第十一話:千雨の杞憂
枕元に置いてある、携帯の着信音が部屋の中に鳴り響いた。
眠い目を擦りながら携帯を手に取り、相手を確認せずに電話に出る。
「……もしもし?」
『あ、長谷川? 今アンタのお兄さん追ってんだけどさ。明日菜とデートしてるっぽいよ? 気にならない? なるよね? 場所は……』
こちらが何かを言う暇も無く、朝倉がそう続ける。
潤也がデート? 珍しいというか、今まで見たことが無いんだが、私は別に知った事じゃないし……その辺りは個人の自由だろう。
……何だか、胸の辺りがちょっとズキンとする。締め付けられてるっていうか、なんていうか……。
良くは分からないが、あまり調子が良くない事だけは確かだ。
そう思いながら簡単に朝食を作って食べ、冬用の──クリスマスに潤也がプレゼントしてきた──赤いコートを着て、朝倉のいるであろう場所を目指す。
●
「あ、来た来た。遅いよ、早く隠れて」
そう言って、朝倉は私を連れて物陰に隠れながら潤也の様子をうかがう。
二月に入ったばかり、しかも朝なので相当冷える。でもコートがあるから其処まで無い、と言ったところだろうか。
潤也は白を基調とした冬服を着ている。似合ってるな、あれ。神楽坂は冬用のコートを着てマフラーを巻いている。
二人とも髪の色などが案外似ている為、兄妹に見えない事も無いし、カップルに見えない事も無い。私も似ているとは言われるが、性格的な違いから雰囲気が全く違うらしい。
潤也談なので、多分あいつにしか分からないのだろう。私も分からん。
カップルか…………ちょっとイライラしてきた。何でかは分からないけど。
二人は笑いながら町を歩き、時折店に入っては何かを探すように店の中を歩き回っている。
「ホント、あの二人お似合いのカップルじゃ無い? 似てるから兄妹にも見えるけど」
「さぁ? でも、あのオジコンのアスナが同学年の潤也君に惹かれるとは思えないけど」
目の前で朝倉と早乙女が話している。
他には木乃香、那波、佐々木、柿崎、釘宮、椎名がいた。周りを見ると、追跡もといストーカーをやっているメンバーは既に結構な人数に達しており、数人ごとに分かれていろんなところに隠れて様子をうかがっている。
どうしてウチのクラスはこういう事だけ行動が速いかな……。
軽く頭を悩ませながら、追跡を続ける。
●
『こちらブラボーチーム。む、アレは……洋食屋かな? 二人とも入っていくよ』
どこかに潜んで監視している龍宮がそう報告し、私達は一斉に潤也達が入って行った店、洋食屋を見る。
外装を綺麗に装飾された店で、上品な印象を受ける店だ。実際、この店は人気で待つ事も多いと言われている。今日に限って人が少ないとは、運が良いんだな。
「あ、ここ知ってる。確か凄く美味しいって有名なんだよね」
「前に行った事あるな。確か木乃香達と何度か」
この間、一緒に遊びに行ったときにもここで昼食を取った。料金は中学生にとっては若干高めだが、その分ボリュームも味も満足出来る物だ。
もっとも、余り量が多いと太りそうだから怖いんだが。
「うん、行った事あるえ。アスナもここ美味しいってしっとるやろうし、それ含めて此処選んだんちゃうかなぁ」
「どうでもいいが、私達もそろそろ昼食食べないか? 時間的にも丁度いいだろ」
私達はそれぞれ監視できる場所に移動し、順番に昼食を食べる事になった。近く、というか隣のファミレスに入り、窓際の席から潤也達を見る。
「それにしても、潤也君がデートねぇ。何だか盗られた気分」
「盗られたって……那波の物じゃないだろ」
「あら、それじゃあ千雨ちゃんのもの?」
ウフフ、と笑いながらストレートに聞いてくる。嵌められたのか……。
ともかく、潤也は物とかそういう事じゃなくってだな……。何か言い訳をしようとするが、一向に思いつかない。
「お? お? なんだかラブの予感?」
「うっさい黙れ」
「イエス・ボス!」
早乙女を一睨みして黙らせ、監視を続行する事にした。
適当に昼飯を食べつつ、普通に食べに来た女子中学生を演じつつ、監視。龍宮達を通して潤也達を監視する。
●
『洋服、小物、化粧品、ブティック、アクセサリー。その他いろんな店に入っては見て回ってるようでござるが、何も買って無いみたいでござるよ?』
ウチのクラスの忍者(公然の秘密)が、潤也と神楽坂を尾行しながら報告する。
あの二人、どうにも麻帆良でもいろんなものが売ってあるショッピングモールだったり商店街だったりを回っているらしい。
何か欲しい物でもあるのか? それとも唯のショッピングか?
