第184話
応接室にシャルロット様達を残して、老執事のベルスランさんとベランダに出た。
外の景色は素晴らしい。
手入れの行き届いた庭の先には、ラグドリアン湖が見えます。
夏の日差しを浴びてキラキラと輝く湖面……
不名誉印を刻まれ予算も少ないだろうに、良く手入れがなされています。
彼の、ベルスランさんの苦労は大きいのでしょう……
「それで?
僕にだけ話したい事とは?」
ピシッとした姿勢を崩さず前に立っているベルスランさんに問う。
「ツアイツ様……
奥様の心が病んだ本当の原因をご存知なのですね?」
ああ、秘中の秘だろうオルレアン公の変態趣味の件か……
「知っています。
知らなければ治療は出来ませんから……
しかし他言はしません。
この秘密は墓場まで持って行きますよ」
シャルロット様が真実を知ってしまうと、彼女も病んでしまう可能性が有るからだね。
ベルスランさんは、ベランダの手摺に両手を付いて外を見ている。
何か思い詰めている感じだ。
湖面からの涼しい風が2人の間を吹き抜ける……
避暑地として、ここは良い環境だ。
「時にシャルロット様に……
大量の艶本をお渡しになりましたね?
何故でしょうか、理由を聞いても宜しいですか?」
艶本?
男の浪漫本の事か?
「シャルロット様が、北花壇騎士団の任務で……
ジョゼフ王から僕の著者を集める様に依頼が有ったので、お渡ししましたが。
それが何か?」
何故、北花壇騎士団の任務内容を知っているんだ?
そんな話をベラベラと教える娘じゃない筈だが……
「ツアイツ様……
シャルロット様は、奥様に艶本を音読させて興奮される趣味が見受けられます。
正気を取り戻した奥様に、この記憶が残っていれば……
その、また心が蝕まれる可能性が有ります」
なっなんだってー!
シャルロット様も我等と同じ変態?
しかも実の母親に羞恥プレイを?
「そっそれは本当なんですか?
あのシャルロット様が?
その手の知識には疎い筈ですよ!
まさか……
そんな変態趣味が有るなんて……」
オルレアンの血とは……
この王国の血を受け継ぐ名家にもそんな宿痾が……
「分かりました。
その記憶も消す様に頼んでみます……
しかし、シャルロット様がその様な性癖だったなんて……
彼女の旦那になる奴も大変だなぁ」
アレ?
ベルスランさんが変な顔で僕を見詰めているんだけど……
「おそれながら、ツアイツ様はシャルロット様とお付き合いなされているのではないのでしょうか?」
「いえ、違います。
全くの誤解です……
僕はイザベラ様の方ですから間違わないで下さい」
全く何でそんな勘違いをするんだ?
「何故、そう思ったのですか?
僕達の接点は少ない筈ですし、その様な態度もとらなかった筈ですが」
あらぬ誤解を生む行動はしてない。
しかし彼は、僕達が付き合ってると思っている。
「誤解でしたら申し訳御座いませんでした。
あの様な男女の艶本を贈る仲ならばてっきり……」
「お話はそれだけでしょうか?
ならば早速オルレアン夫人の治療を始めたいのですが……」
僕とシャルロット様との誤解が解けたなら、早く治療に移ろう。
皆が待っているから……
オルレアン夫人……
ベルスランさんに案内されて彼女の私室に入る。
精神が蝕まれているが、外見は普通のマダムだ。
特にやせ細ったり、目が虚ろとか……
その手の方々特有の雰囲気は無い。
ただロッキングチェアーに腰掛け膝には人形を抱いている……
「奥様、お客様をお連れしました。
治療の為にわざわざいらして下さいました」
ベルスランさんが声を掛けても、此方を意識しない……
ただただ人形を撫でている。
僕は杖を取り出し夫人に魔法を掛ける。
「スリープクラウド……」
僕の紡いだ魔法の霧が、彼女の顔を覆うとパタリと手を垂らして眠ってしまう。
「治療がし易い様に眠って頂きました。
目が覚めた時には……
本当の娘が誰か判別出来る筈です。
シェフィールドさんお願い……」
オルレアン夫人をレビテーションでベッドに寝かせると、お姉ちゃんに治療を任せる。
「ふふふ、任せて」
彼女は、ラウラさんの時と同じ様に指輪を左右の指に一つずつ嵌めてオルレアン夫人の頬に添える。
そして精神を集中し始めた……
どれ位、時間が過ぎたのかお姉ちゃんの額に汗が浮かび上がる。
オルレアン夫人の表情には変化は無い。
しかし、シェフィールドさんは辛そうだ……
精神力の高まりを感じた後に指輪が眩い光を発した後に砕け散った!
よろけるお姉ちゃんを後ろから支える。
「大丈夫?
ラウラさんの時と随分違うよ。
オルレアン夫人に苦痛の表情は無かったけど、お姉ちゃんの方が辛そうだった……」
荒い息をしているお姉ちゃんを気遣い、近くの椅子に座らせる。
「記憶の操作……
コツは掴んだわ。
これでジョゼフ王の主様の方も問題無いわ。
有難う、ツアイツ。
気遣ってくれて。
もう大丈夫よ」
「お母様は本当に平気なの?
病気は治ったの?」
今まで無言で見守っていたシャルロット様が聞いてくる。
ずっと握り締めていただろう、その細い両手が震えている……
「頼まれた記憶操作は2つ。
両方とも問題無い。
しかし、彼女はオルレアン公がジョゼフ様に普通に政権争いを挑んで粛正されたと思っている。
もしかしたら主様を恨んでいるかもしれない。
それは新しい記憶を元に、どう考えているか……
当人しか解らない」
それでも旦那と娘の変態行為よりは心が痛まないだろう。
「目が覚めるまでに、あと二時間位は掛かるかな?
安全の為に目が覚めるまで待機しましょう。
彼女の治療が完全であれば、その後の話をしなければならない。
つまり偽装死と新たな生活について……」
ここまでの処理をして初めてシャルロット様の幸せは補完される。
落ち着いてからだ。
ミス・ジョゼットの件は……
言わない方が良いだろうし、僕が話せる事でもないから。
ずっと無言で壁際に立っていたベルスランさんが
「皆様、有難う御座いました。
別室にお茶をご用意して有ります。
少しお休みになられた方が宜しいかと」
と誘ってくれたので、ベルスランさんのご好意に甘えよう。
今は待つ事しか出来ないから……
「私はお母様の傍に居る。
目が覚めた時に、一番に話をしたいから。
その……
あっ有難う、この恩は一生忘れない」
オルレアン夫人の様子はシャルロット様に任せる事にして部屋を辞す。
ここは母娘二人きりにしてあげるべきだ。
感動の再開に余人は要らないのだから……