第二十一話:九条家の事情
「さぁ、早く渡して貰いたい」
そう言いながら黒服の一人が近づいてくる。
潰すのは造作も無いけど、千雨が傍にいるしな。むやみやたらと能力使う訳にも行かないだろう。バレる。……何か今更な気もするけど。
「さぁ、早く──ガッ!?」
そう言って一歩踏み出した男が、いきなり倒れた。後頭部を見ればタンコブがある。
誰がやった? と思えば、また次々と殴られて気絶して行く。……こいつ等本当にプロか? やけにあっさりやられてるけど。
黒い影みたいなのが高速で動いて、刀の柄を使って殴ってるようだ。どうなってんだよ。
取りあえずその間に女の子を背負い、千雨を連れ、荷物を持って逃げる。ある程度走り、距離を取った所で建物の間の路地に入り、倒れた連中を見る。
「一体何なんだよ、アレ」
千雨が混乱気味に聞く。まぁ、いきなりああなれば混乱するよな。
「知らん。大方この子を狙ったどこぞのヤクザとかそういう類じゃ無いのか?」
それだとこの子がヤクザ関係だと言う事が前提だけど。まぁ普通に考えれば黒服の連中に囲まれるとか無いよな。
ヒュン、と何かが目の前をよぎる。
それは影の様に現実味が無くて、触ろうとしても触れそうにない、可笑しなモノだと感じた。
それは次第に形を持ち、最終的に人の形になった。
コイツ、秘匿とか全く頭に無いな。いや、人払いしてあるから必要無いと感じたのか、千雨を一般人だと思って無いみたいだし。
短い黒髪、黒眼。典型的な日本人と言う顔立ち。イケメンの部類だろう。
「……巻き込んでしまって、すみません。その子をこちらへ引き渡しても貰えませんか?」
身長は俺と同じか小さい。俺の身長自体百七十超えてるから結構大きい方だろう。話し方から気弱な印象を受ける。
「お前はこの子の何だ?」
「兄です。早くしていただけませんか? 少しばかり追われているものでして……」
兄か、信用できるかどうかは置いておくとしてだ。
コイツ、まず間違いなく能力者。それも原石だな。俺はAIMを観測できるから分かる。
顔にも覚えがある。原石のリストに乗ってた中で、関西の関係者と言う事で引きこめなかった人物。
名前は確か──
面倒な事になりそうな匂いがプンプンする。早めに逃げる事が得策か。
「ホレ、兄貴なら妹の面倒ちゃんと見てろ」
半ば押し付ける様に手の中の女の子を渡し、荷物を持って千雨の手を引き、早めにこの場から離れようと動く。だが、それを見越していたかのように黒塗りの車が何台も現れ、また黒服が出てくる。
それから逃げるようにして道を変え、さっさと出て行こうとする。だが、回り込まれた。
「……何か用でも?」
「悪いが、この事を目撃した以上、記憶を消させて貰う」
律儀だね、態々記憶を消すなんて事を言うとか。馬鹿正直ともいう。千雨は俺の後ろに隠れてる。記憶を消す、の辺りがマジトーンだったからだろう。顔を見れば、少し怯えている。
「丁重にご遠慮させて頂こう」
腹にグーで一撃かまし、気絶させて逃げる。
それを見ていた黒服の何人かが唖然としていたようだが、瞬動だか何だか使ったらしく、回り込んでくる。
「貴様、関係者か。邪魔はしないでもらいたいが」
「してねェだろォがよ。俺達は関係ねェぞ。さっさと其処退けよ」
軽く殺気を放ちながら威圧する。一般人のフリとかもう無理。もう超能力で制圧してしまおうか。イラついて来たし。
ガン、ゴン、と何か鈍器で殴る様な音が何度か鳴り、俺達の前にまた九条(仮)が現れた。何の用だよ。
「速く逃げてください。巻き込んでしまった僕の責任ですから」
なるほど。男気がある。いや、むしろ漢だ。俺が認める。
黒服はそれを見て、符を取りだす。……って、オイふざけんな。
千雨は一般人だぞ!? こんなの見せたら関わっちまうだろうが!
