053 恨みを買っていたみたいです
「シグナム、悪いんやけど一緒に迎えに行ってもらえるか?」
「は」
はやてちゃんがシグナムさんに出迎えを頼みます。シグナムさんは軽く頭を下げてから玄関へと向かって行きました。
「じゃあ私達で料理を運んじゃいましょうか」
「あ、はい。わかりました」
シャマルさん(だったと思います)に促されて、パーティーを始めるための仕上げにかかりました。……といっても、全員でやるには人数が多すぎるので、手伝いに行ったのはなのはちゃんとすずかちゃんだけですが。
「お待たせ……ってシャマル達はどこ行ったん?」
「シャマルさんならなのはちゃんとすずかちゃん連れて料理を運んでるよ」
「そか。なら三人が戻ってから紹介しよか」
はやてちゃんが後ろを向きながらそう言います。その視線の先には、シグナムさんと並んで灰色の髪をした男の子が立っています。どこかで見たことがあるような……。
それにしても、僕たちの方を見るや否や視線が厳しくなった気がするんですが、どうしてでしょうか。
「あ、はやてちゃん、思ったよりも早く戻ってきたんですね」
「わたしらだけで自己紹介しても、結局ここでもう一回せなあかんからな。シグナムに名前だけ言わせてこっちきてもらったんや」
「そうなんですか。次になのはちゃん達が持ってくる料理で最後ですからちょうど良かったですね」
「今日はわたしのためにわざわざ来てくれてありがとうな。こんなに盛大に誕生日を祝ってもらえるのは初めてやからほんまに嬉しいわ。それなら皆準備はええか? ……乾杯!」
ほどなく、なのはちゃん達も戻ってきて、はやてちゃんの掛け声を合図に手に持ったコップを軽くぶつけ合います。
「まずは自己紹介からやな。わたしはせんでもええやろうから、最初は——」
「いや、俺からするよ」
身内から、ということでしょうが、シグナムさんの方を見たはやてちゃんを遮るように男の子が声をかけます。
「ええの?」
「ああ。俺のことを知ってるのは、はやてくらいだろ? ならそれが一番効率いいさ」
まあ着いた時に僕たちがお手伝いしていましたからね。お互いの紹介くらいは済んでいると思ったんでしょうね。それに、誰も知らないというのも本当なので、最初にしてもらえるのならその方が気にならないので、僕から反対する理由もありません。
「グルジ・エディーだ。出身はイギリスで、はやての生活費を出してるグレアムの甥にあたる。その関係で一月ほど前に会いに行ったのがはやてに会うきっかけだな」
なるほど、そういう関係で知り合ったんですね。むしろ同年代の親戚がいるのなら引取ってもいいんじゃないかとは思いますけど。
「それじゃあ次は——」
「……え?」
まずは、リラちゃんが。
「これは——!」
「嘘、なんで!?」
「何がおきたの……?」
続いてシグナムさんが、シャマルさんが、なのはちゃんが。
「封時結界……?」
最後に僕が、モノクロに染まっていく景色を見ながら、現在異常事態が起きていることに気付いて行きました。
即座にバリアジャケットを展開して、なのはちゃんは臨戦態勢をとります。それに先んずるように、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃん、ザフィーラさんもバリアジャケットを展開しました。
「くっそ、お前、何かやったのかよ!?」
何故か僕の方を睨みつけながら、グルジ君もバリアジャケットを展開します。……あなたもですか。というか、はやてちゃんの知り合いは魔導師ばかりなんですね。ということは、はやてちゃんも魔導師なんでしょうか。そう思ってはやてちゃんの方を見てみますが、はやてちゃんは突然の事態に目を白黒させているだけでした。
「……シャマル、ザフィーラ」
「承知」
「大したことはなさそうだけど、シグナムもヴィータも気をつけて」
そんな会話をシグナムさんとした後、僕たちの方……というか、はやてちゃんの側にシャマルさんとザフィーラさんがやってきました。
「はっ!!」
突然飛んできた紫色の魔力弾を、手にした剣でシグナムさんが弾き飛ばします。
「たかがこの程度の魔力弾であたしらがどうにかなるなんて思ってねーだろーな?」
ヴィータちゃんはハンマーを肩に乗せて、不敵に微笑んでいます。
「当然思ってはいない」
魔力弾が飛んできた壁の向こうには、三十代前後と思われる男性が浮かんでいました。
「それにしても、何が目的だ?」
