第三十三話:奈良公園
奈良公園。
多くの国宝指定・世界遺産に登録された物件があり、海外からもたくさんの観光客が訪れる日本有数の観光地。
俺達からすれば鹿が大量に鎮座していたり、歩いていたり、鹿煎餅を貪っていたりとしている場所だ。
つーかホントに鹿ばっかじゃん。大仏とか興味ねーしなぁ。
ちなみにウチのクラスの大半の連中は課題をやらされる筈だったんだが、血の涙を流してまで懇願してあの魔義流先生が引いたらしい。その時の顔を見た奴らは「先生が本気でドン引きだった」と語っている。
「鹿が大量だー!」
「鹿煎餅食わせよーぜ!」
騒いでいる3-Wの馬鹿集団を放っておきながら鹿煎餅を購入。鹿に食べさせようと近づく。
「…………」
一歩近づくごとに鹿が一歩離れる。俺の周りに直径二、三メートルくらいの鹿の円が出来ていた。
「……え、どうなってるの?」
早乙女や綾瀬が物珍しそうにこっちを見ている。俺はそれに反応しない。
「潤也の恐ろしさに鹿は本能で気付いているんぼへぁ!」
椙咲に軽いジャブをかましつつ、鹿煎餅を千雨達に渡す。どうにも動物には嫌われているらしい……というか、『
猫なんかにはよく避けられたりしてるが、普段から動物と触れ合ったりしないから忘れ気味なんだ。
「動物除けとして最適だよな」
「人を蚊取り線香みたいに言わないでもらえますかねぇ!」
いや、ちょっと違う気がするけども。
つーかどこの
触れ合いたいなら『電撃使い』の能力を使わないようにすればいいんだが、死角からの奇襲も察知できるから便利なんだよな。
俺自身は別に反射があるから良いが、どこに敵がいるか分かったもんじゃないし。『
そんな訳で、俺は団子屋でお茶と団子を楽しむことにした。千雨達に眼に見える範囲にいろよー、と言いつつ団子を食べ、お茶を飲む。
ふぅ、美味い。
「あら、潤也さん。一人で何をしているんですの?」
「さん付けはヤメロ。背中がむず痒くなる」
現れた雪広。普段と違ってポニーテールにしてるが、何か理由でもあるのか?
特に気にする様な事でも無いが、普段と違うので少し興味が出た。でも聞く気は無い。朝倉はむしろ俺の方に興味を持ったようで、何事かと聞いてくる。
「というか、潤也君は何してんの? 千雨ちゃん達と一緒にいるもんだとばかり思ってたけど」
「鹿に嫌われてるんだ、俺は。近づけないんだよ」
経緯を話したら朝倉に盛大に笑われた。其処まで面白いか?
千雨達が鹿と触れ合ってると俺は其処行けないんだよな。避けられるから触れあえないし。避けたいときは便利だと言われたが、避けたい時ってどんな状況なんだろうな。
「その団子美味しそうだね。食べてもいい?」
「金払えよ」
「千雨ちゃんと……アスナの写真も付けるよ?」
「おっちゃん、団子追加!」
「えらく簡単に掌返しましたわね……」
俺と朝倉の取引に溜息をつきつつそんな事を呟く。いや、別に悪い事じゃないだろう?
