第十八話:テスト勉強
いつも通り、エヴァンジェリンは茶々丸を連れて教室へ入る。
特に何も変化の無い日常。だが、苛立ちは募っていた。
去年の八月。自身を殴り飛ばした男。
やっている事を一蹴され、戦闘となってやられた。茶々丸は半分に断たれ、自身は背骨と顔面の骨折と言う重傷を負った。
情報は掴めず、足取りが分からない。
見た目は学生だと思っていたが、実際には違うのか。それとも、検索しても分からない様な仕掛けがしてあるのか。ガイノイドである従者の茶々丸から情報を聞くも、思い出した特徴に一致する生徒は数名いたものの、容姿は全く違う者だった。
容姿だけならば、強いて言うなら同じクラスの長谷川や神楽坂に似ているな、位にしか思っていない。
いつも通り騒がしいクラスメイトを一瞥して、いつも通り席に座り、いつも通り文庫本を取り出して読み始める。
奴を見つけるにはどうすればいいのか、それは分からない。もしかすると、もう麻帆良にはいないのかもしれない。ならば、予定通りあの少年を襲うだけだ。
十五年も封印されている。約束の時は過ぎている。そして、肝心の呪いを掛けた男は死亡したという噂が流れている。
ならば、親のツケは子供に払ってもらうしかあるまい。
担任であり、獲物であり、恋した男の息子。
暫くしてから、少年──ネギ・スプリングフィールドが来た。
●
授業が終わり、夕刻。
帰りのHRの時間となり、担任のネギは勉強会をすると言い始めた。
「テストも近いので勉強しましょう! その……うちのクラスが最下位脱出できないと大変なことになるので!」
何がだ、と複数名思った事は置いておくとして、勉強すること自体は悪い事では無い。
唯でさえ万年最下位というレッテルを貼られているのだ。中にはそれを無くしたいと思う者もいて。
千雨も「まともな事を考えていたんだな……」と、教師の考えに対して少しばかり評価を上方修正する。
が、次の言葉で覆された。
「提案提案! お題は『英単語野球拳』がいいと思いまーすっ!!」
「……じゃあ、それで行きましょう」
一瞬考えたそぶりを見せた後、そう発した言葉に頭を抱えたのが二人。そのほかの者は大抵騒いでいる。
千雨とアスナだ。
千雨は当然ながら十才の教師に対しての評価はもうこれ以上下がり様が無く、最早マイナスの域にまで達しかけている為、怒りを通り越して呆れしか出てこなかった。
アスナは実際親類で、何とか普通に過ごさせたいと思っていたが、最近「無理なんじゃないか?」と思い始めている。
部屋ではロープでソファに縛り付けておかねばいつの間にか自身の布団に潜り込んでるし、常識を知らないにも程がある。いや、英単語野球拳を十才で知っているのもどうかとは思うのだが。
それはともかく、担任の許可を得て騒ぎ出したクラスメイトを横目に、アスナは溜息をついてぽつりと呟く。
「……そう言えば、昨日潤也がまた勉強会開いてくれるって言ってたわね」
「あ、本当? 潤也君に教えて貰うと分かりやすいよね」
呟きに反応したのは近くにいた朝倉。
「そうですわね、超さんに匹敵するか、それ以上の頭脳持ってると聞きますし」
その話を聞いていた雪広もまた、反応を示す。
実際、二人ともテストで満点と言うふざけた点数を叩きだしている訳で。
もう驚嘆する事も無く、むしろ満点じゃなかったら体調でも悪いのか? と心配されるほどである。
バカレンジャーと呼ばれる集団が英単語野球拳で脱がされる状況を見ながら、アスナは思った。
(……これ、バレたら普通にクビよね。千雨ちゃんは参加して無いからいいけど)
正直、危険度は龍宮などの関係者ほぼ全員がハッキリわかっている為、無理矢理参加させようとはしない。そもそも関係者はほとんどが下らないと一蹴して参加していないのだが。
新田にバレたら不味いだろう。という考えを持った生徒は、このクラスでは少なくとも片手の指で足りる程度しかいなかった。
潤也にバレると物理的に飛ぶというのは彼を知っている者の常識だ。
「……大丈夫じゃ無いな。これは」
「お疲れだね、千雨ちゃん」
「私はお前があの先生と一緒にいて疲れない事がおかしいと思う」
「潤也に愚痴聞いて貰ったりしてるし、大丈夫だよ」
少しばかり教室の空気が冷えた気がしたが、恐らく錯覚だろう。と近くにいた龍宮は思った。
「……そうか、潤也も暇なんだな」
「護と部屋で駄弁ってたって言ってたよ」
「ふうん……私はちょっと用事があるから会うのは勉強会の時か。どうしたらこの気持ちは抑えられるのかね」
英単語野球拳で脱がされたバカレンジャー集団。そしてソレを囃(はや)し立てる周り。後、止めようとしている担任(ネギ)。
その光景にイラつきは正直溢れる寸前まで来ており。
