第九話:夏休みの終わり
浅い眠りから目が覚め、ゆっくりと目を開ける。
「あ、起きた。結局、お前は何処行ってたんだ? 戻って来たのも知らなかったし」
護がベッドの中から俺の方を向いてそう言う。
枕元に置いている時計で時間を確認するが、まだ七時だ。
「飯の時間はまだ後だろ。俺はもう少し寝かせて貰う」
「いやいやいや、俺の話聞いてた? 何処行ってたの? って聞いたんだが」
「外を散歩してたんだよ。夜景が綺麗だった。道に迷って戻ってくるのが遅れたけどな」
ああ、なるほど。と納得して護はまたベッドに潜り込んだ。
敵の数が多くて死体処理は夜中までかかったし、人手が足りなかったから俺までやる羽目になったんだよ。
寝たのは三時頃。正直寝た気がしないし、倒れないか心配。
この程度で倒れるような体じゃないけどね。一日寝ない位で倒れたりはしないよ。
……昨日レベルのハイテンションで遊ばなければ、ね。
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そんな事を思いながらもうひと眠りし、起きたのは八時前。
朝食は八時半になっていた筈だから、そろそろ起きて準備をしなければならない。
目を擦りながらベッドから出て、寝間着から普段着へ着替える。ベッドの方を見ると、他の三人はまだ寝ていた。
とっとと起こして準備させ、食堂へと向かう。
食堂へはロビーを通って行く為、時間まで暇つぶしをしている奴らを見つけた。
眠そうに眼を擦ってる奴とか、多分夜中まで喋ってたんだろうなぁ。女子ってそう言うの好きだろうし。
俺達も時間まで暇なので、各自テレビや置いてある本を適当にとって読んだりと各々好きに過ごしている。
俺はベランダに出てベンチに座り、ぼーっとしていると、後ろから声を掛けられる。
「おはよう、潤也」
「ん〜? 千雨、おはよう」
後ろを向いて上下逆になった視界で千雨を見つけた。眼鏡を掛けておらず、髪も結んでいない。
その隣に居たのは同じように髪を結んでいない神楽坂。
……こうしてみると、この二人似てるなー。と思う。
俺にとって見分けるのは造作も無いが、背格好なんかをみると姉妹だと思っても不思議じゃ無いだろう。多分。
髪の色とかはほぼ同じだしね、眼は違うけど。
「や。おはよ、潤也」
ちなみに神楽坂、木乃香繋がりで千雨とも遊びに行ったりしている。要は仲のいい友達だ。
「よう、神楽坂。珍しいな、髪を結んでないなんて」
「そう? まぁ、いつも結んでるしね。それに千雨ちゃんも似たようなものじゃない」
「千雨は今までずっと見てきたからな。こういうときはいつもと違う髪型だといいんだが」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「そうだな……ポニーテールとか、やってみる?」
個人的には有りだと思う。ポニーテール千雨。萌えるよね、ポニーテール。
無論、それだけに限った話じゃないんだが、やっぱり個人的にはそれが良いと思う訳で。やって貰えると嬉しいなーと思ってる。
「ポニーテールね……大河内みたいにか?」
「まぁね、神楽坂みたいにツインテールにしてもいいと思うけど」
「ツインテールね……考えておく」
そう言って千雨はロビーへと戻って行った。小さい頃はやってたんだけどな、ツインテール。あれは似合う人と似合わない人といるから、割と貴重だ。
それを考えると、神楽坂は割と希少な人物なのかもしれない。いや、どうでもいいけど。
「千雨ちゃんのツインかぁ、見てみたい気もするな」
「気になるか。俺は小さい頃に見た事がある」
尤も、今みたいに髪は長く無かったけどな。いつまでも立っているのもなんなので、神楽坂を隣に座らせる。
「しっかし、暑いわね〜。まだ朝なのに今日はこんなに暑いとは思わなかったわ」
昨日の朝が少し涼しかった分、今日の朝が余計に暑く感じられるって所か。
冷房に頼り過ぎるのもなんか嫌だしな。
「今日の最高気温、四十度近く行くってさ」
「ゲッ、マジ?」
「マジ。今日は超暑いぜ」
ケタケタと笑いながら自販機でアイスコーヒーを買い、神楽坂にも渡す。ひんやりしていて、暑さを若干ながら和らげてくれる。
日陰でこの暑さとは、反射である程度カットしなければ倒れてしまう。能力に頼りきりというのもどうかと思うが、便利だとつい使ってしまうものだからな。仕方ない。
「ん、ありがと」
「神楽坂も偶には髪形変えればいいのに。あの髪紐気にいってんのか?」
「あれ高畑先生に貰ったモノなのよ。だから大事にしてるの」
ふーん、と相槌を打つ。
顔をニヤけさせていたら、神楽坂はちょっと顔が赤くなってそっぽを向いた。
「愛されてるねぇ、高畑先生」
「愛っ……いや、別にそう言う訳じゃ……」
顔を真っ赤にして否定しようとするが、それじゃまるで否定出来て無い。そうですって言ってるようなものだ。
原作でもこうだったなぁ、と思い出す。最近原作なんて全然思い出さなくなったから、ほとんど覚えて無いが。