咄嗟に手を掴んで逃げようとしたが、遅かった。
「──疾!」
放たれた符は爆炎を伴って
「……ハァッ!?」
何でこっちに放つんだよ、そして九条(仮)なんで止めないんだよ。と思ったら既に戦闘中か。仕方無いとかいわねぇぞ。逃げろって言ったのそっちだろうが。
とか思ってる間に符が迫る。俺に当たりそうだなぁ……反射。
俺達へと向かって来た符は向きを変えて放った本人へと向かう。爆炎はそのままで。
逃げてる俺達の隣にまたしても九条(仮)が来た。今度は何の用だよ。
「……あの、もしかして超能力者ですか?」
言うなっつーんだよ。このバカめ。千雨の反応見て一般人かどうかの判断つけろよ。無茶かも知れんけどさぁ。
「出来れば手伝ってくれませんか。数が多くて、どうにも……」
ヘタレめ、自分で逃げてくださいとか言いながら結局人に頼るか。護衛の一人や二人いないのか?
いや、今まで逃げるだけだったんだろうな。この状況であいつ等から逃げながら俺と話せるくらいだし。逃げ足は速いらしい。
「……チッ。しょうが無い、か」
千雨も走っていて息が切れかけている。荷物を持ちながらだからしょうがないだろう。
足を止め、振り返る。男達は俺達を追って符やら刀を構えている。人払いの結界張ってるからってそんなモン持ち歩いてんじゃねーぞ。
演算を構築し、暴風を巻き起こす。
「千雨、後でちゃんと話してやる。今はまだ聞くな」
それだけ言って、首を動かす。乾いた音を鳴らしながら敵を見据える。
男達は吹き飛ばされた衝撃でダメージを負いながらもまだ睨みつける。手には未だ武器を持ち、戦闘の意志が見える。
「三十秒だ」
頭の中のスイッチを切り替え、殲滅を開始した。
●
「で、結局何なんだよ。お前等」
暴風と雷撃で殲滅し、泊まるつもりだった旅館へ来ている。九条兄妹(仮)も。
部屋は急遽四人で泊まれるようにして貰った為、金はかかったものの広い。防音用に音波制御の能力を使ってる。
「潤也。それより私に話す事があるだろ?」
頭を掴まれ、強制的に顔を動かされる。首が痛い。
「何でしょうか。妹様」
「アレは一体何だ。あんな紙切れ放り投げて炎が起こるとか冗談じゃ無いぞ」
まぁそうだよね。普通あんな事起こらないし。起こそうとも思わないだろう。どこの中二病患者だと一蹴される事は間違いない。
「話す。話しますから手を離して」
未だに掴まれていた頭を解放して貰い。正座して千雨の前に座らされる。
「この世界には神秘が溢れてる」
「前置きは言いから速く話せ」
「世界には超能力者が存在する」
「…………それが、お前か?」
「そうだ、俺は超能力者。ついでに言うと、其処のそいつもな」
そう言って九条兄(仮)を指差す。あっちはあっちで驚いてるようだ。気付かれてないと思ってたみたいだな。
「そして、世界には魔法使いもいる」
「…………やっぱりか」
「あ、気付いてた?」
「あんな滅茶苦茶な現象が科学で起こせるのか?」
起こせるよ。紙に液化爆薬でも染み込ませておけば。まぁそれは今は関係無いので置いとくとして。
「……そうか。潤也、お前超能力者だったのか」
そう言って、なにか考え込むような顔をする。
「だからといって、俺が何か変わる訳でもないし、千雨をどうこうする気なんて無いよ」
「いや、そう言う事を心配してる訳じゃないんだが……そうか、超能力者か……」
頭ではわかってても心が追いついて無いって感じだな。ちょっと放心気味だ。
「……あの……一般人だったんですか?」
「こいつはな。俺は関係者だ」
九条(仮)が何やら怯えながら聞いて来た。やっぱり分かって無かったのか。
「うん、分かった。大丈夫だ」
唐突に千雨がそう言った。
「何がだ?」
「潤也が超能力者でも、関係無い。隠してるって事は、それなりの理由があったんだろ?」
信頼してくれてるのか、ありがたいね。受け入れるのが随分早いが、護みたいな超能力者が存在すると言う事を知ってたからか? だとしたら生まれて初めて護に感謝する。
理由と言っても、関われば面倒な事になるからってだけだがな。知られても別に問題は無かった。
