第八話:少年の秘密
時は少し遡る。
少女達が丘へ移動し、少年が本格的に動き始めた頃、天才と呼ばれる未来人は動いていた。
元々、この時間にあの少年は存在していなかった。
未来世界には、先祖でもあるかつての英雄に近しい人物として、長谷川千雨の名は確かに存在している。それは変わり様の無い真実であり現実。
だが、兄の方──長谷川潤也は名前が存在しなかった。
親等の親類は存在していた、だが、彼だけは何処をどう探しても存在していなかった名前のハズだ。
それこそ、イレギュラーとして現れた可能性がある。
しかし、そう決めつけるのは早計。超はそう考えていた。
可能性はイレギュラーだけでは無い。もしかすると、歴史から抹消されるほどの『何か』をしでかした人物という可能性もある。
今回、海への旅行に便乗して彼の性格等を確認しようとした。
性格は妹第一主義と言ったところだろう。あまりのシスコンぶりに呆れたものだが。
だが、夜になってその評価を改めざるを得なくなる。
龍宮と刹那が何かを話していた。
会話を盗み聞きすると、「何者かがこの島に侵入している」との事。その後部屋に戻り、葉加瀬と共に双眼鏡で外を見る。
其処には、地獄が広がっていた。
頭を潰された死体。バラバラにされた死体。何かに全身を潰された様な状態になっている死体。焼け焦げている死体。
死屍累々とはよく言ったものだ。と思う。
死体の山が
ソレを処理している者たちも居るが、処理するよりも増える方が圧倒的に速かった。
葉加瀬は途中で見るのを止め、横になる事にしたらしい。流石にあんなものを見ては気分が悪くなるだろう。
『懸賞で当たったチケット』で旅行に来て、この状況。何か裏があるのではないかと考える。
あの少年が鍵になるのか、それともあの少年は何の関係も無いのか。
それに繋がる何かを探していた。
「何にせよ、今接触するのはリスクが高すぎる、カ」
●
波の音を規則的に立て続けている海岸。其処で起こる連続した爆音、悲鳴、銃声。止む事のない音は、その場の壮絶さを物語っている様でもあった。
「クソ、何だアレは!!」
海岸で岩陰に潜む一人の魔法使いが叫ぶ。
この場には、先ほどまで五十人近くの魔法使い達が潜伏していた。
一人一人が手練であり、傭兵としての力はそれなりにある方だし、プライドだってある。──だが、襲撃してきた者達にそのプライドは完膚なきまでに叩き潰された。
おかしな仮面をつけた連中。
手には銃を持っていることから、恐らくは敵だろうと認識し、攻撃を開始したまでは良かった。
自分たちの攻撃で起こった風で砂が巻き上げられ、視界が狭まる。
やった、と思った魔法使いも居れば、倒せていなくても怪我は負っただろう。と考える魔法使いも居た。
結果的に、その判断は甘いとしか言いようが無かった。と思う。
男はもう一度岩から敵を見る。
黒一色の服装の中、顔を覆う仮面だけが金と白で、縦の長さが顔の二倍以上ある異様な形相だ。目や口のための穴は存在しない。
仮面全体が携帯電話のLEDデコレーションのように発光し、複数の色の光で模様を描いている。
しかも、その奇妙な外見の敵が十人程度。
戦闘を見ず、結果だけ聞けば、五十人を超える自分たちを相手にしている状況を見て、敵を無謀だと笑うだろう。自分だってそうだ、と男は思う。
だが、この状況を見て、それでもまだ数の多いこちらが有利かと問われれば、間違い無くこう答える。
完全に不利な状況だ。負けてもおかしくは無い。
元々地の利はあちら側にある。それを差し引いても、この状況は異常だった。
仮面の中心部から生物的な外見の翼が何枚も展開され、こちらの攻撃は一切通らない。
逆に、あちらの攻撃──白い翼を振るうような攻撃は障壁を簡単に喰い破る。
