第二十七話:引っ越し作業
四月十二日土曜日。
夜。龍宮と桜咲の部屋。
「……何? 潤也に連絡を取りたい?」
「ああ、だが、私は携帯の番号を知らないから教えてくれないか?」
桜咲は龍宮にそう頼む。
もう直ぐ修学旅行。学生の身としては楽しむべきなのだろうが、京都に行くという事は桜咲からすれば守るべき木乃香が狙われる可能性が高いと踏んでいる。
なら、対策を練らない訳にはいかない。
魔法先生としてネギは同行するだろうし、頼めば助力してくれるだろうが、念の為に潤也に助力を願っておいても損は無いだろう。と考える。
「ふむ、そうだな。近衛を守るのに関しては、確かに彼は信用できるだろう。彼らのトップ──垣根さんは相当な実力者だからな」
「実力を知ってるのか?」
「全力のエヴァンジェリンを殺したのも彼だからな。言っていいのかは知らないが」
それは普通秘密にすべき事だろう……と呟くが、知ってしまったものはもう遅い。
とにかく、潤也と連絡を取る事が必要だと判断する。
「それならこの携帯を使うといい」
龍宮から渡されたのは一つの携帯。黒を基調、と言うより全部黒で覆われた薄い折りたたみ型の携帯だ。
「『SMG』の最新モデルらしい。こいつは特別製で、私と他数名にしか渡されてないそうだぞ。特殊な電波だから盗聴の心配が無いそうだ。電話口で話すのは防げないがな」
説明を受けながら受け取る。桜咲は機械にはそう詳しく無いのだが、少なくともここまで薄い携帯は見た事が無い。
驚きつつ、登録してある潤也の名前を探して電話をかける。
数コールして、またも驚くほどにクリアな音声が返ってきた。
『もしもし、龍宮か?』
「あ、私です。桜咲です」
クリアな音声に驚きを隠せずに答える。まるで隣にいる様な錯覚さえ覚える程だ。
『桜咲? どうした、何か用事でもあるのか? というか敬語は別に良い。同い年だろうが』
「あ、そうだな。……以前、垣根さんから『困った時は頼ってくれて良い』と言われていたんだ。ちょっと頼みたい事があるから、伝えてくれないか?」
『あん? …………ああ、前に島に遊びに行った時の事か。良く覚えてたな。俺忘れかけてたんだが』
実際数秒の沈黙があった。忘れていたのだろう。思いだせたなら問題は無いが。
事実、桜咲にとってこれは切り札の様なものだ。忘れる訳も無い。
「修学旅行の際、お嬢様の護衛を手伝って欲しいのだが……大丈夫か?」
『いいよ』
えらくあっさりと返ってきたため、数秒固まる事になった。眼を丸くして驚く桜咲は、オウム返しに聞き返す事は無かったものの、かなり驚いた様な声を出した。
「え、そんな簡単でいいのか?」
『まぁな。元々木乃香とは仲の良い方だし、俺は約束は守る。俺はどうせ伝えるだけだがな』
「分かった。期間は修学旅行中ずっと頼みたいのだが」
『了解、っと。期間中は安全を保証するよ」
用意もあるだろうからこそ、このタイミングで連絡した。大切な人を守って貰うのだ、十全に準備を整えて貰いたく。
『一週間もあれば大体準備は可能だろう。敵は生死問わずでいいのか?』
「出来れば生かして捕えて貰いたい。情報を引き出す事も出来るだろうからな」
芋蔓式に全て引っ張り上げるつもりだろう。もちろん何も知らない下っ端に偽の情報を持たせて捕まらせる可能性も高い訳だが。
その辺は潤也の知った所では無い。頼まれたからやる。それだけだ。
『ん。了解した。じゃあな』
それだけ聞き、電話が切れる。
「ありがとう龍宮。助かった」
「今度餡蜜でも奢ってくれよ」
龍宮は笑いながらそう言う。桜咲は冗談だと分かっている為、何も言わない。
ともかく、修学旅行はこれで大丈夫だろうと一息つく。自身だけで守り切りたい所だが、何があるか分からない。使える手は使っておくべきだ。
例えどんな手を使っても、大切な人を守る為に──
●
四月十三日日曜日。
むくり、とベッドから起き上がり、潤也は朝食の準備をする。
普段と同じように生活しないと変な感じがするからだ。適応しようと思えば直ぐできるが、逆に学校に合わせておかないといろいろと面倒になる。
簡単に朝食を準備し、護の分は自分でやるからいいだろうと放置し、顔を洗って目を覚まさせる。
朝食を食べて時刻を確認し、やる事を確認する。日曜なので特に何も無い。こういう日は図書館島にでも行って本を探すべきかな、と思考した所で携帯が鳴った。
プライベート用だ。
そう言えば修学旅行までに数人実力者を集めとかなきゃなぁ、と昨日の会話を思い出しつつ電話に出る。
「もしもし?」
『あ、潤也君? 起きてた?』
