第二十話:温泉旅行
窓の無いビル、内部。
手に持った棒付き飴を舐めながら、マイクロマニピュレータをつけた腕を動かす。
マイクロマニピュレータとは、金属製の精密作業用グローブだ。
人工筋肉とモーターで1μm単位での精密動作が可能という物で、使い方次第では病気の手術などにも使える優れ物である。
ちなみに何をやっているかと言えば、二か月ほど前から製作していた機械人形の仕上げだ。
設計段階で既に八重にドン引きされ、一人で製作し始めて二カ月。
漸く完成した。
名前どうしようか、適当でいいかな。……面倒だから後回しでいいや。
ボディにはロンズデーライト、所謂ダイヤモンドより堅い物質を用いている。
生成には隕石衝突級の熱と圧力が必要となるが、『一方通行』の能力で反動をゼロに抑えた全力の『
他にも複数の能力を同時に使う事が必要だったけどな。流石に『原子崩し』だけで隕石衝突級の熱と圧力は出無い。近い出力は出るけど。
例えば、『一方通行』の能力で熱と圧力を逃がさない様にしたりとか。
ベクトル操作が出来るっていう事は、音や熱みたいな全方位に分散される現象に指向性を持たせられるっていう事でもある。
熱が勝手に逃げて温度が低くなったり、音が漏れて聞かれたくない事が聞かれてたりする事が無い。
それを利用して、熱と圧力を逃がさずに利用する事が可能って訳だ。圧力・熱の計算とか場所を用意するのが面倒ではあったが。
その他、『Equ.DarkMatter』にも使われている『未元物質』の力を使って製造された新物質を表面にコーティングして使える様にしたり、腕にもいろいろ仕込んだりしている。
なお、コーティングしてある為に金槌で叩いても大丈夫。
ハイパーダイヤモンド(ロンズデーライトより堅い物質)でも良かったんだが、機械を使っての
作ってから八重がドン引きした訳が分かったよ。すげぇ、コレ。
確かに設計段階から相当な戦力になるのは分かってたが、実際作ってみると本当に引く。
エネルギーは日本中に蔓延しているAIM拡散力場からエネルギーを供給されると言う物。日本中に能力者がいるからこそ出来る。別の方法もいくつか用意してはいるけど。
AIM自体は微弱な力だが、蔓延して、収束して、エネルギーへと変換させるならば相当なモノだ。
風斬は天使にまでなったしなぁ。と思いつつ起動。
取りあえず性格は凄かったとだけ言っておく。
●
春休み二日目。本格的に始まってから一日目は人形作ってたからな。
侵入者がいても魔法先生に頑張って貰おう。いつもは大して働いて無いんだし。何か本格的にヤバい事があったら八重が何とかするだろ。一応こういうときの為の保険は用意している訳だし。
仕事は速いからな、アイツ。年上にアイツっていうのもどうかと俺は思ったりしてた時期があった。今はもう無いが。
「準備は出来たか?」
「出来た。温泉だろ。何処に行くんだ?」
現在旅行鞄を持ち、千雨と二人で駅に居る。
チケットも既に購入しており、後は時間が来て急行に乗りこむだけだ。
「まずは群馬だな。川中温泉ってところ」
「群馬か。何で群馬なんだ? 有名な所は別にもあるだろ?」
「そりゃ、三大美人の湯につかって千雨にもっと可愛くなって欲し……痛いって叩くな」
顔を赤くして無言で叩かれた。恥ずかしがるなよ。
「その後は和歌山の龍神温泉、最後に島根の湯の川温泉だ。ゆっくり回るつもりだし、着替えとかはちゃんと持って来たよな」
「まぁ、長くなるって言ってたからな。一週間分は用意して来たけど」
だからそんなにあるのか。『王の財宝』に入れたいです。持つのが面倒。重く無いけど。
駅で急行に乗り、ガタンゴトンと揺られながら群馬に到着。
道中駅弁を食べたり、取りとめのない事を話したり、千雨に近づくナンパを追い払ったりと対して面白い事は無く。
急行から降り、駅のホームで地図を確認してタクシーに乗る。
周りは森と川で自然にあふれ、都心と言ってもいい麻帆良にいた俺達からすれば風情があっていい場所だ。キッチリと予約しておいたため、中学生二人と言う事で怪訝な顔をされたものの、ちゃんと通してくれた。
ロビーを通って和室の部屋へ案内され、寛ぐ。
「いい場所だな」
「そうだな、麻帆良にいると縁がないからな」
完全に縁が無いって訳じゃないが。森とかはある訳だし。それでも、こういう絵になる様な場所は無いんだよな。
「折角だし、ちょっと歩かないか?」
「そうだな、まだ昼だし。辺りを見て回るっていうのもいいんじゃ無いか?」
携帯のGPSで位置を確認し、地図を使って近場の周辺の観光スポットを探す。
タクシーを拾い、三十分ほどかけて
川底で石が何万年もの間、急流にもまれるうちに岩盤を削ってできた穴のことで、四万川には大小8つある。
最大は直径、深さとも約3m。国道から近くまで下りられ、間近で見られるとの事なので降りてみた。水は透き通るような青色で、周りにはごつごつした岩が大量にある。
「すげー……」
千雨は驚きながらも写真に収めている。
結構広い様で、見て回るだけでも一苦労と言う場所。でも来る価値はあったと思う。
ある程度見て回り、日も暮れ始めた所でバスを使って旅館へ帰る。時間的にもいいので、目的の温泉に入る事にした。
千雨は結構楽しみにしているようだ。温泉なんて入る機会殆ど無かったもんな。
もちろん混浴……は、無かったので普通に入る。別に悔しくなんか無いやい!
