第十九話:期末テスト
女子寮の大浴場。大浴場と言うだけあって巨大なその場所で各々体を洗い、ゆっくりと湯に浸かっている。
お湯に浸かってくつろいでいたアスナの前に、数人の人物が現れた。
「アスナー、大変や!」
「ん? どうしたの、木乃香?」
現れたのは木乃香、早乙女、宮崎、綾瀬の図書館島組。何やら慌てたようにして近づいてくる。
「実は噂なんやけど……次の期末で最下位を取ったクラスは解散なんやて」
ええ〜〜!! と驚くバカレンジャー達。
(……クラスが解散って、一体どうやったらそんな事に?)
一人冷静に考え込むアスナ。絶対裏があると考える。ネギの事もある為、疑心は大きい。
「で、でもそんな無茶な事……」
「そ、そうだよ、ウチの学校クラス替え無しの筈だよ」
「桜子達が口止めされてるらしくて詳しい事はよく知らへんのやけど、なんかおじ……学園長が本気で怒っとるって。ウチらいつも最下位やから」
「その上、特に悪かった人は留年!! どころか小学生からやり直しとか……」
え……と固まるバカレンジャー達。
(だから小学生からやり直しとかあり得ないって……)
やはり一人頭を抱えるアスナ。小さくため息をついた後、近くにいた千雨の所に行き、湯につかる。
頭を湯船の隅に付けて全身を伸ばす。
「……どう思う?」
「ねーだろ、流石に。義務教育っつーのがあるんだし、流石に小学生からやり直しってのはな」
「だよねー」
けらけらと笑いながら千雨に同意する。
「アスナさん。元バカレンジャーのあなたにも手伝って欲しいですが」
「何を?」
近づいて来た綾瀬に、単純に疑問をぶつける。というか、いきなり手伝って欲しいと言われたら誰でもそうなるとは思うが。
「『魔法の本』を手に入れたいのです」
「『魔法の本』? 何それ」
「『魔法の本』とは、我が図書館島探検部の活動の場である図書館島の深部にあると言われる本です。なんでも、読めば頭が良くなるとか。まぁ大抵出来のいい参考書の類だとは思いますが、それでも手に入れられれば強力な武器になります」
『魔法』という単語の付いている時点で既に関わる気が失せているアスナ。
「……そんな物探している暇があったら勉強した方がよく無い? 参考書手に入れても勉強できなきゃ元の木阿弥でしょ?」
「私は出来るだけ楽をしたいのですが」
「じゃあ私に出来るアドバイスは無いわよ」
早い話、今日はさっさと寝て明日潤也にキッチリ教えて貰った方が時間も有効利用できる。
それさえしたくないと言うのならもう出来るアドバイスは無く。『勝手に行って勝手に探せ』という状態だ。
「ゆえってば、アレって唯の都市伝説だし」
「ウチのクラスも変な人多いけど流石に魔法なんてこの世に存在しないよね」
「アスナはそう言うの信じらへんのやったな」
「まぁね。あっても私は頼らないわよ」
笑いあうクラスメイト。アスナは少し顔を俯かせる。
話に夢中になって気付いた者は其処にはいなかったが、実際関わって来たアスナにとってはもう関わりを持ちたくも無い事だった。
自身が国の兵器として百年間程度使われて来た事。道具の様な扱いを受けた事。
ハッキリ言って、思い出すだけでも気分が悪くなる程だ。
当時は感情が無いといってもいいほどだったが、今は違う。感情はちゃんとあるし、嫌な事は嫌だと言える。
何より、潤也が受け入れてくれた事が大きい。
拒絶されていればまた感情が薄くなっていたかもしれないが、ちゃんと受け入れて認めてくれた。それだけで『自分』を保てる。
そう考えると、ちょっとだけ頬が緩む。だが、この場にはそれを敏感に感じ取る者がいた。
「ハッ、コレはラブ臭!? 一体誰から!?」
ザバァ! と勢いよく立ち上がってキョロキョロし出す早乙女。周りの者はいきなりの事で驚いている。
「どうしたですか、パル? 他の人に迷惑ですよ」
「あ、ゴメン。なんか急にラブ臭がね……結構近くだったと思うんだけど」