電話の相手は千鶴。まだ七時過ぎだ。日曜と言う事を考えればまだ寝てる可能性もあるのだが、何か用があって連絡してきたのだろう。
「起きてる。何か用でもあるのか?」
『迷惑じゃなかったらでいいけど、今日とある孤児院の施設の引越し作業を手伝う事にしてるの。助っ人として手伝ってもらえないかしら』
「引越しの助っ人?」
『ええ。手伝う人がいたんだけど、急に来れ無くなったらしくて。人手が足りないから誰か良い人いないかって頼まれたのよ』
其処で急遽白羽の矢がたったのが潤也だった、と言う訳らしい。
特に断る理由も無く。力仕事なら別に問題も無い為、了承する。
「どうせ暇だからな。いいよ」
『ありがとう。場所は──』
場所をメモって集合時間を聞き、通話を切る。
軽くストレッチしながら皿などを片付け、今日の天気を確認。当然だが、テレビでは無くパソコンからアクセスする『予言』の方である。
動きやすい服に着替えてから、折り畳み傘を持って部屋を出る。
場所はバスを使って三十分程度、と言ったところだろうか。良くもまぁこんな所に行くものだと思う。
千鶴も保母を目指して頑張ってるなぁ、と感じつつバスに乗り遅れ、電車で向かう。
二十分後。
一番近い駅で降りて、目的の場所の住所を確認し直す。
多少の運動になる。と思いながら歩き始め、十分ほどで着いた。バス停は施設から三分ぐらい歩いた場所にあるのを発見し、バスが速かったか……等と呟く。
どの道乗り遅れていたので一緒なのだが。待つのも面倒だったのでどちらでもいいというのが本音だろう。実際着いたのだから文句などある訳も無い。
その点、電車は丁度来ていたので都合がよかったな。と思い直して施設の前まで来る。言っちゃ悪いが少しぼろくないか? と感想を抱いた。
施設の前には千鶴が来ていた。こちらも動きやすい服装だ。
「あ、潤也君……バス使わなかったの?」
「乗り遅れた。電車が丁度来てたからそっちを使ったんだよ」
「ふぅん」
そんな会話をしながら施設へ入り、管理人のおばあさんと挨拶する。
「どうも。おはようございます」
「あら、礼儀の正しい子だね。千鶴ちゃんの彼氏かい?」
「そういうのじゃありませんよ」
千鶴は微笑みつつやんわり否定する。本当の事なので潤也は特に反論しない。
「それじゃあ始めましょう。潤也君はそっちの荷物を運んで貰える? 私達が段ボールに入れるから」
「了解」
テキパキと荷物を集め、衝撃吸収材(所謂プチプチ)で包装した割れモノを段ボールに入れたり。
女の子達の私物であろうぬいぐるみや人形を詰めて入れたり。
男の子達の私物であろうおもちゃやバット、サッカーボールなどを纏めて車に運んでいる。
大きめの段ボールで重くても、実際には能力を使えば全然苦では無いのでどんどん運ぶ。実際、『
「力持ちだなぁ、お前」
等と手伝いに来た大人に驚かれたりとしているが、順調に進んでいた。
施設を新しくしたので業者に頼むお金も節約したいらしく、大きめのトラックを借りてきて自分たちで運んでいるらしい。
中も少し脆くなったりして危ない為、新しい場所に移る事になったとの事。
こういうのなら設備とかに資金投資してもいいな、と考えていると、千鶴が取ろうとした箱の置いてある棚が倒れてきた。
「お、っと。あぶねぇな」
「あ、ありがとう」
慌てて押さえつけて倒れない様に支える。
壁に固定してある筈の棚が倒れる。それだけ脆くなっているという事だろう。
(……確かに引っ越しは当たり前の判断だな、こりゃ)
棚の向こう側を見てみると、壁がボロボロに崩れている。いつ壊れてもおかしくは無い。
むしろ、今まで良く壊れなかったものだと褒めてやりたい。
上からパラパラと小さい破片が落ちてきている。上を見ると、罅が入っていた。
(こういう施設もあるもんだな。見知らぬ人に手助けを、なんて柄じゃ無いが、資金援助とかしてみるか)
それ狙いで近寄ってくるバカも当然いるだろう。その辺は部下の目を信用するしかない。
●
取りあえず荷物の運び出しは終わり、昼食兼休憩を取る事に。予想以上に早く終わったらしく、施設のおばあさんも驚いていた。
潤也と千鶴は近くのコンビニで適当に弁当を買い、子供達が公園で遊ぶと言うので見ておく事になった。
「元気だなぁ……」
弁当を食べ終え、お茶を飲みながらそんな事を呟く。
「まるでお爺さんね」
「まだまだ若いっての。大人っぽいと言ってくれ」
実際、精神年齢で言えば三十は超えているのであながち間違いでも無い。
子供が遊んで怪我をしない様に見ているだけなので暇なのだ。特にやる事も無い為、ぼーっとしている。
「お兄ちゃんも一緒に遊ぼう!」
そう言って、遊んでいた子の一人が手を掴んで引っ張る。
