第三十四話:ラブラブキッス大作戦
夕刻。
千雨は特に何をするでもなく、部屋にて携帯ゲームをしていた。参加者は零。協力プレイという奴だ。
外は豪く騒がしい。先ほど外を見たらネギが車を吹き飛ばしていた。そのまま慌てて窓を閉めて、またおかしな事でも起こってるのか? と考える。
アスナと木乃香は自販機ブースへ飲み物を買いに。桜咲は木乃香に連れて行かれた。
「所で、桜咲ってあんなに木乃香にべったり……というか、木乃香がべったりみたいだが、仲良かったのか?」
「同じ京都出身で小さい頃からの幼馴染。何やら理由があって傍にいなかったらしい。別に私はどうでもいいんだがな」
流石に護衛が傍にいないのでは話にならん。と続けながらゲームを操作する。
「護衛、ね。その所為で潤也もいろいろ忙しいみたいだし、大丈夫かね」
「大丈夫だろう。あらゆる可能性を考慮して配慮していろいろ仕掛けた旅館だからな」
一週間程度しか無かったのは痛いが、少なくとも最低限の事は出来た。
というか、そもそも関西と深い関係のある木乃香がいる上に、『SMG』と関係があるとばれている潤也と千雨がいる時点で、こちらに何か仕掛けてくる可能性を考えてはいたため、仕掛けは予め準備はしていた。
そこから更に木乃香が誘拐されない為の罠を仕掛けた訳だ。
「木乃香の所為で忙しくなったなどとは思うなよ。元は関西の長がしっかりして無い所為だからな」
「関西……ってーと、木乃香の親が長だったか?」
「そうなる。必然的に後継者は木乃香になる訳だ。長がもっとしっかりしてれば、狙われる事も無いだろうにな」
武の英雄に政治的な事が出来るとは限らない。
幾ら大戦で多大な戦果を上げたからといって、実力があるからといって。安易に長を決めてしまった事が、関西の幹部に不満を持たせた。
更に、親関東派というのも長が敵視される要因の一つ。近右衛門は近衛家から出て西洋魔法を学んだ事もあり、関西は西洋魔法使いを好いていない。
最近は『SMG』が少なからず関東・関西の両方に影響を及ぼし、三竦みの状態になりつつある。
エヴァの件で関東に。島根の件で関西に。それぞれ干渉しているためだ。
どちらかと言えば、三竦みというより冷戦状態の関東・関西と関係の無い第三勢力といった方が良いかもしれない。
戦力的に言えば第三勢力が圧倒的に強いのだが、干渉はしないので変わりはしないだろう。
「……修学旅行くらい、楽しみたいんだけどな」
「その為に潤也は頑張ってるんだろう。千雨が笑顔でいてやることが、潤也にとっては最高の幸せなのさ」
「お前、本当に機械か? 人間みたいな思考してるが……」
起動したときからコレ。千雨にとっては、人間の様な思考を持っているのが不思議でならない。
「さぁな。AIM……といっても分からんだろうから、多数の人間の放つ無意識の集合体とするが。私はそいつをエネルギーに変えている。潤也曰く、『無意識の集合体がプログラムによって方向性を持った結果、人間の様な思考を持つ事になったのではないか』と考えているらしい」
「…………そんな小難しい話は分かんねーよ」
「だろうな。専門家が頭を捻る事だ。唯の中学生がどうこう言える問題では無い」
一応潤也も中学生だが、精神年齢は三十を超えているのでカウントはしない。零としてはアレを中学生の頭脳に当てはめるのが馬鹿らしいと考えている。
「理論的にもおかしな所は多数ある。唯の予想に過ぎんよ」
AIM拡散力場に意志を持たせる。
AIM自体が『無意識』の集合体の為、その方法は全く持って分からない。
だが、機械人形という容れ物を用意し、プログラムによって内部に入ったAIMに方向性を与えれば、それは意志となる。
あくまで仮説。可能性は薄く、経った一、二カ月程度の研究では謎は解き明かせないままだ。
なお、この仮説が正しい場合、プログラミングによって方向性が変わる為に性格が変わるのではないか? と意を決してチャレンジした潤也だが、何度やってもプログラムが書き直されるらしい。
パソコンが初期化される様な物。最初に与えたプログラムを書き直すという事は出来ない様だ。
「……そんなもんか」
「そんな物だ。特に気にする様な事じゃ無い。不具合がある訳でもないしな」
黒い髪を掻き上げながら、律儀に呟きに返す。
