トリステイン編アンリエッタルート第4話
トリステイン王国のアンリエッタ姫。
ウェールズ皇太子狙いの筈の彼女が何故、僕とキスなんて……
流石に一国の姫君を無理やり引き剥がす事も出来ず、ゆっくりと体を離す……
事が出来ずに、突然のキスの後に更に抱擁された。
外野の歓声が五月蝿い。
「あの……
アンリエッタ姫?
これは、どういう訳なんですか。
僕達は、ウェールズ皇太子を籠絡する為の仲間……」
彼女は、ギュッと力を込めて僕を抱き締める。
出来る事なら力ずくで振り解きたい。
「ツアイツ様。
私、決めました!
貴方の無償の愛を……
受け入れますわ。
そして、ウェールズ様も一緒に。
3人で幸せになりましょう!」
そう言って、僕の胸板に顔を擦り付ける。
「なっ?
何を言っているのですか!
僕には、そんな気持ちは有りません!
それにアンリエッタ姫は、ウェールズ皇太子一筋の筈ではないのですか?」
彼女の腰を掴んで引き離そうとするが!
「いや、離しません!
ツアイツ様の無償の愛に応える迄は……
私は2人共欲しいのです」
何を馬鹿な事を!
心底困って、周りを見渡せば……
ヴァリエール公爵はアチャーと、手を額に当てている。
イザベラ隊は殺気を漲らせ、カステルモール殿は……
ああ、表情が無い。
しかも掌を握り締め過ぎてか、血が滲んでいる……
相当、頭にきてるな。
しかし、その外の群集の盛り上がりは凄い。
この二股女を支持するとは、どうなっているんだ?
僕は呆然と立ち尽くしアンリエッタ姫は、ひたすらスリスリしている……
周りの歓声が頭に響く。
ああ、傷口が開いたかもしれないな。
僕は其処で思考を放棄した……
考えるのが、辛くなったから。
暫くして漸く満足したアンリエッタ姫から解放され、一室を与えられると疲れたからと引きこもった。
もう何も考えずに寝たい……
しかし、ヴァリエール公爵とカステルモール殿がやって来た。
「ツアイツ殿、何故来たんだ!
アンリエッタ姫は、君が無償の愛を捧げ続けているのを受け入れた!
そう吹聴している。
デマでも嘘でも、もう走り出した噂は止められない。
周りも、それが事実と思っているぞ。
もうアンリエッタ姫も止まらないだろう」
義父上が、何か言っているが思考が纏まらない。
僕が、アレに愛を捧げている?
フザケルナ!
どんなデマなんだ。
「ツアイツ殿が呆然としている間に、王党派から使者が来たのだ。
どうしても増援が欲しいウェールズ皇太子は、アンリエッタ姫の捏造恋文を認めたぞ。
今2人はアンリエッタ姫の愛を受け入れた事になっている」
ウェールズ様……
自分を犠牲にしてでも、勝利を掴むのですね?
なら僕の為に、犠牲になって下さい。
「義父上、カステルモール殿……
僕は、ガリアに逃げます。
レコンキスタの軍に突っ込んで……
そのまま突き抜けてガリアに向かいます。
カステルモール殿、イザベラ隊を集めて下さい。
タイミングは、総攻撃の時に……
ルイズには悪いと思いますが、アンリエッタ姫がウェールズ皇太子とヨロシクして落ち着いたら連絡を下さい」
もはや、この地に留まれば既成事実に発展する。
義父上には悪いが逃げる。
「それが宜しいですな。
では準備をします。
ヴァリエール公爵殿、ツアイツ殿はガリアで責任を持って預かります」
苦虫を噛み潰した顔をしているヴァリエール公爵。
しかし、アンリエッタ姫と結ばれてしまえば娘が……
ルイズが、彼に嫁ぐ事は出来ない。
無言で頷いた。
「レコンキスタよ。
八つ当たりだと分かってはいるが……
思いっ切りヤルぞ!」
決意を新たにしていると、アニエス隊長とミシェル副隊長が訪ねて来た。
「ツアイツ殿……
何て言うか、すまん。
アンリエッタ姫は、毎日ツアイツ殿とウェールズ皇太子との色々な妄想シュチュで一人芝居をしていたんだ。
現実と妄想が混じり合ってしまっている……
しかし、そのお陰でこの状況を作り出せた。
ウェールズ皇太子が、使者をたててアンリエッタ姫の捏造恋文を受け入れたのだ。
当初の予定通り、彼だけで良いだろう……
犠牲者は。
お前は逃げろ!
手引きはしてやる」
そう言って頭を下げて立ち去った。
黙って後ろに控えていたミシェル副隊長が去り際に
「アニエス隊長、愛の逃避行ですか?
駆け落ちするんですね?」
と嬉しそうに話していたが、気にしない事にする。
その後アンリエッタ姫から、再三の呼び出しやお誘いが有った。
しかし、戦時中で有りウェールズ皇太子に悪いのでと断り続けた!
勘違いされる様なシュチュは極力控えなければ危険だから……
レコンキスタとの開戦が待ち遠しい。
自分がこんなに好戦的だったとは。
そして……
憂さ晴らしに近い形で、ダータルネスは陥落した。
元々、拠点防御の兵しか居らず傭兵は弾除けに全てサウスゴータに出払っている。
戦勝ムードでお祭り騒ぎだが、住民も全て退去済みで散々略奪され尽くした街など居る意味が無い。
被害も軽微だった為に直ぐ様軍を再編し、一泊してからサウスゴータを取り囲んでいるレコンキスタに進軍する。
アイツ等を蹴散らし、義理を果たしたらガリアに逃げる!
気付かれない様に慎重に行動しよう……
しかしブリミルを信じていない僕に、この世界の神様は冷たかった。
宛てがわれた部屋で火傷の治療をしていると、誰かがドアをノックした。
聞き逃すような小さな音だ……
「誰か居るの?」
そう返事をすると、フードを被った怪しい女……
昔、トリステイン魔法学院で深夜にルイズと部屋に訪ねて来た時を思い出す。
人の部屋でキャットファイトをかました問題児、暴走特急アンリエッタ姫がそこに居ましたよ。
「今晩は、ツアイツ様。
少しお話がしたくて来ちゃいました」
舌をペロッと出して微笑む彼女は、コケティッシュで確かに可愛いのだが……
僕には悪魔の微笑みに見えてしまった。
「アンリエッタ様。
淑女が深夜に出歩くのは良くは有りませんよ。
お部屋までお戻り下さい」
彼女は、ニッコリ笑ってから
「今夜は帰るつもりは有りませんから……
構いませんわ」
と、宣った!
背中に冷たい汗を感じる。
長い夜になりそうだ……