第二十二話:八岐大蛇
千雨の目の前で、潤也と黒を基調としたワンピースを着ている機械人形がギャーギャーと言い合いを続けている。
互いに熱くなっている訳では無いのだろう。とはいえ、傍から見ると言葉による罵り合いをやっているようにしか見えない。
「えっと……長谷川千雨さん、でしたか」
「千雨でいいよ。長谷川じゃ潤也とかぶるし」
隼に返答しながらも、千雨の頭の中は一つの事で一杯になっていた。
(潤也が超能力者……護もそうだって言ってたけど、アイツのと比べて考えても毛色が違い過ぎるだろ)
風と雷、それを目の前で使って不審者を撃退した潤也。全ての能力が『微妙』と評される護とは違い過ぎる。
その様子を見て、隼は一つの疑問を千雨にぶつけた。
「千雨さんは、潤也さんの事をどう思ってるんですか?」
「潤也の事?」
「ええ、とても仲が良さそうなので」
そう言われ、改めて考えてみる。
双子として生まれ、潤也とはずっと一緒に過ごして来た。小さな頃から難しい本を読んでいたが、特に変わった所は無い。何処にでもいる普通の男の子だった筈だ。
昔から何も変わらず隣にいて、いつから超能力が使えるようになったのかも分からない。
(護は小学校の時から使えてたんだよな……)
『同類の匂いがする』とか言ってたなぁ。と思い出すと、それならその頃はもう使えるようになってたのか? と思考を巡らせる。
しかし、どれだけ考えても、千雨には答えが見つからない。それを見かねたのか、隼が声をかけてきた。
「彼は分かりませんが、少なくとも僕は望んでこの力を手に入れた訳では無いんですよ」
「え? じゃあどうやって手に入れたんだ?」
「彼が言うには、環境そのものが能力を開発する事と同じ効果をもたらした場合に発生するそうです」
それを聞いて、千雨は考える。
望んで手に入れた能力では無い。なら、どうして今まで自分に言わなかったのか。嫌われると思ったのか、自身の望まない非日常に巻き込むと思ったのか。それは分からない。
(どっちにしても、聞く事が第一歩か……)
そう思考した所で、一応気になったので聞いておく。
「お前の能力ってどんなの何だ?」
「僕のですか? 僕自身は『鏡花水月』と呼んでいます。認識をずらす、という能力だと思っていますが、僕自身も良く分かって無いんですよ」
認識をずらす。所謂幻術の様なものか。と千雨は思う。潤也が先の戦闘で使っていたのは、幻術では無く実際の攻撃。相手が何かをするまでもなく倒すその強さは、まるでゲームや漫画の主人公の様だと感じた。
「いろんな能力があるんだな」
「そうですね。多種多様です。彼の場合は風や雷、自然に関する力の様ですが」
駅で見ただけでは、確かにそう思っても仕方が無いだろう。千雨自身、小さい頃に見た七色の爆発まで超能力じゃ無いのか? と思い始める。
「悩んでいるようだな、少女よ」
いつの間にか隣にいて、話しかけて来た人形に驚く千雨。潤也との口喧嘩は終わったらしい。潤也は隼と話しており、今後の行動を決めるつもりらしい。
「周りはしっかり見ておく事を勧める。いつ
見た目は女の癖に、その口調は男そのもの。どうにも違和感が拭えない。
「……本当に人形か?」
そう呟く千雨の心境も分からないでは無い。それに対して、人形は簡単に返す。
「名は『
「何でだよ」
「まぁ、奴と少しばかり口喧嘩をな」
「口喧嘩してる時点で人形って枠飛び越えてるだろ」
「その辺は吾輩にも分からんと言っただろう。だが、この性格・口調の理由は恐らく
「ハァ? どういう事だ?」
疑問符を浮かべ、質問をする。
だが、ソレには首を振って答えない。自身も良く分かっていないのだろう。