「ふざけている……」
そう呟くしかない。勝つ方法が見当たらない。
飴細工のように伸ばされた翼は魔法の射手では傷一つ入らず、『雷の暴風』レベルの魔法を使っても倒せるか怪しい。
敵が使っているのは相当強力なライフルだ。障壁に集中しなければ突き破られる程に。
集中した所で白い翼で喰い破られる。
幾ら一体一体の性能が良くても、こんなことがあるか。と言いたくなる。
数の暴力が全く通じない。
最終的に戦いとは数で決まる。それは真理の筈だ。
だが、この仮面の男達に常識は通用しなかった。
次々と味方を倒し、敵は疲れを見せる事無く殲滅を進行させる。
「やぁやぁ、頑張ってるね。そろそろ良いと思って見に来てあげたよ。ついでに頼まれた用事もあるし、丁度良いかな」
そんな折、現れたのは一人の少年。黒髪がぼさぼさに伸びた、幼さの残る顔つきをしている少年だ。
一瞬、場違いにも程があると思った。
仮面の男達もかなり驚いているようだった。表情は分からないが、恐らくは困惑しているのだろう。挙動が怪しい。
仲間の一人は一瞬の隙を突き、仮面の男達を振り切って少年を人質に取る。
「動くな! このガキの首を落とされたく無かったら言う事を聞け!」
男は隠していたナイフを少年の首に添え、声を上げる。それを確認した仮面の男達は直ぐに潰そうと動くが、少年は手で制した。
「うん? …………必要な情報は集まった。もういらないかな」
この場に居る魔法使い全員の頭に奇妙な感覚が走った後、乾いた音が鳴り響く。
少年を人質にしていた男はゆっくり後ろに倒れ、腹部を抑える様にして絶叫を上げる。腹部からは血が流れており、少年の掌には黒い拳銃が握られていた。
「どうせもう用済みだし、処分していいよ」
銃声が鳴った。
少年が言った直ぐ後、近くに居た仮面の男は迷うことなく引き金を引いたのだ。
「さて、軍艦二隻に潜水艦が一隻、依頼人はロシアの元KGBの重役で、軍艦と潜水艦を用意したのもロシア。傭兵を雇った、もとい戦力提供した魔法関係の組織は大量にあるみたいだね」
男達は驚く。何故なら我々全員がソレを全て知り得ている訳ではないからだ。
一人一人が別の情報を持って、パズルのピースの様に組み立てなければここまで完璧な答えは出ない。
拷問をして吐かせたわけではない。
魔法を使って記憶を除いた訳でも無い。それらなら、まだ何とかなる。男達とてプロだ。対処法位は頭にある。
だが、今の奇妙な感覚は分からなかった。理不尽なまでにあっさりと、記憶から情報を抜き出したその力は。
魔法では無い、別の力。
男達が来たのは『彼』に協力しようとした組織の一員であった為。
『彼』は世界中にいる『原石』を研究すると言っていた。
魔法使いも、それで『超能力者』に対する対抗策を用意しようとした。だが、全ての魔法使いがそう思った訳ではない。
中には、『危険があるなら消した方がいい』と考える者もいた。
名目上、今回の作戦は『施設の情報を盗む』事だが、いくつかの組織のメンバーには『超能力者を発見次第殺害』という命令も受けている。
簡単に言えば、魔法使いは超能力者が怖いのだ。
魔法と言う神秘の力を使う人間にとって、自分の全く知らない未知の力を使う超能力者が恐ろしい。
だからこそ、何か被害を負う前に消してしまおうと、存在そのものを無かった事にしようとした。
「『スクール』に通達。潜水艦の大体の位置は掴んだ筈だから、『潰せ』だってさ」
何か通信機の様な物を使って誰かと連絡を取る少年。表情は先ほどと変わらない、落ち着いた様子であった。しかし、男達にとっては、それが余計に不気味に思えた。
通話を終え、辺りを見渡す。
「さて、後片付けはちゃんとやっといてね。死体の処分は任せるからさ」