「目的? そんなものは決まっている。……闇の書と、その主の滅殺、だ!」
男性がそう言うのと同時に、部屋の壁を突き破って様々な色を帯びた魔力弾が飛んできました。その弾は全てはやてちゃんを狙い一直線に向かっていて、はやてちゃんにはそれを全て避けられるとは到底思えません。
「この程度の魔法でやらせっかよ!」
「なめるな!」
ですが、ヴィータちゃんが自身の方向から迫る魔力弾を全て叩き落とし、そうしてできたスペースを利用して、ザフィーラさんが残った魔法を全て防ぎきりました。
「あ、ありがとう、なのは」
「このくらいなら平気。でも、一体何なの……?」
当然僕たちの方にも飛んできますが、大した数じゃなかったこともあり、なのはちゃんがあっさりと防いでくれました。
「闇の書の滅殺、か。それにしても起動から大した時間が経ったわけでもないのに、よく特定できたものだな」
「ふん、前回の事件直後から闇の書の情報収集に躍起になっていたギル・グレアムがある時を境にぱったりと活動を止めたからな。軽くではあるが監視をつけておいたのさ。向こうも警戒していたのか中々尻尾を掴ませてはくれなかったが、新たな協力者サマはその辺りが随分杜撰でな。今日もいとも簡単に案内してくれたよ」
そう言って、男性はグルジさんの方を見て嘲笑の笑みを浮かべます。
「な……! 馬鹿な、サーチャーがいないことは確認を……」
「嘘や!」
うろたえたグルジ君の言葉を遮り、はやてちゃんが声を上げます。
「嘘や、グレアムおじさんがそないなことするわけ……」
「ふん、嘘なものか。あいつは当時の腹心を闇の書によって失っているのだぞ? まあ何を考えて今まで生かしておいたのか……。せっかく未覚醒の闇の書の主を見つけたのなら、さっさと封印でも破壊でもしてしまえばいいものを、何を考えているのやら」
「ふん、随分と軽い口だな。だがこのあたりにいる戦力はせいぜいAランクが最高だろう? その程度の戦力で我らヴォルケンリッターをどうにかできるとでも?」
「思ってはいないさ。だが、所詮は4人。ならばいくらでも打つ手などあるさ」
そう男性が言った直後、僕でも知覚することのできる、圧倒的な魔力反応を感じました。
「な!? まさか、今までの行動は……!」
「ご名答。発射寸前まで魔力反応を示さないロストロギアだ。当然ながら、その威力は折り紙つきだ」
そして、数百メートルはあるであろう距離から、純白に輝く魔力砲が解き放たれました。
「シャマル!!」
「駄目、強力な転移妨害がされてるわ! 解除できないほどじゃないけど、時間が……」
今まで余裕を持っていたシグナムさんたちにも焦りの表情が見て取れます。少なくとも、なのはちゃんとの練習ではここまで強力な魔力を感じたことはありません。
「うおおおお!!!」
ザフィーラさんが雄叫びを上げ、魔力砲とはやてちゃんの間に割り込みます。ですが、先ほどとは違い、じりじりと押しこまれているのが分かります。
「ぐ……シャマル、長くは持たん、主を!」
「ち、腐ってもヴォルケンリッター、か。だが、させるとでも思っているのか?」
そう宣言すると同時に、はやてちゃんに向かって魔法が放たれます。前回との違いは、その質でした。
「戦力を伏せていたか!」
「くっそ、さばききれねー数じゃねーけど……!」
シグナムさんが、ヴィータちゃんがその魔法を打ち落とそうとしますが、全てを打ち落とすことができず、シャマルさんがそのフォローで手一杯になってしまいました。はやてちゃんははやてちゃんで、先ほどの言葉に呆然としており、身動きひとつしていません。
そうこうしているうちに、ザフィーラさんの展開した防御魔法はどんどんと弱まっていきます。こちらからフォローをしようにも、唯一といっていい戦力のなのはちゃんも、僕たちを守ることで精一杯のようです。
「このままでは……」
うめくようにシグナムさんが言うのと同時に、リラちゃんが一歩足を踏み出しました。
「リラちゃん……?」
「……シグナム、ヴィータ。はやては、大丈夫だから」
そう言って、リラちゃんは儚げに微笑むと、誰かが何かを言う前に、僕は真っ黒に塗り潰された中に、無数の目が浮かんでいる空間にいました。
「何、なんなのよここは!?」
「アリサ、落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから!」
立て続けに起こる異常事態に、とうとうアリサちゃんが取り乱します。アディリナちゃんはそれを宥めようと、必死に手を伸ばしています。
