第三十二話:修学旅行二日目
時は少々遡る。
千草が侵入を諦め、その姿を『MAV』で追い初めて数十分後。突如としてなるコール音。男はこれを『仕事用』だと判断し、電話に出る。
クリアな音声が聞こえ、頭の中でスイッチを入れ替える。
『八重、仕事だ。清水寺で監視してた連中から手に入れた情報を使って、大本の連中を襲撃しろ。生きていた方が都合は良いが強制はしない』
淡々と、内容を告げる。初めから拒否権など存在していない。
「了解しました。『猟犬部隊』を使い、襲撃を──」
『<六枚羽>を用意した。お前が操作して潰せ』
その言葉に、驚きを隠せない。
六枚羽。正式名称『HsAFH-11』。『SMG』の有する最新鋭の無人攻撃ヘリだ。
AH-64アパッチにも似た、機体の左右に機銃やミサイルなどを搭載するための『羽』を持ち、回転翼の補助動力として二基のロケットエンジンを搭載、最大速度はマッハ2.5にも達する。
六枚の『羽』は関節を持ち、まるで人間のような動きで六方向へと攻撃を仕掛けることが可能となっている。
ちなみに一機で250億円ほどする超高級品だ。
その性能は、そこらの紛争地域に放てば簡単に制圧できるほど。
それを、たかが関西の一部の連中を潰す為だけに出撃させるという。驚きが隠せなくて当然だろう。
「其処までやる必要があるのですか?」
『何、唯の見せしめだ。全く持ってウザッテェ連中だよ。コソコソと人の周りを嗅ぎ回りやがって。あまりに目に着くもンだから潰して置く』
イラつきを隠そうともせず、電話の主は話す。クリアな音声故に小さなつぶやきまで聞こえるのだ。
『今こっちは旅館に侵入しようとした馬鹿を追ってる。潰してから、もしくは適当に
「分かりました。この辺りの航空管制などは?」
『対処済みだ。一時間以内で始末しろ」
相変わらず仕事が速い。そう感じて思わず感嘆する。
通話が切られ、携帯を閉じて立ち上がる。手にノートパソコンを持って座っていた場所に戻り、起動させてヘリへとアクセスする。
コンタクトレンズを付け、パソコンと連動させる。視界に移るのはヘリから見える状況だ。それと同時にいくつかのモニタも表示され、コマンドを打ち込んでいく。
あくまでも表示させる事だけに拘り、余計なシステムは付けていない。耳の上に付けた円形の特殊な機械で脳波を観測してコマンドを打ち込み、状態に応じて画面を変化させる。
パソコンはカモフラージュだ。が、完全に不要と言う訳では無い。コマンドを打ち込むにはやはりパソコンを通す必要がある。
パスワードは既に知っている。というか、面倒だからと変えていないのだ。元々アクセスするのが自分か彼かしかいない為、必要性もあまり無い。
そもそもこの回線をハックできるレベルのハッカーやクラッカーがいたとしても、電気信号そのものを操作できる彼を超えるハッカーは存在しえない。
故に、ある程度のレベルの難易度であれば問題無いのだ。
『六枚羽』に付けられているカメラから状況を判断し、遠隔操作を開始する。
「瀬流彦先生。そろそろ消灯時間ですから、見周りをして来ます」
「あ、新田先生。分かりました。僕もこの作業が終わり次第見周りに行きます」
コンタクトに移っている景色を消し、少し離れた場所に立つ新田先生を見る。ヘリに関してはある程度自律行動が出来る。コマンドは既に与えてある為、勝手に動くだろうと判断し。
「大変ですね。資料作成ですか?」
「ええ、まぁ。学校の仕事を修学旅行中にやるというのも少々アレですが、時間がなかなか取れないものでして」
「明日もありますから、あまりやり過ぎるとキツイですよ。では、私は行って来ますから」
「すみません」
苦笑しながら、男──瀬流彦はパソコンを操作する。認識阻害の魔法を使っている為、バレる事は無い。
頭のスイッチの切り替えは既に慣れている。こういった二面性のある生活も、大変だが悪くは無い。
●
関西地方某所。
ヘリが空気を引き裂き、上空からマシンガンを放ち続ける。
飛び交う怒号、悲鳴、絶叫。弾丸はSRゴム弾という特殊なものを使っている為、気絶はしても死ぬ事は無い。が、当たり所が悪ければ骨折ぐらいはするだろう。
しかし彼らも攻撃されっぱなしではない。符を使い、上空にいるヘリに攻撃をする。
