第二十九話:事前調整
少々時は遡る。
少年と吸血鬼が戦闘し、それによって学園に通達がなされ、三日後。
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四月十一日金曜日。
エヴァンジェリン関係の情報の処理が、滞りなく終了した。
家に関しては、重要な魔法書なども持っていると分かっている上で、『ダイオラマ魔法球』等の珍しい魔法具も含め、処分した。
かの悪の大魔法使い、『
魔法を少しでも齧るものからすれば、その名は最早恐怖の対象でしか無い。
六百万ドルの賞金首。それは、それだけの事をしているという意味を持つ。
本人がどう思っているかなど関係無い。世間からの評価など、種族、力の大きさ、その他諸々の事で決まる。
現にエヴァンジェリンと同じように強大な力を持っておきながらも、ナギ・スプリングフィールドの様に英雄と呼ばれる者は存在した。
『人間』と『吸血鬼』と言う事もあるだろうが。
内面の性格など考慮されない。経緯がどうあれ、『殺した』という事実さえあれば明確に敵として世界へ浸透する。
増してや、人間よりも強い種族たる『
相手が『正義』を名乗る『馬鹿』であったとしても、一般的な吸血鬼のイメージが『人間に害を成すモノ』である以上、そう言った類が現れるのも当然と言えるだろう。
それほどに恐れられている魔法使いを、ナギは呪いをかけて麻帆良学園に入れた。
学園長は当初は驚いたものだ。だが、接している内に茶飲み仲間になり、囲碁や将棋などもやる様になった。
内面を見る事が大切、という言葉を改めて実感させられたものだ。
それでも最初は反発もあった。ナギの『英雄』としてのネームバリューと、学園に展開されている結界のおかげで縛りつけられ、悪さは出来ないと当時の魔法先生達に説明して漸く引き下がった。
だが、それは破られた。
事の始まりは、エヴァンジェリン自身が多大な怪我を負って誰かにやられた事。
そして、『桜通りの吸血鬼』事件。
エヴァンジェリンがやった事だと魔法教師達は直ぐに悟り、学園長へと直談判しに行くも、自身が見張っているから問題ないと言われ、引き下がらざるを得なくなった。
ネギと戦闘させ、精神的に成長させようとしたのだろう。
あわよくば、ネギの魔法の師匠とさせるつもりだったのかもしれない。
だが、その目論見は外れる事となる。
ネギは失血死寸前まで血を吸われ、魔力が減衰。数日休む事で戻ったが、エヴァンジェリンの封印がとかれ、次の日に『垣根帝督』との戦闘。
そして、死亡。
学園長は経緯を纏めた報告書を読み終わり、机に入れる。遺品は残っておらず、死体は灰となって消えた。もう、この世にエヴァンジェリンが残っているという証拠は無い。
友人である彼女の死亡は、少なからず精神に影響を与えた。無論、高畑にも。
ガンドルフィーニなどは、生徒を襲って力を蓄え、一人の生徒が殺されそうになっている所を逆に殺したという垣根の話を聞き、彼の方が信用になるのではないかと考えている。
この考えはガンドルフィーニだけでは無く、一部の魔法先生・魔法生徒にも浸透している事だ。
英雄の息子が襲われ、監視していた筈の学園長は役に立たず。解決したのは外部の組織の長。しかも、その組織に属しているものが狙われていたという。
本来なら、首にされてもおかしくないほどの事だ。
だが、情報操作と迅速な『処分』を持って事実を隠蔽。彼女がここにいたという証拠は、もう無い。
長く息を吐き、背筋をゆっくりと伸ばしてお茶を飲む。
修学旅行。エヴァンジェリンの件で失敗した為、次は失敗する訳にもいかない。今まで書いていた書状を破り捨て、真面目に書いたものを用意する。
あの親書を送り、西とも敵対してしまえば、学園長の権威は地に落ちる。権力よりも優先すべき事があるが、『アレ』がここに封印されている以上、できうる限り麻帆良から離れる事は避けたく。
月曜日、ネギ君と話そうかの。と呟いて仕事を終えた。
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四月十四日月曜日。
この日も、ネギは元気に出勤している。見た目的に登校が良い気もするが、一応教師である為、出勤だ。
カモを肩の上に乗せ、授業の準備をする。
カモはネギとこの学園の生徒を仮契約させようとしているようだが、未だその目的は達せられていない。
女子寮に近づこうとすると、得体の知れぬ恐怖感が身を蝕むのだ。それ以上一歩でも踏み出せば死ぬと、本能が告げていた。
おかげでカモは女子寮に侵入する事無く、まだ生きていた。
