第十二話:勇気を振り絞る
夏休み。
二年生になり、一学期を過ごし、夏休みに入った。特に何事も無く進んでいるが、順風満帆過ぎて逆に不審に思ってしまう。
最近の厄介事と言えば、暴走族やら何やらが麻帆良の外で騒ぎに成っている位だろうか。本当にそれ位しか話題が無い辺り、新聞部もネタに飢えている事だろう。
そういえば、神楽坂が良く来る。
寮に入ってくる訳じゃ無い。千雨以外が入ると確実に口説かれるからな。主に椙咲に。
ちなみに千雨が入ってくると、ほぼ全員無言で道を開けるらしい。千雨談である。
だから近くの喫茶店に呼び出されたりしてる訳だ。
で、神楽坂は高畑先生に告白したいらしい。
だが、「今年こそは」と意気込んだは良いものの、麻帆良祭では告白できなかったとの事。
今度は告白したいから協力してほしいと言って来た。
適切かは分からないが、アドバイスして勇気が出るように話してと、まぁいろいろやった。
そして当日の男子寮。
「レッツ夏祭りィィィィィィィィ!!!」
『イエェェェェェェェェェ!!!』
取りあえず馬鹿みたいに騒いでいるこいつ等をどうにかしたい。
●
「大変だな、潤也も」
「全くだ。最終的に俺が鎮圧したからな」
結局、寮の管理人に「やかましい!」と怒鳴られ、それでもテンションを下げなかったので鎮圧。
主導は椙咲。沈めておいたから今日の夏祭りにはこれないだろう。
「夏祭りだからと羽目を外し過ぎていいと思っているのなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」「そげぶっ!」とか言うやり取りがあったのは、まぁおいとくとして。
それより、俺は一つ言いたい。
俺の妹は世界一!!!
浴衣着てる女の子ってすごく萌えるよね。すごく好きなんだよ。髪もいつもとちょっと違ってあげて纏めてるし凄く綺麗。やっぱり浴衣には女の子を綺麗に見せる魔力があるよ。いや、千雨に魅力が無いとか言う訳では無く、浴衣は千雨の魅力を引き出すだけでしかない訳だが、それでも浴衣着てる千雨は誰よりも綺麗で可愛くて俺好みで世界一だって言いたい訳なんだよね。それにこの祭りの雰囲気がまた浴衣とマッチしてて一層良いよね。暑いけどそれでちょっと上気した頬とか色っぽくて艶やかで鼻血が出そうだけど耐えて見せるに決まってるじゃないか。やっぱり浴衣着た千雨は萌えるよね。いや、むしろ蕩れと言った方が……(以下略)
「帰って来い」
スパーン! と空になったペットボトルで叩かれ、現実に戻る。
浴衣着た千雨を見て、また思考の無限ループに陥りそうになるが、何とか耐える。
ペットボトルをゴミ箱に捨て、屋台を見て回る事にした。
綿あめ、たこ焼き、お面等々。祭りに定番とも言えるこれらは当たり前のように鎮座している。
中には焼き鳥とか、クジとかもあるんだが、買わない。クジは千雨があまり乗り気じゃ無かったしな。そもそも、俺はこう言った運気が必要なものはあまり当たらないんだ。
「お、潤也。それに千雨ちゃん」
「ん? ああ、護と廻か」
「よっす、潤也、千雨」
「おう」
ふとした拍子に、知り合いを見つける。護とその姉である廻だ。こちらも浴衣を着ていて、美少女と言えるレベルの外見を持っている。
というか廻。お前随分と男勝りな性格になったなぁ。
「……いや、元からか?」
「何がよ。私の顔見て考え込むの止めなさい」
「いや、男勝りだな、と思ってな」
可愛くはあると思うんだが……うん、完璧に性格で損してる。もっと女の子らしくすれば良いと思うんだが、余計なお世話だろうな。
俺の言葉を聞いて、護が何度も頷きながら肯定する。
「俺もそう思うよ。もう少し女としての自覚を持って欲しいね」
「雨中廻、武力介入を開始する」
ボコボコ殴られながら護に聞く。聞きたい事があった。
「椙咲どうしてる?」
「あー……あいつは逃げた」
「逃げた?」
誰から? もしくは何から?