だが、最高速度はマッハ2を超える上、人間の関節の様に動く『羽』を使い、符による攻撃は銃撃で尽く撃ち落とす事が出来るのだ。
そもそも、機動力がちがう。当たらない上に虚空瞬動を使って上空へ跳べば銃撃の良い的になってしまう。
まぁ、虚空瞬動を使えるほどの使い手など、数えるほどしかいないのだが。
制圧には十分も必要ない。後は回収をさせるのみ。それは流石にヘリでやる事は出来ない為、『猟犬部隊』を派遣した。
●
旅館、完全制圧後。またもコール音が鳴り、電話に出る。
八重は畏まった口調で、疲れた声を出す電話の主に応対した。
「今度はどうしましたか?」
『敵の内二人に発信機を注入しておいた。関西に潰した奴らの場所と一緒に情報を流せ』
居場所は現時点で既に割れている。発信器によるGPS機能が、寸分の狂いも無く場所を教えてくれているのだ。
「了解しました。こちらも既に制圧済みです」
『当然だろう。態々六枚羽まで引っ張り出したんだからな』
『猟犬部隊』を使っても、ここまで速く制圧は出来なかっただろう。それほどの戦力持つ兵器だ。
『
本来、『能力者』の拉致などを防ぐ為に島にいる能力者以外は殆どこれを入れている。が、重要度によって使う発信機の信号がちがう。
暗部と唯の能力者では価値どころか情報の深さが全く違うので分けられている様に、全てが同じでは無い。平等な扱いなどされていない。
今回月詠と小太郎に埋め込んだのは、敵を示す為のモノ。姿は既に衛星で補足済み。後は適当に発信機を追う為の機械を関西に渡してやればいい。
これで迅速な行動を起こさないようなら、それが関西と認識するしかないだろう。
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京都某所。千草グループ。
四人は追われている。関西のいくつかの過激派を抱き込み、協力を得て今回の事件を決行した。
だが、初日に誘拐する筈も失敗し、あまつさえ隠れ家を知られてしまった。これは千草自身も負い目を感じるが、頭では既に切り替えている。
次に上げるのは、追って来た人物。
銀のトレンチコートを着た、機嫌の悪そうな少年。
彼はあっという間に二人を戦闘が出来ぬようにして、自身が新入りと呼ぶ白髪の少年の腕をどうやってか、へし折った。
白髪の少年は千草を転移させ、その後地面に押さえつけられていた二人を連れて別に用意していた隠れ家へと移動。
追跡用の魔法も使われていない為、追手は無いだろうと確信していた。
だが、その期待は見事に裏切られる。
翌朝、千草が目覚めた時、白髪の少年──フェイトは外にいた。
その近くには、いくつもの石像。精巧に作られていて、まるで
いや、事実として人間をそのまま石化したのだろう。
先日折られた筈の右腕を違和感なく動かしながら、少年は振り返った。
「起きましたか? 関西の追手がかかっている。場所が割れてるみたいですが」
「……昨日の夜は、追跡されてへんゆうとったやないか」
「『魔法的な方法』では、ですがね。超能力や科学による産物なら専門外、お手上げです」
相変わらず無表情でそう告げる。あくまで『新入り』と言う立場の為、敬語は外さない。
どちらにせよ、このままここにいてはまた追手が来るだろうと判断し、別の隠れ家に行こうとして、止める。
もしかすると、隠れ家の場所がばれてしらみつぶしに探しているのかもしれない。なら、態々火の中に飛び込むような真似は出来ない。
適当な場所に隠れ家を新しく用意するか、何処かのホテル。または協力者の家に転がり込むか。
どの道、今日一日はこの事で潰されそうだと歯ぎしりをする。
「せやけど、こんな事じゃとまらへん。絶対に攫ったる。攫って、魔力つこうて、『アレ』を操ったる──」
覚悟を決め直し、次にどう動くかを考える。
ここまで来た以上、引き返す事は出来ないのだから。徹底的にやってしまおうと考える。どの道失敗すれば明日は無い。
(……協力してくれる手筈の過激派の連中を訪ねてみようかいな)
追跡されているのなら、其処を頼れば否が応でも助力をしなければならなくなる。長に敵と繋がっているとされれば、謀反を企てているとして捕まる恐れもあるのだから。
「新入り……いや、フェイトはん。二人を起こして来ておくんなまし」
「分かりました」
さて、と一息つき、最初に当たる人物を考える──
