第十五話:アスナの秘密
朝からずっと千雨と木乃香に折檻されて、結局部屋に戻って寝たのは二時間ぐらいなわけよ。
それはともかくとして、何故俺は呼び出されてんだろうか。アスナが俺を呼び出す理由が分からない。高畑先生に振られた訳だが、手伝ったお礼を言いに来たとかそんなんか?
そんな事を考えていると、カランコロンと言う鐘の音が聞こえる。誰かが来たという事なので、入口に目を向けるとアスナが居た。
「まった?」
「いや、全然」
アスナは俺の対面に座り、どういうべきか迷っている。といった表情をしている。
どうしてそこまで分かるかって? コイツほど感情が表に出やすい奴は……いや、今日から少し感情は読みにくくなったけど。
どうでもいい事だよ。そんなのは。大した問題じゃない。
コーヒーを一口含み、喉を潤す。程良い苦みと香りが口内を刺激する。眠気があったが、ある程度はこれで誤魔化せる。カフェインは良いものだ。
「……さて、どうして俺を呼んだ訳?」
早速本題に入る。正直眠いです。寝たいです。カフェイン摂取しなければ。
「……潤也は、魔法って信じる?」
……んん?
そう言う話か。でも何で知って……封印されてたのってその記憶だったのか? だが、そうなるとアスナは何かしらの形で魔法に巻き込まれていたという事になるが。
「……信じるとして、何でその話題が出るんだ?」
「関係あるの。私の過去の話と」
……誰かに聞かせられるような話じゃ無くないか?
万一誰かに聞かれたら面倒な事になりそうだな。秘匿するべき事柄を明かすって言うのは、つまりはそう言う事だから。
「アスナの秘密か?」
その問いに、コクンと頷く。真っ直ぐと俺を見つめている双眸は、迷いなく本当だと告げている。
「なら、場所を変えよう。誰かに聞かれたら面倒だ」
金を払って喫茶店を出る。そのまま尾行が無い事を確認して、とあるビルの目の前まで来た。見覚えがあり過ぎる場所だ。
「ここって……」
問いには答えず、『座標移動』を発動する。
ヒュン、と空気を裂いて、『窓のないビル』内部に入った。
「さて。ようこそ、『窓のないビル』へ」
ソファに座らせ、コーヒーを淹れてテーブルに置く。やっぱり暑いときにはアイスコーヒーだよね。
アスナはかなり驚いており、未だにショックが抜け切れて無い。そりゃ、正体不明の建物の持ち主が俺だって知ったらこうなるよね。
今まで入った事があるのは龍宮位だろう。
銃のアドバイスをくれるからな。新しいの開発するときにはそう言うのが重要なんだ。
反動とか、弾速とか。まぁいろいろ。内部で銃の試射をやって貰ってんだよ。無論ながら、案内人という存在がいる為、俺自身が能力者であるという事はばれていない。
「……そろそろ大丈夫か? 魔法関係は俺は知ってる。分からない所は後で質問するが、いいよな?」
「あ、うん。大丈夫」
そう言って、一度深呼吸する。迷いもあったようだが、一度話し始めれば流れるように言葉を紡ぐことが出来ている。
俺は時折相槌を打つだけで、数十分ほど経ってから、アスナは全てを話し終えた。
驚いたね、まさかアスナがお姫様とは。いや、原作ではあって、俺がソレを忘れてただけだろうけどさ。
そして、最後まで話して、俺を見る。
「これを聞いて、潤也は私の事をどう思った?」
どう、って言われてもな。
ぶっちゃけどうも思って無い。っていうのは無いにしても、其処まで思う事は無いんだよな。長生きしてんだねって言っても、やろうと思えば俺も千七百年くらいは生きられるし。逆さづりになるけど。
魔法世界でナギ……確かこの物語の主人公の親父……に助けて貰ったらしいが、高畑先生達に記憶に封印を掛けられてた、と。
というか、何を思えと?