湯につかりなおし、頭を傾げる。
(……相変わらず勘が良いわね……)
ばれても問題は無いけど、一応気をつけておこう。と思うアスナ。
「やっぱさ、こういうのは潤也君に聞いた方が速いんじゃないかな? いろいろ知ってるし、噂の事も知ってるでしょ。どう? 千雨ちゃん」
「知ってるのは知ってるだろうけど、実際にあるかどうかは別問題だろ」
「手伝って貰えたらラッキーですね」
「明日の勉強会の時に聞けばいいんじゃない?」
「それもそうだよね。丁度よく勉強教えてくれるって言ってるんだし」
けらけらと笑いながら湯船から上がる。
●
図書館島。
その蔵書量は半端では無く、地上部だけでもものすごい量の本があると言うのに、地下には更に大量の本があると言う。
ぶっちゃけ地下のは魔法関係の禁書だったりなのだが。
それはともかく、一足先に来てだらけている人物が一人。潤也である。
午前中は当然ながら学校にいた為、昼食を取って早々と来ている。興味のある本は大抵読み終わっているので、新しい本を探すかなーと思っている状態だ。
その時、まだ勉強会まで時間があるが、誰か来たらしく、足音が聞こえる。
場所は図書館島の一角でちょっと広めのスペースがある場所だ。木乃香達に教えて貰った場所で、机や黒板などもある。
現れたのは二人。エヴァンジェリンと茶々丸。目があった瞬間に驚きの表情を浮かべ、殺気をぶつけた。
潤也からすれば、勉強会にこの二人が来た事の驚き。エヴァンジェリンと茶々丸からすれば、目的の人物が今目の前にいると言う驚き。
故に、目があった瞬間に殺気をぶつけ合う。
「よぉ吸血鬼。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「おかげ様でな。貴様こそ随分と元気そうじゃないか」
互いに笑いながら距離を詰める。
一歩間違えれば殺し合いに発展しかねない状況。間には茶々丸が入る。
「……どうした、茶々丸」
少しイラつき気味に、静かに問う。
「マスター、ここで戦うのは賢明とは言えません。場所もそうですが、昼間ともなれば人も多いですし、目撃されると隠蔽が面倒です」
「へぇ、中々良く考えてる。出来た従者がいて良かったな」
片手で口元を押さえながら言う。
ヒュン、と風を切る音が聞こえた。
「頭に乗るなよ、超能力者」
「舐めてンじゃねェぞ、吸血鬼」
エヴァンジェリンの首には窒素によって形作られた不可視の槍、『
潤也の首には魔力によって操作される複数の糸が巻きついている。
数秒睨み合い、このままだと時間の無駄だと判断して、二人とも殺気を霧散させる。
「チッ……長谷川潤也、だったか」
「何だ。エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル?」
「貴様は私が殺す。必ずだ」
それだけ言い放ち、その場所から出て行く。
茶々丸はその後に続き、一度潤也を見た後、出て行った。
(……超と葉加瀬はキッチリとプログラムでも組んでたのかね。しかし、あそこまで簡単に引き下がるとは思わなかった)
実際には力を取り戻していない、更に満月でも無いこの状況で戦っても前回の二の舞だと分かっているからこその判断だ。
一度やられている以上、慢心も油断も出来ない。
まぁ、こんな一般人ばかりの場所で戦ってもどちらにも利は無いのだ。当然の判断でもある。
●
その後、本を探すのも面倒になって麻帆良のAIMを観測、計測をして暇をつぶしている潤也。AIM使って確か何かが出来た気がするんだよな。と思いながらも全く思い出せない。
そのまま時間が過ぎ、メンバーが集まった。
「……マクダウェルと絡繰以外全員参加かよ」
「今回はみんなやる気みたい」
何故? と疑問を浮かべ、学園長達の話を思い出して納得する。
(一部は小学校からやり直しだと思ってて、一部はネギの為か)
