第六話:そうだ、海に行こう
「そうだ、海に行こう」
『……いきなり何を言い出すんだ、お前は』
携帯の向こう、電話で通話している千雨が呆れた声を出す。其処までおかしな事は言って無い、と思うがどうだろう。
「夏休みも中盤だし、海に行かないか?」
『海? 今年は例年以上に暑いから海は多いらしいぞ。それでも逝きたいのか』
字が違う気がするんだが。いや、間違ってはいないかも知れんな。多過ぎて疲れるだけの可能性もあるし。
「実はな、懸賞に応募したら当たったんだ」
『何がだ』
「海の近くのホテルの宿泊券。団体用。上限四十人」
『……お前さ、本当に運良過ぎないか?』
まぁそれは分かるよ。宝くじで当たったと称して企業──名称はSMG(
そして今回も例に漏れず俺の仕業である。
というか団体様ホテル宿泊のチケットなんて無いだろう、普通。精々二人か三人程度のペアチケットが関の山だろ、常考。
「いいじゃないか、運がいいのはいい事だ」
『まぁな。私も得してるし』
「それで、団体と言う事で千雨が連れて行きたい奴言ってくれ。大体の人数なら俺が何とかしよう」
『本当か? なら聞いてみる、ちょっと待ってくれ』
そう言って電話が切られる。
今回の海へ旅行。基本的にイベントは俺の仕業である事が多いのだが、今回も例に漏れず俺の仕業だ。
『セブンスミストグループ』の金で島を一つ買い上げ、別の企業の名前を使って経営している。
早い話が千雨と海へ遊びに行きたいが為に作られたホテル。というか作ったホテル。
もちろん普通に営業もやっている。俺達が居る当日だけは従業員『SMG』のメンバーに総入れ替えする予定だが。
従業員は『猟犬部隊』、その他当日は『グループ』や『スクール』等も警備や仕事に就く。
海での監視、及び孤島なので船での行き来等々。安全性は高い方だ。というか、世界最新の科学に防衛されている島だ。防衛能力は相当高い。
衛星で周りを見張っているし、いろいろ機械も用意している。
後は『この旅行が嵐の前触れだとは誰も気付かなかった』とかプロローグが入らなければ大丈夫だろう。
Prrrrr
っと、そんな事を考えている間に千雨から折り返しの電話があった。
「もしもーし?」
『ああ、潤也。木乃香達を誘おうと思ったんだが、ウチのクラスのバカ共が騒ぎ出してな、全員ついてくるとか言いそうなんだが』
「合計で何人? こっちは男四人いるんだが」
『あー……っと、全部で二十七人だな』
俺としては別に増える事に問題は無い。ホテル結構大きいし。つーか上限とか考える必要も無い気がした。……いや、それはそれで不味いのか。超辺りに怪しまれそうだ。
椙咲辺りは女子が増えたと喜ぶだろうから、人数は問題無い。
「ああ、大丈夫だ。何とかするよ」
『悪いな、何分勝手に広めた馬鹿が居たもんで』
多分朝倉と早乙女だろう。うわさ好きのあの辺はもうどうしようもない。
二十七人というと、多分ザジ、エヴァンジェリン、茶々丸辺りを抜いた人数か?