「痛っ」
時間にしてみれば、ほんの数秒、といったところだったのでしょう。僕たちは地面の上に落ちていました。
周りを見れば、アリサちゃん、アディリナちゃんはもつれるようにして、二人一緒に落ちていました。その一方で、すずかちゃんは持ち前の身体能力で、なのはちゃんは魔法で、二人とも何事もなく降り立っていました。リラちゃんも何事もなかったかのように立っていますが……その表情はどこか思いつめているようにも見えます。
また、はやてちゃんはシャマルさんがかばって無事でしたが、ザフィーラさんは片膝をついて大きく息を乱していました。確認できたのはそこまでで、シグナムさんとヴィータちゃんは姿が見えません。リラちゃんが二人に何か声をかけていましたし、リラちゃんが何かしたのでしょう。
「それにしても、ここは……?」
起き上がってみると、広い草原に立っていることが分かりました。少なくとも、日本ではないことは確実なようです。
「……分からない。はやてを助けてくれそうなとこってだけで移動したから」
「これは、あなたが……?」
やっぱりリラちゃんなんだな、と一人頷いていると、はやてちゃんをかばうように僕たちから距離をとったシャマルさんが疑問をぶつけてきました。
「……そう。転移系のレアスキル。幸い、ここまでは妨害されてなかったみたい」
「なぜ、我らを助けた?」
ある程度回復したのか、立ち上がったザフィーラさんも聞いてきました。
「……ついで。はやて……は少なくとも助けてあげたいって思ったから。……なのは達も一緒に移動させようと思ったら、あなたたち二人を除く方が面倒」
「なるほど、我らはついでか。だが、助かった。あのままでは主はやてを守り抜くことはできなかっただろうからな」
ついで、と言われて気を悪くした様子もなく、ザフィーラさんはリラちゃんに頭を下げます。
「あ〜、アディー、もういい、落ち着いたわ。それで、ザフィーラさん、シャマルさん、差し支えなければ事情くらいは話してほしいんだけど?」
アディリナちゃんに抱きしめられていたアリサちゃんが、幾分か落ち着いた声で声をかけてきました。全く何の知識もなし、という訳ではないにしても、驚くべき立ち直りの速さだと思います。
「私としては構わないけど……」
気遣うように向けられたシャマルさんの視線の先で、はやてちゃんが、小さく肩を震わせました。
「あー……たしかに、はやてには結構ショックな事実が伝えられてたわね……いいわ、とりあえずこっちからも聞かなきゃいけないことがあるし」
「……シャマル、かまへん。アリサちゃんらに話したって」
先に僕たちから話を聞こうとしたアリサちゃんでしたが、はやてちゃんがそれを止めました。
「はやてちゃん、無理しなくてもいいんだよ?」
「平気や。……それに、目を背けたって事実が変わるわけやあらへんしな」
話さなくてもいい、と言外に言うすずかちゃんの言葉をはやてちゃんは断ります。その目には強い意志が宿っていました。
「全く……とてもじゃないけど小学生とは思えない精神的強さね」
「自分でもビックリや」
そう言ったはやてちゃんでしたが、すぐに自嘲するかのように続けました。
「最初はな、なのはちゃんらも闇の書目当てで来たんやないかって思ってしもうたんよ」
「それは……」
僕たちは、実際、知らないというしかないんですが、時期的には信頼してもらえるかどうかは怪しいところです。事実、グルジ君は闇の書に何らかの目的を持ってはやてちゃんに接近していて、はやてちゃんを助けていた「グレアムおじさん」も闇の書と関わりがあったみたいですし。
「でもな、リラちゃんは絶体絶命やったわたしやザフィーラを助けてくれたし、なのはちゃんもわたしらに何もせえへんかった。それに、闇の書が目的やったら、なにも知らへんアリサちゃんらを連れてこないやろうしな」
非常事態なうえに、ショックを受けていた割には随分と的確な状況判断ですね……。アリサちゃんじゃないですけど、本当に小学生とは思えませんね。
「なら、まずは状況整理ね。全て、とは言わないけど、問題ないものについてはお互い明かしましょう」
アディリナちゃんが音頭をとって、お互いの情報交換が始まりました。
ド素人が入ったら露見する確率も上がりますよね、というお話でした。
それから、こっちで言うのを忘れていましたが、ツイッターで新話を投稿したことを報告しています。詳細はなろうの方の活動報告にあります。