第二十八話:デート
四月二十日、午前一時。ヨルダン。
爆音が辺りに響く。辺境である為、人は少ない。
「『来たれフォルネウス 二十九の軍団を支配する侯爵』!」
喚起されるは鯱のような姿の魔神。召喚の際、派手に風をまき散らしながらその姿を実体化させていく。
男はその鯱の上に乗り、更に連続して喚起の呪文を唱える。
「『来たれマルバス 三十六の軍団を統べる王』『来たれエリゴール 六十の軍団を治める、堅固なる騎士』!」
現れたのは二体。ライオンの様なモノと槍を携えて鎧を身に着けた騎士。この二体も、先のフォルネウスと同じ様に魔力によって実体化されたモノだ。
これだけのモノを用意していたのだ。戦闘を初めから念頭に置いていたという事だろう。
「私達と敵対しなければ、そんな切り札使わずに済んだのにね」
敵対しているのは一人の女性、柊。周りには数人の『猟犬部隊』
その中の一人が持っているのは、携行型対戦車ミサイル。それをフォルネウスに乗っている男に向かって複数発放つ。
連続した爆音の中、爆炎に巻き込まれながらも死なずに抜け出した。
「面倒な……」
今のを使えば、戦車に乗っていても殺せるのだ。連続で撃ったおかげでマルバスの方は吹き飛ばせたようだが、エリゴールは未だ健在。
槍を携え、『猟犬部隊』を含め殺しに掛かる。
男は連続して、またも喚起を行おうとしており、これ以上は時間の無駄だと判断した。
エリゴールは『猟犬部隊』の一人の目の前で不可視の糸で動きを止められ、銃弾が放たれる。『駆動鎧』の一つ、『エネミーブラスター』と呼ばれるモノを着こんだ男が撃っている。
八本足の巨大な虫の上部に人間の上半身を取り付けたような、異形の大型駆動鎧。
上半身部に頭部は存在せず、胴体に直接レンズが取り付けられている。また、腰の部分は360度回転するように出来ており、胴体部分に操縦者が入るスペースがある。
腕部の肘から下は武装になっており、左腕には機関銃、右腕には滑空砲を搭載。機能の違いから左右の長さは歪で、左腕は人間の2倍程度、右腕は4倍以上ある。
左腕の機関銃は口径18mm超であり、十秒で五十発(分間三百発)の発射速度を持つ。軽車両程度なら簡単にハチの巣に出来る程だ。
それを使い、エリゴールを蜂の巣にしようと放つ。連続した発砲音が続き、至近距離で銃弾にやられたエリゴールが消え去る。
残ったのはフォルネウスに乗った男のみ。この結社の他のメンバーは既に殺害済みだ。
分が悪いと考えたか、この場から逃げようとフォルネウスの向きを変える。
「逃がさないわよ」
空気を切り裂く糸が絡みつき、高速で飛ぶフォルネウスを絡め取る。
だが、流石ソロモン七十二柱の一柱と言うべきか。その力は簡単に止めきれるものでは無い。
それでも、一瞬止め切れれば十分だ。
どこかからフォルネウスを喚起した男が狙撃され、フォルネウスから落ちる。
呼び出した者がいなくなり、フォルネウスは霧散して還る。
「……ふぅ、取りあえずこの任務は完了ね」
「お疲れ様です。アジト内部にはトラップもあるようですので、お気を付けを」
「分かったわ、後始末よろしく」
「ハイ」
銃を持った筋骨隆々の男が、細身の女性に頭を下げる。この場面だけを見ればシュールなモノだ。
近くのビルの様な建物。其処が今回戦った結社のアジト。
今回の敵は、『SMG』に対して攻撃を仕掛ける為に戦力を集めていた為に狙われた。また、他の結社と手を組んでいた事もあり、発覚。殲滅の為に『グループ』の柊と『猟犬部隊』を動かした。
扉を開け、中のトラップを破壊しながら歩を進める。そして、見つけたのは開けられていない一つの手紙。
宛先は先ほど潰した結社の首領。誰から送られたかは分からない。
(……魔法的な仕掛けがしてあるのね)
これでは、自分は開けられない。恐らくこういう類のモノは暗号や特殊なキーワードがいるのだろう。
