第180話
ガリア王ジョゼフが、何を言っているんだお前?
的な顔をして、向かい合ったソファーに座っている。
その後ろには、少し驚いた顔のシェフィールドさん……
窓の無い、淡い魔法の光の中で不思議な雰囲気になる。
「ツアイツ、俺に礼を言ってるのか?
何故だ!
俺はお前に大変な試練を課した。
そして、これからもう一つの問題を解決させようとしている……」
クッションの効いたソファーに埋まり過ぎたので、大勢を整える。
両足に力を入れて、少し前傾姿勢で座り直す。
「ええ、ジョゼフ王にお礼を言いました。
今回の試練が無ければ、出会えなかった人達が沢山居ましたから……
シェフィールドさん、イザベラ様にファンクラブの皆にカステルモール殿……
竜騎士団員に両用艦隊の連中。
数え上げれば切りがない、大切な人達との関わり合いを持てたのは全てジョゼフ王のお陰です。
有難う御座いました」
そう言って、もう一度頭を下げる。
「ふっ…
くっくっく、あーっはっは……
そうか、俺のお陰か?
しかしその面子はお前がガリアを乗っ取る布石にも思えるぞ!」
確かに国を構成する要職を兼ねる連中だ……
でも面倒臭いから、国の運営は遠慮したい。
謀略は苦手ではないけど、陰湿なのは嫌だし。
「大変申し訳有りませんが、要りませんよ国なんて!
自由な趣味の時間が削られるじゃないですか。
今回の件が落ち着いたら、僕は隠居……
は、立場上無理ですがノンビリしたいんです。
生き急ぎましたから……
この数ヶ月は」
そう言ってニッコリと笑いかける。
「くっくっく……
俺を前にその台詞か?
良いのか?
我が娘を娶るなら、この国が付いて来るんだぞ。
大国故に問題も多い。
お前に平穏は無い」
ジョゼフ王はニヤリと返す。
暫く2人で見つめ合う。
シェフィールドさんが、ワインやらおつまみセットやらを用意し始めた。
グラスは4つ……
はて?
残りは誰だ?
手際良くテーブルにセットしていくシェフィールドさんに尋ねる。
「4人分ですね……
後1人は誰ですか?」
フォークとナイフを並べている手を止めて
「イザベラ様の分ですよ。
ツアイツ、4人でロマリアを潰す計画を練らないと……
アレは要らないわ。
だって私達には都合が悪いし、向こうにとって私達は邪魔者よ。
だから六千年だか何だか知らないけど、澱んだ宗教を潰すんでしょ?」
微笑みながら、ハルケギニアの成り立ちに必要だった宗教の根絶を示唆した。
これには、僕もジョゼフ王も苦笑いだ。
「我が娘を呼ぶ前に、お前に頼みたい事が有る。
俺はな……」
ジョゼフ王が、初めて辛らそうな表情をする。
「ええ……
聞いていますよ、シェフィールドさんから」
思わずジョゼフ王はシェフィールドさんを睨む……
余り先には知られたくない話だったんだろう。
「最初に聞いておいて正解でした。
僕はこの試練にて幾つかの出会いをしています。
薄幸なハーフエルフと、変な水の精霊……
彼女達?から2つの指輪を借り入れています。
水の指輪とアンドバリの指輪……
この2つと神の頭脳ミョズニトニルンの力が有って初めて成し得る治療方法を思いつきました」
一瞬でジョゼフ王の雰囲気が変わる。
「お前、何故ミョズニトニルンを知っている?
それは俺が……」
「虚無の使い手ですね」
ジョゼフ王の言葉を被せて結果を言う。
お互い睨み合う……
「ハルケギニアにあって、ブリミル教と虚無神話は絶大だ!
