第十六話:ネギの来日
いつも通り、駅について電車から降りる。まだかなり余裕がある時間帯だ。
首に巻いたマフラーをつけ直し、駅から出る。この時期になって寒さは少し和らいだけど、まだまだ寒い、と思う。
二月に入り、後一カ月もすれば期末テストかーと憂鬱になった。最近は特に成績が悪い訳ではないのだけれど。
二学期の中間、期末では驚かれたわね。「あのバカレッドのアスナが好成績だと!?」って。
イラッと来たけど、まぁしょうがないと思う。今までの成績を思い出せばそういう評価になってもおかしくない。
今、私と木乃香はとある人物を待っている。
木乃香から聞いた話だと、学園長の知り合いの新任教師が来るらしい。学園長に頼まれ、その新任教師を迎えに来てる。
学園長の知り合いならきっとジジイだと思ったけど、潤也が「ナギ・スプリングフィールドの息子だぞ?」って言った時は驚いた。
どうして潤也が知ってるのかもだけど、ナギの息子が教師っていうので凄く驚いた。
馬鹿だったのに? 息子は馬鹿じゃないの?
十歳でメルディアナを卒業した天才らしい。馬鹿から生まれたのは天才だったのか、と何だか失礼な事を考える。本人は魔法学校中退だって公言してたからいいと思うけど。
アリカは確か頭良かったと思う。そっちの血が遺伝したのかな。
ネギ・スプリングフィールドっていうらしい。どう呼ぼうか。ネギ先生でいいかな。心の中ではネギでいいか。
「それにしても、遅くない?」
「う〜ん、もうすぐ来ると思うえ」
ならいいけど。赤髪で子供なんて、かなり目立つだろうから直ぐ分る筈だ。というか、普通教員って一般生徒より早く行く必要があるんじゃないの?
それに、ナギの子供って今思えば私達より年下の筈……。
「と、思ってる間に来たわね」
「あ、あの子?」
「だと思うけど」
ナギの息子だ、顔も髪の色も似てる。眼鏡を掛けてるけど。……何故あんな目立つ杖を背負っているんだろうか。
「あの〜、ネギ・スプリングフィールド先生ですか?」
木乃香が話しかけた。ナギの息子に敬語……何だかおかしな感じ。
彼も日本語はちゃんと話せるようで、いきなり話しかけた私達を見て驚きつつも、流暢な日本語で返答する。
「あ、そうですけど。何か?」
「ウチ、近衛木乃香言います。迎えに来たんです」
「神楽坂明日菜です」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「それじゃ、おじいちゃ……学園長の所へ案内します」
礼儀正しい。ナギとは本当に似ても似つかない性格だなぁ。
木乃香が先導して、麻帆良学園女子中等部にある学園長室へ向かう。校舎へ入ろうとすると、どこかからタカミチの声がした。
「お〜い、アスナ君!」
「あ、高畑先生。おはようございまーす」
手を振っているのが見えたので、挨拶しながら振り返す。その隣では、タカミチとネギが元気よく挨拶していた。子供の様なはしゃぎようだが、実年齢が十才くらいの筈なので、別段おかしくもなんともない。
「お久しぶりでーす!! ネギ君!」
「久しぶり、タカミチーっ!」
どうやら知り合いらしい。まぁよく出張に行ってるから知りあってても不思議じゃないわね。
そんな事を考えていると、タカミチが校舎から出て来た。
「今日からA組はネギ君が担任になる」
「この度、この学校で英語の教師をやる事になっています。よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀され、なんとなく私達もお辞儀で返す。
「でも、教育実習生ですよね。子供ですし」
「そうなるね。でもしずな先生もサポートにつくし、大丈夫だよ」
ハハハ、と笑いながら校舎の中へ入る。それに続いて私達も校舎内に入り、学園長室を目指す。一応学園長室自体は別の所にもあるらしいけど、学園長は結構ここにいる。
私や木乃香の監視、とかいう名目もあるんだろうか。面倒事は一纏めにするつもりなんだろう。
コンコン、とノックをし、中に入る。タカミチは職員室へ向かった。中にはいつも通り妖怪じみた頭をした学園長の姿があり、隣には源先生がいる。
ちゃんと挨拶し、本題へ入った。というか、私達までここに居る必要は無いんじゃ?
