第185話
オルレアン公の屋敷でお茶を飲む。
応接室からの眺めは最高です。
遠くにラグドリアン湖が見えます。
湖面からの風は夏の暑さを忘れさせてくれる清々しさを運んでくれます。
オルレアン夫人の病気……
記憶操作で精神を病む部分は取り除いた。
新しい記憶でジョゼフ王に対して、どんな思考に落ち着くのかが心配だ。
敵討ちとか、我が子を王位にとか……
そんな考えを持ってしまったら、また処置をし直さなければならない。
しかし表面的な会話で彼女の真意が解るのか?
腹芸の出来る人だったら?
これがジョゼフ王の言った王家はドロドロか……
大国のトップに立てるならイチかバチかも厭わない連中だっているだろう。
「ツアイツ、厳しい顔をしてるわ。
オルレアン夫人が王家に隔意を持ってしまうか不安なの?」
そんなに不安な顔をしていたのかな?
気が付けば、ずっと紅茶の入ったカップを飲まずに持ったままだ……
温くなった紅茶を飲み干す。
「ええ。
これからの事を考えてオルレアン夫人が現ガリア政府に不満を覚え行動するなら……
僕らは見逃せない。
再度記憶操作をするか、最悪は粛正か……
こればかりは夫を殺された彼女がどう思うか解らないから」
「ツアイツ殿……
貴方の彼女達を守りたい気持ちが通じれば大丈夫ですぞ。
治療を施し新たな身分を用意した。
これを不満と思うなら……
厳しい対処をしなければ多くの人が迷惑する。
権力を握りたいから内乱など考えるなら仕方ないですがね」
おう!
空気の様だったワルド殿が重い事を……
確かに、現ガリア政府は落ち着いている。
まぁ善政と言って良い程に国は安定している。
これを乱すなら、か。
「そうですね。
しかし、今アレコレと悩んでも仕方ないですね」
そうなったら、そうなったで割り切ろう。
暫くは雑談をして時間を潰す……
そして二時間が過ぎた頃に、待機していた部屋をシャルロット様が訪ねてきた。
「皆、ありがとう。
お母様は正気に戻った。
それで皆と話したいと言っている」
彼女の両目は真っ赤だ。
嬉し泣きか……
しかし、この態度からは母親が変な思考に辿り着いた不安は感じられない。
「そうですか……
成功ですね、おめでとう御座います。
ではお話に……」
「ツアイツ、私達は行かないわよ。
ジョゼフ王の腹心の私や他国の魔法衛士隊隊長が行っては無用な警戒をするわ。
ツアイツが話しておかしいと思ったら呼んで。
再度記憶操作をしましょう」
確かにシェフィールドさんはジョゼフ王の腹心……
多分直接粛正に関わっている筈だ。
「分かりました。
ではシャルロット様、行きましょう」
シャルロット様と共にオルレアン夫人の部屋に向かう。
SIDEオルレアン夫人
深い闇から目覚めた気持ちです。
目の前に記憶よりも少し大きくなった愛娘シャルロットが居ました。
聞けば夫が王位継承争いでジョゼフ様に挑み粛正された事で精神が病んでいたとか……
あの快活だったシャルロットの変わりよう。
あの子に苦労を掛けてしまったのね。
不甲斐ない母親だわ。
しかし、そんな私達の為に尽力して下さった方々が居たとは!
現王家に逆らった私達の力になるのは大変な事。
素直に感謝して良いのか、何か治療の報酬を求めてくるのでしょうか?
私はもう政権争いなどしたくはありません。
あの子と幸せに、静かに暮らしたいのです。
「お母様、失礼します」
ノックと共に入って来た人物を見る。
あらあら?
随分と若いお方ね……
シャルロットと同世代かしら、十代半ばの中々の美少年だわ。
「こっち……座って」
あらあら?
シャルロット、随分と仲が良さそうね。
ほんのり赤くなって袖口を引いて椅子に座らせるなんて……
もしかして好きな人?だから私達に力を貸してくれたのかしら……
「お初にお目にかかります。
ゲルマニア貴族サムエル・フォン・ハーナウが長子ツアイツです」
中々堂に入った態度ね。
シャルロットもそんな彼を見上げているわ。
「先ずはお礼を言わせて下さい。
有難う御座いますわ。
でも何故私の治療をして下さったのでしょうか?
私達の立場は微妙な筈ですわ」
「失礼ですが、夫人の治療については我々の未来にも関係しているので……
全くの善意だけでは有りません」
あらあら?
我々ってシャルロットとの事かしら……
私達は現王家に逆らった逆臣と知っても動じないわ。
シャルロットも私を見ないで彼を見詰めてるし……
アレかしら?
嫁の実家を何とかする的な?
男の甲斐性なのかしらね……
「オルレアン夫人。
単刀直入に聞きます。
ジョゼフ王に復讐をする気が有りますか?」
これは……
急に厳しい顔で何を聞いてくるかと思えば!
政権を奪うつもりが有るのかって事かしら?
まさかガリアを乗っ取る為にシャルロットに近付いたの?
それなら私は貴方を許さない!
たとえ治療して頂いたとしても……
「ツアイツ殿、私は静かに暮らしたいのです。
出来れば今まで苦労を掛けたシャルロットと……
国などもうどうでも良いのです」
そう言ってシャルロットを抱き寄せる。
もし彼が私達を利用しようとしてるなら、せめてこの腕で守れる様に……
あらあら?
凄い笑顔だわ?
「そうですか!
それは良かった、ならば力になれます」
引き籠もり宣言をした私達を笑顔で見ているわ……
何故なのかしら?
「実際に夫人が快癒したとなれば、旧オルレアン派が接触してくるかも知れません。
そうなれば、母娘共々幸せには程遠い争いに巻き込まれるでしょう。
なので申し訳ないですが、一つ提案を受けて頂きたいのです」
あらあら?
真面目な顔をすると凛々しさが際立つわね。
これは女泣かせね……
「提案ですか?」
「そうです。
立場上ジョゼフ王も内乱の火種となるあなた方を放ってはおけない。
だから新しい爵位と身分を用意しました。
フェイスチェンジで顔も変えて頂き新たな生活を送って頂きたい。
そして今のあなた方は偽装死をして貰います。
つまり全くの別人として生活をして欲しいのです。
新たな身分等はイザベラ様が手配して下さいました」
あらあら……
凄いわね、この子。
イザベラ姫まで巻き込んで私達の為に尽力してくれたのね。
益々シャルロットと怪しいわ。
わざわざ爵位まで用意するって事が……
嫁に欲しい訳ね。
夫が亡くなったけど、頼もしい義理の息子が出来るのかしらね?
「その提案、お受け致しますわ。
娘共々、宜しくお願いします」
シャルロットも嬉しそうに微笑んでいる……
漸く私達も幸せになれるのね。
オルレアン夫人……
表舞台からシャルロットと共に退場。
彼女達の屋敷は不審火により全焼……
使用人共々、公式に死亡を発表された。
原因は不明だが、事故と事件の両方で調査中だ。
オルレアン夫人。
シャルロットとツアイツの仲を多大に誤解したまま、イザベラ姫の直轄地の一貴族となった。
彼女達の幸せは、ここに補完された!