第72話
トリステイン王宮の廊下にて……
ワルドに喰って掛かるアニエスがいた。
「ワルド殿、危険だ!
アンリエッタ姫をあの男と引き合わせるのは!」
アニエスは真剣だ。
愛しのアンリエッタ姫に、あの様な変態を合わせるなんて……
「しつこいですな。
アニエス隊長、これはアンリエッタ姫が望まれた事。
我らは、姫の安全を確保する事が任務ですぞ」
「しかし……
あの男は危険なのです!」
ワルドはため息をつきながら
「では、姫の意向を無視して取り止めるのですな?
貴殿が、アンリエッタ姫に説明出来るのか?」
アニエスは黙り込んだ。
何故か、アンリエッタ姫はあの変態に絶大な信頼を寄せている。
覚悟と決意を教えてくれたと……
「……何か有れば、責任を取れるのですか?」
投げやりに言ってしまった言葉に
「何も無い様にするのが、我々の仕事では有りませんか?」
そう言われては、何も言い返せない。
アンリエッタ姫もそうだが、ワルド殿も彼に甘い気がする……
アニエスは言いようの無い不安を抱えていた。
そして当日!
ユニコーンに引かれた王家専用の馬車は、周りを銃士隊に囲まれてアカデミーまでやって来た。
馬車の両脇には、アニエス隊長とワルド隊長。
今日の表向きな理由は、ツアイツから贈られた演劇の脚本について。
技術的に上演が可能か?
の検討だ。
「真夏の夜の夢」
は、精霊王の夫婦喧嘩など大掛かりな魔法効果が必要な場面が多い。
上演するなら、色々と準備が必要だった。
「久し振りのアカデミー訪問ですわ。
前回は私が至らない事が多く、皆さんに迷惑を掛けてしまいましたから……」
アンリエッタは、誰に言うで無く前回の感想を吐露しながら応接室へ歩いて行く。
後ろに従うのは、両隊長だ!
「ワルド隊長は共に中へ、アニエス隊長は外で警備をお願いします」
何故か、アンリエッタ姫はワルドに対して過剰な信頼を寄せていた……
「アンリエッタ姫、危険では?」
最後まで、ツアイツ危険論を唱えるが、聞き入れられなかった。
SIDEツアイツ
別れ話を切り出した後の様な沈黙も、やっと来たアンリエッタ姫によって終わりを告げた!
こんなに、貴女を待ち望んだのは初めてですよ!
取り敢えずは、演劇の話を進める。
一段落付いて、出されたお茶を入れ替えて貰ってから話を切り出す。
「アンリエッタ姫。
恋文は書き上がりましたか?」
突然の質問に、一瞬ビクッとしたが既に想定内なのか落ち着いている。
「やはりツアイツ殿は、私の師ですわ!
もう私の恋文の件をご存知なんて」
アンリエッタ姫が、なにやら感動と尊敬の目を向けている……
正直、貴女と関わり合いになりなくないし、貴女の師でもありません!
「学院の女生徒達が騒いでますよ。
内容は詳しく分からないみたいですが……」
アンリエッタ姫は、王家の血を引く優雅でカリスマを含んだ笑顔を僕に向ける。
しかし、先日逢ったイザベラ姫より王族としては見劣りするね。
「素敵な内容にするつもりですわ」
嗚呼……
花を背負った笑顔だ!
普通なら感激だろう……
原作と同じかカマを掛けてみようかな。
「アンリエッタ姫……
ウェールズ皇太子と始祖に愛を誓う内容でしょうか?」
アンリエッタ姫が、息を呑む……
図星か。
厄介だな……
「流石ですね。
私の考えでは、既成事実を全面に出して周りを埋めようと思いました」
「アンリエッタ姫……
なんて腹黒い。
そして参考になるわ」
黙って聞いていたエレオノール様が、ブツブツと危険な方向に……
何故その様な狩人の眼差しを僕に向けるのですか?
先程、解決しましたよね?
僕達の関係は……
気を取り直して、アンリエッタ姫を説得する。
「アンリエッタ姫……
敢えて言わせて下さい。
ダメダメです!