隼と話している潤也が千雨達の方を向き、そろそろ出発すると告げる。
「悩み、答えを出す必要があるからとて、焦る必要は無い。少なくとも、
薄く笑いながらそれだけ言い。零は歩き始めた。
●
九条家。
鎌倉時代に成立した藤原氏嫡流で公家の家格の頂点に立った五家の内の一族。
現在は関西呪術協会の長である近衛家の分家であり、古来より日本の土地を守って来た神道の
現当主である九条
今は長に不満を持ち、穏健ではあるものの関東との関係は決別するべきだと主張しているとは隼の談。
一度は兵庫辺りまで逃げられたものの、一つの結社を使われてこちらの方面へ逃げざるを得なかったと言うほどに人海戦術をしているとの事。
「兵庫での爆弾騒ぎはお前等が原因か」
「ええ……まさか本気で爆発物を使うなんて思ってませんでしたよ」
予想外の事を当たり前の様にやるらしく、若い頃はかなりやんちゃだったと言われていたらしい。
龍脈に干渉できるのはこの辺りではこの人だけ。それだけの力を持った達人。
「でも……本当に大丈夫なんですか? 龍脈に干渉できるかどうかは置いておくとしても、あなたから感じる魔力量ではとても足りるとは……」
「俺は魔法使いじゃ無い。超能力者だ。俺は俺の方法でやらせて貰うさ」
最も、潤也にしか出来ない方法なのだが。
交渉は後で当主の方とやる事にし、一先ず九条の魔術結社の本拠地へ向かう。
●
そして、四人と一機は今、九条家の門の前に立っていた。
移動するだけなら『座標転移』等の空間移動を使えば速いのだが、一般人に見つかると不味いので却下し、タクシーで移動をする事にした。
屋敷の真正面にいる状態で、一言だけ潤也は言う。
「千雨、言っておくがな、知ったからといって絶対に関わらなきゃならない訳じゃない。其処の所を理解しておくように……後、零。千雨をしっかり守れよ」
「言われるまでも無い」
千雨は頷き、胸を張ってそう言う零に苛立ちながらも、真正面から堂々と入る。周囲からの視線を感じ取るが、全員無視する事にした。
潤也は周囲の連中を見て目を細め、何かを思ったが、口には出さない。今言うべき事ではないと判断したのだ。
中に入って数歩した所で一人の女性が近づいて来て、話し始めた。
「お待ちしておりました。お帰りなさいませ、隼様、香奈様」
丁寧な口調でそう告げる。暗に潤也達を歓迎していないと目線を向ける女性だが、千雨も潤也も気にした様子は無い。ある意味当然の行動だと、事前に分かっていたからだ。
「その方達は?」
「僕のお客様です。文句は無いでしょう」
そう言い、隼は他の者を連れて屋敷の中へ入った。
●
屋敷の一角、とある広い部屋。其処で四人と一機は待たされていた。お茶やお茶菓子は用意されているらしく、一応体面上は歓迎をされているらしい。
潤也は携帯で誰かと話した後、この部屋に戻って来た。その間に千雨達は隼から話を聞き終え、今に至る。
「……その厳冬って人が、ここの当主なのか?」
「そうですね。父が死んで、一度は退いた祖父がもう一度当主に着いたんです」
運ばれて来たお茶を飲みながら、隼が問いに答える。それに続く様にして潤也が質問した。
「……一つ質問だが、本家に連絡したのは誰だ?」
「確か、本家との連絡は今井という人がやっている筈です。連絡の役割はこの人が行っています」
「……なるほどね」
一人で納得しながら頷く潤也。その意味が分からず、全員首を傾げる。唯一、零だけは特に気にした様子も見せなかったが。
その時、襖が開いて誰かが現れた。先ほど潤也達を出迎えた時の女性だ。当主が呼んでいる、と伝えて下がった。
「それでは、行きましょうか」
「そうだな。場所は分かるんだろう?」
「ええ、いつもの場所ですから」