授業を終え、放課後。教師として大体の仕事を終え、一休みしている時に学園長に呼び出される。一体何の話だろうか、と考えながら学園長室へ入る。
学園長は椅子に座っており、ネギに向かってゆっくり話し出した。
「実はのう、修学旅行の件なんじゃが」
「修学旅行ですか?」
「うむ。京都行きは中止になるやもしれん」
「え……中止ですか? なら、ハワイに?」
別の候補地であったハワイを思い浮かべるネギ。特に行った事も無いので、ネギ個人としてはどちらでもいいのだが。
雪広などは、ネギに日本の文化を見せたいと張り切っていたので、少々残念な気持ちも確かにある。
「そうじゃの。まぁ、まだ中止と決まった訳では無い」
「はぁ……」
「先方……関西呪術協会と言うんじゃがの。魔法先生がいると言ったら京都入りに難色を示して来たんじゃ」
「え、と。それって、僕の所為ですか?」
自分の所為で候補地を変えなければならない。そう思って慌てるネギ。
修学旅行で京都に行く事を楽しみにしている生徒もいるのだ。それが自分の所為でどうにかなるなど、出来る事なら避けたいと考えるが。
「いや、ネギ君だけでは無い。瀬流彦君は知っておるじゃろう?」
「はい、いつもお仕事を教えて貰ってます」
「実は彼も魔法先生なんじゃ。じゃが、もう決まっておるから別の候補地の先生と入れ替える訳にもいかん。ネギ君は担任じゃから余計にな」
「な、なるほど……それで、どうするんですか?」
結局のところ、其処に落ち着く。
ネギ自身、自分が原因だとは微塵も考えていない。
唯の魔法先生ならまだ許容出来ただろう。だが、スプリングフィールドの名前を持つネギがいるとなれば話は別。
現在、西洋魔法使いの代名詞とも言える『
西洋魔法使いを毛嫌いしているモノからすれば、ネギの存在は西洋魔法使いとしてのイメージそのもの。
魔法世界での戦争で親を奪われた者もいるし、日本の伝統を忘れたと憤っている者もいるし、個人的な理由で嫌っている者もいるが、結局纏めると『敵は西洋魔法使い』になる。
其処に放り込もうというのだから、下手すれば西と東の抗争が起きてもおかしくは無い。
「ワシとしても、これ以上イザコザを増やさずに仲良くしたいんじゃ。じゃから、これを渡してきてくれんかのう」
そして、学園長はそれをしない為、東西の関係の改善をする為に机から一つの手紙を取りだす。
「それは?」
「西の長宛の親書じゃな。これをあちらの長に渡してくれれば良い。道中これを渡すまいと妨害をしてくる可能性があるが、生徒達に被害を出す様な事はせんハズじゃ。やってくれるかの?」
「……ハイ! 分かりました。やります!」
大役を任されたという高揚感が身を包む。一教師としての仕事の領分では無く、魔法先生としての領分に入っている仕事だが、関係無いとばかりに。
形骸化した西と東の対立は、もはや『親書が届けられた』という事実のみ存在すればどうにでもなる事だ。
その為の根回しは既に済んでいる。
更に、ネギがやる気を出す様に、京都へ行く理由を強固にするために、ナギの情報を与える。
「京都にはナギが一時期使っていたと言われる別荘がある筈じゃ。西の長が知っておる筈じゃし、親書を届けた後で個人的に聞いてみるといい」
「本当ですか!?」
驚きを隠せない。
六年前の事件で出会い、その背中を追いかけているネギ。父親の背中を追いかけるというのは極普通の事だ。だが、ネギはあまりに執着が強過ぎる。
別荘があると話を聞き、修学旅行の行き先が京都で良かったと息を吐く。
「む、そうじゃ、言い忘れていた事がある」
「な、何でしょう?」
笑って見ていた学園長が、声色を変え、雰囲気を変え、真剣な表情そのものになる。
「孫の木乃香には魔法バレはせんかったじゃろうな?」
「それは……大丈夫だと思いますが」
実際、魔法が暴走しそうになっても、何かに邪魔される様に魔力が散っている為、魔法が発動する事は無かった。アスナ、よく頑張った。と褒めたい所だ。
カモが何やら悪戯をやる時間も無かった為、未だ木乃香の才能は開花していない。
「そうか、なら良いんじゃ。ワシは構わないんじゃが、親の方が魔法を教える事に抵抗を持っておっての。なるべくばれん様に頼む」
「分かりました」
「それと、もう一つ。これだけは絶対に護って貰わねばならん」
「な、何でしょうか?」
気迫が増す。飄々とした雰囲気でも無く、正に老年の魔法使い。茶化す様な事は言わないと本能的に悟る。
「ネギ君のクラスの長谷川君とアスナちゃん、御上君を知っとるの?」
「はい。アスナさんにはお世話になりましたし」
部屋の事で、と続ける。
「その三人じゃが、何があっても魔法関係で接触する事を禁ずる」
「え、それは、魔法使いとして巻き込まない為には当然なんじゃ……」