「……なるほど。修行の為に日本で学校の先生を……そりゃまた大変な課題をもろうたのー」
修行って言っていいの? 木乃香もいるけど。学園長は魔法をばらしたがってる節があるし、あり得なくは無いかも。
「まずは教育実習じゃ。今日から三月まで……ちなみに、ネギ君には彼女はおるかの? おらんのならウチの
「ややわー、おじいちゃん」
ガンッ、と金槌で頭を叩かれ、頭から血を流す学園長先生を見て、ネギは軽く顔が引きつってる。
いつもの事だし、慣れた。いつも言う学園長もどうかと思うけど。
最近、お見合いから逃げる為に私や潤也を呼び出す回数も多くなったし。潤也はナビゲートだけど。
何であんなに詳しく逃げられる場所とかルートとかが分かるんだろう。本人は「学園の監視カメラをハックした」って言ってたけど、無い場所もある筈なのに。
とか考えてると、いつの間にか話が終わってた。
「あ、そうそうもう一つ。アスナちゃん、木乃香、しばらくネギ君を君等の部屋に泊めてくれんかの?」
「え? 何でですか?」
「まだ住む所決まっとらんのじゃよ」
まだ住む所が決まって無い、ね。
「教育実習生が来るって、少なくとも数ヵ月前からは通達が来ている筈じゃないんですか? それで用意出来て無いって仕事が出来ないと思われますよ?」
「ふぉ!? 何故そんな事を?」
「いえ、かなり気になったので。それなのに『住む場所が無い』。これって実習生を送ってくる学校の方から文句が来ても言い返せませんよね?」
にっこり笑ってそう言う。ナギの息子だ。きっと何かある。性格的に。
魔力は多いし、聞いてみればまだ十才。暴発すれば何が起こるか分からない。
メルディアナをちゃんと卒業してるから、最低限の魔力コントロールとかは出来るんだろうけど。
「む、確かにそうじゃが、寮の方に空きが無くての……」
「へぇ、
潤也曰く、「学園長には正論出せば勝てる」らしい。だからちょっとやってみる。
ちなみに「タカミチと同じ部屋」と聞いてちょっと嬉しそうにしていた。さっきも仲良く話していたし。
「確かに高畑先生は適任だけどね。出張が多くて大変なのよ」
しずな先生が問いに答えた。
木乃香は魔力量が多くて狙われる。其処に「英雄の息子」を連れてくれば狙われる要素は増えるし、周りの人に被害が及ぶ可能性まで出てくる。
ソレならタカミチレベルの実力者の膝元に居た方がマシだと思う。学園長も強いらしいけど、よく知らないから分からない。
潤也が居れば大抵の敵は何とかなるだろうけど。千雨ちゃんに被害が出ない様に、麻帆良に入った瞬間潰されるだろう。
というか、千雨ちゃんの裸を見た。とか潤也の耳に入ったら十階建てのビルが音速で飛んできても驚かない。もしくは上半身と下半身がさようなら。
まぁ、そうなったらどの道ネギに生き延びる道は無いでしょうね。麻帆良に居る限り逃げられないだろう。
学園長たち含め、自業自得としかいいようが無い訳だし。
大体、木乃香には魔法関係の事は教えて無い筈だから、この子を一緒に生活させるとばれる可能性が上がる。バレさせたいのなら別なんだけど……。
……女子寮に住む事が、ネギにとっていわゆる『死亡フラグ』なのかも。
ナギには恩があるし、何とかしてみよう。
「……分かりました」
「ウチもええよ」
「ホッ……では、仲良くの」
そのまま学園長室を出て、私と木乃香は教室へ向かった。
●
いつも通り騒がしい教室に入り、超から肉まんを買う。食べつつもそのまま自分の机へと向かい、カバンを机に置いていつも通り準備をする。
その横には、メモ帳を用意して何かを聞いて回っている朝倉がいた。私にも何か聞こうとしているようだ。
「ねぇアスナ。新しい先生が来るって本当?」
「朝倉、アンタホントに情報速いわね。もう来てるわよ」
「え、マジ? 来るまで分からなかったなんて、新聞部の恥!」
知らないわよ。大体、教育実習でも来てすぐ授業は無いでしょ。普通数日前とかには入っておくべきだと思う。首席で卒業したらしいから常識は心配して無いけど……。
……いやでもナギの息子だし、常識外れでもおかしくないわね。
コンコン、とノックの音が聞こえた。
そのままドアを開け、春日と鳴滝姉妹がしかけた黒板消しが落ちる。
だけど、その黒板消しは一瞬空中に浮き、止まった。
……まさかとは思うけど、障壁で何でもかんでも防いでるとかじゃ無いわよね? と思ったら普通に落ちて頭が白くなり、他にしかけていたトラップに次々とかかる。
トラップにかかり、ようやく止まって誰が入って来たか分かったらしく、ほぼ全員叫んだ。
「えーーっ!? 子供!?」
一斉にネギに寄って行く。確かにビックリするわよね。
そして、そのまま自己紹介。
「今日からこの学校でまほ……英語を教えることになりました。ネギ・スプリングフィールドです。3学期の間だけですけど、よろしくお願いします。」
……今、確実に魔法っていいかけたわね。
本当、大丈夫かしら。
●
授業は何とか普通に終わり、放課後。
流石に授業中は何も無かった。何かあったら流石にフォローしきれないけど。
「アスナ、ちょっと買いだし付きあってんか」
「え? 買いだしって、何の?」
「ネギ君の歓迎会のやえ」
ああ、なるほど。歓迎会のお菓子やらジュースやらを買う訳ね。
「いいわよ。じゃ、早速行きましょ」
●
「全く、先に帰ってるなんて思わなかったわ」
手分けして買いだしに出て、木乃香は既に帰ったらしい。ちょっと離れてたし、まぁしょうがないかな?