というか、葉加瀬とか四葉、超辺りが来る事がまず驚きなんだが。その辺を聞いてみた。
『ああ、葉加瀬と超はこれを機会にお前と話してみたいってさ。大学の工学関係じゃねぇの?』
「ああ、なるほど」
成績が毎回満点、女子中の超も同じで工学部に所属していて俺は帰宅部。大学生が我先にとサークルに入ってくれって事あるごとに言ってくる。
やる気などはなから存在していない。資金はSMGで手に入れているし、研究設備も圧倒的にSMGの研究部門の方がレベルが高い。更に言えば、『木原』もいるのだし。
超はロボで戦力を作る為だろうな。
気になるのは超の科学力は俺のそれとどれくらい差があるのかって事だ。
あっちは百年単位で進歩した科学力。こっちは数十年単位で進歩した科学力。
とは言っても、分野の違いもあるから一概にどうとは言えないんだが。たった一人だ。大した技術の数じゃないだろう。
『四葉は超に誘われてだと。一緒に行こうって言われたんじゃねえの?』
なるほど、納得。そう言う事もあるんだな。
「日にちは三日後、二泊三日だ。準備はしっかりするように」
『分かった』
電話を切り、携帯を机に置いてベッドに横になる。
Prrrrrr
それは机の上にある携帯では無く、ポケットに入っているもう一つの携帯から鳴った音だった。
ちなみにこの携帯、こちらの声は機械的にジャミングが施されているので盗聴されても誰かは分からない様になっている。
「……何かあったか?」
『三つ程。一つは『リスト』の作成が終わった事の報告です』
漸くか、意外と時間がかかったな。
世界中を探しまわったからな、時間がかかってもしょうが無いだろう。
「後二つは?」
『どうやら、取引相手としている以外の国が「SMG」を調べているようです』
「……どうやら、警告しておく必要がありそうだな」
『SMG』は基本的に何処の国からも独立した存在だ。
それに技術を狙ってくる奴らも絶えない。始末が面倒な事この上ないのだが、そう言った連中は表ざたにされないので人体実験には向いていたりする。まぁ、流石に死体処理は必要になるのだが。
だから、予め『特許を取る訳にはいかない技術』を売る国には釘を刺してる。大抵グレードは相当落としてはいるのだが。
特許を取るって事は設計図を明かすという事であり、むやみに特許を取ればいろんな国がソレを手に入れようとする。
まぁ、それでも問題無い技術ではあるが、中にはちょっと先の技術を国家予算クラスの金で買ってくれる国もある訳で。
先進国としての威厳とやらが関わるらしい。国の研究機関の連中が言ってた事だし、間違いは無いだろう。プライドにこだわる人間も多いので、こちらとしては中々の金づるである。
医療関係は特に高く売れる。でも何故病気の治療法書かれた本とかあったし。
多分学園都市に居る『冥土返し』の技術だからだろう……と、思う。
これらはまだいい。問題は
戦力として相当使えるからな。それでもグレードは低いが、諸外国からすればこれでも十分最新機器だ。こういう時、外との技術格差が良く分かる。
ロシア、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の七国が筆頭だ。というかここ以外売って無い。発展途上国じゃ軍事利用される様な技術もあるし、その辺りは国同士の問題もある。
事実、アメリカやロシア辺りからは中東で商売をするときはテロリストに売らない様に、と釘を刺された。
『了解しました。それと、アルトゥールが動いたようです』
アルトゥール・バラノフ。KGBの生きた伝説とまで呼ばれる人間。
そう呼ばれるほどの人物だからこそ、KGBを自由に扱えるし、『SMG』を調べる事にも一役買っている。