唯、普通を好む千雨が、異常である俺を受け入れられるか。それが問題だったんだよな。俺自身が非日常の権化みたいなもんだし。最悪嫌われると思ってたし。
嫌われたって麻帆良に居続ける限り守るけどな。麻帆良以外だと『
「じゃ、お前等の話を聞こうか」
「……分かりました。僕たちの所為ですから、事情もちゃんと話します。僕の名前は九条隼。こっちは妹の香奈です」
予想通り。だが、狙われる理由が分からないな。
「近衛家の分家である九条家の兄妹だろう。何故狙われてるんだ?」
そう言ったら驚かれた。いや、まぁ普通はそうか。教えて無いのに知ってるって気味悪いもんな。
その辺を軽く説明すると納得してくれた。SMGの所属って教える羽目になって千雨がまた俺の方睨んだけど。
まぁ、『俺はSMGに所属してて、原石の能力者のリストにお前の情報があった』で納得するのもどうかとは思うが。
「祖父に追われているんです。僕、もしくは香奈を人柱にしようと。どちらかと言えば、香奈の方が狙われている訳ですが」
「人柱? 今の時代にそんな事するバカがいるんだな」
「厳密に言えば、死ぬまで魔力を使い果たさせるんです。だから僕より魔力量の多い香奈を人柱にしようとしてるんですよ」
なるほどね。そうまでしてしたいなにかがある訳か。妹の方の魔力量は一般レベルよりずっと高いが、木乃香の足元にも及ばない位。
「親は?」
「いません。殺されました」
随分とハードな話が来たな。オイ。
「オイ、親が殺される様な事がある世界か?」
千雨が耳打ちして来た。まぁ確かに最初に関わる事にしてはかなりハードな話だよな。
「まぁ、多々あるとは言わないけど。可能性は十分にある世界だよ」
だから態々名前を変えてSMG発足した訳だが。俺の事知ってる奴は大抵脳に『
権力があると狙われるもんだよ。それこそよっぽど化け物でもない限り。弱点になり得るしな、大切な人ってのは。
「……話を続けても?」
「ああ、悪い。続けてくれ」
「では……父さんは数年前に僕達に戦闘を仕掛けて来た魔術結社との争いが原因で命を落としました。その魔術結社の目的は分かりませんが、ナニカを蘇らせようとしたらしいです。そして、母さんはそれを封印する為に魔力を使い果たして死にました」
魔術結社か。何かを蘇らせようと、ねぇ。
魔術・魔法は専門外だ。何をしようとしてるのかなんて分からんし、知ろうとも思わない。
「その封印された場所が、相当な瘴気を放っているみたいなんです。龍脈が酷く淀んでいるようで、僕たちの力じゃどうしようもなく……」
「人の魔力でどうにかなるとは思えないがな」
「僕達の魔術結社の術は神道ですから」
なるほど、禊か。だからといって人一人の魔力じゃ足りないだろうに。それに、大本を何とかしないとどうにもならんだろう。
そもそも、龍脈に干渉できるレベルの魔法使い・魔術師がいるのか? いるなら出来るだろうけど。
「以前から本家近衛家にお願いをしているらしいのですが、返事は芳しいものでは無いらしく。どうにならない、との事です。本家のお嬢様は相当な魔力を持ってると聞きますから、力を借りられればいいのですが……人柱は、少なくとも時間稼ぎの様ですし」
「なるほどね……だが、まぁ無理だろう。木乃香自身魔法の事を知らんのだし」
「……何で其処で木乃香が出てくるんだよ」
千雨が疑問をぶつける。まぁ確かに疑問だよね。
「近衛木乃香。関西呪術協会の長の一人娘にして、極東最強の魔力の持ち主だ」
マジか……と呟いている。小さい頃からの幼馴染がそう言う事だと知ると驚くよね。
そして、同じ様に隼も驚愕の表情を浮かべつつ問いただして来た。
「あの、お嬢様と知り合いなんですか?」
「ああ、知り合い。だけどな、さっきも言ったが無理だよ。あいつ自身魔法の事を知らない。親がそういう教育方針を出してるらしい」
「そう……ですか」
落胆が目に見えるぞ。コイツ、落ち込みやすいのか。唯一の方法だと思ってるみたいだし。
一応方法は別にあるんだがな。成功するかどうかは運次第ではあるが。
「どの道追われてるんだ。犠牲になるのは嫌か?」
