第五話:中学入学
『セブンスミストグループ』と呼ばれる会社がある。
そこは、世界でも有数の科学力──否、既に世界一の科学力を持つと言っても過言ではない会社だ。
設立はおよそ二年前。アメリカと取引をしたのが最初と言われている。
社長の名は「垣根帝督」、会長の名は「湊啓太」。初期メンバーは更に複数いると言われ、現代科学の数十年先を行くと噂されるほどの会社でもある。
魔法使いがいる裏の世界に置いて、「超能力者」を生みだしている組織だと認知されている組織でもある。
そして──「Seventh
Mist Group」ことSMGの社長である垣根提督は、長谷川潤也と言う中学生でもあった。
●
時は流れ、俺は中学校へ入学した。
入寮するときに相部屋の野郎の事でひと悶着があったが、別段どうでもいい事なので記さない。多分その内戻ってくる……と、思う。保証は無い。
SMGの仕事としては、犯罪者を捕えて洗脳。『
いわゆる『暗部』だ。邪魔な奴をさっさと殺す為だけの組織であり、その他諸々の雑用にも使える組織でもある。利便性は意外とあった。
平均年齢はそれなりに若く、体力なども多い。日本中──ひいては、世界中から集めた為、それなりに人数が居る。
それと同時に、素質がありそうな奴の脳の『開発』もした。必要な知識は全て『
大抵が突発的に犯罪に走るような頭の悪い連中なので、レベルは良くて二か三程度。ほとんどが零か一。驚いた事にほんの数人だけ四が居る。
それとは別に、ストリートチルドレン等も引き取って脳の開発及び勉強を教えている。それでも、レベルの高い者はそう多くない。
厳密に言うなら、『
下手に使うと能力が暴走するから、演算能力に見合ったレベルにしている。
レベル三と四の連中は『グループ』やら『スクール』やらと名前を付けて特別扱いだ。
仕事は主に知り過ぎた奴の掃除やらやったりしてる事もあるが、基本的に普通に過ごしている。いつも仕事をさせている訳ではない。機密は守らせているが。
ちなみに能力者は魔法が使えない事が良く分かった。全身血塗れになったよ。
あ、ちなみに俺自身がやった訳じゃあ無い。犯罪者にかける情けは無いって事で、ここは一つ。
気は大丈夫らしいが、魔力は体に流れるだけでアウトだった。元から内側に存在する気は大丈夫で、外側から集める形になる魔力は駄目、という事なのだろうか。その辺は少し曖昧だ。
仮契約なんかで契約執行しても血まみれになるって事になる。面倒な。
アーティファクトが手に入らないと少し落胆したが、メタルイーターとかガトリングレールガンとか使える時点でいらなくね? とも思った。
アーティファクトにだけ魔力を送ればいい話なのだろうが、それが出来るようになるまで練習する必要があるだろうし、失敗するたびに血塗れとか勘弁だ。
そして、重要な事が一つ。
『
●
ちう>いつもニコニコ貴方の隣に這いよるアイドル、ちうだっぴょ〜ん!
ちうファンHIRO>おおっ! 今日はやけに可愛いコスチューム着てるね!
通行人B>新作? 新作?
アイスワールド>保存余裕でした。
ちう>今日はワンピースに銀髪で合わせてみたよ! ちょっとしたアニメの影響だけどね!
ちうファンHIRO>今日も可愛いぜ、ちうたん!
通行人B>やっぱりネットアイドルの中でもちうたんが一番可愛いよ!
ちう>皆ありがとー! これからも頑張ってうpするね!
●
…………。
パタン、と静かにノートPCの画面を閉じた。
…………。
「……千雨、あの恰好は……」
凄く、クトゥルフでした。
いや、あの気持ち悪いSAN値直葬されそうな触手の方では無く、擬人化した某銀髪碧眼の美少女の方。というか、普通に考えればあの触手をどうやってコスプレ出来ると言うのか。俺がテンパっていたのか。あの姿でテンションが舞い上がっていたのか。
それはともかく、千雨のネットアイドル業のことである。
中学に入ってからこっち、千雨は寮生活である事をいい事にネットアイドルを始めたらしい。
正直な話、千雨のコスプレなどを有象無象の雑種に見せるなど我は気に喰わんのだが、当人の意志であるが故に拒否は出来ない。全く持ってけしからん。保存しておこう。
…………いかん。まだ思考がトんだまま戻らない。
俺がこのサイトを見つけたのは偶然でも何でもないが、千雨が自前で作り上げた防衛プログラムに加えて俺のプログラムを常駐させている。そもそも世代が違うのだ。バレようが無い。
千雨のサイトが更新される度に見ているのだが、これがネットで繋がっている無数の相手に見られていると思うと、何ともやるせなさがある。
思考がトんでたのも、普段は見せてくれないであろうこの姿を見たいと言う気持ちと、ネットで公開されているが故に無数の第三者に見られているから止めさせたいと言う二律背反があるからだろうか。