『原石』の捜索、研究等を任されるほどの地位も名誉も権力もある。実に下らないね。
まぁ情報は全部筒抜けなのだがな。
「何をした?」
『いくつか裏関係の企業に「超能力者を作れたら情報を提供する」との条件で交渉を持ちかけたとの事です』
この時代の企業は俺の相手じゃ無い。
それに俺の科学力とて上がっている。『今日の最新科学が明日も最新とは限らない』という言葉もある通りに。
まぁそれはいい。こいつはどう処理するかな……。
「放っておけ、どうせ何処の企業と連携しようと同じ事だ」
いずれ潰すつもりではあるが。今は相手をするだけ無駄だろう。
『ハ、ではその通りに』
電話を切り、ポケットに直す。
こっちは仕事用だから他人じゃ見れないし見られない様に工夫してる。
横から見えない様にするシール張るとか。無駄な気がしないでも無い。
三日後を楽しみにしよう。
●
PM 7:00
旅行会社などで用意される、大型バスの横に女子二十七名、男子四名がいた。
「こんなに女の子が……感激!!」
「ボクは椙咲君と一緒に海に行けてうれしいな!」
「だぁぁぁ!! ひっつくな
漫才のようなやり取りをしている馬鹿(というか腐的な要素の関係がありそうな奴ら)を放っといて、全員いるか確認。
「全員そろってるー?」
『そろってまーす!!!』
元気な事で。一部乗って無い奴らも居るようだが。
あそこのサイドポニーとか褐色のスナイパーとか。あの辺。
取りあえず全員バスに乗せ、出発。
●
ホテルが島の為、港までバスで移動した後は途中で船に乗り換える事になる。
そして、トランプしながら会話をする俺達。男子だけで。……つまんねぇ。色香が無いと言えばそれまでだが、いつものメンバーで同じ事をやっているだけでは暇はつぶせないのだ。
女子はいねぇのか!! 具体的にはキャッキャウフフな事してぇ! と、椙咲が騒ぎ出したので、黙らせる意味でも秒間八発程度で殴っておいた。
多分ナンパとかしても拒否られるだろうけど。変質者は早めに捕えておかなくては。千雨の為にも。
「しっかし、お前がこんなの当たるなんてな」
「上限四十人だしな。ホテル赤字じゃねえの?」
「金は宝くじで補った。俺の激運舐めんな。『火竜の逆鱗』とか普通にでんだぞ」
乱数を直に『
結構むなしいんだぜ、コレ。
「ホント、凄いよね。ボクにもその運を分けて欲しいな」
「運を分けるってどうやんだよ。無理だろうが」
「でもこういうのは弱いよな、お前」
そして、俺達は全員一斉に手札を見せる。
椙咲「ストレート」
護「フラッシュ」
仲芽黒「スリーカード」
俺「ブタ」
…………。
「……まぁ、あれだよ。こういうときにはお前の激運は使わなくていいんだよ」
「うるせぇ!! 何で俺以外は明らかに揃ってんだよ!!」
ビックリするわ! 俺の運は低すぎる! でもまわりから見れば宝くじに当たるけどこういうゲームには運は使わないとか認識されてるらしい。
宝くじ当てたって言うのも実際嘘だけどな。整合性取れてねぇ。
落ち込んでいたら護がポーカーでは無くババ抜きとか大富豪やろうと言い出した。
●
「当然の結果だな」
大富豪とババ抜き、どちらも俺が一抜け。私が、神だ。
「何でお前はこういうのだけ強いんだよ……」
そりゃ全部頭でシュミレートしてるからな。一回ごとに修正してるから確実に勝てる。
こういう頭使うゲームなら負ける気はしない。頭を使う類で、尚且つ運が絡まないゲームならな。
逆に運ゲーとかだとボロ負けなんだが。何故だ。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の所為か? いや、でも普段はいつもoff状態で効果は無い筈だしな。