そんなとき、勢いよく部屋のドアが開けられる。入って来たのはアスナと木乃香。浴衣姿で手にはペットボトルのジュースを持っている。
「何だ、まだゲームやってたの? 二人とも」
「まーな。やる事無いし、良いだろ」
「暇つぶしには最適なのよ」
「ほえー、零ちゃんってゲームもやるんやねー」
即座に口調を変えた零。機械的な作業の為、間違えるという事も特に無く。
その後夕食の時間となって大広間に集まり、夕食を取った。
ちなみに零は食べるという行為は出来る。食物を有機的に分解する事でエネルギーを予備的に得ているのだ。
●
女子達のいる場所は騒がしく、正に女三人寄れば姦しいといった所だ。実際には三人では済まないが。
そんな声を聞きながら、潤也達はだらけていた。
特にやる事も無く、女子棟に侵入しようとすれば新田と涸之のコンボ。先日は不覚を取ってしまったのでもう一度、と思ったが、潤也が不機嫌になっていくのを感じて急きょ解散。
自分たちの手で死亡フラグを見事に折った3-Wの面々であった。
潤也達の部屋では全員がテレビを見たり、本を読んだり、ウォークマンで音楽聞いていたりとしている。
「……暇だな」
「そうだな」
「修学旅行の夜がここまで暇になるとは思わなかった」
「百物語でもやるか?」
「お前、この人数でそれやったら一人二十五は物語を知ってなきゃならんだろうが」
無茶だろ、と続ける。ここまで来ると、最早怪談をどれだけ知っているかの勝負になりそうだ。
「……暇だ」
結局思考がループする羽目になるのであった。
そんな折、潤也の携帯が鳴る。ゴソゴソとポケットを探り、携帯を取り出しながら部屋の外へ出て行き、周りを見渡した。誰もいない事を確認した時点で『座標転移』を使って屋根の上に上る。
「何の用だ。侵入者はいない様だが?」
『とぼけないでください。この旅館全体にかけてある仮契約の魔法陣、わざと見逃しましたよね?』
「そうだな。あんな陳腐な魔法陣、簡単に防げただろうさ」
『ならば何故?』
「八重よ。俺のやり方では、知り過ぎた一般人を消すにはまず警告が必要なんだ」
いきなりの話に、眉を顰める。言葉の意図が読み取れない。故に、八重は質問する。
『それが、何か?』
「わからんか? 次は無い。そう言う事だよ」
単純な話。
朝倉への警告はこれが一度目ならば、二度目は存在しない。仕掛けたのはカモだが、魔法の存在を知った朝倉が勘違いした行動を起こす可能性もある。
何せ、『魔法』というファンタジーな力なのだ。その上、カモと手を組んで何やら画策しているようでもあるし。
カモは既に一度警告をしてはいるが、恐らく気付いてはいないだろう。その為、カモへの警告も今回で済ませる。
そうすれば、次に何かあっても、見捨てる事が出来る。
朝倉は魔法関係でも境界線をうろついている。一般人の部類で、今まで何度か関わりかけてもいた。
ジャーナリストとしていろんな所をうろつく性格ゆえか、麻帆良内にて魔法の存在を知りかけた事は一度や二度では無い。
その度誤魔化していた訳だが、いい加減面倒になってきている。
その上、この騒ぎ。
どうにも魔法の存在を知った様だし、止めるついでに警告までしてしまおうと考えた訳だ。
寝て無い所為か、はたまた別の要因の所為か、相当イラついているので多少荒事になるかもしれないが。
千雨達に被害が行く事は無いだろう。零はその為にあの班にいるのだから。
「それと、桜咲とネギに伝えろ。『うろちょろするな』とな。何度トラップにかかりかけたと思ってる」
『合計七回ですね。良く死ななかったものです。パトロールと称して旅館の周りを見張るだけ。これなら監視カメラで出来ますからね、無駄働きも良い所でしょう』
「分かってるなら対処しろ。次はもうトラップを解除せんぞ、面倒臭い」
流石に夜中は寝ているようだが、夜は外出して見回る。旅館の中と外の行き来と周りを見回るという行為が辺りにしかけたトラップを誤作動させ、ネギが何度かかかりかけた。
潤也はそれに気づいていたようで、トラップにかからない様気を付けていたようだが。
通話を切り、夜空を見上げる。
満天に広がる星の海。屋根に寝転がりながらその光景を見続け、女子達の方から聞こえる新田の怒声をBGMに少し休むことにした。
●
新田に怒られ、渋々といった様子で自分たちの部屋に戻っていく3-Aの面々。その顔は遊び足りないと物語っており、部屋に戻ってからはとことん喋ろうと各々班員と話している。