「仲芽黒から」
「……なるほど。でも良く生き返ったな」
「ああ、アレには俺もビックリしたよ『
素っ裸になったのか。というか死ぬ気弾でも打ち込まれたのか椙咲は。いや、そんな状況になるなっつー話だけどね。おかし過ぎるだろ。
「さぁ、椙咲を探しに行くわよ」
「えっ。俺は千雨ちゃんと回りたい……ハイ、スミマセン。サガシマス」
……蛇の一睨みでカエルが動かなくなったな。ドンマイ、いい事あるよ。護。
その後五分位ですっかり護の事を忘れ、金魚すくいをやっている。
「よっ、このっ」
ポンポンと簡単に取れるもんじゃないね。とっても育てきれないけど。
楽しむ為にあるんだろう、こういうのは。金魚にしてみれば堪ったもんじゃないんだろうが。
●
「あ、千雨ちゃん」
「お、木乃香か」
こちらもまた浴衣着て綺麗。千雨とはベクトルが違う。
木乃香は大和撫子って感じだろう。遠くに見える桜咲も浴衣着ればいいのにな。つーかストーカーは止めろよ。ハッキリ言って不審者だよ、お前。
まぁ、あっちの事はどうでもいい。今はこっちの事だ。
「暇なら一緒に回るか?」
「そうやね、でもなー……」
「ん? どうした?」
歯切れ悪く答える木乃香に疑問をぶつける。すると、木乃香は何処かを指差しながら言う。
「えっとな、アレ見て」
そう言って指差す先には渋いオッサンと神楽坂がいた。
タカミチ・T・高畑。千雨達の担任教師。出張が多くて千雨からは不評。
会わないから記憶から消えて行くんだよな。偶に思い出すから完全には忘れないけど。でも最近は神楽坂からいつも聞かされてるから消える暇が無い。
「ああ、なるほど。デートか。時間はもう少し後だと思ってたんだけどな。教員の労働時間的に」
「正解や。潤也君に勇気もろたって言ってたえ。後、今日は出張から帰って来たばかりで仕事は既に終わったって言うとったみたいや。後、巡回」
そりゃこれだけ人が居ると何か起こってもおかしくないしな。巡回くらいはしてるだろう。
「まぁ、アドバイスってか勇気づけはしたけど。其処まで大したことはやって無いと思うぞ?」
「ああやってデート出来とるんや、ウチら今までできひんかったんやえ? 凄いと思うけどなぁ」
そうでも無いけどな。この日が近づくにつれてストレスっていうか、心労っていうか……が、溜まって来たとか言ってたけど、それを取り除いただけだし。
こういうときにこそ超能力は役に立つ。……と言う訳では特に無い。
低周波振動治療器、と言う奴を使った。
見た目は唯の湿布の様な外見の電極で、両肩と背中に貼り付けて使用するものだ。
電流を流してストレスを軽減するマッサージ機のようなもので、脳波の乱れから最も効果的なパルスパターンを計算している。
ソレをデート前までやって不安やストレスを取り除いていた訳だ。
半分眉つばのつもりでやってたけどな、神楽坂。
原作では確か、普通に先生とデートしてた様な気もするんだが、何せ最後に読んだのは十数年前の事だ。記憶にはほとんど残って無い。
緊張もストレスの一つだし、普通に接している所を見ると効果はあったらしい。
「取りあえず、見てるだけってのも楽しく無いだろ。たこ焼きでも食べながら行こうぜ」
出店でたこ焼きとジュースを買い、食べつつ、屋台を除きつつ稚拙に尾行。
ある程度素人感を出さないと、プロと間違えられて余計な警戒されかねないからな。
「はい、あ〜ん」
「いや、流石にソレは……いや、ちょ…………はむ」
たこ焼きを千雨に食べさせる。やべえ、かぁわいいなぁ。もう一個食べさせるか。
「あら、仲がいいのね」
ウフフフ、と笑いながら千鶴が現れた。手にはうちわがあり、髪をアップで纏めている。普段とはまた違った髪型で珍しい。
そしsて、流石に3-Aナンバーワンの巨乳。浴衣の上からでもそれが分かる。デカイ。
「え? これ位普通だよな?」
「そう言うのはカップルでやる事やと思うえ」
「私もそう思うんだが」
木乃香と、若干顔を赤くした千雨が答える。
「……いいんだよ。俺のメモリーに千雨の可愛い画像を残したい」
「お前の脳味噌はパソコンか」
念写みたいに、写真の表面の電気を操ってインクを操作。画像を自由に作ったりもできるからな。ある意味パソコンだ。っていうかプリンター。
「でも、今日は村上はいないんだな?」
「夏風邪引いちゃったみたいでね。私はいいって言ったんだけど、折角の祭りだから楽しんできてって送りだされちゃったわ」
「ああ、なるほど。風邪ならしょうが無いよな」
「途中まで長瀬さん達さんぽ部と一緒だったんだけど、人が多くてはぐれちゃってね」
「ソレは大変だな。連絡は?」
「したけど、人ごみの中で探すのは大変だから各自で楽しもうって事にしたの」
なるほど、下手に時間使うよりいいが、一人で回る事にならないか? それ。
「潤也君達が見えたし、丁度よかったのよね」
あ、左様で。
「で、どうする? 一緒に神楽坂追うか?」
「あら、どうして?」
「アレだよ、アレ」