下手に開けて内部の手紙を破損させては駄目だ。何か情報が手に入るかもしれないのだから。
結社の首領に聞いた方が速かったかも知れないが、恐らくあの男は何も知らない。八重が問答無用で殺していいと言ったのだ、そうとしか思えない。
持ち帰って社長に見せれば問題無いだろうと思い、手紙を服の中にしまって辺りを捜索する。
見つけたのはPC。何処にでもある、普通のPCだ。
起動させ、中のデータを全て閲覧する。機械に関してはそこらの連中より余程上だ、全てのデータを見るのにも時間はそうかからず。
いくつか暗号化されているものもあるが、其処までレベルの高い物では無い。
そして、一つのデータを見た。
恐らくは、これが『奴ら』の目的だろう。信じるに足るかは分からないが、これから調べればいい事だ。
そして、PCのデータをコピーし、本体を破壊してデータの原典を消す。
携帯を取り出し、八重へと連絡をする。
「任務完了。気になる事もあったけど、取りあえず帰ってからの報告でいい?」
『構わないよ。それと、君は直ぐに日本へ帰って来て貰う』
「……また仕事? グループの他メンバーは?」
『別の仕事が入ってる。それも終わるし、直ぐに戻って来れるよ。行先は京都、とある人の護衛だ』
「京都? 関西の関係?」
『そう。社長が直に受けた依頼だから、手は抜けないって言ってる。同行する僕としても、多少はやる気出さないとね』
「そう、分かったわ。直ぐに戻る」
通話を切り、携帯を仕舞って歩き出す。
奴らのPCの中にあり、脳裏に焼き付いて離れぬその言葉は──
『神を我らが手に』
●
同時刻、日本。七時間の時差がある為、時刻は八時。
アスナは部屋でどの服を着て行こうか悩んでいた。
「アスナ、まだ迷っとったん?」
「それは、ねぇ……やっぱり可愛いとか言って貰いたいじゃ無い」
木乃香は恋などした事無いが、まぁ分からないでも無いなぁ。と思った。女なら誰だって綺麗に見せたいものだ。増してや、デートの時など特に。
電話があった三日前からずっとそわそわしっぱなしで、授業は耳に入らず、昨日の夜は早く寝ようとして寝れずにいた事も分かっている。
恋は盲目とは良く言ったものだ。本当に周りの事が見えていない。一時間近く服を選んでいるが、早くしなければ待ち合わせの時間に遅れてしまう。
「む〜。どうしようかしら……」
頭を悩ませながら服を見るアスナ。どの服がいいか未だに決まらないらしい。
「……ウチが選んだろか?」
「え、ホント? 選んで選んで。木乃香なら服のセンス頼りになるし」
そしてそのまま、服選びを木乃香に任せて十分程経つ。
木乃香は満足そうに頷いており、アスナはおかしな所が無いか確認している。服のセンスには全く文句を付ける気が無い様だ。
「……よし、これでOKや。頑張ってきや」
「……勝負パンツとか、履いてったほうがいいのかしら」
「中学生でそんなん履かんでええねん!!」
いい加減にしろとばかりに怒った木乃香の怒声を浴びてドアを開け、急いで待ち合わせの場所へ向かう。
●
駅近くの公園。ここが潤也とアスナの待ち合わせ場所である。
アスナが来た時、潤也は既に来ていた。時間的にはまだ余裕があり、十分以上は残ってるだろう。
携帯を操作している潤也はアスナの事には気付いていない。
「待った?」
「いや、全然……」
潤也が振り向き、アスナの服を見て言葉に詰まる。
膝辺りまでのピンクのスカートに白のパーカーで髪を下ろしている。四月に入って暖かい為、もうこういった服装でも寒くは無い。
潤也はジーパンに黒を基調にしたTシャツ。元々気温などは関係無しに服を着るので、いつもと同じような格好だ。
「えっと……変?」
服を確認しながらそう呟くアスナ。その表情は何処からしら不安そうだ。木乃香に選んで貰ったとはいえ、やはり心配は隠しきれないらしい。
潤也はそれを否定し、率直な感想を伝える。