「くっくっく……怒られてやんの」
「あ、朝倉さん! 今までどこに行っていたんですの!?」
「まぁまぁ、それはどうでもいいじゃない。それより、私から提案があるのよ。派手にゲームして遊ばない?」
朝倉の提案。という事で、賛否両論が出る。
否の筆頭は委員長。クラスの委員長としてそれは認められないという。鳴滝史香は賛成の様だが、風香は否定らしい。
「ゲームって何?」
取りあえず面白そうだから、というような理由でだろう。椎名が朝倉に質問する。
よくぞ聞いてくれました。とばかりに勿体ぶり、ゲームの内容を発表する。
「名付けて、『唇争奪!! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』!」
ネギとキス。これだけでざわめきが起こり、騒がしくなった。まぁ、ある意味不動の人気を誇るネギの唇を奪おうというのだ。この年頃の少女たちには刺激が強いのだろう。
興奮剤としてかなり強く作用している。
「こらこら、あんま騒がしくすると新田がまた来るぞ」
朝倉はそんなクラスメイトを見ながら宥める。火を付けたのもコイツなのだが。
上位入賞者には豪華景品もある。という事でノリノリになる辺り、やはり数名除いて常識外れな3-Aである。先ほど怒られたばかりだというのに、もう頭から消えている。
そして、ネギとキスという事で簡単に掌返して委員長後任とした雪広。興奮していて朝倉でさえ一歩引いた。
「それじゃ、十時半までに各班選手二名を私に報告。十一時からゲーム開始だ!」
オー! と拳を握ってやる気になった面々。各自相談しながら部屋へと戻っていく。
●
ロビーにて、朝倉はカモと話していた。この時間になれば人はいない為、特に隠すような真似はせず。
新田からも死角になっている為、朝倉には気付いていない。
「朝倉さん」
そんな折、現れたのは桜咲。零から連絡を受けてパトロールを中止し、戻ってきたのである。
「ん? 桜咲さんじゃん。どうしたの?」
「いえ、カモさんがこの旅館に変な魔法陣を敷いていたようなので……」
「変なってのは心外だぜ。仮契約を結ぶ為の立派な魔法陣じゃねーか」
仮契約。それは粘膜の接触によって特定個人を主と従者として登録するシステム。主の魔力量や魔法使いとしての資質でアーティファクト等の強力な武器が出る事もある為、戦力を集めるという手段して間違ってはいない。
但し、それは相手が関係者に限った場合の話。
相手が魔法に無関係の場合、従者として記憶を消されずに済む場合もあるかといえば、それはノーだ。
魔法のまの字も知らない一般人が踏み入れていい世界では無い。それがバレた場合、少なくとも一般人の方は記憶を消されて普通の生活に戻る事になるだろう。
魔法使いの方はオコジョ刑だ。
だが、今回は違う。カモはその事は知らない為、そうはならないだろうと思っている。しかも、ネギは英雄の息子。多少は優遇されるだろうと期待し。
学園長は零、千雨、アスナには干渉するなとは言ったが、別にそれ以外の生徒に干渉するなとは言っていない。
特例措置、という事で参加させなければ命は大丈夫だろうとカモは高をくくり。
朝倉はあの三人に魔法的に接触しただけで其処までやるか? と疑問を持つ。
「……学園長に言われた事、分かってますよね」
「大丈夫だって、特例とかそんなんで参加させなきゃ、干渉したとは見られない筈だぜ」
とことん自分に甘い。自信過剰とも取れるその発言に溜息を軽く付き、『彼』が行動を起こしていない辺り、それで大丈夫なのだろうと判断する。
それでも、危ない橋を渡っている事には違いない。
「所で、何で御上さんと千雨ちゃん、明日菜がそんな事になってんの?」
「さぁ、関係者だからじゃねーのか? 姉さんは何かしらねーのか?」
「……私も、特には聞いていませんが」
話す義理は無い。
今潤也の情報を流した所で、桜咲にはデメリットしかないのだ。なら、こちらを選ぶのは当然の事。とはいえ、味方であると認識して良い彼女達の情報を無闇に流す気も無い。
そもそも、桜咲は彼女達を関係者としてしか知らない。潤也の関係者ならば、必然的にSMGの関係者なのだろうと。