「零、二人を護れ。何があるか分からんからな」
それだけ言い残し、潤也と隼は部屋を出た。
●
隼に案内され、とある部屋に入る。
白髪混じりの男性。威厳がある雰囲気を纏い、ゆったりと座っている。潤也と隼はその対面に座り、話を始めた。
「隼。帰って来たのか……」
「ええ。最も、方法を提示しにです。死ぬつもりで来た訳ではありません」
「……方法、だと? どういう事だ」
「それについては俺から話させて貰いたい」
口を挟んだのは潤也。この状況で話を挟めば、隼に向けられている威圧感は全て潤也の所に行くだろう。だが、その程度で怖気づく様な繊細な精神をしているつもりは無い。
厳冬は訝しげな視線を向けながら、潤也へと語りかける。
「誰だ、お前は。私は今隼と話している。口は挟まないで貰いたい」
長年生きて来た故か、その威圧感は半端なものではない。大抵の相手なら、これだけで委縮してしまう程だろう。
「いえ、そう言う訳にもいかないんですよ」
対して、潤也も威圧する。
この位なら各国の首脳と話す時に慣れている。そのボディガードに何度も殺気をぶつけられた事もある位だ。
「龍脈の淀み。俺なら簡単に解決できるのでね」
「……何? ソレは本当か?」
それは疑惑。当然だろう、まだ自身の孫と同じ位の年の者が龍脈に干渉できるなど、普通なら思う筈が無い。
「それは、僕が保証しましょう」
ハッキリとした、自信に溢れる言葉。
普段から気弱な孫が、ここまで言い切るほどだ。一度だけならば、と考え。
「……良いだろう。ただし、一度だけだ。それで失敗するようなら、香奈を──捧げる。もう残っている時間は少ない、失敗は出来ないぞ」
捧げる。つまりは生贄。
ソレは厳冬とて望む事では無い。自分の子供夫婦を亡くし、あまつさえ孫まで犠牲にしようとしているのだ。出来る事なら、本家が力を貸してくれればと思う。
「では、早速向かうとしましょうか……ああ、忘れてた」
「何だ?」
「この件が終わり次第、隼の身柄は『SMG』が管理する事になります。其処の所はご了承ください」
「何!? どういう事だ!」
咄嗟に、声を荒げる。
あまりにも突然の宣告だ。無理も無いだろう。本来なら、保護者たる厳冬に話を通してから事を進めるのが道理。それを無視して話を進めている以上、追求されるのもやむなしというものだ。
しかし、潤也の口調は乱れる様な様子さえ見せない。この反応だろうと分かっていたかのように、ハッキリと告げる。
「俺は『SMG』に所属していまして、あなたは知っているでしょう。その意味が」
「……超能力者……っ!? まさか!」
「まぁ概ねあなたの考えであってますよ。九条隼は超能力者です」
隼は気まずそうに顔を逸らし、厳冬は驚きに目を見開く。何かを思い出す様な仕草をして、考え事に没頭し、数十秒して顔を上げた時には、何かを納得した様な表情をしていた。
可能性としては考えていたのだろう。だが、確証が無かった為にどうしようもなかった。それが証明されたとなれば、ある意味では隼にとって好機と呼べるのかもしれないのだから。
「……なるほど、気も魔力も使わない『アレ』は、超能力だったか。まともに解析できない訳だ」
「完全に会えなくなる訳ではありませんよ。力の使い方をしっかり学び、能力をより強く発現させる事が目的ですから。偶の休み位は帰れます」
「……だが、お前の一存でどうにかなる事なのか?」
「社長の許可は既に取ってますよ」
既に準備は整えている。原石である隼は出来るだけ逃したくは無い。
交渉は旨く行くだろう、このまま行けば。──その時、轟音と共に壁が崩れ、人が飛び込んできた。
「全く、行儀がなって無いな」
