第二話:転校生
小学校に入学してから一カ月ちょっと。
神楽坂明日菜が転校してきた。
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朝のHRで転校性を紹介する、と言う事になり、割とお祭り騒ぎで迎え入れる我がクラスの連中。
赤く長い髪をツインテールに纏め、纏めているゴムには鈴がついている。オッドアイでおとなしそうな雰囲気をしている彼女は、俺達のクラスへとゆっくり足を踏み入れた。
やる気が無い様な、と言うと少し穿った見方の様な気がするが、少なくとも俺にはそう見える目をしている。物事に興味が薄いとでもいうのだろうか。
まぁ、誰が見てもかわいい子だろう。俺にロリコンの気は無いからどうでもいいが。
教師の説明を終え、HRも終わり、授業は淡々と進んでいく。授業中は基本的に隠れてスマートフォンを操作し、いろいろと機能を試しているが、これがなかなか面白い。
多種多様なアプリを自分のPCからダウンロードし、それを使っていろいろと実験をしている。
この時間は現代に戻った気分だ、と思いながら、聞いて無い授業を受け続けている。板書位はやっているが、興味が無い時は寝ている事も多い。
今更小学校の内容を習えと言われても、高校課程までは少なくとも受けている以上、やる気が起きないのだ。
まして、俺には一方通行以上の頭脳がある。学校の勉強を疎かにすると言う気は無いが、真面目に取り組まなくても何とかなる
教科書を立ててノートが見えない様にし、授業とは別のノートにガリガリといろんな事を書き込んでいく。
学園都市の学習用マニュアルとは凄いモノだ。効率的に勉強が出来る。いざとなれば『
……まぁ、『
最低限の機能を抽出しただけの物を使うなど、以ての外。最悪人格や精神が崩壊してもおかしくは無い。
そんな事を考えながら、俺は授業の終わりのチャイムを聞いた。
ノートと教科書を机の中へとなおし、次の授業の準備をしながら本を読みふける。必要最低限の知識は今の内に入れておかなければならない。この先に何があるか分からない以上、無闇に長い時間をかける事は得策ではないのだ。
「ちょっと、あなた。その態度と目付き、転校生の癖に生意気じゃ在りません事?」
ん? とふとした拍子に顔を上げて見ると、視界の中でいいんちょこと雪広あやかと転校生の神楽坂が陰険な雰囲気になっていた。
かと思えば、雪広が神楽坂へと取っ組み合いをしかけ始め、神楽坂も同じ様に取っ組み合いの喧嘩を始める。周りの奴等はそれを見てトトカルチョ。
……このクラス、本当に大丈夫かなぁ……。
止める止めない以前にトトカルチョって。喧嘩を賭けにしてる時点でどうかと思うが、俺としては俺に被害が来なければどうでも──
「あ、やばい」
誰かがそう呟いた時には、既に遅かった。
神楽坂と雪広は取っ組み合いの喧嘩でこちらに近づいてきており、雪広が突き飛ばした為に、神楽坂が俺の方へと倒れ込んできた。
そのまま一緒に倒れ、窓際と言う事もあって壁へと頭をぶつける。『
もしかしたら窓ガラスを割っていたかもしれないし、俺以外の誰にしても頭を思い切りぶつけていた可能性は高い。神楽坂は俺の事を気にせず、既に復活して取っ組み合いを再開してる。
その様子を見て、少しだけイラついた。
「お前等、いい加減にしろよ。コラ」
ぽつりと呟いたその言葉に、何人が気付いただろうか。
ゆらりと歩くその姿に、何人がどんな感情を抱いただろうか。
未だ取っ組み合いを続けている二人を視界に入れ、歩いていき、二人の頭をそれぞれ片手で掴み──頭をぶつけさせた。
小さく悲鳴を上げて倒れ伏した二人を見降ろし、俺は一言だけ言った。
「喧嘩は外でやれ!」
「いや、まず喧嘩をやらせないようにしようよ」
誰かが突っ込むが、そんな事は気にしない。そもそもトトカルチョし出したり止めなかった奴等が悪い。俺は知らん。
その後、頭をぶつけた二人を見て教師が驚いたのは言うまでも無い。ついでに言うと、放課後職員室に呼び出されました。
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夕刻、茜色に染まり始めた空を見ながら、俺は千雨と共に帰路に着いた。
他愛も無い事を話しながら、俺と千雨は足を止める事無く歩き続ける。その途中、二人の人物が現れた。
「何か用か、神楽坂、雪広」
顔や腕など、見える所には幾つも絆創膏を付けており、怪我が多いのは明白だった。デコに湿布が張ってあるのは俺の所為なんですけどね……半分位。