零はまず間違いなくそうだと断言できるし、他二人にしても何かを知っていてもおかしくは無い。潤也に近しいという事は、即ちそう言うことだと思っている。
「千雨ちゃんと明日菜はともかく、最近転校してきた御上さんまで干渉不可か。なーんかにおうね」
ジャーナリストとしての勘か、何か繋がりがあるのでは? と考える。
「……そう考えると、あの班って結構おかしいんだよね」
「何がだ。ブンヤの姉さん?」
浮かび上がったのは一つの疑問。それが浮かぶと、次々に疑問が出てきてしまい。
「まず、千雨ちゃんと明日菜は御上さんと知り合いなんじゃないかな。千雨ちゃんって、転校生とかに対して其処まで自分から仲良くしようとするタイプじゃないし」
「なら、アスナって子はどうなんですかい?」
「明日菜は最近アレだけど。始めて会う人でも仲良くなれる方だと思うよ。唯、一緒の班になるまで行くかなぁ、とは思うね」
新聞部として性格を熟知しているからこそ出てくる疑問。
あまりクラスの人と話さない桜咲では、この様に性格を把握したりはしていない。この辺りは素直に尊敬できると感じていた。
「木乃香は仲良くなれると思うよ。でも、図書館島のグループと一緒にならずにそっち行くかっていうと、微妙かな」
「姉さんはどう思いやすか?」
「……私は、そう言うのはあまり分かる方では無いので」
仲良くしている人物も其処までいない。敢えて挙げるならば、同室の龍宮位だろうか。
「御上さんが千雨ちゃん達と一緒になったのは、理由があるんだと思うよ。態々木乃香がゆえ吉達と離れる位だし」
「でも、木乃香姉さんはこっちの事情は把握してませんぜ?」
「そうなのよねー。桜咲さんが護衛やってるんでしょ? ネギ先生と一緒に」
桜咲はその問いにコクン、と頷き、朝倉はまた考え込むような動作をする。木乃香は桜咲がいるから、という事で零が半ば強引に班に入れている。
尤も、桜咲と仲良くなるチャンスだと、本人的にはさほど不満は無い様だが。
「なら、それに便乗して、干渉不可の三人と木乃香姉さんの護衛。って感じですかい?」
「うーん……可能性はあると思うな。桜咲さんとネギ先生の二人がいる訳だし、守るためには一か所にいた方が良いと思うし」
学年で五指に入る位の頭を持つだけは有るらしい。一つ一つ考えて行けば、ある程度までは絞ることも可能となっている。
うーん。と悩みながら朝倉は頭を働かせる。
「でも、そうなるとあの三人を守ろうとしている第三者がいる事になるよね。千雨ちゃんと明日菜に関しては潤也君が守りそうだけど」
「確か、長谷川って子の兄貴ですかい?」
「そ。かなりのシスコンで、一人で暴走族潰したとかいろいろ噂が絶えないのよね。後最近は明日菜と付き合ってるとか噂されてる。この間もデートしてたし」
「それは……喧嘩が強いって事ですかい? 後、個人的にイケメンは敵でさぁ」
「ま、必然的にそうなるよね。今日もかなり威圧されちゃったし」
千雨ちゃんと明日菜の写真で何とかなったけど。と続け、あの冷たい眼を思い出して身震いする。
まさかあそこまで怒るとは思っていなかったのだ。いつものノリで聞いてみたら、今日はすこぶる機嫌が悪かった。唯それだけ。
「というか、今回のラブキスには潤也君が暴走しない様に参加不可ってしてもオッケーだと思うけど」
千雨自身にネギとキスなどする気は無いが、参加させられたこと自体にキレる可能性もある。
実害出て無いならいいじゃん。というのが朝倉の考えだ。
時計を確認して、朝倉は部屋へと戻ろうと歩き始める。
「そろそろ時間だよ。桜咲さんも出る? ラブラブキッス大作戦」
「何ですか、それ」
半ば呆れ気味に質問をする。内容がアレなので肩の力が抜けてしまった。
「ネギ君とキスした奴が優勝っていうゲームだよ。桜咲さんもやる?」
「いや、ブンヤの姉さん。こっちの姉さんは出来るだけ木乃香姉さんの傍にいて貰った方が良い。旅館の中とはいえ、何が起こるか分からないしな」
ならこんな騒動起こすなよ。とでも言いたげな目をカモに向けるが、気付かない。
軽くため息をつき、桜咲は部屋へと戻る。
「さて、ラブラブキッス大作戦まで後三十分。選手は揃ったね。もうすぐ始まるよ!」
旅館のテレビをジャックし、設置したビデオカメラを用いて映像を流す。
選手情報などを流し、開始までの時間を表示されている。
──同時に、別の場所から見ている者がいるとは知らずに。