潤也は渋々と言った感じでその手に引かれ、足元に子供たちが群がってきた。「何かやってー」などと無茶ぶりをされ、どうしようかと頭を悩ませる。
まさか赤青黄色のカラフルな爆発など起こす訳にもいかない。やったらやったでビックリするだろうが。
肩車やらおんぶやらして走り回ったりと忙しい休憩だった。
●
新しい施設に戻り、今度は荷物を運び込む。
取りあえずさっさと終わらせる為に次々と運んで行く潤也。終わった後でまた「遊んでー」等と言われると敵わない。
体力ならあるが、それに対して人数があまりに多い。一人一人相手にしてたら日が暮れてしまう。
時間があれば遊ぶのもやぶさかではないが、それ以前に体力が尽きる。
明日も学校だ。出来ればそんな体力を荒削りする真似は避けたい。どうせ寝るので関係無いと言えば関係無いが。
そんな事を考えながら荷物を運ぶ。
「おい、それ重いぞ。一人で持てるか?」
「大丈夫ですよ。この位」
気遣ってかけてくれる言葉に振り向きもせずに答え、運ぶ。冷蔵庫を。
重いのは重いが、別に能力使ってるのでそうでも無い。自動車より重い冷蔵庫ってどんなんだよ。と思考が変な方向に向く。
そんなのがあったら確実に業務用だろう。
閑話休題
荷物運びも終わり、施設の庭で休む。
子供達も流石に引っ越し作業で疲れ切ったのか、各々だらけている。
「お疲れ様」
「お、ありがと」
千鶴からお茶を受け取り、一口仰ぐ。
四月と言う事もあり、まだ涼しい。それでも、こう動いては汗をかいても不思議では無い。というか、引っ越し作業で大量に物を運んで置いて汗をかかないというのもおかしいだろう。
「……雲行き怪しくなってきたな」
空を見上げながらそんな事を呟く。事前に見てきたので雨が降るのは分かっているのだが。それでも今日は小雨程度でしか無い筈だ。問題は無いだろう。
暗雲立ち込める空。と言うと、何やら不幸な事が起きそうな気がするのは俺だけだろうか。と潤也はぼけーっと考える。
「あら、雨降って来たわ。私、傘持ってきてないのよ。どうしようかしら」
ポツポツと小さく雨が降り始める。濡れない様に施設の中に入りながら、千鶴がそんな事を呟いた。
「俺の貸そうか? 折り畳み用の持ってきてるし」
「そう? でも、潤也君が濡れるわよ?」
「気にする事じゃねーよ。今なら大して強くも無いし……」
ザァァァ! と本降りになっていた。地面を叩く雨音が酷く五月蠅い。
「……これでも?」
「……ああ、うん。大丈夫、大丈夫」
風邪を引く様な時期でも無い。人がいない所ならそもそも反射すればいいので問題は無い。傍から見ると凄く不自然なのでやらないが。人目のある場所では出来ないのが難点だ。
(……あれぇ? こんなどしゃ降りになるって言ってたかなぁ?)
一か月分程度纏めてやっていた上、今日は最後の方だ。多少の計算のズレがあったのだろう。そもそも麻帆良全域と言うと結構な広さになるので、日にちが最後の方になるとどうしても少しずれる場所が出てくる。
まぁ、もう少し計算の間隔を短くすれば済む話ではあるのだが。
不幸と言えば不幸だが、特に何が被害を受ける訳でも無いので問題は無い。
「……そうね、二人で一つの傘に入れば問題無いんじゃない?」
おばあさんが潤也の後ろにいつの間にか立っていて、いきなりそんな言葉を発する。気付いてはいたので驚きは無いが、その言葉に驚く。
「……二人で、一つの傘に?」
「それって、つまり……」
相合傘? と二人の思考が一致した。
「あなた達、仲がいいみたいだし、問題無いでしょう」
ニコニコしながらそんな事を言ってのけるおばあさん。狙っている様にも見える。
おばあさんが感じたのは、この二人お似合いじゃ無い? と言う事だろう。
名前で呼び合って、朝早くに電話して呼び出しても文句一つない。実際、最初はカップルかと思ったほどだ。あっさり否定されてしまったが。
「……まぁ、俺はいいよ?」
「私も別に構わないわ」
別に断る要素も無いので、二人とも同意して傘に入り、バス停へ向かう。
当然ながら折り畳み式で小さい為、必然的にどっちかが濡れる事になる。そこは男として自分が、という感じで幅のほとんどを千鶴側にやり、潤也の肩は雨に濡れる。
だが、反射しているので全く問題は無い。しかも傘を差している為、不自然に見えないので好都合だ。
雨が千鶴にかからないよう気をつけながら傘を差し、バスは後に乗って、先に降りた。
濡れない様に、という配慮だ。
特に会話も無く、恥ずかしがったりと言う様なイベントも無く、女子寮に着いた。
「それじゃあね、潤也君」
「おう、じゃあな」
それだけ言って、潤也は男子寮へと帰って行った。