それはともかく、二人は少し気まずそうにしながら近づいて来て、頭を下げた。
「ゴメン、長谷川。いいんちょが私を突き飛ばした時、頭を打ったんだって?」
「本当に申し訳ないですわ。あの、大丈夫ですの?」
……まさか、謝られるとは思っていなかった。その所為で、一瞬ポカンとしてしまう。
おずおずと俺の様子を窺う雪広。怒っているとでも思っているのだろうか。神楽坂は殆ど無表情だが。
確かに被害を受けたし、ちょっとイラついたが、巻き込んだのが俺でよかったなこいつら。俺じゃ無かったら頭を打って病院に行ってたかもしれないし。
俺としても、別に怪我をした訳でも無いので、其処まで長く引きずる気は無い。
「……いや、別に大丈夫だけど。打ち所が悪かった訳でもないし、痛みなんて殆ど無かったからな」
そう言ったら、二人とも取りあえずは安心したようで、四人で帰る事になった。とは言っても、神楽坂は職員寮の高畑先生の所へ、雪広は執事と共に寮へと行く事になっているので、大した距離では無いのだが。
まぁ、言うまでも無く道中は千雨の口数が何時にも増して少なかった。増して少ないとはこれ如何に。……無駄な事を思考した気分だ。
そんな折、神楽坂が口を開いた。
「長谷川って双子だったんだね。知らなかった」
「まぁな。可愛い妹だ……って、お前今日転校してきたんだろうが。知らなくて当然だろ」
千雨の頭を撫でると、恥ずかしかったのか、顔を少し赤くして俺の手を払う。少し悲しいが、まぁ仕方がないので歩き続ける。
神楽坂は、俺と千雨のその様子をじっと見ていた。何か言いたい事でもあるのだろうか。
それを聞いてみると、「別に」と冷たく返された。せめてもう少し社交性を持ってほしいモノだが。いや、俺もあんまり人の事言えないけど。
「神楽坂さんは兄弟や姉妹は居ないんですの? 私は姉が一人いますが」
唯の興味本位なのだろうが、雪広が神楽坂へとそう問いかけた。
対する神楽坂は、やはりほぼ無表情で問いに答えた。
「いないよ。家はタカミチと一緒に部屋に住んでるだけだし、親もいない」
……俺の記憶が正しければ、神楽坂って親兄弟とかいなかったよな。高畑さんと一緒に住んでるけど、別に血が繋がってる訳でもない筈。記憶も無かった筈だし……。
雪広はと言えば、神楽坂の言葉を聞いて返答に困っている。まぁ、いきなりそんな話を聞いたらそうなるよなぁ。
当の本人は特に気にしている様子は無いが、雪広は気にする様で、しばらく沈黙が下りる。
そうこうしてる間に分かれ道に着き、俺と千雨は家へ、神楽坂は職員寮へ、雪広は職員寮に迎えが来ているらしく、其処に行く。
「バイバイ」
「また明日、ですわ」
「ああ、また明日」
適当に返事をし、俺と千雨は家へと歩を進めた。
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カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が、唯耳に入ってくる。
薄暗い部屋の中、俺は必要な情報を集める為に、数台のPCをネットにつないで操作していた。
ネットと言っても、この時代に其処まで多くのものは求めていない。精々動画を見るので精一杯だろうさ。何せ、未だに液晶カメラが世界初で作られた、なんて言っている時代なのだ。期待するだけ無駄と言う物だろう。
「……学園結界、エヴァンジェリン、世界樹、登校地獄。ある程度の情報はハードディスクに入れて在るのか」
学園のサーバーにハッキングを仕掛け、情報を根こそぎ手に入れていく。電子精霊が反撃してくるが、そもそも『
詰まる所、電子精霊程度では俺は止められない。
圧倒的速度で侵入し、あっと言う間に情報を手に入れて証拠を残さずに撤退する。引き際を弁えるのも当然の心構えだ。余り長居をすると居場所を掴まれかねない。
少なくとも、学園の魔法先生や魔法生徒と言った情報は根こそぎ手に入れられた。問題は無いだろう。
欲を言えば魔法に関しての情報が欲しかったが、それはどうにかして別の方法で手に入れる事にしよう。
俺の当面の目的は三つ。
一つ、超能力を十全に使えるようにする事。これに関しては既におよそクリアしている為、問題は無いだろう。後は咄嗟の事態でも演算に支障が出ない様にするだけだ。
二つ、魔法に関する情報を手に入れる。ベクトル変換が通用するなら問題無いが、通用しないならそれなりの手を考える必要がある。