……まぁ、些細な事か。特に気にする事でもあるまい。
そんな事を思っていると、アナウンスが聞こえた。
もうすぐ島に到着するとの事。全員荷物を持ち、準備万端で待ち構えている。どんだけ楽しみにしてんだよ。いや、誘ったのは俺だけども。
やがて到着し、全員船を下りて一端ホテルへ向かう。
「すごーい!」
「綺麗! 速く泳ぎたーい!」
海が澄んでいて見た事も無い位青く、魚が泳いでるのが見える成果、女子達のテンションが鰻登りな状況である。
彼女達を苦笑しながら宥めつつ、先にホテルへと向かうと誘導する事にした。……放っておいたら直ぐにでも飛び込みそうな奴がいるし。
ホテルのロビーで案内の人と話をして、部屋のカギを受け取る。ルームナンバーは好きな様に取って良い事になっている。どうせ貸し切りなのだ。問題は無いだろうと、そう言う方式を取った。
案内の『グループ』メンバーをみて龍宮が表情を変えたが、どうしたんだろうな。……どこかで接触したことがあるのか? その辺は追々調べておく必要がありそうだ。
ロビーで女子と男子で分かれ、適当に班を分けて部屋へ向かう面々。
俺は千雨と二人部屋にしたかったが、千雨に直に拒否られたので少々落ち込み気味に男四人の部屋へ向かう。ツマンネ。
部屋に荷物を置き、水着に着替える為の用意をして更衣室へ。
プライベートビーチで泳ぐ為にこういう施設は一通りある。
●
水着に着替え、パラソルやら何やらを運び出していると、女子集団は既に泳ぎだしていた。基本的にスタイルの良い連中が多いので、眼福眼福といったところだ。
大抵の物は従業員が用意してくれてるので、俺達も泳ぐことにした。
例によって椙咲はナンパに走り、撃沈していた事をここに記して置く。……砂に。あ、風で消えた。
「あ、潤也君! ……肌白すぎひん?」
「え? あ、ホントだ、凄いしろーい!」
反射で紫外線をカットしてるせいで肌が白い為に、3-Aの面々からかなり目立った。騒ぎ過ぎだろう、幾らなんでも。いや、女の子にとって肌が焼けるのは拒否したいモノがあるのだろうが。
あそこの褐色を見てみろと目を向けると、殺気を込められた目で見られた気がしたので止めておく。
ちなみに髪の色も少し色素が抜けてて色が薄い。
「なんでそんなに白いの?」とか「どうやったらそんなに白くなるのか教えて!」とか。
其処まで気になるか。そりゃ女として肌は気にしたい年頃ではあるだろうけども。
しょうが無いので『学園都市製』……もとい『SMG製』の日焼け止めクリームなどを渡す。
どうせこの三日間で使い切れる位の量だ。問題は無い。
「……それにしても、潤也君て意外と肉体派なん?」
木乃香が俺を見ながらそう言った。
いざというときの為にある程度は鍛えてるけど、基本的に必要無いからな。ホントに保険だ。細マッチョと言われる位には鍛えているつもりでもある。
ついでに、多少の喧嘩は能力無しでも勝てるくらいには鍛えてるつもりだ。
「つつくのヤメロ!」
誰かが俺の腹をツンツンとついてくる。何がしてぇんだよ!
「……何故奴ばかりモテるんだ……」
「大丈夫だよ椙咲君。ボクがいるから!」
「だぁぁぁ!! 人前でそんな発言すんじゃねぇ!!」
あっちはあっちで騒いでいるようだが、楽しんでいるなら何より。早乙女がアホ毛を反応させてたみたいだけどな。
余談だが、誰かオイル塗って〜。と言いだした奴に椙咲が目敏く反応し、余計な部分に触れようとして殴られたのをここに記して置く。別に必要は無いだろうが、また砂に記して──あ、消えた。
●
「千雨〜? 千雨や〜い」
何処行ったんだろうな。砂場の近辺を探しても居ないんだが。ホテルに戻ったか?