零がゆったりと歩く。その背中にはワンピースを突き破って生物的な外見の翼が伸びており、翼には微かに血がついている。表情は無く、まるで能面を思わせる。
雪の様に白い肌も相まって、人に近くとも人形という感覚が先行する。人にしか見えないのに、人とは思えない。奇妙な存在感を、零は放っていた。
「……どういう事だ?」
困惑した様子の厳冬が問いをする。零は視線のみ厳冬に向け、ハッキリとした口調で告げる。
「いきなり襲って来たのだ。文句ならコイツに言うのだな」
背中にある翼の血を拭いて、元に戻しながら赤い上着を羽織る。破れた部分を隠すためだ。
零の後ろには、翼を凝視してあきれ果てた千雨の姿があった。その横には香奈もいる。潤也はというと、飛び込んできた男を掴んで厳冬の前に引き摺りだした。
腕や足に所々傷が見受けられるが、気にする様なものではない。
「今井……さん……?」
隼が、その人物を見て驚いた。
「さて、どういう事か説明して貰おうか?」
近衛家と九条家の連絡役を担っていた人物、そして襲って来た人物。
「これらが同一人物という事は、単純に考えてみれば直ぐに分かる事だ」
「つまり、本家には──」
「そうだな、恐らく、近衛本家には
これが潤也が屋敷に入った時に感じた違和感。普段使われる事の無い電波の周波数を感じた事もあるが、こういう連中は潜り込む事に慣れているとはいえ、多少の違和感が出る。
『一方通行』の能力はベクトル操作。端的に言えば、操作できると言う事は感じ取る事が出来ると言う事。
普段から必要なモノ以外は反射(物体は反射して無い)している為、こういった事には気付きやすい。
襲って来てくれたのならば好都合。探す手間が省けたのだ。何より、コレを期に『長谷川潤也』という名が裏に知れ渡っては困る。
服の中から取りだしたのは小さな機材。
「……ソレは、何だ?」
「盗聴器さ」
敬語を使う事が面倒になったのか、普通の口調で話す。
取りだされたソレは、芸人が使う様な小型マイクと録音・送信媒体がケーブルで繋がっていた。
恐らく、外にはコレを受信している者がいるだろう。それについては既に『猟犬部隊』を放ってある。問題は無い。
「部下を信用するのはいいが、信頼できる部下を使うんだな」
機材を持たずにスパイをしている者も数名いるようだが、それらに関しては『
これだけやるのだ、敵は確実に組織。しかも、何かを狙っている。
「急いだ方が良いかも知れねぇな」
十中八九封印されたと言う『何か』が狙いだろう。グズグズしてると不味い事になるかもしれない。元より時間はあまり無いのだから。
下手をすれば、どこぞの魔術結社とその辺の科学結社が手を組んだ可能性まで存在する。先手を打たれる事は避けたく。
「それじゃ、早速行こうか」
気軽に言って、歩き始めた。
●
古事記においては8つの頭と8本の尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大な怪物と記されている。
『7回絞った強い酒を用意し、垣を作って8つの門を作り、それぞれに醸した酒を満たした酒桶を置くようにいった』
『準備をして待っていると
『八俣遠呂智が酔ってその場で寝てしまうと、須佐之男命は十拳剣を抜いてそれを切り刻んだ』
コレが八岐大蛇を討伐したと言うスサノオの伝説だ。
そして、八岐大蛇の骨は島根の須佐神社に収められていると言う。本当に存在したかどうかは別として、媒体としては十分な代物だろう。
「つまり何だ? その骨を媒体に八岐大蛇を復活させようとしてんのか?」
「端的に言えばそうなる。この数年──およそ五年ほど前か。封印したが、瘴気を吸い、元になる肉体を手に入れてしまったならば手の着けようがないぞ」