千雨の実生活に影響を及ぼす事は無いと思うが、もしかすると千雨の事を調べ上げて住所まで調べ上げる様な連中が出ないとも限らない。
もっとも、そんな連中がいた場合は俺の『名伏し難きバールの様な物』でも使って頭の形状を変えてやることにしているが。
●
夏休み前。千雨が訪ねてきた。
最近は会って無い。中学は男子と女子が別だし、寮で暮らしてる事も理由の一つだ。
相部屋になった護は別の部屋に行ってるから、今この場は二人きりという事になる。特に何をするという訳でも無いのだが。
一応男子寮だが、俺の妹と言う事で簡単に入れたらしい。何故だ。理由は依然として不明。
そんな事を思いつつ、アイスコーヒーを二人分用意して俺と千雨の前に置く。
「ああ、ありがと」
俺はズズッ、と一口コーヒーを啜りながら答える。
「別にいいよ。それで、どうした?」
「……クラスに、ロボが居る」
「ロボ?」
「それ以外にも小学生じゃねえのって位の身長の奴らが居たり、逆に異常に育ち過ぎてる奴らとかもいたりする。それはまだ分かるんだよ。だが、ロボだぞ? 後大量の留学生」
まぁ、正直な話、分からんでも無い。同級生にロボは普通いないよなぁ。メカ沢の様な奴じゃ無いだけマシなのだろうか。
留学生とかはしょうが無いかな。原作の3-Aってネギの為に集められたような節があったし。千雨がそれに入ってるのは気に喰わないが。
あのガキが手を出そうとすれば、「こんな事もあろうかと」と言いながら衛星に積んでおいた光学兵器でDNAから消滅させてやる。
「木乃香も簡単にあのクラスに馴染んでるし、私は疎外感を覚えるよ」
「そうだな、木乃香ってなんだかんだで適応力高そうだし」
「それは暗に私の適応力が低いと言いたいのか?」
「そう言う事じゃない。だからホントに殴るのヤメロ。暴力反対!」
拳を握り始めた時点で土下座に移行。殴った時の手応えに不信感が募るから能力は使わない。
女に弱いな、俺。基本的に千雨だけにだが。
「ま、いいけどな。お前が居ればここの異常性について話が合うし」
「そりゃまぁ、な。ある意味木乃香もここの異常性に毒されてきたって事かね」
コーヒーを啜りながらそう呟く。
千雨は俺の言葉に軽くいらついたように答えた。気持ちを落ちつけようと、コーヒーを一口飲む。
「そうだな、最悪だよ」
いざとなったら、本気でここの結界ハッキングして機能できない様にさせてやろうか。
何か不都合でもあったかな。無いなら今度本当に落としてみようか。
「それでも、偶には木乃香と出かけてんだろ?」
「まぁな。町の外だと何故か普通になるし」
「いいんじゃね? 別に、愚痴ならいつでも聞いてやるからさ、友達とは仲良くしろよ」
「お前がソレを言うか。友達少ないくせに」
笑いながら言われた。友達が少ない訳じゃないんだがなぁ。
どうにも不良と思われているらしい。素行は普通だが、お礼参りとかしに来た奴らを返り打ちにした所為でそっち関係だと認識されたんだろう。
訂正するのも面倒だし、授業中は大抵寝てるので教師受けも悪い。
それでもテストで毎回同じ様に満点を取るからか、かなり僻まれてる。同じ小学校だった奴を除いてな。
あいつらは何故か気にしないんだよな。理由を聞いたら、
「小学生の頃から自分から手を出した事は無かっただろ。後勉強教えろ」
と、言われた。確かにそうだけど。勉強を教えるのは一向に構わないけど。
小学校から俺の事を知ってる奴は大抵俺を『唯のシスコン』と見てるらしい。こっちもどうかと思う。だが訂正はしない。
否定はしないしする必要も無いのだ。公言もして無いけど。
「まぁいいんだよ。俺には千雨と後は弄る奴が居れば」
千雨は軽く顔を赤くしながら顔を逸らす。恥ずかしがっちゃって。かーわいー。
「……そう言えば、今度の休みも木乃香と買い物に行く予定何だが、潤也も来るか?」
「今度の休み? ……確か、用事が入ってたんだ。悪いな」
「そうか、ならしょうが無い。今回は二人で行ってくる」
「おう、楽しんで来い」
ケタケタと笑いながら言うと、千雨は同じ様に笑いながら帰って行った。
●
仕事用の携帯の着信音が鳴る。
面倒だと思いつつ携帯を手に取り、ボタンを押す。
「
『いえ、「リスト」はまだ作成途中ですが、どうにもロシアの一部勢力が我々の事を探っているようです』
「ロシア? と言うと、アルトゥール・バラノフの野郎か?」
アルトゥールってのは、前に俺を……正確に言うなら俺の持つ科学力を……利用しようとしていろいろ仕掛けてきた野郎だ。気に喰わない。
『はい、各国に研究施設を置くとの名目でKGBを使って「原石」を捜索、研究するとの事。先日の「グループ」による襲撃で
ハァ、とため息をつく。
缶コーヒーを一口飲み、考えを巡らせる。
『原石』自体は裏の人間でも知っている奴はいる。環境によっては普通に発現する事もありえるが、基本的に興味を持たれないのだ。
何故なら、裏の人間は基本的に『魔法』を知っている。