実際幾らでも写真を撮ろうと思えば撮れるんだが、確実に問い詰められるしな。『
その点、朝倉から買ったと言えば問題は無い。……別の問題が浮上した気もするが。
「お前等も好きなの頼んでいいよ。金なら払ってやるから」
「あら、いいの?」
「金はあるからな。千鶴は何が良い? 村上もザジもコッチ来て頼んでいいぞ」
「スンマセーン! 団子ください!!」
横から現れた仲芽黒除くウチの班員達が、俺の言葉を聞いていたのか、直ぐ様団子を注文した。
というか、いつの間にこっち来た。千雨達と一緒に鹿に煎餅やってたんじゃねーのかよ。あんなにはしゃいでたくせに。
「あ、お前等は自腹だぞ?」
「ハァ? 女尊男卑の激しい奴だな。良いだろ、団子位」
「俺はいつでも男女平等だ」
「なら俺達を差別するのも止めろよ」
「差別じゃねーよ。分別だ」
『俺達ゴミ扱い!?』
俺達のやり取りに笑いながら、千鶴や雪広達が各々好きな物を頼んでいる。
「ズズッ……お茶がうめぇ」
基本的に珈琲派だが、偶には緑茶も悪くない。これぞ日本人の嗜み。紅茶はあまり好きな方ではないが。
「……所で、潤也君」
ズズズ。とお茶を飲みながら朝倉が俺の方を向く。俺は団子を口に入れながらそれを横目で見る。
「アスナとはどこまで進んだの?」
「どこまで、とは?」
「とぼけなくて良いって。この間二人でデートした事くらい知ってるんだからさ」
朝倉がニヤニヤしながらそう言って近づいてくる。パパラッチ精神は良いが、相手を選べ。
最悪、記憶を弄られるからな。俺はしないけど。やってもいいが、ここでやると後が面倒だ。近くに知り合いがいると挙動がおかしくなるから不審に思われる。
「……お前としては、どこまで進んでると思ってるんだ?」
「そうだね……一番進んでてホテル行き、進んで無かったら手を繋ぐまで。かな?」
俺達の会話に全員が耳を傾けているのか、この場にいる全員が無言だった。其処まで気になるのか、俺とアスナの関係。
というか、中学生でホテル行きって馬鹿じゃねーの? いや、其処まで行く奴らは行くんだろうが、俺は行かねーよ?
「ふむ……一緒に遊びに行くまでだな」
「だからさ、そう言うんじゃなくて。キスとかしたの? って聞いてる訳」
豪くストレートに聞くな。本人に其処まで聞ける辺り、存外豪胆らしい。いや、元からこうか。パパラッチだし、東堂さんの弟子みたいな奴だし。
みたいってか、弟子だし。
「お前が期待してるようなエピソードは無いよ」
「本当? 隠してるんじゃないの?」
ズズイッ、っと寄ってきて更に聞き質そうとする。手にはボイスレコーダー。ここで聞いた事を後で記事にでもする気か?
お茶を一口飲み、気持ちを押さえつける。あまりにウザいと口より先に手が出そうになるからな。
「だからそんなのは無いんだって」
「本当に? デートするぐらい仲いいんだしさ、寮にも遊びに行ってるって聞くよ?」
「朝倉」
「やっぱりさ、デート行ったとかとはちょっと違う……こう、甘酸っぱいエピソードとか無いの?」
「
唯の一言。名前を呼んだだけ。
そして横を見ると、俺の方を向いた朝倉と眼が合う。それだけで、朝倉の額に冷や汗が浮かんだ。流石に冗談ではないと悟ったようで、一瞬で閉口した。
「わ、分かった。分かったから……」
さっきまでの態度が一変し、あっさりと身を引く朝倉。素直な奴は好きだよ、俺は。
寝不足な事もあって、今の俺は少しばかり気が立ってる……らしい。奈良に出発する前に千雨に言われたんだよな。自分じゃよく分からん。
団子を一口食べ、甘い味が口内を満たし、気分がよくなる。やはり甘味は良いな。
「潤也君」
「ん? どうした、千鶴」
団子を食べながら、隣にいる千鶴の方を向く。
「女の子にあんな顔を向けちゃ駄目よ。怖いんだから」
隣からそう言われ、苦笑する。そう言う事を言われる事は余りないから、ある意味で新鮮な気分だ。
「そうだな、今度から気を付ける」
「朝倉さんももう少し礼儀をわきまえてください。プライベートに入り込みすぎですわよ」
