第二十四話:恐怖劇
春休みも終わり、新学期。
八重からの報告では学園長がまた何やら仕掛けていたらしいが、特に警戒するほどの事でも無い。エヴァンジェリンの力を封印している結界の事だった。
アレは魔法と科学の二つを使った、いわばハイブリット。
もう直ぐ学園都市全体のメンテナンスが行われる。麻帆良大停電、という奴だ。
その際には結界は予備電源を用いて維持される事になっている。
だがまぁ、気付いていると言うなら、恐らく茶々丸っつーロボがハッキングなりなんなりして止めるだろう。
呪いの方は知らん。俺は別にアイツが放たれても吸血鬼である以上は脅威じゃ無い。
桜通りの吸血鬼。地味に活動を続けてるようだが、何するつもりかは明白だな。学園長達は何考えてんだか。自分の首を絞めるだけだってのに。
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麻帆良女子中等部。
2-Aも最高学年の3-Aになり、緊張感が増す……筈も無く、いつも通りのテンションだった。
『3年! A組!! ネギ先生ーっ!!』
合図も前振りも無く一斉に叫ぶ。中にはソレに参加していない者も当然いるが。
ネギは前で挨拶し、話をする。その後、しずな先生が入ってきて身体測定の準備をするよう告げに来た。
それを聞いてネギは慌てて、今すぐ服を脱いで準備しろと指示を出す。生徒達は一瞬静まり返り、ネギの発言に大騒ぎし始めた。
失言に気付いたネギは、慌てた様子で教室から出て行く。
千雨とアスナは同じように頭を抱えた。双子か? と思わせる様なシンクロぶりである。見た目だけなら双子といわれてもおかしくは無いのだが。
そして、身体測定を進めていると、クラス内に一つの噂が流れる。
桜通りの吸血鬼。
満月の夜に桜通りを歩いていると、吸血鬼に襲われると言う物だ。この手の噂は大抵出所が不明瞭なのだが、意外と広まっているらしい。
「ああ、知ってる。去年の夏あたりから流行り始めた奴でしょ」
アスナは時期を思い出しながらそう言う。
「うん? 知ってたの、アスナ?」
「まぁね。結構有名だし」
誰も特に信じたりは……鳴滝姉妹は信じていたようだが……していない。
そして、廊下を走る様な、バタバタという足音が聞こえる。
『先生ーっ! まき絵がーっ!』
壁越しの為、少し聞こえづらいが、それでもこのクラスのほぼ全員には聞こえていたらしい。
「何!? まき絵がどーしたの!?」
和泉の声を聞いて、ほぼ全員が教室のドアや窓を一斉に開く。
「……下着なんだからもう少し恥じらいを持とうぜ。女子校だからって男がいない訳じゃないんだから」
千雨の呟きは誰にも聞こえる事は無かった。
●
夜。
図書館島探検部とアスナは、コンビニによって帰ろうと言う話になり、宮崎は一人桜通りを通って帰る事になった。
風が吹き、桜が揺れる。それだけで驚く。怖さを紛らわす為に小さく歌の様なものを呟くが、一際強い風が吹いてソレが止まる。
桜の方を見ると、街灯の上に誰かが立っていた。黒いマントに帽子。宮崎は、噂と一致するその状況に、そしてその姿に恐怖した。
「出席番号二十七番。宮崎のどかか……悪いが、その血を少しばかり分けて貰うよ」
そして、マントをはためかせて、飛び降りる。
「待てーっ!!」
その時、杖に乗ってネギが現れる。宮崎は恐怖で気を失ったらしく、そのまま後ろへと倒れた。ネギは憤慨した様子で叫び、相手を威嚇する。
「ぼ、僕の生徒に何するんですかーっ!?」
そのままの勢いで詠唱を紡ぎ、魔法を発動させる。使うのは相手を捕縛する為の魔法だ。
「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」
「もう気付いたか。『氷楯』……」
試験管を投げ、魔法を発動させる。込められた魔力の違いか、完全には防げずにマントの少女──エヴァンジェリンは指から血を流す。
風が巻き起こった事で帽子が飛び、顔が露わになった。
「驚いたぞ。凄まじい魔力だな」
指から出ている血を舐めながら、そう言う。ネギは見覚えのある顔に驚愕しつつ、のどかを守る様に前に立った。
「き、君は、ウチのクラスの……エヴァンジェリンさん!?」
「フフ、新学期に入った事だし、改めて歓迎の挨拶と行こうか、先生……いや、ネギ・スプリングフィールド」
余裕を見せ、手に幾つもの試験管を用意する。これが、エヴァンジェリンが魔法を使う為に必要な準備なのだ。
「十才にしてこの魔力。やはり奴の息子だけはある」
奴の息子、という言葉に反応するが、それ以外にも聞く事がある。
「何者なんですかあなたは! 魔法使いなのに、魔法をこんな事に使うなんて!」
それは憤り。自身の父がそうであったように、人を救う事が魔法使いの役目だと信じて疑わない目をしている。だからこそ、自分の為に魔法を使う事が許せない。