恋愛とは、高度な駆け引きも重要です。
しかし、相手からの愛が一番大切なのです!」
アンリエッタ姫は、僕の話に食い付いて来た!
ここは、エレオノール様も合わせて一気に行く。
「アンリエッタ姫の努力は認めます。
既にバストサイズは1センチは大きくなりましたね。
これなら、巨乳大好きウェールズ皇太子の気持ちの殆どは頂きでしょう。
しかし……
今の時期に、その内容の手紙は駄目です」
アンリエッタ姫とエレオノール様が、僕のでっち上げな恋愛観に聞き入る。
「好意的な相手が、その様な腹黒い一面を匂わせては駄目です。
喰われた後なら、どうにでもなりますが未だ駄目です」
「しかし……
座して待つより行動では有りませんか?」
僕は、出された紅茶を飲んで一息入れて、違う話題を振る。
「時に、アルビオン国内で不穏な空気が漂っています。
ご存知ですか?」
2人は無言で首を振る。
「まだ、公では有りませんが……
レコンキスタと言う反乱分子です」
彼女達は、一様に驚いて僕が何故その情報を掴んだかを問い質す。
「僕は、いえ僕の教団で、このハルケギニアで起こっているオッパイの情報で知らない事はないのです。
彼らは、折角アンリエッタ姫が努力し巨乳化してウェールズ皇太子と結ばれる事を邪魔する教義を推し進めています……」
アンリエッタ姫は、ウェールズ皇太子とラブラブする為の謀略の相談が、まさかアルビオン内乱の危険を!
自分の努力が無になる可能性が有る事に、言葉が出ない。
「彼らレコンキスタは、巨乳派たる王家を打倒し、自分達の都合の良い国を作ろうとしています……」
「そう!
美乳派なる彼らは、折角巨乳化したアンリエッタ姫の努力を無にし、ウェールズ皇太子の性癖を変える可能性が有るのです」
「なっなんて卑劣な……」
彼女は、自分の未来予想図を壊そうとしているレコンキスタに悪意を抱いた!
良し!
掴みはオッケーだ。
「しかし、貴女の好きになったウェールズ皇太子も中々の人物。
簡単には洗脳……
そう!
洗脳されないでしょう」
「ウェールズ様……」
アンリエッタ姫は、己が思い人が誉められて満更でも無い表情だ!
「此処で、話を戻します。
レコンキスタは、まだ勢力は小さい。
これを報告しウェールズ皇太子への愛を表す行動も良いでしょう。
しかし、彼らは巧妙だ!
直ぐに潜伏し次に行動を起こす時は、手に負えないかもしれない……」
「しかし、危険を知って黙っているのは裏切りでは?」
アンリエッタ姫は、すっかり恋する乙女の顔だ。
反対に、エレオノール様は……
ちょっと怖い顔です!
アレは、私は聞いてないわよ?
って拗ねる手前かな。
「良いですか?
反乱は防ぎ切れないでしょう。
ならば、なるべくコントロール出来る状況で起こさせるべきです」
「「……………」」
最早、聞くだけの2人。
「そこで、貴女の愛が問われます。
アンリエッタ姫……
貴女は、ウェールズ皇太子の為にトリステインを巻き込む覚悟が有りますか?」
アンリエッタ姫は、目を瞑りじっと考え込んでいた。
そして、静かに目を開くと決意の籠もった目で僕を見て
「元より覚悟は出来ています。
この国を巻き込んでも、私はウェールズ様と添い遂げたい」
国をも犠牲にしてまで、愛欲に走る女……
一番輝き、一番手に負えない女が此処に居た!
「良い覚悟です。
僕も巨乳派教祖として、彼らを許せない。
アンリエッタ姫、手を組みましょう」
僕は、ソファーから立ち上がり彼女を握手を求めた!
アンリエッタ姫は、迷う事なく僕の手を握り返した!
ここに、トリステイン側からは
「稀代の謀略王女」
アルビオン側からは
「防国の聖女」
と言われるアンリエッタ姫が誕生した瞬間だった!