「は、はーい。……何で私がこんな目に……」
自業自得という言葉を知ってるか? 言わないが、それを分かって無いとまたやりそうだな、コイツ。
「……何か、今日の潤也は機嫌が悪いな」
「昨日はさっさと一人で寝てたし、なんか嫌な事でもあったのか?」
後ろで護達がそんな事を話していると、千雨達がこっちに寄って来た。表情を見る限り、それなりに楽しめたらしい。
鹿煎餅が入っていた袋を近くのゴミ箱に捨て、俺の隣に腰を下ろす。
「楽しめたか? 鹿に餌やり」
「まぁ、そこそこな。所で何だこの状況」
「団子食ってるんだよ。食べる?」
余ってた団子を千雨達に分け、新しく注文する。
早乙女達はネギと宮崎をどうこうと話してたし、なんかやってるんだろう。早乙女がいないだけで随分と楽。桜咲を無理矢理残らせている零は木乃香に感謝されたりしているが、其処まで言う事でも無いだろ。
それより俺は昨日の白髪が頭に引っかかる。あの見た目といい、実力といい、関西の一派では無い事は明白だった。それ以前に西洋魔法使ってたし。
後々重要なキーの人物だったと思うんだが……原作なんて元からあんま覚えて無かったし、覚えてた部分も役に立ちそうに無かったから放っておいたんだよなぁ。
案の定忘れたよ。魔法世界がなんたらって言ってた気もする。いつかまた会うときがあるならその時聞くか。
まぁ話し合いをするような状況なら、の話だけど。
「食べ終わったみたいだし、修学旅行の目的の大仏を見て写真撮った後、適当に回ろうぜ」
「そうね。後でどんなだったとか感想書かされるに決まってるし」
アスナが同調してカメラを取り出した。修学旅行は学を修める旅行だからな、新田辺りはちゃんとそう言うのを用意してるんだろう。
零は座りもせずに辺りを見ていて、桜咲は木乃香の近くで釘づけにされていた。一体何やったよ、零。
桜咲は一秒でも早くここから離れたいと思っているのか、俺の方に視線を向ける。木乃香は対照的にニコニコして桜咲に近づいている。
…………。
「よし、出発するか」
桜咲を放って、大仏を写真に収めていろいろメモする為に歩きだした。若干涙目だったが、別に気にする程ではないと思っている。
「大仏ったって、何をメモすればいいんだ?」
「いつ作られたとか、歴史とかじゃねーの?」
「誰が作ったとか、何を目的で作ったとか、そう言うのも入れてみれば良いんじゃねーか?」
ウチのクラスの連中は嫌いな事は速く終わらせようとする。
それは別に構わないんだが、こういうときだけ無駄に脳がハイスペックになるんだよな。何故?
普段からやれよと思うが、言っても無駄なのでスルー。
デカイ大仏を見るのに首を曲げながら進み、一人の女性とすれ違う。ポケットに入った一枚の紙を取り出し、流し読みして握り潰して燃やす。当然、外に出てからやった。
内容は『関西の一派が動いた』との事。
始末は既に終わり、奈良に入る前に関西で始末を付けられたらしい。ま、少しは仕事が出来る様だな。これでまた敵が襲ってきたら関西は無能だと言ってやりたい。
……いや、あの白髪は関西じゃ無理だろうな。確実に実力の差があり過ぎる。
魔力量、魔法の質、詠唱速度。どれをとっても超一流だ。ウチの連中にしても関西にしても、アレを相手に勝つのは難しい。
『サムライマスター』近衛詠春。本人の実力は知らないが、長く政治の世界に浸かっていた事、歳の事もあって実力は全盛期とは言い難い筈だ。
本山は結強力な界が張られていると言うが、奴なら破れるかもしれんな。
こうなると、『スクール』を連れて来なかったのが悔やまれる。単純な戦闘能力なら『グループ』のメンバーを凌ぐ奴が殆ど、何より『
現状、ほぼ全員が国外にいる為、やはり厄介事は避けられないようだ。
「……ま、今更考えても仕方ないか」
「……また危ない事してるの?」
アスナが隣でそんな事を聞いて来た。やはり迂闊に喋らない方が良かったか。心配させるだけだろうし。
他の奴らは少し先の方を歩いている。雑談しながら、俺達も離され無い様近づき過ぎない様歩き続ける。