「いや、全然変じゃ無い。凄く可愛いと思うよ」
「そう? ありがと」
アスナが顔を若干赤くしながら答える。携帯を仕舞い、チラッとアスナの後ろの方を見てから歩きだす。
「じゃ、行くか」
「うん」
駅を通って麻帆良の外に出る。ちょっと都心の辺りまで出れば店は沢山ある為、そちらの方が楽しめるだろうと思ったからである。
電車を使って原宿まで出て、いろんな店を回る。
修学旅行用の服なども見て、似合いそうなのをいくつか購入した。当然、潤也持ちだ。
元々金は使う方では無いので、こういうときに使うべきだろうと思っている。
服や小物。アクセサリーなどを見て回り、気に入ったものがあったら手に取り、欲しいと思ったら買う。それを何度か繰り返した。
途中でクレープなどを買って雑談しつつ、町を歩く。いくつかの袋を抱えながら町を見て回っていると、昼食の時間になったので近くの店に入る。
店の外見と中の装飾が全く合って無い和食の店を選び、昼食を取る事にする。
定食を頼み、食べる。意外と味は良かった。
「……こんなに買って、お金大丈夫?」
「気にするなっての。幾らでもあるんだし、多少使って社会に貢献すべきだろ」
もっとも、一人でそんなに変わるとも思えないが。
それにしたって袋がいくつもある。アスナが選んだもの以外にも、潤也が「アレ良さそうだ」とか「こっちもいいな」などと言って買うのだから、どんどん荷物が増えて行く。
人が多いので迂闊に『
食後の散歩がてらウィンドウショッピングをして、公園で一休みする事にした。アスナはベンチに座り、隣に荷物が置かれる。
「コーヒー買ってくるけど、何かいるか?」
「ううん。要らない」
近くの自販機を見るとコーヒーだけが切れていた為、近くのコンビニに買いに行く事にした。
ほんの数分の距離なので直ぐに戻ってくるだろう、とアスナは思っていたが、不良の様な輩が現れる。
金髪のダボダボした服を着たリーダー格の男がアスナを見ながらニヤニヤしている為、早く潤也戻ってこないかな。と思っていると、話しかけられた。
「君、可愛いね。一人? 一緒に遊ばない?」
典型的なナンパだが、アスナがその誘いを受ける事は無い。ハッキリした口調で拒絶の意を示す。
「連れがいるので」
「連れって、女の子? だったら一緒に遊んでもいいからさ……」
懸命にナンパを成功させようと頑張るチンピラ。あまりに一生懸命なので、その後ろに立つ人物に気付かなかった。
「はーまーづらぁ」
ビクゥッ!! と傍から見ても分かる位驚いて、ゆっくり振り返る。
「こ、この間伸びした呼び方と声……まさか」
「ひっさしぶりだなぁ、
「じゅ、潤也……ひ、久しぶりだな」
濱面と呼ばれた金髪の男は引きつった顔でそう返す。濱面の仲間であろう二人は、何をそんなに怯えているのかと不思議な眼で濱面を見ていた。
潤也はそれを無視し、濱面の近くによって世間話を始める。
「学校こねーから心配してたんだぜ? しかし、原宿でナンパか。楽しいか?」
「あ、ああ。まぁな……というか、もしかして雰囲気全然違うけど千雨ちゃんか? こっちの娘」
「違う。千雨じゃねーよ」
「潤也、この人たち知り合い?」
「この金髪だけな。一応寮の同室だよ。入学して次の日に不良グループと付き合い始めてまともに学校来てねーけど」
呆れた顔をしてそう告げる。コーヒーの缶を開け、一口飲んで気分を落ち着ける。
その次の日に潤也にグループ単位で喧嘩を売りに来た事はまだよく覚えている。通報したら高畑に鎮圧されていたが。
「オイ、濱面。コイツ誰よ」
「美男美女カップル……モゲロ。リア充爆発しろ」
「バカ野郎! 口に気をつけろ! こいつはあの『男女平等』と呼ばれる長谷川潤也だぞ!!」
「オイ、それ初耳なんだが」
麻帆良の中で囁かれている噂なら幾らでも入ってくるが、麻帆良の外となるとこういった噂はあまり入ってこない。