「笑えばいいと思うよ」
「そのセリフ万能だと思ったら大間違いだからな」
今度会ったら盛大に愚痴を聞かせてやろう。と心に誓う千雨であった。
●
「えっと……どなたですか?」
「千雨ちゃんのお兄さん。すごく頭いいんだよ」
何とかネギが英単語野球拳を止めさせた後(始めさせたのも彼なのだが)、疑問を零す。取りあえず、頭を良くする魔法は『偶然にも』失敗した。アスナの気付かれない妨害によって。
疑問に答えるのはパパラッチ朝倉。大抵の情報ならば、彼女に聞いた方が速い。
「長谷川さんの、ですか?」
「そ、このクラスの人は大抵潤也君の事知ってるよ。頭いいし、ルックスいいし、シスコンだし」
最後のに関してはネギは何か言いたそうにしていたが、取りあえず先に聞くべき事を聞く。
「それで、その潤也さんに勉強を教えて貰っているんですか?」
「まー、大抵はね。テスト期間になるとバカレンジャー含む何人かで図書館島行って勉強するのよ」
ちなみに、アスナがバカレンジャーを脱退したのも彼が原因ではないか、と考える者までいる。いや、まぁ当然と言えば当然だとは思うのだが。
そのほかのバカレンジャーに関しては、勉強中も他の事に目が行って集中出来ない為、成績が上がらないのだろう。という見解である。
基本的に勉強継続していく物の為、効率が上がる方法は有れど、流石に其処まで簡単に成績が上がる筈も無く。
……まぁ、本当に頭に何か知識を詰め込みたいのなら『
記憶は弄れば良いだけの話であるし。
というか、其処までやる義理なんて全く存在しない為、やらない。と言うのが現状だ。
「教え方は凄く上手で分かりやすいし、全員やる気出せば最下位脱出位は出来るんじゃないかな?」
気楽にそう言う為、今度会わせて貰おうと決心したネギであった。
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「マスター、勉強会があるようですが、どうしますか?」
「行く訳が無いだろう。態々勉強しに行くなど面倒だ。それに、あのおかしな呪いの所為で毎日勉強させられているからな」
茶々丸の質問に少しイラつき気味に答える。
変質した呪いの所為で『一日三時間の自宅学習』という呪いが追加され、しぶしぶやっているのだ。これ以上は勉強などしたくも無い。と言ったところだろう。
おかげで成績の順位は上がっているのだが、卒業できない彼女からすればそんな事はどうでも良く。
今年はネギが居る為、呪いを解いて卒業できる可能性もあるが、態々卒業まで待つ意味も無い。
今の平穏な日々は気に入っているが、卒業云々は学園長に処理させればよい事でもある。
「長谷川さんのお兄さんと言う事ですが、赤髪で長身なら、マスターの言っていた方の可能性もあるのでは?」
「……そうだな。見た目は近いかも知れん。会ってみるのも一興か」
実際には学校に所属しているならば、学校のデータベースに無いなんて事はありえない筈なのだ。
だが、それを考えた上での発言。当たりだとは思っていない。
超能力者を見分ける方法など知らない。だが、半年以上呪い続けてきたのだ。その姿は未だに脳裏に焼き付いて離れない。
故に、見ればわかる。
実力は相当。最盛期の自身も敵うかは分からないほどに、ふざけた力を持っていた。
魔法の軌道を捻じ曲げる。そういう類の能力を使うのだろうか。だが、足でコンクリートを砕き、その上背中に竜巻の様なものをつけて、砕かれたコンクリートの中を無傷で突っ切って来た。
何か秘密がある。
魔法使いの障壁の様なものを常に張っているのか。またはそう言う能力が使えるのか。どの道、超能力者に関しては情報が異常に少ない。
機械に関しては最も使える茶々丸でさえ、超能力者、それに関係する『SMG』についての情報は殆ど得られなかった。
「……超能力者、か」
ポツリと呟く。
一つだけ分かった事がある。
コレは超能力者と戦った者達の間で噂になっていることらしい。実際に生き残った者は旧世界中では両手の指で足りる程度しかいないとか。
その者達が、関わりたくないと思いつつもネットに流した情報。
『超能力者は、魔法を使えない』
使わないのではなく、使えない。
その根拠たる所以は分からないが、実際に戦った今は思う。魔力の高まりどころか魔力を精製する事さえしている様には思えなかった。
だが、気は使えるらしい。神鳴流などの技を使える訳では無い様だが。
更に、どんな能力を使っていたのかもバラバラ。同じ見た目の人間が違う能力を使っていると言う者もいる。
ネットに溢れる情報。どれが真実なのか、虚偽なのか。
科学に疎い少女に、真実など分かりはしない。
●
窓の無いビル内部。