「う〜む、やっぱり唯のデートかな?」
「いや、それにしても見て回るだけって事は無いでしょ。流石にそれだけやるなら何処か別の場所に遊びに行くとかするだろうし」
「いやいや、恋人なら会えるだけでうれしいモンなんだよ」
「おおっ、流石クラスで唯一の彼氏持ち! 言う事が違う!」
柿崎が当然の様な顔をして言うが、潤也の性格的に、二人の内どっちかが欲しい物があれば余程の物じゃない限り買いそうな気がするんだが。案外金を持ってるし。
二人はニコニコ笑いながら次の店に入る。二人の雰囲気は柔らかくて、何とも楽しそうだ。
……なんつーか、こう、もやもやするな。
「ん、ん〜?」
「どうしたん、パル?」
「いや、なんかラブ臭がね……」
早乙女がアホ毛をぴくぴくさせながら言う。
そんなアホ毛は引き千切られてしまえ。さっきのはラブとかじゃ無かったぞ。家族愛的な事ならラブかも知れないけど、今は関係ない。
「ブラボーチームは引き続き遠距離から気付かれない様に監視。アルファチームは気取られない様に尾行。常に情報を流せ」
『了解(でござる)』
その点、あの二人なら一人だし、上手くやるだろう。
「何だか長谷川が秘密結社のボスみたいに見えるよ」
「間違って無いと私は思うね。スクープの予感?」
「黙ってろ」
『イエス・ボス!』
またも一睨みして二人を黙らせ、双眼鏡で監視を続ける。周囲に気取られない様に尾行って中々難しいからな。遠距離から監視する事が精一杯だ。
アルファチームは長瀬を筆頭に運動神経の高い連中をばれない様に配備させ、ブラボーチームは龍宮を筆頭に遠距離からの監視、及びナビゲート。
私達は普通に買い物に来たと周囲に思わせつつ尾行を続行。
途中誰かと電話で話している様だと報告があったり、ソレを聞いてて神楽坂の顔が引きつっていると報告があったりしている。
その時、着信音が鳴る。聞き覚えのない着信音なので、私の携帯じゃ無い。
「あ、私のだ」
朝倉が携帯を取り出し、通話し始める。
近い上に声が大きい為、私にも会話の内容が聞こえてきた。
「あ、東堂先輩。どうしたんですか?」
『どうしたじゃありませんわよ! あなた、そろそろ謹慎とかの処分が出ますわよ!」
「……え、マジですか? と言うか何でですか?」
『マジですわね。あなたのジャーナリスト精神は認めますが、少々入り込みすぎですわ。少し抑えなさい」
「いや、そう言う訳にも……」
『何度か迷惑だと学校に連絡が来て、新聞部の部費の削減も予定されてますの。少し自重しなさい!』
「えぇ!? 部費の削減!? 私の所為じゃないですよ。先輩だってそうじゃないですか!」
『
いや、それもどうかと思うんだが。相手に迷惑だと思われない様な行動をしろよ。
プライバシーの侵害だぞ。……いや、パパラッチとその師匠だ。言うだけ無駄なんだろう。
「……うう、分かりました」
『よろしい、ならば直ぐに長谷川潤也の尾行を中止しなさい』
「はい……って、何で知ってるんですか?」
『先ほど迷惑だと私に直接連絡が来ましたのよ』
「え、本当ですか? っていうか東堂先輩の連絡先とか潤也君知ってるんですか?」
『一度取材させて貰った事がありますのよ。その時に何かと便利だから、との事で連絡先を交換しておきましたの。あの人中々情報通ですからね』
「分かりました。直ぐに止めます」
朝倉は手元で簡単に携帯を操作し、私と向き合う。その眼は、何か決意した様な眼だ。
「よし、追跡を続行!」
駄目だコイツ早く何とかしないと。
とか思ってる間に潤也達が移動しているらしく、尾行を続ける。このまま見逃すと面倒だ。龍宮にナビゲートさせつつ、移動を開始する。
「朝倉と長谷川が本当に不味い気がするんだけど?」
「それは私も思った。でも、ここまで来たら私達も引けないわよ!」
チア組が何か言ってるが、スルーだスルー。……というか、潤也から東堂先輩に連絡がいってるなら、既にバレてるんじゃないか?