まぁやる気があるのは言い事だ。と呟いて黒板を用意し、勉強会を始める。
「えっと、よろしくお願いします」
そう言いつつお辞儀しているのはネギ。勉強を教えていると言う事でついて来たらしい。
「ああ、千雨達のクラスの教育実習生の。こちらこそよろしく」
握手して席に座る。一応先生なので敬語である。
他のメンバー……特にバカレンジャーと呼ばれる者達は既に勉強の準備を始めている。
「じゃ、今回の目標は?」
「取りあえず学年最下位からの脱出でいいんじゃないか?」
「うん、いいと思うよ」
「じゃ、学年最下位からの脱出でいいか?」
「ま、待ってください!」
急に口をはさむネギ。何だと言いたげにそちらをみる。
「どうせ狙うなら一番を目指しましょうよ!」
その言葉にみんな驚く。
常に学年最下位の3-Aが学年トップ。それは傍から見れば無理ゲーである。だが、それをやろうと言い出すネギ。無謀な挑戦でも、一位を目指したいらしい。
ざわつくメンバー。流石に無理がある。とか、いやでももしかしたら。とかの声が聞こえる。
「……ハァ。で、結局どうすんだ?」
クラスの委員長である雪広に聞く。
「……そうですわね。折角ですし、一位を目指しても損は無いでしょう」
どうにも全員やる気になったらしい。あまり乗り気では無い者も数名見受けられるが。
「なら、手伝ってやろうかね」
超、葉加瀬、雪広の全教科のノートを全部読み、一学期と二学期の中間期末のテスト問題をみて、考える。
テスト範囲と性格等から教師の出す問題を予測し、一学期と二学期の中間期末のテストでその問題の出し方があってるかを確認。
全てを把握したうえで、黒板にテストに出るであろう要点だけを書き出す。
所要時間、およそ一時間である。
ほぼ全員がポカンと口を開けて驚き、呆けている。
「コレが俺の予想だ。超とかなら分かるだろ。性格と範囲から出る場所を絞った。少なくとも六十点は堅い」
「うむ、確かにコレは当たってると思うヨ」
超の一言もあり、全員が一斉にそれを写し出す。ちなみに黒板は三つほど使っている程の量だ。
「あー、疲れた」
椅子に座り、買って来たコーヒーを飲む。
「す、すごいですね。テスト問題の予想を立てるなんて」
「いや、そう難しい事でも無いですがね」
でも糖分が欲しい。と切実に思う潤也。後でパフェでも食べに行こうと決める。
そもそも中学生の内容は其処まで難しいものではなく、しっかり勉強していれば点数は取れる物である。
その中でも特に出るであろう場所を予測するのはそう難しくは無い。
(……というか、学園長も随分と頭の悪い課題を出したもんだ)
中学生では教科ごとに担当の先生がつき、成績はその担当の先生の腕次第、と言うのが通常だ。生徒側の勉強量にもよるが。
担任の先生が全教科の教員免許を持ってるならまだしも、ネギはどれ一つとして持っていない。
学はあってもそれを教えるのに特別長けていると言う訳でもなく、実際別の先生がやれと言われれば当然辞退する。
(まぁ、勝手に出て行ってくれるならそっちがいい気もするが)
これまでのネギの行動を考えれば、もう一遍魔法学校やりなおして来いと言われてもおかしく無いだろ。と思考するが、もみ消されるんだろうなー。と思う。
その後、教師のネギとクラスでも点数の高い超と葉加瀬、雪広と共に勉強を教え続け、休憩時間。
「『魔法の本』?」
「そ、潤也君なら何か知ってるんじゃないかと思って」
早乙女が勉強が終わるなりそんな事を言いだし、考える。
「ああ、アレか」
「知ってるの? 本物? 偽物?」
「パチモンだろ。魔法なんてねーだろうし」
だよねー。と笑いつつ席に座る。
真実を教える気なんて皆無だし、そもそも学園長の掌の上っていう事が気に喰わない。と言うのが潤也の考えである。
正直関わりたくも無いが、余計な事をしだすなら叩き潰す。または経済的に制裁を与えてもいい。
