第133話
ド・モンモランシ伯爵家
最近一人娘がラグドリアン湖の精霊との交渉役に認められ、領地が活気付いている。
そして、知る人ぞ知る男の浪漫フィギュアの一大生産地でもある。
ド・モンモランシ伯爵は、思いもよらぬ手紙と来客を迎えていた。
「まさか、烈風のカリンとして来られるとは!
久々に驚いたよ。
それで、用件はこのアンリエッタ姫からの手紙か?」
応接室のソファーに向かい合って座っている、ヴァリエール公爵にアンリエッタ姫からの手紙を渡す。
「そうだ!
アンリエッタ姫は……
ただツアイツ殿の情報で腐敗貴族が居る事は知っているが。
しかし、彼らを追い詰め捕縛する手段は無いだろう」
ド・モンモランシ伯爵は溜め息をつきながら
「そうだな……
その辺が甘いのだ。
そして、これが彼女の浅はかな考えの報告だ」
そっと、遍在ワルド隊長からの手紙を渡す。
「さっき届いた。
お前のウチにも行ってるだろうが、入れ違いになってるだろう。
読んでみろ……」
ヴァリエール公爵は手紙を読み終わると、妻に渡し彼女が読み終わるのを待つ。
「どうする?」
「どうにもこうにも、アンリエッタ姫が腐敗貴族を弾劾した時点で、我らがこの証拠を突き付け……」
「ワルド殿のグリフォン隊と連携して、奴らを捕らえるしかない、か」
仕える国の姫をフォローするのだから、仕方ないのだが何故か釈然としない……
「全く、ツアイツ殿がべた褒めのイザベラ姫の半分位の能力が有れば苦労はしないのだが……」
「アレは父親がアレだから、娘がしっかり者なのだが。
ウチは母親がアレだが、娘もアレだからな……」
2人して溜め息をつく。
「しかし、ツアイツ殿はイザベラ姫に入れ込んでいるが大丈夫か?
アイドルプロデュースに毎週の贈り物。
園遊会の時には、彼女のテーブルに呼ばれていたぞ。
遠目だが、抱きつかれていた様な……」
「幾らツアイツ殿でも、大国ガリアの姫をどうこうしないだろう?」
「ははははは……」
渇いた笑いをする。
「アナタ……
私がマンティコア隊のド・ゼッサール隊長に話を通します。
グリフォン隊だけでは、数が足りませんから」
「ああ、ド・ゼッサール隊長とは面識が有ったのだな。
元隊長の言う事なら聞いてくれるか……
何せ鋼鉄の規律を考えたのはお前だからな」
哀れド・ゼッサール隊長……
男2人は、心の中で黙祷した。
「しかし魔法衛士隊を2つ動かしても、このリストの人数を押さえるのは厳しいな。
我らの家臣団も連れて行くか?」
ド・モンモランシ伯爵が自慢の家臣団を動かすか聞いてくる。
「いや、私兵を動かすのは問題有りだ。
要はこの大物2人を押さえれば、後はどうにでもなる雑魚だな」
ヴァリエール公爵の指すリストには……
リッシュモン高等法院長とゴンドラン評議会議長の名前が連なっていた。
「国の要職の2人が、国を売るか……
奴らの取り巻きも、軒並み続いてるな」
「全員押さえるさ。
これでこの国も風通しが良くなるな」
男2人が頷き合っている所で、カリーヌが一言釘を刺す。
「トップの2人も何とかしなければ同じ事を繰り返すわ。
マリアンヌ様には、久し振りにお話しなければならないかしら……
じっくりと、ね」
こうして、アンリエッタ姫の知らない所で強力な援護射撃が決まった。
結果を端から見れば、アンリエッタ姫が売国奴を一掃し、アルビオンに善意の増援を送る事となる。
事実を知らないトリステインの連中からは、稀代の謀略女王!
アルビオン側からは、防国の聖女!
と呼ばれる下地が出来た瞬間であった。
その頃のツアイツ。
仮病の振りも大分慣れてきた。
相変わらず、見舞いの品や見舞い客は多いがエーファ達が効率良く捌いていく。
彼が何をしているか?
それは、新作の執筆である。
男の浪漫本ファンクラブ会報の復帰第一段には、新作小冊子を無料配布するつもりだ。
せめてものお詫びと、次への伏線だが……
「旦那様、お茶を煎れましたから休んで下さい」
テファが、紅茶セットと手作りのお菓子を差し入れてくれる。
今日はフルーツタルトだ。
「有難う。頂くよ!」
応接セットに移動し、向かい合ってお茶にする。
カップを差し出しながら
「ワルド様と姉さん、上手くいってるのかしら?」
テファが、幸せワルド計画を心配して聞いてくる。
「どうかな?
遍在さんとロングビルさんが付いてるからね。
余程の事が無い限りは、普通に知り合える迄は……」
心に何かが引っ掛かるが、取り敢えず成功を祈る。
「でもジョゼットさんも可哀想です。
ずっと篭の鳥なんて……」
テファは、少し前の自分とジョゼットを重ねているのかも知れない。
共に世間から隔絶されて生きる事を強要された2人の美少女……
ボインとナインだが。
「どちらにしても、ミス・ジョゼットはウチに来て貰うから……
テファには、彼女と友達になって欲しいんだ。
お願い」
この悪意0の天然娘を嫌う子は少ないだろう。
ワルド殿が失敗しても、ジョゼットの心を開くのは彼女なら安心だ。
「勿論です!
新しいお友達、楽しみです。
それと……
やはり旦那様はお優しいですね。
身寄りの無いジョゼットさんにも気を使ってくれるんですから」
嗚呼……
眩しい笑顔に、腹黒い事ばかり考えている僕のハートが耐えられない。
「ははは……
兎に角、お願いね」
「はい!喜んで」
更に笑顔で返されてしまった……
僕の偽善ライフは既に0です。
「さて、もう少し執筆を頑張るよ。
テファ、御馳走様」
「お粗末様でした。
では旦那様、無理はしないで下さいね」
この軟禁生活中に、出来るだけ執筆を進めておこう。
回復して、会報を出したら怒涛の展開になるからな。
そんな事をノンビリ考えていた僕の所に遍在殿が来たのは、その晩の事だった……
夕食を終えて、そろそろ寝ようか?
と、思っていた所に音もなく入り込む遍在殿……
「ツアイツ殿、問題が発生しました」
アルビオンで散々貴族の屋敷に侵入し馴れた彼は、一流の怪盗にもなれるだろう。
「脅かさないでよ。
遍在殿だよね?
それで、どうしたのかな」
「私の事はダッシュとお呼び下さい。
実は……」
彼のもたらした情報は、僕の予想を超えて……
いや、あの姫様を甘く見ていた訳ではないが、やはりと言う思いだった。
僕程度では、アンリエッタ姫を御せないと痛感したのだが。