大量の人の命を吸った事か? 戦争の兵器として使われていた事か? 世界を滅ぼす可能性がある事か? 下らないね。本当に下らない。
そんな事で軽蔑したりしない。誰にだって幸せになる権利位あるだろう。アスナの場合は余計にな。自分の意志でやってた訳じゃ無いんだし。自分で悪党に成り下がった訳じゃない。
というか、それを言ったら俺も似たようなモンだろ。
人の命は吸って無いが、利用してる。戦争の兵器を大量に生み出してる。世界は俺一人で滅ぼせる。
……どちらかと言えば、俺の方が
「ま、秘密については分かったよ。……それで、だ。俺も一つ、秘密を話そう」
「潤也の秘密?」
「そう、俺の秘密。千雨も知らない秘密だ」
ウチの社員(幹部のみ)位は知ってるけどな。幹部と言っても、八重位しか俺自身の事は知らない訳だが。
「俺こと長谷川潤也は、超能力者である」
……いや、そんなジト目で見んなよ。本当なんだから。まぁ、一発で信じてもらえたらそれはそれでちょっと胡散臭くなりそうな気もするけれど。
「見せたほうが速いか」
と、言っても何がいいかな? ベクトル操作とか地味だしな……よし、ここは『
実は、人前で見せるのは今が初めてだったりする能力だ。
そうして、アスナは展開された三対六枚の白い翼を見る。
「……凄い」
白い翼に触れてもふもふしたりしている。てか、もふもふ出来んのか、未元物質。
「コレが俺の超能力の一つだ」
「他にもあるの?」
「まだまだたくさんあるぞ?」
系統で分けるとそんなでも無いが、細かく分けると結構沢山ある。『原石』の能力とかは説明するのが難しいけどな。
その他、手から火を出したり、水を操作したり。電気を出したり、プラズマ……は、作ってないが。
「ま、コレで俺とアスナは共通の秘密を持ったわけだ」
「共通の秘密?」
「そう、俺はアスナを裏切らない。だからアスナも俺を裏切るなよ?」
「……もちろん!」
久しくゆびきりげんまんとかやった。千雨としかやった記憶は無いけど。
そして、コーヒーのお代わりを注ぎ終わり、ソファに座る。
「……ついでに言うと、俺は『SMG』っていう会社の社長と懇意にしてる」
ズズズ、とコーヒーを啜りながら言う。アスナはコーヒーを飲みながらピタリと動きを止め、カップを置いた。
「……本当?」
「当然」
驚く理由は単純明快。『SMG』は完全に世界に知られたからだ。
最近までは知っている者は知っている。というか調べようとする気も起きない連中が噂ばかり流すから都市伝説化していたのだが、誰かが調べてネットに流したために『世界最高峰の科学力を持つ会社』として認識された。
誰が流したのかは、もう探すのは不可能だと思うしか無い。ネットの世界は広い。大本のパソコンに辿りつくのさえ出来るか分からないからな。
というか、別にばれても俺達に問題は無いんだが。強いて言うなら各国が表だっていい寄ってくるのがウゼェ。
だが、犯人は突きとめた。麻帆良で俺に隠し事が出来ると思うなって話だよ。
ちなみに『能力者』は数万人規模だ。いろんなところから集めまくった。一か所に集めた方が『
『
場所は北海道。土地の一部を買い取り、ロシアと交渉して手に入れた北方領土とかで研究がされてる。
今までは別に場所を用意していたんだが、いかんせん、数が多くなったので大きめの土地を探した結果がこれだよ。
本山は『窓のないビル』だけどな。あ、麻帆良にも結構な数が入り込んでる。いろいろ使えるからね。
少なくとも麻帆良中には『AIM拡散力場』が蔓延している。
「凄いんだね」
「おほめにあずかり光栄です、姫御子どの」
「アスナって呼んでよ。その呼び方は嫌いなの」
「それは悪かった」
嫌いなのかよ、『黄昏の姫御子』って名前。確かにいいとは言えねぇけどさ。お姫様、って辺りは確かにアスナには似合わない所があるし。
「でもま、コレで話は終わりか?」
「うん。……嫌われないで良かった」
「嫌う訳ねーだろ。余程の事をしない限り」
例えば千雨を殺しかける。
……駄目だ、想像しただけで黒翼が出そうな気がする。無意味に自転エネルギー五分という時間のベクトルを持ったビルを何処かへ無造作に投げつけるでも可。
『座標移動』でビルの外へ出て、そのまま適当な店で食事を取る。アスナの奴、ずっとニコニコしっぱなしだったな。何が嬉しかったんだか。
途中で当たり前のように朝倉と出会い、いつも通り適当に扱って別れる。
「じゃ、俺これから用事あるから」
「誰かと遊ぶの?」
「会う予定の奴が居るんだよ」
「誰?」
「超と葉加瀬。話す事があるんだ」
ちょっとムスッとした顔をした後、「今度また遊びに行こうね」といって帰って行った。
機嫌が良さそうだったアスナを見送った後、俺は麻帆良大学の工学部へと向かった。
●
「ハカセ、これはそっちの部品じゃ無かったカ?」
「あ、そうです。道理で足りないと思ってたんですよ」
カチャカチャと工具を弄り、私とハカセは茶々丸の修理を続ける。
「全く、酷い事をするものです」
怒った様にいうが、それは昨日から何十回、何百回と聞かされている。いわゆる耳タコだ。
エヴァンジェリンと相対して、まともに戦えそうなのは、少なくとも高畑先生くらいしか私は知らない。だが、茶々丸は胴体を真っ二つで両腕破損、エヴァンジェリンは顔面と背骨に骨折。吸血鬼じゃなければ死んでもおかしく無かったらしい。
高畑先生はエヴァンジェリンと一時同級生だったとも聞いているし、彼が生徒である二人にそんな真似をするとも思えない。……いや、可能性だけなら他にもいるか。
長谷川潤也。
イレギュラーで、私の知らない存在。実力は当然未知数。
あの島で見た光景は偶に思い出す。
殺戮された兵士。圧倒的な火力で倒す兵士。どちらが『SMG』兵かは言うまでも無い。
超能力も、私は存在さえ知らない。いや、少なくとも私の知っている未来にはそんな物は存在しなかった。私というイレギュラーで、何かしらの変化が起こったのか?
