなくても協力してくれるとは思えないしね。……これも、今だから気付けたんだけどね」
そう考えると、無力なくせにこうやって協力してくれる僕を襲ったのは運がよかったんですね。いや、僕的には残念極まりないわけなんですけど。
……でも命が懸かっていたら、他の事なんて気にしている余裕は無いですよね。それは分かるから、とりあえずこれで水に流したことにしておいて上げます。
ところで。
「僕ってこの中継作業をいつまで続ければいいんでしょうか……」
いや、何年か知らないけどずっと求めていたアリシアちゃんとの邂逅が果たせたプレシアさんや、怒ってばかりだけどどことなく嬉しそうなアリシアちゃんの気持ちも分かるんですよ?
「そうよね、あなたにも自分の生活があるのよね」
いい人っぽいこと言ってますけどプレシアさん、非常に残念そうな表情ですよ?
「あのー……お話中にすいません」
っと那美さん? そういえば途中で出て行きましたね。白衣を着た銀髪の女の人を連れていますけど、お医者さんですかね? 下手すると那美さんより年下に見えるのですが……。
「こちら、フィリス・矢沢さん。プレシアさんの治療を頼もうと思ってたお医者さんです」
「はじめまして……」
ぺこり、と頭を下げるフィリスさん。
「すごい名医で色々とへんな知り合いも多いから、分からないことでもある程度何とかしてくれると思います」
那美さんがそう言うって事は、きっと信用しても大丈夫なんですよね。
「さて、それじゃあ様子だけ診ておきたいので、他のみんなは下がってもらっていいかな?」
プレシアさん以外には、言い聞かせるように言います。……まあ、当然ですよね。9歳児、推定9歳児、推定5歳……のアリシアちゃんは見えないのか。
『お母さん、私がいても何にもならないし、那美お姉ちゃんやお兄ちゃんといってるね?』
いや、お兄ちゃんって……。見た目は僕のほうが上かもしれないけど、実際生きた年齢は……分からないか。そもそも僕も外見年齢と精神年齢が一致して無いし。
「さて、それじゃあこれからどうするかを話し合いましょう」
『ましょ〜!』
とりあえず、那美さんの部屋に移動しています。残念ながらルフェーブルさんはアリシアちゃんが見えないので僕の中継作業は継続中です。そんなに負担になっていないのがせめてもの救いですが。
「そうね。まず確認なんだけど、アリシアちゃん成仏できそう?」
やたらとノリノリなアリシアちゃんに苦笑しながら那美さんが尋ねます。まあ、アリシアちゃんは今までと違って、自分がここにいるということを分かってもらえるから嬉しいんでしょうね。
『うーん……成仏の仕方はわかんないけど、お母さんのこともフェイトのことも気になるから出来ればしたくないかな? あ、もちろんみんなに迷惑がかかるっていうんなら、さっさと成仏はしたいけど』
折角孤独から解放されたんですから、その思いは当然ですよね。しかも、妹と母親の仲に不安があったら安心して成仏なんて死てられないでしょう。
「まあそうよね。じゃあ次の質問、幽霊になってどれくらい?」
『えーと、ね。正確な時間は分からないけど、多分10年は経ってたと思う』
10年、ですか……。特に気負うことなく言ったアリシアちゃんの言葉によって、場が沈黙に包まれます。誰にも気付いてもらえず過ごす10年というのは本当に辛いと思います。
「10年かぁ……。神咲にも意思を持った刀はあるけど、あれも死ぬ直前に封じてるしなぁ。……そういえば、そもそも作り方も失伝してるか」
那美さんは一応アイデアはあったみたいですが、無理だと気付いたみたいでちょっと落ち込んでいます。それにしても、刀に幽霊を封じてる……? 無関係な人に軽々しく話せることでは無いんでしょうけど、本当に何でもいるんですね、この世界。
「幽霊といえば人形に取り憑いたりしそうなものですけど」
「確かに、ヒトの形をしているものとの相性はいいわ。でも、それだけに他の霊もよってきちゃうのよね。強い霊ならともかく、アリシアちゃんくらいだと、取り込まれて悪霊化しかねないのよね」
ルフェーブルさんの提案はなかなかいいものだと思ったんですが、そういう問題もあるんですね。
『私は、たまにこうやってお母さんやみんなと話せればそれで満足だけど……』
「子供が遠慮しちゃ駄目だよ。それに……あれ? そういえば何でアリシアちゃんは10年も成仏しないんだろう? 心残りから幽霊になったにしては随分と弱いし」
たしなめるようにいう那美さんでしたが、言葉の途中で何かに気付いたのか、アリシアちゃんに尋ねます。
『あ、私の死体は綺麗なまま残ってるからそれが原因かな? 最近はお母さんのことが心残りになってるけど』
「ああ、そうなのね。でもそうなるとより普通の幽霊が寄らないようなものを用意しないと……」
まあ仲良くなった相手が悪霊になって、しかも世話になった人にそれを払ってもらうとか僕としても最悪なので、それは避けたいですね。あ、そうだ。
「じゃあコンピューターとかじゃ駄目なの? AIとかもあるみたいだし、思考って意味じゃあ近そうだけど」
何の気なしに思い浮かんだことを言った僕の言葉を考慮した那美さんでしたが、すぐに首を横に振りました。
「無理ね。将来もっと発展してたら不可能じゃないかもしれないけど、今の技術じゃ人間と違いすぎるわ。せめて、こっちの言葉に思考して答えられるまでになってれば出来るかもしれないけど」
「それよ!」
わ、びっくりしました。ルフェーブルさんが身を乗り出して、那美さんの言葉にかぶせるようにして言います。
「私たちの世界には、インテリジェントデバイスっていって、かなり高度な思考が出来るAIを積んだ機械が存在するのよ。それにアリシアを接続できれば」
「待ってください。確かに理屈の上では上手くいくのかもしれませんが、今まで存在すら認知されていなかった幽霊なんてものを受け入れて、調節してくれる技術者なんているんですか?」
初めての試み、というのは相応の時間がかかるはずです。霊体側には那美さんという専門家がいますが、デバイスの方にはそんな都合のいい人がいるんですか?
「私がやる。私がもらった特典は『デバイスに関する知識と技術』よ。全く新しいデバイスじゃなくて、インテリジェントデバイスの改造である以上は、何としてもやってみせる」
……なるほど、それなら那美さんの協力があれば出来るかもしれませんね。
「それなら出来るかもしれないけど、そんなことを僕に言ってもよかったの?」
あと、那美さんやアリシアちゃんがいるのに特典とか言わないでください。
「今更ね。私は君が何をもらったのかを知ってるから一方的にアンフェアって訳じゃないよ。それに、私のミスで巻き込んじゃったんだから、この先達也君の力になるって言う意味でも伝えておきたいしね」
仲間、というほどじゃなくても、協力関係を築くための誠意ってとこかな?
「那美さん、その方針でいけそうかな?」
「実物を見てみないことには何ともいえないけど、不可能じゃ無いかもしれないわね」
じゃあ、基本はこの方針でってことかな。
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更新しました。
風邪を引いて前日は更新できませんでした。
まあ書こうと思えば書けたんですが、直すのを優先させていただきました。
【報告】
35-36話を入れ替えました。一部迷惑がかかった方もいるかもしれませんが、なにとぞご了承ください。