ちなみに何故『男女平等』かと言うと、本気で怒らせたら男だろうと女だろうと躊躇も容赦も戸惑いもなく顔面を殴り飛ばすから。だそうだ。
こんな痛い中二みたいな名前つける奴いるんだな……と潤也が驚く。
アスナは美男美女カップルと言われて顔を赤くしている。
「ま、マジか……妹を人質にとったら人質を取った奴が廃墟ごと吹き飛ばされたって噂の……」
「それどころか、鉄パイプで殴ったのに何故か殴った奴の手が折れたとか……」
「それだけじゃねぇぞ。時速百キロのダンプ相手にカウンターを決めて──」
「おかしな噂広めんな」
ゴツン。と鈍い音を立てて拳骨が落ちる。出来ない訳でも無いのであながち間違いでも無いのだが、それにしたって時速百キロのダンプ相手にカウンターは無い。信じる奴等誰もいないだろう。
溜息をつき、説教するつもりはないが、と前置きする。
「お前、修学旅行くらい来い。中学校生活の思い出無しって、結構辛いぞ?」
「……分かってるけどさ、何か行き辛いっつーか」
気持ちは分からないでも無い。今更行ってどうなる、という気持ちがあるのだろう。今まで殆ど登校していない学校になど、今更行ったところで何の意味があるのだと。
「俺が何とかしてやる。だから取りあえず来い。それだけ。俺はこれからアスナとまた遊ぶから」
「……お前ホント自分本位だな」
「時は金なりって誰かが言ったよな」
誰でもいいけど。と続け、アスナの隣に置いてある荷物を手に取り、飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。
「行こうぜ、アスナ」
「うん」
ベンチから立ち上がり、潤也の後ろを追って行く。
「……あの子、やっぱ可愛いよな。潤也もげちまえ。千雨ちゃんに血祭りに上げられちまえ」
ぼそっと呟いたその言葉で、濱面は後に逆さづりの刑に処される事を、今はまだ知らない──
●
いろんな店を見て回り、夕刻となった。
今まで一生懸命追いかけていたパパラッチ共は既に撒いている為、二人きりで歩いている。
電車に乗って麻帆良へ戻り、駅を通って近くの公園で一休みする。
「……そうだ、忘れないうちに渡して置く」
「何?」
取りだしたのは包装された箱。それをアスナへと手渡す。キョトンとした表情のアスナは、視線を潤也へと向けて疑問をぶつけた。
「これは?」
「ハッピーバースデイ、アスナ。一日早いが、明日学校だし、会う時間あるか分かんないしな」
明日四月二十一日。アスナの誕生日だ。
明日学校で遊べないからこそ、今日原宿に一緒に遊びに行った。
「開けていい?」
「もちろん」
包装を解き、中身を見る。
ネックレス。千雨にはブレスレットを渡してあるから、と言う理由でこれになった。
「……綺麗」
夕焼けを反射して輝くネックレス。それを取ってアスナに付ける。
「持っておくと良い事がある。俺からの御守りみたいなもんだ」
千雨のブレスレットと言い、このネックレスと言い、『仕掛け』は施してある。魔法を防ぐとか、そう言った即物的なモノは望めないが。
修学旅行では何かが起こる。桜咲が『護衛』を頼んできたことからもそれが分かる。
準備は入念に。丹念に。何が起こっても対処できるようにしなければならない。
「ありがとう、潤也」
笑顔を向けられ、少しばかり顔を赤くしながら、潤也は頬をかく。照れているのだろうが、潤也のこういう表情は余り見たことが無い所為か、アスナにはかなり新鮮だった。
「気に入って貰えたなら何よりだ」
「うん、気に入った。だから──」
──一瞬。潤也の頬に、柔らかい何かが触れた。
「──お礼だよ。修学旅行も一緒に回ろうね」
ぽかんとしながら、先ほど一瞬なにかが触れた頬をさする。
アスナは少し顔を赤くしているが、夕日に隠れてそれが見えない。女子寮へと続く道の途中で立ち止まり、潤也を待つ。
驚きを隠せないまま、とりあえず女子寮へと荷物を運ぶ事にした潤也であった。