「いや、関西が内部でぶつかり合ってるらしい。被害は
「そう……でも、関西っていうと、木乃香の実家なんでしょ? こっちに部隊向けられたら不味く無い?」
「それこそ俺の出番だろう。何の為に一緒にいると思ってるんだ」
「一緒に回る為でしょ。護衛とか、そんなのは考えなくて良いのよ」
一瞬、キョトンとした。アスナの言葉が頭の中で反芻し、意味を理解して口元に笑みを浮かべる。実際、護衛にはちゃんと別動隊を割り振ってある。俺自身が動く必要性なんて皆無に近い訳で。
そう言う意味じゃ、俺も旅行を楽しんだ方が得だろう。
「……ハハハ。そうだな、そりゃそうだ。折角の修学旅行だし、楽しまなきゃ損だ」
第一目的は楽しむ事。それ以外は全部二の次だ。護衛は他の奴にやらせりゃいいし、俺が動く必要性は全く持って無い。
「昨日もあんまり寝て無いんでしょ。護から聞いた」
アイツは本当に口が軽い。昨日の夜はしっかり対処した筈だが、やはり少し甘かったらしい。
千雨に話した事といい、少し説教が必要か? とはいえ、あいつも俺の事を心配しての事だろう。なんだかんだで友達思いな奴だし、説得するだけで済めばいいが。
「俺は数日なら寝なくても大丈夫なの。というか、昨日はちゃんと睡眠とったって。隈だって出来て無いだろ?」
「潤也はそんなの自分の力でどうにかしそうだから、そう言うのは当てにならないの」
あらら……殆ど寝て無いのはばれてるらしい。どうして俺の周りの女はこう勘が良いのかね。誤魔化すのも一苦労だ。
それでも誤魔化しきるけどな。
「大丈夫だって。自分の体の事は自分が一番分かってるし、問題無い」
まぁ、今も十分眠いんだがな。出来る事なら今すぐ寝たい位に。
「……無理しちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ」
そう言ったのを聞いて、アスナは前の奴らと合流した。
出来うる限り楽はしたい、が。懸念事項がある。
ヨルダンで手に入れた手紙。『SMG』に対抗する為に組織単位で有志を募っている連中。なら、この関西の騒ぎにまで便乗してくる可能性もある。
過激派に手を貸して俺達を敵に回し、鬼神を蘇らせて対抗するつもりかも知れない。
あくまで可能性。だが、ゼロと言い切れないのがまた痛い。
「……前途多難だな」
呟きは風に消えて、俺は千雨達を追いながらゆっくりと歩き続ける。
●
昼食を食べ、午後。
近くの土産物屋でアクセサリーやらなんやらを見て回り、適当に時間を潰す。見当たらなかった早乙女達はというと、宮崎がネギに告白する為に手伝ってたと言っていた。
告白されたネギはそのまま倒れ、熱を出して旅館へ運ばれたらしい。
「何やら考え過ぎで知恵熱が出たようです」
綾瀬はそう言ってたが、知恵熱って生後半年から一年ぐらいの頃の乳児に見られる発熱の事だぞ?
それを使うって事は、普段頭を使わないとか、赤ん坊並みって意味だからな? 天才少年知恵熱を出すってか。皮肉ってるな、オイ。
「……告白、かぁ」
「勇気あるんだな、宮崎」
相手は十才の子供だけどな。
アスナがチラッチラッとこっちを見ている。何を期待してるんだ、お前は。
それを見ながら零は笑ってるし。木乃香は相変わらずニコニコしているし。千雨はジッと俺を見てるし。刹那は状況が把握できなくてハテナマークが頭の上に見えるし。
椙咲達は呪いの様に何やら呟きながら地面を叩いてるし。仲芽黒はそんな椙咲に何やら言って椙咲は地面を転がり出すし。
正にカオス。
「…………」
この状況で、俺にどうしろと?
俺が何の反応もしなかったら、ほぼ全員が一斉に溜息を吐いた。
「まぁ、潤也だしな」
「そうね、潤也だしね」
なんか俺だからっていうのが通じてるのが怖い。何だよ、どういう意味だよ、俺だからって。
「……取りあえず、もうバスの時間だから帰るぞ」
ここにこれ以上いたらまたおかしな事になりそうな気がしてしょうがない。
帰りのバスで椙咲達がウザかったのは言うまでも無い。