特に魔法が苦手と言われる俺が伝説の虚無……
蔑んでいた対象が彼らの信仰の原初の力。
失われた神の力だとよ。
笑わせるわ」
苛立ちからか、体を小刻みに揺らしている……
「別にかびの生えた伝説など書き換えてしまえば良いだけです。
ガリアの虚無はジョゼフ王……
ロマリアは教皇。
では、アルビオンとトリステインは?
王族では居ませんね、残り2つの国には……」
ここが最後の原作知識の使い所だ。
出し惜しみは無しで行く。
「教皇が虚無か……
あやつなら狂喜乱舞だろうな。
キチガイ教皇は、エルフへの侵攻を騒ぐだろう。
自分はブリミルの生まれ変わりか後継者気取りでな」
確かに望みうる理想は、ブリミルの再来。
そして奴には、その力が有るからな。
「3対1で勝てるかな?
それに民衆の意識を此方に持ってくれば大した問題でもないでしょう……
ここから先はイザベラ様を含めて相談ですね。
さて、ジョゼフ王の悩みの解決方法ですが……」
まだ話足りないみたいだが、ソファーに深くかけ直し手で先を促された。
「どうするんだ?
ミューズを抱き込んだのもこの為か?」
いや、ヤンデレさんはジョゼフ王に全て押し付けますから……
「トラウマ……
僕も高所がどうしても怖いから分かります。
しかし、ジョゼフ王のトラウマは異常な性癖を持つ弟に襲われかけた事。
この体験を打ち消すのは、普通ならそれを受け入れる事ですが……
それは出来ない。
ならば、その記憶を書き換えるのです。
例えば、王族の宿痾としての政権戦争……
これなら受け入れられると思いませんか?」
「つまりは、忌まわしき記憶を……
変態の記憶を普通の勢力闘争にするのか?
確かに、それなら仕方ないと思うな。
それが可能なのか?
人の記憶を壊すでなく書き換えるなど」
ヨシ!
食い付いたなジョゼフよ……
実際はストロベリル記憶なんだよ。
お姉ちゃんと甘々な砂糖漬けになるが良い!
「可能です。
心配なら何件か先に実証しましょうか?
オルレアン夫人の心を治してみせましょう!
又は、不治の病といわれるヴァリエール公爵の次女の治療を……」
ジョゼフ王が僕の言葉を手で遮る!
「記憶を書き直す……
そんな事が出来るのか?
しかし、俺の記憶を治すと言うが信じられるのか?
都合の良い記憶を植え付けないと何故言える?」
流石に用心深いな。
「虚無の使い魔、神の頭脳ミョズニトニルンを信じられないのですか?」
何時の間にか僕の後ろに回り込んだお姉ちゃんが、僕の両肩に手を置いて……
多分、ジョゼフ王を見詰めているのだろう。
「彼女はジョゼフ王を裏切らない。
それはルーンの強制力の他に貴方への愛故に……
純粋な気持ちを裏切るとでも?」
ジョゼフ王は黙ったままだ……
「ミューズを信じよう……
しかし勢力闘争で負けたオルレアン夫人やシャルロットを俺はどう思うんだ?
普通なら危険の芽を摘むだろう。
王家とはドロドロだそ!
その思考に辿り着かないとは思えんな」
記憶操作の後か……
確かに書き換えられた記憶を元に考えればそうだな。
序でにジョゼットの件も片付けよう。
「では、こうしましょう。
ジョゼフ王の治療をする前にオルレアン夫人を治す。
そして偽装しましょう。
粛正した事に……
彼女達には、新しい名前と立場で暮らして貰う。
しかし記憶では確かに処理をした事として。
なんなら念の為に、彼女達の記憶も偽りの身分を本当の事にしましょうか?」
これは意地の悪い提案だ!
実際はオルレアン夫人を治療したんだ、この人は……
だからこの話には乗らないと思うんだけど……
「分かった。
記憶操作を受け入れよう」
やった!
ヤンデレエンドは回避したぞ。
僕はニンマリとジョゼフ王を見詰めた。
この勝負、僕とお姉ちゃんの勝ちだ!