三つ、折角持っている科学技術を腐らせない為にも、勉強して理論を把握し、それなりに扱えるようにしておきたい。
「……やっぱ勉強か、面倒くせえ……」
溜息をつき、そう呟いた。
やはり勉強はあまり好きではない。どうしたってそれは変わらない事実だ。学べば直ぐに理解できる頭があっても、やる気がないなら効率は悪くなる。
勉強が好きなどと言う奴の内面は、さっぱり分からない。
「……寝よ」
欠伸をしてPCをシャットダウンし、そのまま『
……ああ、そうだ。もう一つ、目的があった。
もしこの世界に『木原一族』が存在するようなら、俺はどんな手を使ってもそいつらを手の内に置く。それが最善であって、何が起こっても対処する必要があるからだ。
流石に、俺とてあいつ等を好きなようにさせるつもりは無い。そうなれば、世界が滅ぶ可能性だって存在するんだからな。
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翌日、学園は割と騒ぎになっていた。
学園のサーバーがハッキングされ、足取りも追えないと来れば、困惑する事止む無しと言う奴だろう。
それが原因かは分からないが、学園の先生達の不穏な空気を感じ取ったのか、ウチのクラスはいつもより静かに──なる訳も無かった。
「何ですの、このガキ!」
「アンタだってガキでしょーが!」
デジャブ。昨日の光景がフラッシュバックするぜ。って言うか今目の前で再現されてるぜ。
こいつ等の辞書に反省の二文字は無いのか。それともアレか、後悔はするけど反省はしないとかそう言う奴か。
誰か、本当にこいつらどうにかしてください……お願いだから……。
俺の切実な願いが通ったのか、先生が丁度よく教室に入って来て喧嘩を見つけ、仲裁に入って喧嘩を止める。委員長が率先して喧嘩してるんだから、このクラスはホント終わってるよな。
授業を適当にそつ無くこなし、放課後。
千雨と共に下校し始めると、何故か神楽坂と雪広まで一緒に着いて来た。意味が分からない。
だが、二人とも今日は迎えがいるらしく、校門前に誰か人影があった。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「アスナ君、迎えに来たよ」
一人は燕尾服を着た、いかにも執事ですと言わんばかりの男性。白髪がある初老の男性だが、その雰囲気の所為か見た目よりも若く思える。
もう一人は真新しいスーツを着た青年。髭などはキッチリ剃っており、大学生かそれ以上、二十代前半と言う若者らしい雰囲気が出ている。
自分で言っておいて何だが、若者らしい雰囲気って何だろうな。
雪広はそのまま燕尾服の執事の所へと歩いていき、用意されている高級そうな車に乗り込んでいく。
「それでは、また明日」
「ああ、また明日」
ちょっと面食らったが、雪広家って確か相当お金持ちのグループだった筈だし、別に何もおかしな所は無いのか。
「タカミチ、迎えに来たの?」
「うん。ちょっといろいろあってて、心配になってね」
タカミチ、と言っているのを聞いた。やはりこの人はタカミチ・T・高畑なのか。若くて分からなかった。
一緒に歩いている俺達を見て、「こんにちは」と挨拶をしてくる。それに俺と千雨は返答し、どうせ一緒の帰り道だからと分かれ道まで送ってくれる事になった。
「君が、アスナ君が昨日話していた、長谷川潤也君かい?」
「ええ、まぁ」
眼鏡をかけていない、まだ若々しい顔を向けて、俺に問いかけてきた。一体何を話したんだ、神楽坂。
「大丈夫なら良かったんだけど、何か違和感があったらちゃんと病院に行って欲しい。何か有ってからじゃ遅いからね」
昨日の事だろう。頭を打ったと教えたらしく、やたらと心配そうな声を出している。
「大丈夫ですよ。……それと、千雨が心配して不安がるので、そう言うのはちょっと止めて欲しいんですけど」
「あ、あぁ。済まなかったね。大丈夫なら良いんだ」
俺は一緒に住んでいるからか、千雨には割と親愛の感情が生まれてるっぽい。余り心配かけたくないと思っちゃうんだよね。
まぁ、それは一旦置いておくとして。
高畑か。俺が知っている限りじゃ学園長に次ぐ実力者だった筈だが、今はまだそこまでは無いだろう。監視カメラなんかは偶にハッキングして情報を集めるべきかな。
今はまだ、分からない事も多い。十全に、入念に、しっかりと準備をしなければならない。余計な事に関わらない為にも、それは大事だろう。
チート能力を持っているからと言っても、戦闘なんて出来ればやりたく無いモノだ。