ついでにネギを探してきてなんて言われたし。
「……ん?」
アレは、本屋ちゃん?
本を大量に積み上げて階段を下りている。アレじゃ落ちてもおかしくない。手伝ってあげるべきよね。と、思ったら、足を捻ったのか、体が傾いて横に落ちる。
ここからなら感卦法で何とか──と思ったら、ネギが杖を構えているのが目に入った。まさか、こんな人目のつく場所で魔法を……使ったわね、何の躊躇も無く。
確かに人命を優先はすべきだけど……もうちょっとやり方は無かったものかしら。
まぁ、今更言ってもしょうがないわね。私は見て無い、見て無いっと。人助けをしたんだから、ある程度は目を瞑ろう。
今来たふりをして教室へ連れて行かなくちゃね。
「ネギ先生、何してるんですか?」
「あ、神楽坂さん。宮崎さんが足を捻って階段から落ちたみたいで……って違う、捻ってこけたみたいなので、保健室へ連れて行くのを手伝ってもらえますか?」
あ、ここはまともな対応。階段から落ちたの一言はいらなかったけど。
「じゃあ背負って連れて行きますから、一応先生も来てください」
「分かりました」
●
保健室へ連れて行き、軽く処置して貰った後、本屋ちゃんは一足先に教室へ向かった。特に酷い訳でもなく、異常は無かったらしい。
一安心した後で、私はネギを連れて教室へ向かっていた。私の後ろでは、困惑した様子でネギがついて来ている。
「えっと……どうして教室へ行くんですか?」
「見てからのお楽しみ、という奴です」
横開きのドアを手早く開け、中から一斉にクラッカーが鳴る。ネギはその光景に唖然としている様だ。
「ようこそ、ネギ先生ーっ!!」
ほぼ全員の揃った教室で、歓迎会が始まった。
「遅かったやん、アスナ。何しとったん?」
「本屋ちゃんが足を捻ったらしくて、先生と保健室へおぶって行ってたのよ。大した事は無かったみたいだし、今はもう普通に歩いてるけどね」
コップにジュースを注ぎ、一口飲む。
「……しかし、いつにも増して元気がいいわね」
「ネギ君かわええからな〜」
かわいい、のかしら。よく分かんないけど。さっき本屋ちゃんが図書券渡してて、また騒いでたし。委員長は銅像とか。
相変わらずのショタコンよね。死んだ弟の影響もあるんでしょうけど。
「やぁネギ君。初日の授業お疲れ様だったね」
「あ、タカミチとしずな先生まで来てくださったんですか」
「僕は元担任だし、しずな先生は僕が出張に出ている間の3-A担任だったからね」
ネギの方はタカミチとしずな先生と話してる。こんな所で流石に魔法を使ったりはしないわよね。うん、きっと大丈夫。
その後、特に何も無く終わり、お開きとなった。
「じゃ、ネギ先生は私達の部屋に泊まるんですよね」
「ハイ、お邪魔させていただきます」
……本当、ナギの息子とは思えない礼儀正しさね。ナギは敬語なんてどこ吹く風だったし、礼儀なんて持ち合せて無かった。
「アスナ〜、ネギ先生〜はよ行こ」
「あ、待ってよ木乃香」
私が木乃香の元へと走り、その後に続いてネギが来る……これなら、きっと大丈夫よね。
「……は、は……」
アレ? 何だか魔力が渦巻いてるんだけど? な、何だか嫌な予感が──
「はっくしょい!!」
くしゃみと共に風邪が巻き起こる。
その風はスカートを上げ、魔力が籠って『武装解除』が付与されていた……あ、危ない。危うく『武装解除』される所だった。というか何でくしゃみで『武装解除』されるのよ。
『
コレが木乃香だったら素っ裸なわけだし、千雨ちゃんだったら
うわぁ……いや、でも……うわぁ。
絶対にくしゃみはさせちゃ駄目じゃ無い。見捨てる訳にもいかないし。
「す、すみません」
『きっと大丈夫』を撤回するレベルね。大丈夫じゃないわ。本当にメルディアナ首席で卒業?
前途多難ってこういう事を言うんだなぁって、本気で思った日だった。