潤也と厳冬。二人は日の暮れかかった町並みを見ながら走る。
移動するなら夜の方が容易いし、見つからない。だが、そんな悠長な事を言っている場合では無くなっている。
時間が残り少ない。
ほんの数時間前、また封印が弱まったらしい。これ以上遅れれば手遅れになる可能性が出て来た。
あまり遅れると、『
他の全員は遅れてついて来ている。今屋敷にいるよりは恐らく安全だ。
党首もその孫もいない隙をついて攻め込んでくる可能性もあるのだから。屋敷で捕まえた奴以外にも隠れている可能性だってある。屋敷は広い、探しきれてない可能性は十分にある。
零は千雨は護るが、それだけ。それ以外はどうなろうと反応すらしないだろう。それは構わない。唯、問題なのは数。
『猟犬部隊』を用意してはいるが、相手がキッチリと戦力を備えた組織なら相手にするのは難しい。
ダン、と地面に着地する。
神道の結界によって封じられているが、これほどまで近くに来ると肌で瘴気を感じる。相当に濃い。
「では、行くぞ」
厳冬が
ゴガンッ!! と爆音がし、砲弾のような速度で飛んで来た何かが逆方向へ吹き飛ぶ。
ベクトルが逆方向へと変換されたそれは、頭が車よりも大きい大きさの蛇だった。
相手は蛇。頭は当然のように八つある。胴周りは二メートルはあるだろうか。全長は分からない。それほどの大きさ。
「何だよアレ。……ま、ぶち殺してから考えればいいか」
「そうだな。手がつけられないレベルだが、手加減などしない。コレが元凶なら叩き潰すまで」
厳冬の右腕には
梓弓──矢を射る事ではなく、弓の引き弦の音で魔を打ち抜くと言われる日本神道の呪具。
本来は神楽の舞に使われる楽器で、弦の音を使い舞を踊る御子をトランス状態に導いて神を降ろす手助けをする為の物。
ジャキン、とからくりを用いて弓を引く。
そして、放つ。
「『断魔の弦』」
圧縮空気の刃が、蛇を切り裂こうと迫る。
だが、それが直撃したにも関わらず、蛇は鱗が多少斬れただけ。
「……随分と頑丈な鱗の様だな」
元々神道は土地の力に依存する所がある。故に、土地そのものが敵となっているこの状況では十全に力を発揮できなくて当然だろう。
まぁ、そんな物は超能力者には関係の無い事なのだが。
ゴオッ! と音がする。
潤也の掌を起点として、巨大な炎が渦巻いていた。『
「焼け死ね、クソ蛇」
ソレは巨大な蛇を容易く飲み込み、周りの木々を熱で焦がす。
炎が消え、焼け跡となった場所から、火による焦げ目こそあるが対してダメージを受けていない蛇が現れ、突撃する。
「チッ、面倒だな。直接こいつをブチ込んだが速いか」
ベクトルを変換で真正面から殴り飛ばし、最初に蛇を吹き飛ばしたときに折れた木を拾う。
ソレを、蛇の頭の一つに重なるように転移させる。
「■■■■■■■■■■■■ーーーー!!!」
絶叫。
人には理解できないが、大音量による絶叫の様なものが上げられた。
対象を押しのけるようにして転移する『空間移動』系統の能力は、対象の硬度に関係が無い。端的に言ってしまえば、唯の紙切れでダイヤモンドすら切断可能だ。
「まずは一つ──って、オイオイオイふざけんなよ!」
突き刺さった木を別の頭が引き抜いた。すると、引き抜かれた蛇の頭は瞬く間に再生していく。
「……アレは、瘴気を吸っているのか」
厳冬はその現象を冷静に分析する。
龍脈が淀んだ事で発生した瘴気を吸い、蛇の頭が再生した。
元々蛇は『死と再生の象徴』とも取られる存在、しかも元になる肉体こそ本物だろうが、この大きさは瘴気によって保たれているといっても過言ではない。
つまり。
幻想殺しを使わない限り、勝つ事はまず不可能。
「厄介だな」