ここは俺たち以外いないから、ナンパ野郎なんて居ないハズ……。
「なぁなぁ、俺達と遊ぼうぜ!」
「そうだぜ、千雨、ビーチバレーでもやろうぜ!」
前言撤回、居たわ。ナンパ野郎。
スゲー困ってるし、千雨。
取りあえずあの二人は後でサメの餌(サメの大量にいる海域で小さい檻の中にスキューバダイビング。檻は縦横高さ三m程度の特注品)にするとしよう。
このホテルの目玉アトラクションだけどな。普通の檻の大きさは縦横高さ五m程度だが。
男二人……ついでに仲芽黒も入れてやるか。椙咲が居るから喜んで行くだろう。
さて、それは一旦置いとくとしてだ。
千雨の水着姿、眼福です。ヤバイ、鼻血出そう。血流操作で出ない様に操作せねば。
連絡した次の日に店に行って、かわいい水着を自分で選んで買ったらしい。マジかわいい。
今の俺は変態とか言われてもおかしくなさそうだ。っていうか正直言われても構わない。
取りあえずみんなの居る所へ戻ることにした。
●
護と椙咲の二人をサメの餌にした後、みんなで昼食。仲芽黒はついて行かなかったらしい。
なんでも「本能があそこに行くと命の危機だって言ってる」と超直感が働いたらしい。
昼食はBBQだ。遊んだ後は良く食べるね、みんな。
とにかく人数が多いのでどんどん焼く。
野菜、肉はもちろん近くの海で獲れた新鮮な魚も焼いている。焼きそばやらたこ焼きやらも焼いている。ってかたこ焼きってBBQでやるか? 普通。
「よ〜し、沢山あるからどんどん食え!」
「まるでお父さんね」
隣で千鶴がウフフ、と笑っている。
つーかお父さんて、確かに前世合わせるとそれくらいの年だけどな。
「お父さんね。こいつ等のお父さんて大変そうだな」
「そうねぇ、一人じゃ大変そうね」
全くだ。ってか、俺一人でこれをどうにかしろと? 勘弁してほしいね。
「お父さんおかわりー!」
「よーしどれがいい? って誰がお父さんだ!」
鳴滝姉待てやコラー! と叫びながら追いかける。
キャッキャと笑いながら逃げ回る鳴滝姉を追いかける俺。周りの奴らは面白がってはやし立ててる。
全員から笑われたよ、そこまで面白かったか。
●
ライフジャケットを身に着け、水上バイクに跨る。波は荒れておらず、天気も良好。視界は奪われていない為、水面下の障害物を見落とす事も無いだろう。
「よし、と。千雨、乗って良いぞ」
千雨へと声をかけ、黄色いライフジャケットを投げ渡す。千雨は手早くそれを着こみ、水上バイクに跨って俺の背中へと密着する。その間に俺はサングラスを付け、視界が遮られない様にする。
そのまま、少々不安げに声をかけてきた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな? こういうのって免許無いと乗っちゃ駄目な筈じゃ……」
「心配すんな。一応講習は受けてるし、危なくなっても俺が何とかするから」
ホテルの倉庫、灯りの付いた部屋にある岸を蹴ってからゆっくり移動させ、エンジンをかけて徐々にスピードを上げて行く。
水上バイクにはヘルメットが無いが、下は硬い地面じゃ無く水面なので怪我はしないだろう。まぁ、高速で水に当たった時の抵抗力は凄まじいものがあるので、そこら辺に気を付ける必要はあるが。
海へと出て、俺達の乗る水上バイクは日の元に姿をさらす。
「うわ……すげぇ……」
初めて水上バイクに乗ったからか、千雨が驚いた様に声を出した。風がちょっと強いが、この程度ならどうにでもなるので問題無い。
俺はさらに加速し、他のみんなが泳いでいるであろう場所へと向かう。無論ながら、泳いでいる奴がいないかしっかり確かめながら。
加速した瞬間、振り落とされない様にと思ったのか、千雨はギュッと背中に抱きついて来て驚いたが、当人は余り気にしていない様なので気にしない事にした。役得だぜひゃっはー!
それはともかく、何故こういう事になったかと言うと。
ただ泳ぐだけじゃ詰まらないと思い、ホテルの倉庫に色々準備していた所を千雨に見つかり、折角なので水上バイクに乗ってみる事になった。
「どうだ? 乗ってみると案外楽しいだろ?」
「……そうだな。でも、お前無免許だろ?」
はい。
「気にするな。必要なのはカードじゃ無い、技術だ」
「気にしろよ。いや、其処まで速度でないらしいし、大丈夫なんだろうけどよ」
このホテルのスタッフは全て俺の支配下にある。なので、千雨がいる手前、注意とか色々受けて準備を済ませ、こうして水上バイクに乗っている。
SMG製のモデルなので、性能は俺の方が把握できている。猟犬部隊に居るような脳筋から説明されるまでも無いわ!