「この世には、良い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ、ぼーや」
そのまま手に持った試験管を投げつけ、『氷結武装解除』の魔法を発動させる。
ネギは片手で
そして、その音を聞きつけて乱入者が現れた。
「何や、今の音」
「ネギ先生、どうしたの?」
木乃香とアスナ。
二人は宮崎が心配だからと送っていく事にし、追いついたらこの状況。という訳だ。
一般人が介入した事により、場所を変えようと動くエヴァンジェリン。それを追う為に、ネギはアスナ達の方へと向き直る。
「宮崎さんを頼みます。僕は犯人を追いますので。心配無いですから先に帰っていてください」
逃がすまいとネギは構え、魔力を練って走り出した。その速度は普通の子供が出せる様なものでは無い。
「うわ、速っ!?」
木乃香は驚いている間に、アスナは宮崎を抱えていた。
「心配無いって言ってたし、先に帰りましょ。高畑先生にでも伝えれば……あ、今日は出張だったっけ」
こんな日に限って、と思うが、別に学園長が加担してるなら命の心配は無いか。と思い直し、寮へと歩を進める。
●
追いかけるネギ、追われるエヴァンジェリン。
封印されてこそいるが、その実力は本物。普通の魔法使い、それも見習いが、間違っても敵うような相手では無い。
『
だからこそ、エヴァンジェリンの事を追いかける。弱い魔法使いだと勘違いしたまま。追いつかれた事に驚き、空へと飛翔するエヴァンジェリン。ネギも、それを追いかけるように杖にまたがり、空へと飛翔する。
「待ちなさーい! エヴァンジェリンさん。どうしてこんな事をするんですか! 先生としても許しませんよー!!」
説得出来る、そう思って何度も声をかける。しかし、エヴァンジェリンはそれを聞き流すだけで聞きはしない。
「ハハ、奴の事が知りたいんだろ? 私の話を聞きたくないのか? 私を捕まえたら教えてやるよ」
挑発するようにそう告げる。
父親の事を妄信しているネギにとって、その話は逃したくない事であり。悪い事をしているから止めさせるという建前で、父親の事を聞き出すという本音を持ち、速度を上げる。
精霊召喚による魔法で分身を作り出し、エヴァンジェリンへと迫らせる。
対するエヴァンジェリンは先ほどと同じように試験管を使って魔法を発動させ、分身を消滅させた。
魔力が弱い為に魔法薬を使って魔法を行使している。ネギはそう考えて、分身の一体を体当たりさせて体制を崩させる。
そのまま横に回り込み、武装解除の魔法を放った。
何処かの建物の屋上に降り立ち、ネギはネグリジェ姿のエヴァンジェリンをあまり見ない様にしながら近づく。
「こ、これで僕の勝ちですね。……さぁ、約束通り教えて貰いますよ、何でこんな事をしたのか……それと、父さんの事を」
明らかに後者の方がネギとしては聞きたい事だろう。自身を救った父を知っている人物。父の手がかりを持っているかもしれない人物。
だが、現実はそう甘くない。
「お前の親父……即ち『サウザンドマスター』のことか?」
笑いながらそう言うエヴァンジェリンに対し、ネギは驚愕する。やはり、知っていたのだと。それを確信しつつも、速めの投降を促し続けるネギ。
「と、とにかく。魔力も無く、マントも触媒も無いあなたに勝ち目は無いですよ!! 素直に……」
「……呆れてものも言えんな」
溜息を軽くつき、やれやれといった様子で頭を抱える。
「油断のし過ぎだ。悪い魔法使いが、正々堂々と戦うとでも思っていたのか?」
「え……!?」
体を動かそうとしても、全く動かない。
魔力を使っている様子は無い。なら、どうして? そんな考えが頭の中を反復する。
「悪いが、手段を選ぶ気は無い。私は悪い魔法使いだし、アイツを殺すには
忌々しい呪い。これがある限り、全力は出せない。
ならば、解いてしまえばいい。元々術式の構築はやっていた。半年ほど前に一度変質した所為で使えなくなったが、改良し、確実に解けるように作り直した。何故か必要な血液の量は減っていたが。
後は、呪いをかけた血縁者の血。本来ならば呪いをかけた張本人が一番なのだが、死んだと言う噂が流れ、不可能だと思っていた所にネギは来た。
これを逃す手は無い。本来ならば奴に無理矢理解かせたい所だが、実力的に勝てるかどうか分から無い相手にソレはできない。
ならば、やはりネギを使うのが一番だ。例え、惚れた相手の息子であろうとも。
学園から睨まれるだろうが、どうせ文句は学園長へ行く。ここは気に入っているが、どの道奴を殺せば確実に学園に睨まれるだろう。
それなら、時期が少し早まっただけだ。