照明の無いその部屋で、一人の少年が椅子に座っていた。少年の目の前にモニターがいくつも現れ、移り変わる。
座っている椅子から脳の電気信号を読み取り、いくつものモニターを見て、操作命令を飛ばす。操作に手など必要無い。
思考をすれば、機械が読み取って暗証番号や周波数を入力される。
(ふん、学園長達も考えなし、と言う訳では無かったようだな。下らない考えのようだが)
部屋の中央、見た目は特に何の変哲も無い椅子に座り、目の前に現れるモニターを確認して音声を拾いながら鑑賞する。
其処に映っているの近衛近右衛門、タカミチ・T・高畑。
『……なるほど、『魔法の本』で図書館島地下へ誘導するのですか』
『うむ、わしのゴーレムで見張りをする故、心配はいらんよ』
『そうですか……それと、エヴァの事ですが』
『分かっておる、エヴァを倒した者は全力で探しておるが、見つからん』
『やはり、彼女に手伝って貰った方が良いのでしょうが……』
『エヴァの事じゃ、無理じゃろうな』
その言葉にタカミチは苦笑する。
『ですが、桜通りの件は?』
『一般生徒も襲われているようじゃが、殺される事もあるまい。毎回見つからん様にわしも監視しておるしの』
『ならば良いのですが……ネギ君に試練を与えるにしても、エヴァは少し実力が違い過ぎるのでは?』
『だからこそじゃ。実力が伯仲しておると手加減も難しい。エヴァ程の魔法使いだからこそできるのじゃ』
『そうですか……アスナ君も、最近は少し大人しくなったようですし。仲良くなれたのでしょうか?』
『そうじゃの、やんちゃだった頃が懐かしいわい』
フォッフォッフォ、と笑う学園長を前に、タカミチは少し考え込むような顔をする。
『どうした、タカミチ君?』
『いえ……何でも無いです』
何かを言いかけた後、それを取り消す。
何かあると言っている様なものだが、学園長はあえて追求をしなかった。
気持ちとしては、昔に戻った様な感覚がした。と言ったところであろう。記憶が戻っている事を知らないから、唯の勘違いで済ませたようだが。
『ネギ君には丁度よい試練になるじゃろう。一般の生徒の安全はわしが保証する。大丈夫じゃ』
『一応僕も時間があるときは監視をしたいですが……次に動くのは、恐らく来月でしょう?』
『そうじゃな。満月の周期を考えればその位かのう』
『他の魔法先生には問題ないと通達してあるんですよね?』
『もちろんじゃ。ネギ君の為じゃからのう』
チッ、と潤也は舌打ちをする。
(ネギの為、ね。その為には一般人が多少襲われた位はどうって事無いってか?)
イラつき気味にそう思考する。
英雄の子供。それがどれほどのネームバリューを持っているかなど、想像に難くは無い。
それは木乃香にも言える事だが、本人が魔法関係を知らない事、親が旧世界の魔法組織の長と言う事もあり、MM元老院の接触は難しい。
まぁ、麻帆良にいればいつでも接触は可能なのだが。刹那は常に近くにいると言う訳では無いのだから。それ以前に不審者が麻帆良にいた場合、百%の確率で潤也に何かしらのアクションを起こさせる。
『疑わしきは罰しろ』というスタンスである為、怪しいなら取りあえず機動力奪っとこうぜ。という感じである。狂犬の様な考え方ではあるが。
もちろん一日に出入りする人間すべてを見ている訳ではないし、誰でも怪しんでアクションを起こしている訳ではない。
魔力・気を『
超能力の中には『情報をダイレクトに制御する能力』もあるのだ。情報戦では負ける気がしない。
黒の場合はもちろん潰し、白でも監視はつけたまま。それでも全く関係の無い一般人相手に何かするという事は無い。
(……現状では何かしら被害を受けてはいないが、このまま続けさせると面倒かもしれないな)
この件を解決する方法は二つ。
エヴァンジェリン自身を潰すか、エヴァンジェリンの目的を潰すか。
前者は言うまでも無く、『
自分の手で殺す事はあまりしたくは無いし、まだした事は無い。衛星の光学兵器で戦艦を沈めた事はあるのだが。そして、潤也は条件次第では人肉を引き裂く事も躊躇わない。
後者は簡単。呪いを消すと言う事。
目的が無くなれば、吸血をする意味が無くなる。だが一度プライドを叩き潰している為、呪いを解いて襲い掛かってこないとは限らない。その為、この案は恐らく使われない。
(……面倒だな。もうすぐ期末テストで勉強を見る必要もあるし)
そして、別のモニターが現れる。
表示されているのは火器銃器の類。そして、設計して製作段階の『機械人形』。
戦力で言うなら、本気を出せば麻帆良は二時間もあれば制圧出来るだけのものがある。
よっぽど碌でもない事をしない限りはそんな事はしないが、準備だけは進めておこうと思考する。
碌でもならない事にならなきゃいいが。と呟く潤也だった。