●
修学旅行二日目、朝。
大広間に集まり、男子と女子で分かれて朝食を取る為に集まっていた。各々欠伸や背伸びをして眼を覚まそうとしており、朝食の時間が来るのを待っている。
「それでは麻帆良中のみなさん。いただきます」
『いただきまーす』
ネギの合掌に合わせて合掌し、朝食を食べ始める。
男ばかりのむさ苦しいスペースと女ばかりの華やかなスペースが出来ており、男子の連中はチラチラと女子を見ていた。
昨日の覗き未遂で潤也に制裁され、先生達に引き渡されたメンバーは正座と課題・説教のコンボを喰らい、眠そうに船を漕いでいる。
「……だー、クソ。ねみぃなチクショー……」
そんな中、眼を半分開き、寝てるのか起きてるのか分からない様な状態で潤也は朝食を食べている。
自分一人がいなくても誤魔化すのは難しく無い。幻覚を見せていてもいいが、後で記憶を弄っておいた方が楽だ。
フェイト達を逃がした後、関西に情報を流して、潰した過激派の連中を引き渡し、旅館の外に出来た血痕を消すなどの後始末をして寝た訳だが。
一日目から既に寝不足な状態だった為、眠くてしょうがない。と言った所である。
別に数日寝なくても平気ではあるが、頭を働かせるにはやはり寝た方がいい訳で。部屋に戻ったらまた寝るかなぁ。等と考えていたりする。
ゆっくり朝食を食べ、ロビーに出る。眠気を覚まそうと珈琲を買い、一口仰ぐ。
軽く眠気が取れ、今日こそ速く寝ようと誓う。修学旅行で速く寝るというのも随分変わっているのだが。
「潤也」
声がした方を向くと、千雨が来ていた。既にいつも通り髪を纏めて眼鏡をかけている。
ロビーの奥の方ではネギと数名が騒いでいるようだが、気にしない。
「ん? どうした、千雨」
「昨日どこにいた?」
「何処って、自分の部屋にだけど?」
「嘘だろ? 護が昨日は部屋にいなかったって言ってたからな」
あの野郎。と額に青筋を浮かべながら考える。どうにも同じ精神系の能力(と言っても天と地ほどの差があるが)を使う為、どうしても効き辛くなるらしい。
護はレベルで言うと1同然だが、それでも精神系の能力を使う事には変わりないのだから。軽くとはいえ抵抗出来るようだ。
「……また、面倒事か? 木乃香が狙われてるって言ってたし、その関係か?」
「んー……まぁ、面倒ではあるが、木乃香は関係無いよ」
「嘘はつかなくていい」
潤也の嘘が一瞬で看破された。
「お前、昔から嘘を吐くと癖が出るからな。直ぐに分かる」
「あらら……癖があったのか、俺」
心配させないようにとの配慮だったが、どうやら千雨には通じないらしい。
「ま、ちょっと警告与えてきたし、今日は動かないだろう。動くなら班別行動でバラバラになる明日だろうな」
「そうか。……ちなみに、警告ってなにやったんだ?」
「軽く戦闘して、後は発信機付けてきた。動きは筒抜けだから直ぐに分かるよ」
それ以外にも監視していた連中を一網打尽にしたり、過激派を潰すよう関西をけしかけたり、木乃香の事に目がいかない様にいくつか仕掛けている。
どの道修学旅行が終わればこの件に関してはノータッチ。潰すかどうかで言えば潰した方が速いのだろうが、如何せん、数が多い。
余計な騒ぎで修学旅行に支障が出るのも嫌なので、関西に任せる事にする。特に信用も信頼もしていないが。
「危険になったりしないだろうな」
「俺がいるんだし、大丈夫だよ。念の為に零もいる訳だし、何があっても対処できる」
仮に核が降ってきても何とかして見せるだろう。方法は未定だが。
「今日の奈良観光。宮崎達と行くんだろ?」
「ああ、木乃香が一緒に行こうって言ってたし、私達も特に反対しなかったからな」
ちなみに宮崎、早乙女、綾瀬、古菲の四人。3-Aの総数が二十九人の為、どうしても何処か四人になるのだ。
古菲に関しては元々組んでたメンバーが六人で多いと言う事になり、宮崎達の班に入った。仲が悪いという訳ではなく、バカレンジャーつながりもあるので問題は無いだろう。
その他のクラスおよび班についてはそれとなく護衛が付いている。過激派があれだけ動いている状態で長の方を信用できる筈も無い。
まぁ、実際今日は奈良一か所なので護衛もしやすい。怪しい奴は片っ端から打ち抜くとか言う訳にもいかないが。
雑談をしつつ、ロビーに全員集まり、それぞれが奈良へと向かう。