『魔法』という力がある以上、どうやれば使えるようになるかもわからない『原石』は研究対象としては認識されない。
費用対効果もだが、本当に使えるようになるかさえ分からないのだ。無駄に金を使う事は避けたいのだろう。
興味本位で研究する奴は居るだろうがな。
ここで問題が起きた。先日、俺の持つ科学力と戦力を脅威に思った奴らがいて、傭兵と兵器まで用意して殺そうと躍起になった奴らが居る。
居る場所が分からないから探そうとして衛星まで使い始めるほどだ。
ソレを潰したのだが、その時に使ったのが『グループ』という組織。
『グループ』にはレベル四が二人、レベル三が二人にレベル零一人の五人組だ。壊滅させたのはいいが、能力を使っているところを何かに映像を残してしまったようだ。
おかげで、『これは魔法とは違う、何か別の力では無いのか?』との疑問を敵側に持たれた。実際その傭兵には魔法使いも混じっていたらしく、通信を完全に切る前に別働隊に連絡を取られた様だ。
恐らく、その所為で魔力や気が使われずに超常現象を起こしたと言う事が伝わったんだろう。
それも直ぐいろんな所へと広まった。情報統制したおかげでロシアだけで済んだが、知っている人間は今でも消し続けている。
魔力とも、気とも違う第三の力。可能性として『原石』のソレが上げられた。
故に、世界中に存在する『原石』を集め、研究して『能力者』を生み出そうとしている訳だ。
『奴に出来るなら、我々も出来るに違いない』と勘違いしてな。
「『グループ』の連中は後でお仕置きかな」
『今は全員待機しているようですが』
「後で仕事を入れてやれ。休み無しにな。クビ、とまでは言わないが、何かしらの処罰は必要だろう」
『了解しました』
まぁその辺はどうでもいいんだがな。完璧を期待している訳じゃないし。
「……それで、研究施設は幾つだ?」
『現在確認した限りでは、恐らく三十余りかと』
三十、意外と少ないな。『原石』の数は其処まで把握しきれていないのか。
とはいえ、奴らが『原石』を手に入れた所で『能力者』を生み出す可能性は零。放置しておいてもリスクは無い。が、
「準備期間は分かるか?」
『現段階の情報を見る限り恐らく数年がかりで準備をするでしょう。詳しくは資料を送りますので、そちらを参照ください。……私見としては、早くても来年の冬、遅ければ後二〜三年は遅れる可能性があります』
「そうか、ならいい。今は『リスト』の作成を急げ、アルトゥールの野郎はいずれ潰す」
『ハッ、直ぐにでも』
八重の言葉に満足しつつ、次の用件を口に出す。
「それと、『木原』の件はどうなってる?」
『現在は二百人前後といったところです。……しかし、本当にそのような存在がいるのですか?』
半信半疑といった様子で、八重は潤也の言葉に疑問を抱く。当然の事だろうが、潤也はそれに対しての答えをしっかり用意している。
「可能性だけなら幾らでもあったさ。原爆を作ったのも、世界でも有数の毒ガスを作ったのも、妙なウイルスを作り出したのも、恐らくは『木原』だ」
木原一族と呼ばれる存在。科学に愛され、科学科学を悪用する存在。
『実験に際し一切のブレーキを掛けず、実験体の限界を無視して壊す』ことを信条としており、下手に野放しにすれば世界レベルで不味い事になる様な連中だ。
放っておいても科学の最先端を行くSMG内部に現れるとは思うのだが、何か起こる前に『木原』と思しき研究者は引き抜きをしている。
大抵が頭のネジが外れているので、何処の研究所でも厄介者になっている事が多い。引き抜きをしても文句を言われる様な連中では無いのだ。
『……そう言うものですか。一応今後も「木原」と思われる者達をリストアップして引き抜いていますが、もう少し時間を頂ければと』
「かまわねぇよ。後一年位は余裕があるからな」
その後は保証しないが。もっと先の事まで考えるのなら、十年ちょっとといったところだろうか。どちらにせよ、早めに回収するに越した事は無い。
『では、そのように』
通話を切り、携帯をベッドへ投げる。
ソファに座ってコーヒーを飲みつつ、この後について思案する。
次の休みはドイツでの俺達への協力関係を築きたいと言う機関との会合だったか。面倒な。
千雨と買い物行きたかったなー。と思いつつ飲み終えた缶コーヒーを捨て、また新しい物を開ける。
『原石』を狙っているなら護も狙われる可能性があるが、
流石にそれくらい役に立って欲しい物だ。
それが出来ないようなら本気でここの魔法先生には失望しか無い。
各国に居る『原石』を捕えられる前に奴らを潰して置くべきか。廃人にされたらかなわん。
人工的な能力者と違って方向性が特異で希少。何人か既に属しているが、その能力を調べてみたいものだ。
マッドサイエンティストみたいな思考になってるが、しょうが無い。これが『科学者』というモノなのだから。