そう言った後、少年は砂浜をゆっくりと歩きはじめる。足取りは軽く、正に直ぐ後ろで人殺しが平然と行われているとは思えない様な、この状況を楽しんでいると思えるような軽い足取りだ。
其処から先の事など、話すまでも無い。
●
ドアノブをゆっくりと回し、ドアを開ける。
中には綺麗に掃除してある部屋があり、高級そうなソファや家具が置いてあった。俗に言うスウィートルームという奴だろうか、と龍宮は考える。
「ここは応接室よ。ちょっと座って待っててね」
そう言うと、少女たちを連れてきた女性は何処かへと行ってしまった。部屋の奥へと行ったので、誰かが待っているのかとも思うが、直ぐにコップを置く様な音が聞こえた為、給仕をやっているのだと分かった。
手持無沙汰になってしまったが、取りあえずは座る事にし、ソファに腰掛ける。ふかふかで柔らかく、それが高級品だと一発で分かる程の品物だ。
「……私達と話したいとは、一体どんな人なんだろうな」
「さぁ、私にもわからない。それより、何の目的があって彼らがこの島に来たのか、だ」
「何? 偶然じゃ無いのか?」
「偶然の一言で、すべて片付くならいいんだがな……」
先ほど奥へと行って給仕をしていた女性は、紅茶をの入ったポットを机に置いた。
それをコップに注ぎ、刹那と龍宮に渡す。疲労しているだろうからと、疲れを取る事の出来る物を選んだ。目の前の彼女はそう言う。
『ありがとうございます』
二人が同時にお礼を言って、一口飲む。香りと風味が、何も知らない二人にも良い物だと思わせる。
紅茶の味を楽しみ、一息ついた所で、目の前の女性が携帯を取り出し、おもむろに何処かへと連絡を始めた。
「……はい。彼女達は目の前に居ますが……分かりました」
何か話していたようだが、彼女は携帯を操作して声が聞こえる様にして、机の上に置く。会話をするつもりなのだろう。
『はじめまして。私の名は垣根帝督。SMGの社長をやっている者だ』
その一言で、二人は見るからに強張った表情を見せる。
ほんの数年で、瞬く間に一流企業としてのし上がった会社。その初代であり、現社長である垣根が、携帯越しとはいえ話しているのだ。緊張しない方が無理というものだろう。
『……さて、まずは迷惑を掛けた事を謝ろうか。すまなかった』
謝罪の旨が告げられ、刹那たちが何か言葉を挟む前に垣根は続ける。
『聞きたい事は多々あるだろう。だが、正直な話、今回の事全てを話すという訳にもいかないのでね。必要最低限の事を話して置く』
まず、襲撃者である彼らの目的。刹那が知りたいのは『木乃香が狙われているかどうか』であり、龍宮は余り込み入った事情には興味は無さそうだった。
垣根の言葉に耳を傾け、一言一句聞き逃すまいとしている。
『今回の事は、とある一人の男が提案したものだ。何処から漏れるか分からないのでこれは話せないが、少なくとも協力した組織含めて全て調べは付いている。次に狙われた目的だが、これは「この島そのもの」──より詳しく言うなら、この島にあるSMG製の機械類だな。特定の個人が狙われた訳ではないよ』
SMGは文句なしに世界最高の技術力を誇る企業だ。その殆どは太平洋上に存在する『とある島』に集結している為、殆ど手に入れる事は叶わない。
しかし、リゾート地として建設されたこの島にある機械類も、SMGの技術が使用されている。細部とはいえ、手に入ればそれなりの価値はあるだろう。
だが、この程度ならあれだけの戦力を投入するだけの理由にはならない。
それならば、何故この島を襲撃してきたのか──答えは単純。『戦力を集結させすぎた』からに他ならない。
『グループ』に『スクール』、『
即ち、『この島には、それだけの戦力を集める何かがある』と。