まぁ冗談は置いとくとして、感想。凄い。露天風呂にゆっくりつかる。疲れが取れるね。千雨がより綺麗になってるといいな。
風呂に入った後は卓球でもやるかと思ったが、千雨は風呂に入った後で汗をかくのは嫌らしい。拒否られた。
コーヒー牛乳を二人で飲み、夕食。すごく、豪勢でした。
その後、携帯ゲームで時間を潰しつつ夜。
「久方ぶりの温泉だったな」
「最後に行ったのは小学校の時だっけか。懐かしい」
「まさか二人で来るとは思って無かったけどな」
そう言ってシニカルに笑う千雨。浴衣っていいよね。眼鏡もせずに髪をおろして浴衣。すごく可愛い。
「一応言っておくがまだあるからな。後二か所回るんだぞ」
「そっか、そうだったな。楽しみにしとくよ」
そして、寝る時間。
当然ながら一つ屋根の下、別の布団とはいえ、傍で寝るのだ。二人とも特に気にして無いけどな。ある意味ショック。
そんな事を考えながら、この後の日程を考えつつ眠りにつく。
●
翌日の朝。
体内時計は完璧に作動しているらしい、七時ジャストに起きた。
朝食の時間はまだ後だった筈なので、もうひと眠りしようかと思ったが、隣で千雨がまだ寝てるのを見てやめた。部屋の中は暖かい。それこそ布団を着無くてもあまり寒くは無いほどに。
つまり何が言いたいかと言うと、千雨の浴衣がはだけてた。
胸元とか。足とか。布団からはみ出てるし。眼福です。折角なので時折頬をぷにぷにしながら寝顔を観察。隣で寝てるから距離が近い。
「……ん……?」
どうやら起こしてしまったらしい、目をゆっくり開けてぼーっとしている。
「おはよう、千雨」
「ん……おはよう、潤也」
眠気が取りきれてない目を擦りながら起床。常備されてる冷蔵庫に入れておいた水を一口飲み、喉を潤す。
時間があったので朝風呂に入り、朝食を食べ、観光。
旅館には二泊するつもりだったので、いろんな所を回って楽しんだ。
次の日。チェックアウトして午前中はまた観光をする事に。
既にお土産もいくつか購入し、『王の財宝』使いてーという気持ちが増長されたよ。
●
駅に行き、次の目的地は和歌山の龍神温泉。距離があるので新幹線で向かう為、駅弁などを購入して乗る。
「こういうのも偶にはいいよな」
基本的に何処か行く事があったら他人任せだし、俺が行く必要があるなら音速旅客機だ。海外ばっかりだからな。新幹線に乗るのも悪くない。
「窓の外の風景見ながらそう言う事言うか」
こういうのは何か事件が起こるのが定石だが、そんな事は無いだろう。流石に。
基本的に事件は起こす方だし、巻き込まれない。
何故って、『
そもそも『SMG』って社長の名前垣根帝督だし。俺の名前とかどこにも無いよ。
だから狙われる事も無い。とか思ってる間に和歌山に到着。タクシーを使って移動し、旅館へ。
ここでもまた中学生二人と言う事に怪訝な顔をされたが、スルーで。
「確か、ここ部屋に露天風呂ある筈だぞ。」
「本当か? 後で入ろうかな……覗くなよ」
「信用ねーな、俺。覗かないって」
何かしたかなぁ? 特に何かやった覚えは無いんだが。
●
既に移動が終わった時点で日は傾きかけ、今から何をしても中途半端になるだろう時間帯。
だからといって、何かやる事がある訳でも無いのだが。
本当に何もやる事が無いので、テレビでもつける事にした。ニュースでも見ようかと。
観光じゃ無くて温泉が目的だからあんまり関係ないんだけどね。
名古屋で通り魔事件があったとか、兵庫で謎の爆発事件があったとか、○崎駿監督の映画が第75回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞したとか、そんなのばかりだった。
個人的に宮○駿の映画ではラ○ュタが名作だと思う。いいよね、空から落ちてくるヒロイン。
どうでもいい事に思考を裂きつつ、日程を確認。其処までハードでも無いし、多少ずらしたりも出来るから気にいったら数日泊まるのもいいかもしれない。
喉が渇いたので自販機で飲み物を買い、売店を見ると柚子シャーベットとかあったので買ってみる。