そう思ったが、全員ハイテンションになっていて話を聞きそうに無いので気にせず尾行。
●
『こちらアルファチームでござる。どうやら店に入って何か買った様子でござるが』
「了解、龍宮、見えるか?」
『小さい袋が見える。包装してあるところを見ると、誰かにプレゼントでもするつもりなのかな?』
プレゼント? 誰に? 潤也から神楽坂に、か?
……気になるな。どうにかして情報を集める必要がある。一番手っ取り早いのは、潤也と神楽坂の会話から推測する事だが。
「長瀬、会話を聞き取れないか?」
『難しいでござるな。隙が無い、というか街中では結構近づかないと会話は聞こえないでござるし、あの二人、異様なまでに勘が良いでござるから』
……どうするか。潤也に聞くってのも無理だろうし、神楽坂に聞くのは……木乃香に任せるか?
でもそれだと部屋に戻ってからじゃないと怪しまれるだろうしな。
「本格的に何処かの悪の秘密結社が秘密を探ろうとしてるみたいだね」
「しっ、パル、それを言っちゃ駄目。千雨ちゃんはあのカッコイイお兄さんが気になってんのよ」
「お? 近親? 近親?」
「黙ってろ。いい加減アホ毛引き抜くぞ」
「すいませんでした! ボス!」
双眼鏡で監視しつつ早乙女を黙らせる。気になってるのは認めるが、そういう感情じゃねぇよ。
なんつーか、こう、上手く言えねーけどさ。
例えるなら、可愛がってた弟に彼女が出来た、見たいな感じ。兄貴だけど、むしろあっちが可愛がってたけど。
……ヤバい、余計な事考えなきゃよかった。ちょっと顔が赤くなって来た。
深呼吸して気持ちを落ち着け、監視を続行。時計を見ると既に夕刻になっていて、そろそろ日が暮れるんじゃないかと思い、周りを見ると、夕焼けが見えた。
「もう日が暮れる時間か」
「そうね、デート楽しかったでしょうね」
「…………」
なんだか傷口を抉られた気分だ。那波は本当、偶に確信着いた様な言葉を出してくるから反応に困る。
『あ〜、ちょっと良いでござるか? 隊長』
「どうした、長瀬」
『見つかった。というか捕まったでござる』
「……ハ?」
『いや、だから捕まったでござる。どうすればいいでござろうか?』
見つかった? 捕まった? 体を鍛えてはいるがそれこそ平均的な身体能力の潤也に?