「……一つ聞きたいのですが、貴女の使っていたあの特異な能力は、一体……?」
「……社長、話しても?」
『大丈夫だ、
柊と呼ばれた女性は、垣根の言葉に頷く様にして腕を上げ、指先を動かす。
近くにある誰も座っていないソファは、その指先の動きに連動したようにして宙に浮く。眼を丸くして驚く刹那と龍宮へ、柊が説明を開始した。
「これは超能力と呼ばれる力よ。魔法や気とはまた違う、科学の生み出した異能。理論的には量子力学が使用されていて、例えるなら『シュレディンガーの猫』を使うのが簡単だけど──」
「い、いや、其処まで説明して貰わなくても結構です」
刹那は量子力学の時点で既に理解の範疇を超えたらしく、慌てて理論を話そうとする柊にストップをかける。
そう? という柊に対し、念を押すように大丈夫ですと答える刹那。龍宮も理解できていないようで、聞き流している様だ。
『まぁ、SMGの研究の一つに「超能力」という分野がある事が分かって貰えればいい。もっとも、他人に話した所で信用してもらえるとは思えないがね』
魔法と似た様なモノだ。それに、現時点では垣根も超能力の事を世界にバラす気は無い。
『この島に招待したのは、まぁ、長谷川潤也がどこか旅行へ行きたいから手配してくれというものでね。このリゾート地、実は未だ開店していないのだよ。旅行が終わった後で感想を聞かせて貰えれば、企業としては嬉しい所だ』
「……長谷川、潤也?」
それは、自分のクラスメイトである長谷川千雨の兄。何故この場面で彼の名が出てくるのか、刹那は眉をひそめる。
『彼はSMG所属の人物でね。詳しい事は話せないにしても、大分古い時期から居るのは間違いないよ。妹の方は一般人で、関わるのを快く思っていないようだが』
「そうですか。……それで、何故それを私達に?」
龍宮が訝しげに聞くが、垣根は素知らぬ様子で返答した。
『何、唯のお詫びだよ。今後何かあれば頼ってくれて構わない。連絡は彼を通してくれれば、私に来るからね』
大企業の社長と知り合いで、尚且つ窓口にもなる事が出来る。それがどれほどの事なのか、二人には想像がつかない。
「具体的には、どんなことが?」
『大体の事は可能だ。戦力もあるから、護衛なども可能だよ。金が良いというのなら、それでも構わないがね』
「……分かりました。覚えておきます」
思わぬ事態になったが、これは刹那にとって嬉しい誤算だった。何せ、この島での事態を見る限りでも、相当な戦力がある事が分かる。
それが、自身の大切な人を守る為に一役買ってくれるというのだ。頼もしいことこの上ない。
「私は口止め料さえ払ってくれれば、それで構わない」
『直ぐに用意しておこう。……それと、長谷川潤也の事は余り他言はしないで欲しい。余り広まると少々面倒な事に成りかねないからね』
了解の意を示す二人に対し、満足そうに「よし」という垣根。
『龍宮さん、だったか。君は傭兵らしいね。今後仕事を頼む事があるかもしれないから、長谷川潤也との連絡網を用意しておいて欲しい。具体的なものはまだ分からないが』
「分かった。既に携帯の番号とメルアドは聞いているから、必要な事は後で聞くよ」
『武器や弾丸は支給する。技術は盗まれない様に仕掛けがしてあるから、万が一壊れたり邪魔になったりした場合は捨ててくれて構わない』
もっとも、返却してくれるならそれに越した事は無いがね。という垣根。
そこで話は終わり、各自部屋に戻り、明日も遊ぶから、と早めに休むことにした。
●
「『スクール』は任務達成、と。そうだな、後は『猟犬部隊』をいつでも動かせるようにしておけ。全員だ。俺を敵に回した事を、全力で後悔させてやる」
潤也は携帯に向かって、そう告げた。