部屋に戻ってみると、千雨がいなかった。服はあるから部屋の露天風呂にでも入ってるんだろう。
「潤也、タオル取ってくれ」
部屋にある露天風呂から声がした。てかタオル位用意しておけよ。
千雨のバックを勝手にあさくる訳にもいかないだろうし、部屋に予め用意してあるバスタオルを扉の前に置いておく。
「扉の前に置いておくぞ」
「分かった」
俺は普通に風呂に入ってこよう。後で千雨も普通のに入るだろう。風呂から上がった後で柚子シャーベットとやらも食べてみたい。
●
そして、風呂に入って部屋に戻って来た。
「無いっ!?」
冷蔵庫に入れておいた柚子シャーベットが無い。どういう事だ。
「ああ、私が食べた」
千雨が食べてたのかよ。人騒がせな。まぁ売店に行けばあるだろうから慌てる必要は無かったりする訳だが。
「ちなみに味は?」
「気に入った。美味しかったよ」
「そーか、そりゃよかった」
外れで無かっただけ良しとしよう。まだ食って無いが。
●
ちなみに和歌山って果樹王国といわれる位で、果物の栽培が非常に盛んらしいね。みかんでも買っておこうか。
観光はホエールウォッチングというのをやってみた。初めての体験だよ。
「アレはザトウクジラかな……お、アレはひょっとするとセミクジラじゃないか?」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
「事前に調べておいたが楽しめるかと思って。ちなみにセミクジラって絶滅危惧種でめったに見れないぞ」
「そうなのか? 写真に撮っておこう」
「フラッシュとかは使うなよ、鯨が驚くから」
「分かった」
携帯では無く、用意しておいたデジカメで撮影。珍しいモノが見れたな。
●
「最後に行くのは島根の湯の川温泉だ」
特急の中で千雨に説明する。
ちょっと肌が滑々になってる気がする。やっぱり行って正解だった。
和歌山でもやはり二泊し、食べ物は俺達の旅行中ずっと持ってると悪くなりそうだったので、宅配で送って貰う事にした。持つのも面倒だしな。
「こう何度も移動してると疲れないか?」
「温泉に入れば疲れは無くなるだろ」
「まぁそうだけどさ。気分的に?」
気分的にって、どういう事だよ。
「ま、千雨が美人になってくれれば俺的に文句は無……痛いってだから」
ペットボトルだから痛くもなんとも無いけど。叩くなよ、顔赤くして。
「そう言うのは出来るだけ人が少ない所で言えよ」
あ、言うのは構わないんだ。人がいると嫌なだけで。
そんな事を思いつつ、島根。駅から出て、バスターミナルへと向かう。特産品は何だっけ、と思っていると、千雨に服を引っ張られる。
「どうした?」
「人がいないんだが」
そう言われてみれば、確かに人がいない。どっかの魔法使いが人払いでもかけてるのかね。
千雨は周りをきょろきょろ見渡して、気味が悪いとでも思ったのか、俺に近寄ってくる。
「大丈夫だって、別に何か起こる訳じゃ……」
「いや、でも……アレは?」
千雨が上を向いて指差すので、それに合わせて俺も上を見る。
何かが落ちてきている様な感じで、少しずつ影が大きくなって──
「──って、おわぁ!?」
誰かが落ちて来た。どういう事だよ! 咄嗟にベクトル操作しなかったら、俺の腕とかこの落ちて来た子の背骨とか、いろいろ不味い事になってただろうが!
おかげで地面が少し陥没したのは置いとくとして、どういう事だよホントに。
千雨もかなり不審な目を向けてるし、俺もどうしたもんか迷ってる。
見てみれば、木乃香に近い顔立ち、黒い髪で背は低く、いいとこ小学生の高学年だろう。
隣は駅だから、多分駅の上から落ちて来たんだろうな。自殺か? 年齢的には俺達より低いか──
「……で、あんた等誰よ」
「答える必要は無い。その子を渡して貰いたい」
随分と高圧的な事で。この子に用でもあんのか?
俺達(+この子)を取り囲んでいるのはおよそ十人程度の黒服。どこのヤクザだ。
全く、「不幸だー!!」とでも叫びたい気分だよ。