というかそれで私に連絡するなよ。見つかったら面倒だろ。
「お前の犠牲は忘れない。総員退避!」
バッ、と蜘蛛の子を散らすように一斉に散って逃げる。
私はというと、逃げる瞬間に那波に捕まえられ、龍宮が何故か私を捕縛して連れて行かれた。というか龍宮、なぜいるんだ。
木乃香を先頭にどこかへ向かって歩いていく。
「は、離せ! 何で捕まえるんだよ!」
「いや、潤也に頼まれてね」
「サプライズ、と言う奴よ」
サプライズ? 何のだよ。
そう思いながら引き摺られ、潤也と神楽坂の近くに来る。
まわりには木乃香、長瀬、那波、龍宮、桜咲、神楽坂、潤也がいる。ニコニコして何のつもりだお前等。
桜咲だけちょっと離れた場所に居るが、何でだよ。木乃香が近くにいると近寄って来ないよな、お前。今も木乃香からは見えない位置にいるし。
広場の様な場所だが、時間が時間だからか、他の人が居ない。全くといって良いほどに。
「えっと。はい、千雨ちゃん」
神楽坂がそう言って包装された袋を手渡して来た。
「……私に、か?」
「うん。ハッピーバースデー。誕生日おめでとう、千雨ちゃん」
ハッピーバースデー!! と一斉にクラッカーが鳴る。
一瞬呆けて、ビックリする。思考が止まって、何も考えられない。
「……は? って事は、お前等……」
「この為に手伝ったんだよ」
「にんにん。驚いたでござるか?」
……オイオイオイ。
尾行してデートを監視してた事も全部お見通しかよ。というか、全部仕組まれてたのか。潤也らしいと言えば潤也らしいが……。
「朝倉は邪魔だからご退場願おうと思ったんだが、無理だったみたいだしな」
余計な噂まで散布しかねなかったから邪魔だったとの事。其処で急遽、捕まった事にして散らせた、と言う訳らしい。
私の行動お見通しかよ……潤也なら確かにやりかねないが。昔から色々と出鱈目な事やらかす奴だし。
「って事は、神楽坂とのデートってのは……」
「あ、やっぱり朝倉達そんなこと言ってたんだ。潤也にプレゼントを選ぶのを手伝って貰ったのよ。木乃香は先に買ってたみたいだったしね」
なるほど、ね。ちょっと放心していると、潤也が近づいてくる。
「ハッピーバースデー。千雨」
にっこりと笑って潤也が包装された立方体の箱を私に渡す。ソレを笑って受け取り、他の奴らからも次々にプレゼントを渡された。
うれしいな。うれしいんだが。
……ヤベェ、私すっかり忘れてた。潤也へのプレゼント用意してねぇ。どうしよう。
「その様子だと、プレゼント買うのを忘れてたって所かしらね?」
那波に見透かされ、言葉に詰まる。
潤也の方を見ると、変わらずニコニコ笑っていた。
「いいさ、俺は千雨が笑顔ならそれでいい。俺へのプレゼントは千雨の笑顔だ!」
恥ずかしいセリフを照れる事無く言う。
それに私はちょっと顔を赤くしながら、深呼吸して潤也の方を向く。
「ハッピーバースデー、潤也」
上手く笑えたかは分からないけど、精一杯笑った。それを見た潤也もうれしそうに笑って、他の奴らのほうを向く。
「よーし、これからパーティーだ! 許可は既に取っている。存分に騒げ! 他の奴らを呼んでもいいぞ!!」
そう言うと、思い思いに人を呼び始める。
集合場所は近くの店。貸し切ったらしい。先生も呼んで許可を取ったとの事で騒いでも怒られたりはせず、問題無いらしい。
集合時間を告げ、全員が一度帰ることにした。
●
雪が降り始め、また冷え始めた夜道を歩く。
潤也からのプレゼントはブレスレットだった。いつでも付けていて欲しいと、こういうモノにしたらしい。ペンダントやネックレスと迷った。とも言っていたな。
「何にしても、デートってのは杞憂だったか……」
なんとなく口をついて出たが、デートに杞憂ってどういう事だよ。まるで私が何か心配をしていたみたいじゃないか。
ソレを聞いていたのか、潤也も驚いている。
「……俺はさ。いつでも千雨の傍にいるよ」
昔、同じ言葉を聞いた気がする。みんなと違う、と苛められていた頃。同じ事を言って守ってくれていた。
ずっと隣にいる、私の味方であり続ける兄。潤也は、私の方を見て笑っている。
「ずっと、傍にいる。賭けてもいい」
「……賭けてもいい、っていうのはさ。余程の自信が無いと言っちゃ駄目なんだぞ?」
「大丈夫さ。自信がある。俺はずっと傍にいる」
賭けてもいい。
その言葉が、胸の奥にすっぽり収まる。何だか暖かくて、自然と笑顔になった。
久しぶりに潤也と手を繋いで、雪の降る夜道を歩いていく。