「無論そうじゃ。じゃが、何があっても、絶対に彼女達に魔法に関する事を話してはならんし、干渉してはいかん」
念を押し、問い詰める様にネギへと警告を渡す。
特に、御上零は学園の監視をしている節がある。おかしな真似をすれば、敵対する事は確実であろう。
「わ、分かりました。そうします」
「ネギ君の肩に乗っ取るオコジョ妖精もじゃ。彼女等に下手に手を出すと不味い事になる」
少しばかり疲れた様子で、そう告げる。
「わ、分かりやした。気を付けやす」
カモはそう返事して、心に刻み込む。不味い事がどんな事かは明言しなかったが、ネギは想像できず、カモは『最悪の事態』を予感した。
つまり、『死』
可能性が捨てきれない。学園長がどうなるか明言しなかった事が逆にそういったイメージをカモに持たせた。
学園長からしても、それ位に思っていれば下手な事はせんじゃろう。という考えだ。
男子校の二人とは、まず接触する可能性が低いだろう。という考えの為、言わなかった。瀬流彦には通達してある為、その辺のフォローはしてくれるだろうと思い。
「……おお、そうじゃ。忘れぬうちに言っておかねばな」
「こ、今度は何でしょうか」
もう満腹です。とばかりに学園長に目を向ける。
「呼んでおいたんじゃが、まだかのう? ──と、噂をすれば何とやら、とな」
扉が開けられ、二人の人物が入ってくる。
一人は瀬流彦。いつもニコニコしている為、ネギとしても話しやすい先生の一人だ。
もう一人はネギのクラスに属する生徒。桜咲刹那。
「お呼びでしょうか、学園長」
「うむ、ネギ君と情報を共有してほしいと思っての。齟齬があって敵対する、等となっては敵わんからの」
「え、と。何の話ですか?」
「ああ、そうじゃった。ネギ君。桜咲君は木乃香の護衛なんじゃよ」
ぺこり、と頭を下げてネギに挨拶する。
「私はお嬢様を護る為にこの学園に来たんです」
「そ、そうなんですか。凄いですね」
「木乃香はワシの孫であり、関西の長の娘なんじゃ。魔力量が多い為に狙われておっての。念には念を、と言う事で桜咲君が抜擢された訳じゃよ」
木乃香の友人で、ある程度の実力者。侵入者に関しては魔法先生で対処するにしても、身近にいるボディガードとして選ばれた。
普段の行動を見ると、あまり意味があるとは思えないが。
「瀬流彦君は知っておるじゃろう。何かあったら頼るといい。先輩じゃしの」
「あはは、よろしくね。ネギ君。僕で良ければ力になるから」
「ありがとうございます」
軽く握手して、学園長に向き直る。
「うむ、これで今回の修学旅行での関東の正式な魔法関係者は揃ったの」
他にもいない事は無いが、傭兵だ。有事の際は金さえ払えば手助けしてくれるだろう。
桜咲は切り札があるのだから、心配などしていない。
用意できる中で最高のカードを選んだ。それが麻帆良と敵対する事になろうと、大切な人である木乃香を護るためなのだから、後悔はしない。
「ネギ君は関西への親書を持っておる。桜咲君は木乃香の護衛で忙しいじゃろうし、瀬流彦君も教員としてネギ君の仕事をサポートする必要があるじゃろうが、出来れば手伝ってくれると嬉しい。ネギ君。プレッシャーをかけるつもりはないが、頑張っとくれ」
本来なら、瀬流彦と会わせるつもりは無かった。
だが、従者がいないネギでは近接戦闘の出来る敵がいた場合、勝てない可能性が高い。ならば、多少戦闘経験のある瀬流彦をサポートに回すと言う事を選んだ。
ネギには自分の力で今回の事を収めて一回り成長してほしかったが、思惑通りには行かなかった場合、下手をすれば『SMG』と関西を同時に敵に回す事になる。
親書さえ渡せれば問題は無いだろうと考え、サポート役に抜擢した訳だ。そして、警告もしておいた。これなら下手をする事もあるまいと思い。
実際、其処まで戦闘が出来る訳ではないが、頭の回転が速い為に役に立つ事はあるだろうという考えを持っている。
念を押す様に、もう一度告げた。
「関西は木乃香を狙ってくるじゃろう。桜咲君と瀬流彦君、ネギ君。頼んだぞ、木乃香を守っとくれ。そしてネギ君。親書の件、頼んだぞ」
『はい!』
返事をして、これなら大丈夫じゃろうと高をくくる。
準備は念入りに、丹念に。『SMG』は敵に回せば一般人など関係無く戦場へと変える可能性もある。
数年前の、ロシアで起こった『世界的テロ事件』の際の動きで、そう判断した。
穴が無いか探し、隙間を埋める様に策を張り、持ち得る手札を切る。学園長が今できる事はやってしまった。後は彼らの力次第だ。
何かが起こった時の為の人員も、用意しておかねばならない。
──そして、波乱の修学旅行が幕を開ける。