少し遠目には船が停泊しているのが見えた。あれは椙咲と護のスキューバダイビングの奴だろう。他の面々にも、スキューバダイビングとしてなら、と頼まれていたので、他の場所で泳いでいるメンバーもいる筈である。
サメと言っても、人間を襲う様なでかいのは居ないのだが。
「……よし、この辺りか」
浜辺が見えてきた所でゆっくり速度を落とし、近くにいた大河内に手を振ってみる。
「よう。楽しんでるか?」
「うん。所で、これは……?」
「ホテルにあった。乗るには免許が必要だから、乗っちゃ駄目だぞ」
「なら、潤也君も乗れない筈じゃ……」
気にするな。気にしたら負けだ。俺はちゃんと運転出来るから大丈夫なんだよ……という奴が大抵無免許で事故を起こすんだろうな。
俺に関して言えば、こんなオモチャ使わない方が速度出るんだが。
「まぁ、あれだ。使い方の講習受けてるから。ってか、これ其処まで速度でないしな」
エンジンは電気で動くようになっていて、長く動かせる様になっている為馬力が低いのだ。それでも、並みのバイクよりちょっと遅い位の速度は出るのだろうが。
今時はやりのエコだ。電力は俺がどうにかすればいいので、電池切れになる事も無い。
「案外乗り心地は良いぞ、大河内」
「そう? でも、私は泳ぐ方が好きだから」
水泳部のエースだからな、大河内。
ゆっくり加速しつつ、大河内と共に駄弁りながら浜辺へと向かう。
「ありゃ? 潤也君に千雨ちゃん、なんや凄いのに乗っ取るなぁ」
「水上バイク? 潤也ってこんなのも運転出来たの?」
泳いでいた木乃香とその近くにいた神楽坂が近くに来た。そして、それを皮切りに他のメンバーも。
流石に水上バイクを運転させる訳にはいかなかったが、交代で後ろに乗せてやる事は出来た。個人的には千雨ともう少し乗りたかったんだが、これだけ人がいると後ろに乗っているのも恥ずかしいらしい。
●
結局、日が暮れる直前まで海で遊び倒し、ホテルへ戻って来た。
椙咲と護はかなり憔悴していた。護の超能力で生き残ったとか言ってたが、アイツの超能力がサメ相手に役に立つのか。
一応、二人が入っていた檻は絶対壊れない様に『未元物質』でコーティングまでしてた。壊れて襲われるなんてことはある訳無いだろう。
まぁ知らないからしょうが無いのだろうけど。説明しなかったのは面倒くさかったから。
夜は夕食まで各自部屋で休憩。大半が寝てるらしい。遊び過ぎだろ。
ウチの男二人は精神的に疲弊して寝てたが。タフだから明日には復活してるハズだ。
夕食はバイキング。全員疲れが見えるが、それでもしっかり食べていた。
●
夜、日はすっかり暮れ、浜辺には静寂が漂う。波の音が浜辺に響くが、それに混じって奇妙な音が鳴っている。
明りはホテルから届いているモノのみ。それ以外は無い。肉眼で見える様な距離に非ず、強化された視力で見られる様な愚行は犯さない。
ホテルからは結構な距離があり、其処からは音は届かないだろう。水が滴り落ちる音は、どの道消しようが無い。
現れた妙な気配に気付いたのは、少なくとも裏に通じている者達。
妙な気配が現れた。それも、向かっているのはこのホテル。
アイコンタクトを交わし、それぞれ動く。
大切な者の為、依頼を受けた為、ナニカを探る為。理由は様々。
大切な人を守りたいと思っている少女は、麻帆良から出た事で大切な人が狙われたと推測し。
依頼を受けた者はとある少女から依頼を受け。
ナニカを探ろうとした少女はこのアクションによってどう動くのかを推測した。
目的は違うが、それぞれの目的の為に共闘を選ぶ。
恐らくこの島に侵入してきたであろう者達もプロ。普通ならば気付かれるような事は無い。
だが事実として気付かれるナニカがあった。
そして夜は深まり、物語は幕を開ける────