持っている杖を奪い取り、ネギの首筋に歯をつきたて、血を吸う。この際味などどうでもいい。茶々丸はこの辺り一帯を見張らせている。糸で拘束した現状を破る手段は、ネギに存在しない。
そのまま血を吸い続け、失血死寸前まで行った所で必要な血液が集まった。
「茶々丸。輸血してやれ」
「イエス、マスター」
茶々丸は手に持った輸血パックから失血死寸前のネギに輸血し、エヴァンジェリンは解呪の魔法を発動させる。詠唱を紡ぎ、魔力を使い、完全に解き放たれた。
「フ、フフフ。フハハハハハハハ!! やったぞ、漸くこの忌々しい呪いを解く事が出来た!」
だが、一つの違和感が身を包む。
「……む? 何故魔力が戻らない?」
そして、思考する。魔法に関して自身が分からないことなどそう多くは無い。まして、学園長がやりそうなことなど想像がつく。
「科学を使った結界、か?」
まだ確信はできないが、可能性はある。後で茶々丸に調べさせるべきだろう。
この学園に通う必要性はもう無い。だが、ネギの記憶を適当に改竄しておけまだ暫くはいられる可能性がある。
理由は無い。ここから出れば、また平穏など無い日々が続く。ソレに、茶々丸は科学で作られたガイノイドだ、メンテナンスもしなくてはならない。
どの道魔力を抑えている大本を探す必要がある。
奴との戦闘に向け、力を完全に取り戻す必要がある。
「ふ、まだ暫くは学生生活を謳歌させて貰おうか、ネギ先生?」
●
一方、学園の魔法先生、魔法生徒は上へ下への大騒ぎだった。
当然だろう。十五年前にかの『サウザンドマスター』が封印した闇の魔法使いの権化といってもいい『
しかも、ネギは失血死寸前まで血を吸われている。輸血されている為、顔色は現状其処まで悪くなってはいない。
ガンドルフィーニは怒りにまかせて学園長を怒鳴っている。
「だから言ったんですよ!! 桜通りの吸血鬼は本当に噂なんですかと! その時は学園長は大丈夫だとおっしゃったから私達は退いたんですよ!? なのに、結果はネギ君の血を吸われ、サウザンドマスターのかけた呪いは解かれ、下手をすればあの闇の魔法使いを世に解き放ってしまうんですよ!?」
机に拳を叩きつけながら、その場にいる全員の気持ちを代弁する。
高畑は出張でいない。学園長自身も新学期という事で仕事に釘付けにされていた。つまり、監視の目が甘かったのだ。
そして重要なのは、エヴァンジェリン程の魔法使いが監視という事に気付かないなどあり得ない。という事。それを分かった上で行動を見ていた筈なのだから、学園長は返す言葉が無い。
「このままでは学園の生徒に被害が出る可能性──いや、もう既に出てるんですよ!? 一体どうするつもりなんですか!!」
「落ち着きたまえ、ガンドルフィーニ君」
「これが落ち着いていられますか! 学園長のお孫さんだって同じクラスでしょう。心配じゃないんですか!?」
「エヴァは女子供は殺す事は無い。それにもう襲われる事も無いじゃろうて」
「既に出てるから問題なんです! そもそも、そう言うという事は、襲われる事を容認していたようにしか聞こえませんよ!?」
実際に容認していたのだから、学園長は何か抜け道は無いかと探る。
「大丈夫じゃ。エヴァは強いが、結界で抑えられている間は無害じゃ。それに、これから先被害が出るようならワシがエヴァンジェリンと戦う。それで良いか?」
「結界を抜けられるというのが問題です。あんな危険人物を外に出したらどうなると思っているんですか!?」
「エヴァは自衛しかせんよ。自分から襲いかかると言う事はしない筈じゃ」
「何かそれを証明できる方法でもあるんですか? 既に学園の生徒が襲われてたと言う状態で!」
詰まる所、ガンドルフィーニは生徒を守りたいだけなのだ。
学園長の理不尽に巻き込まれるなど、堪ったものでは無い。学園の生徒が襲われている時も、「ワシが何とかする」と言っていただけで実際には何もしていない。
これを信用しろと言う方が難しいだろう。
「……分かった。二十四時間の監視を取ろう。何か動きを取れば直ぐ様ワシが出向いてどうにかする」
「……分かりました。その際には我々にも連絡を。もうこれ以上はどうにかなる事なんて有りません。討伐には、我々も参加します」
その最低限の譲歩をした言葉に、後ろにいた魔法先生・魔法生徒のほぼ全員が頷く。
実力の差が分かっていない訳では無い。自分たちが犠牲になってでも、絶対に止めるべき相手だと思っている。だからこそだ。生徒には戦わせたくない。だが、相手が六百万ドルの賞金首となれば話は別。
学園長、高畑。二人で戦っても勝てないかもしれない相手。ならば、全員で戦うしかないだろう?
命を賭けてでも、絶対に倒すべき相手なのだ。それでも、出来うるならば生徒には出ないで欲しい。そう言う思いを、魔法先生達は抱く。
何せ、相手は史上最強とも言える魔法使いなのだから──