いや、『SMG』が出来たのは私の来る数年前。私が影響を与えたと言う可能性は少ない。並行世界、という可能性も否定しきれないが。
少なくとも、彼が『SMG』に関与している可能性は限りなく高い。あの島の一件で、私はそう思った。
故に、調べ上げた『SMG』の資料をネットにばら撒いた。とはいえ、普通に調べて出てくる情報しか手に入らなかったのだが。
私の高度な電子プログラムを持ってしても、それだけしか分からなかったという事。
計画に変更を加える必要があるかもしれない。
「……さん。超さん!」
「ん? 何ダ? ハカセ」
「全く、ぼーっとしてて手が動いていませんよ」
「ああ、悪いネ。考え事をしていたヨ」
「……彼、もしくは計画の事ですか?」
「両方だヨ。流石に鋭いナ」
頭の回転は本当に速い。仲間にして良かったと思う。気遣いもしてくれるし。
「私は、それよりも茶々丸を壊した人の事が気になります」
「残念だが、そいつは教えられないかな。個人情報はちゃんと保護してるんでね」
……ん?
ふと私が振り向くと、得体のしれない黒マントの青年が立っていた。敵意も悪意も感じられない為、若干の警戒心だけで済ませておく。
「……何故、入ってきていル? 鍵はかけておいた筈だガ」
「あんなもん、俺に意味がある訳ねーだろ」
当たり前だ、とでも言わんばかりの態度。一体、どうやって入って来たのか。『
「ま、そんな事はどうでもいいさ。俺は警告に来たんだ、超鈴音」
「……警告、だト?」
「そう、あまり無駄な動きはしない方がいいぜ? 自分の首を絞める事になる。お前等のいう計画にしても、もう少し回りに気を配るんだな」
……まさか、知られたと言うのか?
ありえない、最大限気を使って、計画を話したのはハカセだけのハズだ。
「一体、どうやったネ……」
「世の中、知らない事ってのは意外とあるもんだ。魔法を始めとして、未知なる科学ってのもまた然り」
魔法の事を知っている。そして、『未知なる科学』と?
警告といってもいたし、『SMG』に関与しているのは確かなようだ。それにしたって、どうやって……。
「『麻帆良の最高頭脳』が聞いて呆れるね、全く。もう少し考えて行動しようぜ。お前、コレが機密ならいつ消されてもおかしく無かったんだからさ」
「……それで、警告カ」
「そ。天才と呼ばれる位の頭持ってんなら少しは考えろってこった」
青年は軽く笑いながらそう告げ、勝手知ったる我が家の如く椅子に座ってふんぞり返っている。葉加瀬は青年へと、警戒心を持ちつつも問いかける。
「一つ、聞いても?」
「いいぞ」
「茶々丸を壊したのは、誰なんですか? 貴方の知り合いなんですか?」
「あー、それは悪かったよ。あの吸血鬼がウザくってさ。殺し合いに発展したからつい壊しちまったって」
ダルそうにそう答える。
ウザい? それだけの理由であの伝説の『
結界で封印されているとはいえ、実力は相当なモノの筈……という事は、アレだけの怪我を負わせたのもその人物、という事か。
「……従者として、エヴァさんに仕えた結果ですか」
「ま、そうなるわな。それと、二人に言っておく」
「エヴァ? ってのが誰かを探してるっぽいし、今度会ったら問答無用で戦闘開始だろうしな。余り情報を広めない様にするのが俺の仕事でね」
……という事は、闘ったであろう彼も怪我なりなんなりしているのか?
戦闘を避けたいと言う事は、強いと認めていると言う事だろう……。
「今度会ったら殺しかねない。一応言って置くが、敵対すれば表の世界からはみ出し者にされるぞ?」
前言撤回。彼女をかなり過小評価していた。
「幾らなんでも、そんな簡単に行くのカ?」
「甘く見るなよ。あの程度、どうにでもなるしどうとでもなる」
其処まで豪語するか。それほどの自信なのか、それとも一度戦闘したからなのか。
「ま、従者としている茶々丸が『計画』に必要なら、壊されない様に精々俺に辿りつかない為のプロテクトでもしておくんだな」
それだけ言うと、目の前から文字通り『消えた』。
ふぅ、と一息つく。
「……どう思うネ? ハカセ」
「さぁ、分かりませんが……少なくとも、今度から会話に気をつけましょう」
「そうだナ。計画は必ず成功させなければならないヨ。以後気をつけようカ」
失敗する訳には、いかない。