だが、使えば的になる。他の超能力が使えなくなるのでは、この場では役立たずだ。
八つもの頭がある以上、厳冬一人では抑えきれない。
「全く持って厄介だ。本当、どうしようか」
瞬間、潤也の頭上を通ってレーザーの様なものが蛇にぶつかり、その勢いで頭の一つが後ろへ強制的に反らされる。レーザーの飛んできた方向から、聞き覚えのある声がする。
「吾輩の手助けが必要かな?」
右手を構え、掌からレーザーを放ち、零が淡々と言い放つ。
『
右腕に仕込んだ武器。
ソレを惜しげも無く放ち続ける。潤也は既に『右手』の能力を発動させて、龍脈を『作り変えて』いる。
レーザーこそ放っているが、零は千雨の傍から一歩も離れない。それどころか、周りにセンサーを働かせて奇襲されない様にしている。
(とはいえ、長い時間はいない方がいいか)
千雨は一般人だ。出来る事ならこの中に入る事さえしてほしくは無い。耐性が無ければ、この濃い瘴気に中てられてしまう。
それも右手で作り変えてはいるものの、この異常な濃度の瘴気は作り変えるのに時間がかかる。
「『斬空閃』!」
隼の放つ気を纏った斬撃は蛇に直撃するも、目に見えるダメージは無い。
「『はらいたまい、きよめたまう』」
しゃんしゃん、と神楽鈴を鳴らす香奈。未熟で土地が敵の為に強力とは言い難いが、それでも瘴気を防ぐ程度の結界を張る。
それをみて、取りあえずは安心か。と思考する。だが、それが直ぐに吹き飛んだ。
蛇の頭の一つが、高速で結界の方へ伸びた。それは強力な、砲弾の様な威力を持って結界を破壊しに掛かる。
「蛇風情が、頭に乗るな」
赤い上着を脱ぎ捨て、背中から伸びた翼は左手に収束させられ、ドリルの様な形になって蛇の頭に突き刺さる。
そして、そのまま外側に開く事で、蛇の頭を内側から易々と切り裂いた。
血に濡れる事を気にせず、淡々と蛇の力を削ぐ。
「『雷光剣』!」
強力な気を込められた一撃で、鱗の取れた蛇の頭は簡単に消し飛ぶ。
「『断魔の弦』!」
追撃するように圧縮空気の刃が飛び。傷口を更に抉る。
潤也の右手の影響で瘴気はかなり薄まり、龍脈の淀みも無くなっている。ここまで速いのはやはり『幻想殺し』の能力故か。
おかげで蛇の再生能力はガタが来始め、現に吹き飛んだ頭の一つは既に再生しなくなっている。
後数分もすれば、瘴気も完全に無くなるだろう。
だが、それが油断となれば足元をすくわれる。故に、気は抜かない。気を抜けない。
そして、七つとなった蛇の頭に、『座標転移』で木を転移させ、倒した所でもう一度『幻想殺し』を発動し、瘴気を完全に消しさる。
「これにて一件落着。ってか」
そう言いながらも、八岐大蛇から目は離さない。何か気になるのか、視線を離す事が出来ない。
もしかしたら。そう思い、『
「……予想通り、か」
尾にあったのは一振りの剣。
伝説では、八岐大蛇の尾を切り裂くと、天叢雲剣、のちの草薙剣が出て来たという。
伝説を再現する事で、結果である伝説の剣を再現しようとしたのか。誰が何を狙ったのかは分からない。だが。
「随分とふざけた事をする奴だ」
下手をすれば被害は島根に留まらなかった可能性もある。それこそ、日本全土まで広がる可能性だってあった。
もちろん関西も関東も隠蔽しようと動くだろうし、潤也達も潰そうと動く。何が狙いかといわれると判断に困るが、恐らくはこの『剣』だろう。
『剣』を『王の財宝』に入れて回収し、考える。
捉えた連中から相手側の組織について調べる必要性が出て来た。
何を狙っているのか。何が目的なのか。それは分からない。だが、誰が相手でも、潤也はこういうだろう。
『俺の大切なモノに被害が出るようなら、どんな手を使ってでも叩き潰す』と。