要所要所の大きいイベントは微かに覚えているが、それ以外は全然だ。
「好きなら好きでいいだろ。告白してみれば?」
「こ、こくっ! 告白!? そ、そんなのまだ早いわよ!!」
慌て過ぎだろう。其処まで慌てる事か。命短し恋せよ乙女、って言うだろうに。
やらずに後悔するより、やって後悔した方が良いと思うんだがな。別に他人の事情に首を突っ込む気も無いが。
「ハハハ、俺でよけりゃいつでも手伝うけどな」
「……うん、そん時は頼むわ」
素直でよろしい、ってな。
時計を見る。そろそろ朝食の時間だ。移動しなければならない。
「さて、朝飯だ。行こうぜ神楽坂」
「うん」
●
朝からまた泳いだ。
流石と言うべきか、あのクラスのテンションの高さはウチのクラスで屈指の高テンションである椙咲までもが音を上げた。
それでも、嫌な顔一つせず一緒に遊ぶ辺り、フェミニストだと思う。
俺はパラソルの下で横になり、遊んでいるみんなを見る。
このクソ暑い中、海に入るのはさぞかし気持ちいいだろう。
ビーチバレーをしている連中もいるが、あっちはあっちで砂だらけになっている。
「暑い〜!」と叫びながら海に入ったりもしているな。
ジッと見ていると眠くなり、軽くひと眠りしようと目を閉じた。
●
まわりがざわついているような感覚がする。
なんていうか、話声っていうか、野次馬の声っていうか、そんな声。
ゆっくり目を開けると、千雨が目の前に居た。目の前というか、胸のあたりに顔があった。
「やっと起きたか、早く離せ……」
千雨が呆れたような疲れたような声を出している。やけに顔が近いんだが、一体どうした。
寝ぼけた頭で状況を確認する。
まわりには面白がって集まっている連中、ほぼ全員が集まっている。
何人かは微笑ましい目で見ているようだが、ほぼみんなニヤニヤしながらこっちを見ている。特に朝倉と早乙女。キモイ。
目の前には千雨がいて、抱きついている。俺が。千雨の首に手を回すようにして抱きしめるようにしていたらしい。
そのまま頭を俺の胸に押し付けて寝ていたと。
抜け出そうにも、うまい具合に挟まって抜け出せなかったらしい。
「……あ〜、悪い」
ぱっ、と手を離して起きあがる。
頭を掻いて、近くのクーラーボックスからスポーツドリンクを取りだす。
「仲がいいね〜。良い写真を取らせて貰ったよ♪」
「後で焼き増ししてくれ」
「了解」
スポーツドリンクを千雨にも渡し、開けて飲む。暑い中寝ていた為、かなり喉が渇いていた。冷たくて美味しい。
ある程度は反射しているとはいえ、やっぱりやり過ぎると身体が弱くなりそうなので、最低限に抑えていたのだ。紫外線は完全にカットしているが。
「……って待て、何当たり前のように取引してんだよお前等!」
「え? 良いじゃないか、俺が抱きついてる写真位」
「いやいや、おかしいだろ、普通取り乱してカメラ奪い取る所だろ!」
欲を言うなら一眼レフとかで撮って欲しかった。SMG製なら従来のものより何十倍も綺麗で美麗な写真を撮ることが可能だというのに。
千雨の上目遣いとか致死級だぞ。致命傷だぞ。少なくとも俺には。
「ああ、なるほど、奪い取って俺に保存しておけと」
「ちっがう!! データ消せって事だよ!!」
振り向いたとき、朝倉は既にカメラ持って何処かへ走り去って行ったが、千雨の頼みならばしょうが無い。血の涙を流す覚悟でさっきの写真のデータを消そう。
そんな訳で、朝倉を速攻で捕まえてカメラを奪い返して来た。
砂浜なのになんであんな速いんだ……と誰かが呟いているのが聞こえるが、特に気にせずに千雨にカメラを渡す。
「ボス……本当に消すんですかい?」
「誰がボスだ。消すに決まってんだろ」
こんな事もあろうかと、この島にも『
と、言う訳でも無いので、写真は普通に消されてデータは消えた。というか、こんな事の為に『滞空回線』ってマジ技術の無駄だろう。……写真が欲しくなかった、と言えば嘘になるが。
その後、特に何も無く一日が終わり、夜を迎えた。
流石に二日連続で襲ってくる訳も無く、一応警戒しておいたものの、無駄に終わった訳だ。無駄に終わったから良かったんだがな。やっぱり平和が一番だろう。
朝、朝食を食べて帰りの仕度をし、船とバスで麻帆良へ帰る。
船とバスの中ではみんな寝ていて、起きている奴はいなかった。
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ついでだが、俺と千雨は宿題はとっくに終わらせていた。
いつも通りお互いにやる分を絞って効率的に終わらせていたので、夏休みは始まって一、二週間で自由になった。
だが、神楽坂を始めバカレンジャー(この頃既にできていたらしい)が終わらないと終盤に泣きついて来て、結局教える羽目になった。
それでも最後の日のギリギリまでかかったんだがな。
これを機にテストの時は俺に教えて貰おう、なんて言い出したが、テスト前って特にやることも無いので許可。
余裕こきやがって……と言った目線を護をはじめ男子寮の連中に向けられたが特に気にせず。
色々あった夏休みは終わりを迎えた。