「当然です。僕はどうなっても、香奈だけは……」
なるほど、妹第一主義か。同士だな。どうだっていい事だが。
さて、どうしたもんか。
このままこの二人に犠牲になって貰えれば片がつくんだろうが、それだと原石を失う事になるだろうしな。個人的にそれは無しにしたい。
それに、懸念もある。
俺達の様な科学者の中には、科学で何事も解決できると分かり切った口を聞くバカも当然存在する。
それは間違いでは無いとも取れるし、間違いとも取れる。
仮に戦闘を例に挙げたとして、科学の兵器で何とかなる事なら僥倖だ。だが、世の中それだけで解決できないことだって当然ながら存在する。
神鳴流然り、陰陽術然り。退魔や調伏という手段を取らなければ解決できない事もあるのだ。
知らなければ対応できないし、知った所で対応できなければ同じだ。
龍脈が淀み、科学者はそれを知らずに土地を開発し続け、いずれその土地を滅ぼす可能性があったとして。『彼ら』はそれが分かる。より良い世界を求めるならば、片方だけでは駄目だ。
餅は餅屋と昔から言うだろう。
科学は科学、オカルトはオカルトの専門家に任せるべきだ。ならば、今のうちに貸しを作っておいて損は無い。
西洋魔法はそんな物関係無いから特に関係を持とうとも思わないがな。
個人的に風水や
「……ところで、お前超能力者だろ。良く家から追い出されなかったな」
「僕は神道ではなく、陰陽道をサポートにした神鳴流を使いますから」
気を使ってたから、魔力を使えばどうなるのか、知らないのか? 陰陽術も多少なら気で何とかなるしな。刹那と知り合いの可能性もあるのか。
気付かれなかったって言うのはある意味すげぇ。固有能力みたいな感じで納得されたんだろうか。本人はちゃんと分かってるみたいだが。
「ふうん。……ちなみに、九条は何歳だ?」
「十四です。新学期から中学三年ですね。香奈は十、新学期から小学五年です」
同い年かよ。それにしてはえらい丁寧な話し方だな。俺とは育ち方が違うんだろう。流石は名家の子供だ。
「う……う、ん……」
うん? 寝てたらしいが、漸く起きたか。というか、よく今まで寝ていられたな。この女の子。
「……お兄ちゃん? ここどこ?」
眠そうに目を擦りながら起きあがる。
「さて、その子も起きた事だし、動くとしますか」
「動くって、どうするつもりですか?」
「大本を叩きに行くのさ。……その前に、千雨の安全は確保しないとな」
どうしたもんか。俺一人行って片付けるってのも出来るだろうけど。今回の事に関しては右手を使えば恐らく簡単に解決できるだろうし。
チラッと一度だけ千雨を見る。
「ついて行くぞ。何をやってるか、ちゃんと教えて貰う」
大変だね、全く。見透かされてるし。溜息をつきそうになるが、千雨の前では溜息は付かない。邪魔になっていると思わせたくは無い。
「しょうがない。出来れば使いたく無かったけど」
『王の財宝』から一体の人形を取りだす。
黒く長い髪。すらりとした体型で傍から見れば容姿端麗な女。まぁ俺の作った機械人形なんですけどね。
実はモデルもいるのだが、この際それは関係無いのでそれは置いておく。
「……何だ、コレ」
「人形だよ。結構な戦闘力を持ってる。守りに使うには十分過ぎる位にな」
硬度は魔法の射手や白き雷、下手すりゃ雷の暴風レベルまで防ぐだろうし。攻撃力は半端じゃないし。
エネルギー問題は大丈夫だろ。使い過ぎ無ければ、だが。
念の為に起動させておかなきゃならん、何かあってからじゃ遅い。何が仕掛けられてるか分からないからな。
出来れば起動とかさせたくなかった。まだ性格直って無いし。早めにプログラム書き換えなきゃなぁ。と思いつつ起動。
数十秒して、目を開けた。
「目が覚めたか」
ゆっくりとした動作で起き上がり、立ち上がる。身長は百六十位。千雨とほぼ同じだ。
キョロキョロと周りを見て、一言放つ。
「吾輩の手を借りなければならないほどに切羽詰まった状況か。ハッ」
……だからこいつは起動したく無かったんだ。マミってやろうと思ったのは俺だけじゃ無いと信じたい。突っ込みどころが多過ぎる。