学園長を失脚させるだけの物は既に揃っている訳で。というか、それが簡単に集まる時点で今の学園長はどうかと思うが。
時計を見て、時間を確認。
「よし、じゃあ勉強を再開だ」
既に休憩時間を過ぎており、真面目な者は既に始めている。
とはいえ、基本的な部分はほぼ復習し終えているし、テストの予想部分の応用でもやってればいいのだが。
予想部分が当たっているか怪しいと思うだろうが、超の一言もあってその疑惑も薄れ、一心不乱に勉強している。バカレンジャーには三十分おきに頭がショートしかけている者もいるようだが。
「潤也、ここ教えて」
アスナは分からない所は積極的に潤也に聞く。近くに超達がいるのにもかかわらずだ。
朝倉や早乙女もしっかり集中して勉強している為、アスナの意図に気付く者はおらず。密着しながらニコニコして勉強している。その後、呼ばれては教えつつ勉強を進めた。
日曜日も同じようにして勉強をして、期末テスト当日を迎えた。
●
「で、結局どうだった訳?」
「ホントに一位を取った」
スゲー、と感心する俺。
良く取れたよね。一位。平均点高くなるのは分かってたが。
「ホントに取ったんだ。最下位から出るのは分かってたが」
「そういや、ああいう事が出来るならもっと早い段階でして欲しかったって言ってたぞ。全員」
「ヤダよ、面倒臭い。頭使うんだ、アレ」
喫茶店の一角。パフェを食べながらそう話す。やるのは簡単だが、面倒臭い。唯それだけ。他には特に理由は無い。
「千雨も今回は結構点数良かったんだろ」
「まぁ、な。いつもより高かった」
千雨はケーキを食べながら話す。
カロリーは高く無い。腰回りとか気にしてんのかな。
「それより私はあの子供が担任になった事がおかしいと思う」
「労働基準法違反だしな。普通に考えて」
「だろ? 絶対おかしい」
イライラしながら話す千雨を宥めながらパフェを食べる。甘い。
「今はみんなパーティーやってんだろ? 行かなくて良かったのか?」
「いいんだよ。木乃香とか神楽坂とか誘ってくれたけど、それより早く、というか終了式終わってすぐメール見て来たからな」
「そりゃ終わった直後にメールしたし」
二年が終わったから俺奢りで甘いものを食べようと言う訳でここに来ている。
正直最近は千雨と二人で話す機会が無かったし。千雨分が足りて無かった。補給、補給。
「よくアスナ達に捕まらなかったな」
「あいつ等の行動パターンは把握済みだ。抜け出すのは難しく無い」
「流石。頭の回転が速いね」
ケタケタと笑う。まぁ結構簡単だしなぁ。
俺の所にもメールは来たけど、千雨に頼まれてスルーしておいたし。
「春休みか。どう過ごそうかね」
「どっか遊び行くか? 旅行でも可」
「中学生二人でか?」
「誤魔化す位どうにでも出来るさ」
海外なら偽装パスポートはもちろん、飛行機ならファーストクラス、ホテルならスイート。最高級を揃えるだろう。
いや、別に偽装である必要は無いんだが。中学生でもちゃんとパスポートは発行してくれるし。
もちろん、金はどこから出るんだよ。という当然の疑問は出る訳だが。
そんな問題は『馬券』とか『競輪』とかで解決する訳で、いや、中学生がそう言うのやっていいかっていうと駄目なんだけどね。
実際には『SMG』の資金を使ってる訳だし。金なら腐るほどある。使うときは使わないとなぁ。とは思う。
「温泉でも行く?」
「何でだよ……どうせなら行った事の無い場所とか行ってみたいな」
「北海道とか九州とか?」
「何でそんな端っこばっかりだよ。四国とか東北とかでもいいだろ。何なら海外でもいいけど……いや、流石に中学生二人で海外は無いか」
俺としては別にどこでもいいんだけど。
海外か、治安が良くて観光に向いている場所をリストアップしてみるかな。
国内でもいいけど、どこに行こうか。
それにしても、春休みは本当にどうやって過ごそう。