指をさした先には──誰もいなかった。既に神楽坂と高畑教諭は消えており、先程まで居た筈の場所は子供達が駆けている。
「あれ? いない。見失ったかな?」
「話しかけたせいかしら?」
「いや、そんな事は無い。探そうと思えば連絡網があるけど……」
携帯を取り出し、少し考えてから携帯を仕舞う。
連絡は無しだ。
「……神楽坂を追うのは止めだ。やっぱり、こういうとき位二人きりにさせてやるのが友達ってもんだ」
凄く今更な気もするけどな。後、俺らの後ろからついて来てる奴らも解散させよう。朝倉とか、あの辺はもう少しデリカシーという言葉を知るべきだ。
さっきまで同じ様に追いかけてた俺が言えた義理でもないけど。
「……そうやね。ウチらも祭りを楽しもか」
「そうだな、祭りを楽しみに来たんだからあっちは関係ないよな」
「そうね、二人きりでデートさせてあげるべきよね」
……俺は時々、千鶴は全て分かった上で行動してるんじゃないかと思うんだ。
デートを知ってるあたり、特に思った。ま、いいか。祭りを楽しむとしよう。
「まずは射的にでも行くか?」
「オッケー、今回こそ勝ってやる」
まず、後ろに隠れて俺達を追いかけてた朝倉達を強制的に解散させた。
その後、近くにある射的屋で千雨に打ち勝ち、何故か居た龍宮と射的勝負で引き分けになり(両方全弾当てた)、花火があるらしいので良く見える場所に移動。
よくよく思えば、場所は龍宮神社なんだから龍宮が居ても不思議では無かった。
ソレはともかく、人が少ないポイントを龍宮から教えて貰い、移動。
まばらにだが人はいる。本当に数えるほどで、神社の所と比べれば凄く少ないし、花火も首が痛くなるほど曲げなくていいので楽。
後で餡蜜驕るべきかな。
空に打ち上げられた花火が光をまき散らし、火薬が爆破して派手な音が鳴る。花火が夜空に浮かび、花を咲かせるように火が散る。
「た〜まや〜! か〜ぎや〜!」
ちなみにこれ、江戸の二大花火師「玉屋」と「鍵屋」のことらしい。マメ知識。
●
花火が終わり、休憩ついでにジュースを買って寮近くの公園に居る。千鶴は村上が心配だと先に帰った。
「やっぱり祭りには花火だよな」
「そうやね、綺麗やったわ〜」
首が痛くなるほど曲げなくてもいいといっても、神社の場所と比べてと言うだけで、首は痛くなるもんなんだよ。
首を動かすと、乾いた音が鳴る。
ついでに辺りを見ると、見知った顔が二つ。公園の一角、こちらからも、多分あっちからも見え辛い場所にいる。
神楽坂と高畑先生。あの二人、何してんだ?
高畑先生に神楽坂が何か話してる。顔を真っ赤にしてるあたり、告白したか?
会話が聞こえるようにしたいが、隣で話す千雨達の会話で良く聞こえない。
神楽坂が俯いて、高畑先生が何か話す。
ダッ! と神楽坂が何処かへ走り出した。
「……振られたか?」
「いきなり何を呟いてんだ?」
「そうやえ? アスナデート中やのに、なんか不吉やで?」
「いや、その本人が、の話なんだが」
『へ?』
指をさし、高畑先生を見つけさせる。それを見た途端、事情を理解したように千雨と木乃香が頭を抱えた。
「……あ〜、失恋か?」
「俺が見た限りじゃ、そうなるな」
多分。顔真っ赤で次に逃げるってそれ以外ないだろう。
「う〜ん、上手くいかんかったんかなぁ?」
「……潤也、神楽坂が何処行ったか分かるか?」
「分かるけど、何で?」
「追いかけてやれ。まぁ、なんだ、お前なら安心するだろ、あいつも。今回ばかりは私もちょっと気の毒だと思うしな」
……安心するの意味が分からないんだが。
取りあえず追いかければいいのか?
千雨達を寮に送り(直ぐそこだったので数分も掛かって無い)、神楽坂を追いかける。
場所なんて『
●
「よう、神楽坂」
神楽坂はベンチに座り、意気消沈といった雰囲気で沈んでいた。
「……あ、潤也。……ごめんね、手伝って貰ったのに、振られちゃった」
アハハ、と笑いながらそう言う。無理に笑っているのが見てとれるような、上っ面だけの笑みだった。
「……全く、世話の焼ける奴だよ、お前は」
「え……」
というか、こういうのは俺のキャラじゃ無いと思うんだがな。千雨は何を思ったんだか。
ポン、と頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと撫でる。
「悲しいときは、泣けばいいんだよ。無理して笑うこたぁねぇ。俺の胸で良けりゃ貸してやるからさ」
頭を俺の胸の部分に押し付けるようにして、そう言う。
「強情張ってもしょうが無いぞ?」
「別に、強情張って、なんか……う、」
うわあぁぁぁぁん。
神楽坂の泣き声が響いた。
顔をくしゃくしゃにして、俺の胸に顔を押し付けて泣く。ずっと泣き続ける。服がぬれるが、別にそんな事で一々怒ったりはしない。
「よしよし、泣け泣け。存分に泣け」
ただし、泣いた分だけ笑って貰うけどな。そう思いながら頭を撫でる。女は笑顔が一番だ。
満月の浮かぶ夜に、神楽坂は俺の胸で泣き続けた。
●
──そして、同時刻。桜通りにて初の犠牲者が出た。