第三十六話:舞子
修学旅行三日目。
この日、朝から数名の生徒は眠気と足の痛みに堪えていた。昨夜正座させられていたせいである。
流石に徹夜で正座。とまでは行かなかったが、それなりに遅い時間帯まで正座させられていたので当然ながら眠気がMAXだ。
そんなイベントに参加せず、さっさと寝て悠々と起床した千雨達。
今日は完全自由行動日で服装も私服の為、千雨達は潤也達の班と京都の町へ遊びに行く事にしている。宮崎達の班も同じ場所を回るつもりだ。
テレビを見つつ、準備をする。その画面には、世界中で行方不明者が続出しているなどのニュースが連続して流れている。
超は龍宮と「会う予定の人がいる」と早々に出て行く事にしている。
ネギは隠れながら旅館を出て、そのまま関西呪術協会本山へと向かうつもりらしい。
各々予定を確認しつつ、各自朝食を終えた。
●
ロビーにて。
「……昨日は酷い目にあったね」
「そうっすね。姉さん足蹴にされてましたし。俺潰されましたし」
体を軽く動かしながらそんな事を言う二人。そして、桜咲は「やっぱりか」といった表情を浮かべていた。
呆れつつも、朝倉達に質問をする。
「あんな事するから、抵触したんじゃ無いですか?」
「うん。そうみたい。次は無いって言われちゃったし」
体を動かす度に骨が鳴り、背伸びなどをして体が十全に動くかをキッチリ確認する。
昨夜、自分の理解出来ない現象が起こっていた。自分の体が指一本動かせないという、不思議な状況に。
体に異変が無いか寝る前にも調べたが、大丈夫だと判断し。
「……それで、朝倉さんはこれ以上かかわる気は有るんですか?」
「そうだねぇ……どうしようか。これ以上関わると本気で身の危険を感じるんだよね」
殺気をぶつけられた時の事を思い出し、身震いする。カモも同様だ。
「あの危ない奴が、三人の護衛なんすかねぇ?」
「桜咲さんが木乃香を守るだろうし、御上さんが千雨ちゃんと明日菜守るだろうし……可能性としては、予備戦力とかそんなんじゃないかな」
戦略系のゲームとかはあんまりやらないから分からないけど。と続ける。
一般人を巻き込まなかっただけ良しとするべきだろう。もし巻き込んでいたなら処罰が下されていた。
例えば、人格の洗脳。
魔法関係の事に関しての情報を知れば、絶対に関わらない様に動く様にされたり等。魔法関係の事になれば近づけさせない為に人形の様にされていてもおかしくは無い。
「ネギ君の手伝いするつもりだったんだけどなー。どうしよう」
「必要無いでしょう。お嬢様の護衛なら私が居ますし……」
保険もある。そう言おうとして、止めた。無駄に話す事も無いだろうと判断したのだ。
「そう? じゃあ私は修学旅行を満喫させて貰うね。シネマ村とか行くつもりだし」
カモを置いてそそくさと自分の部屋に戻っていく朝倉。これで巻き込む事は無いだろうと思い。
「取りあえず、部屋に戻って準備をした方がいいと思うぜ。俺っちは兄貴と速めに出るからよ」
「そうですね。あまり待たせるのも悪いですし。親書を届ける仕事、頑張ってください」
「おう。兄貴ならやってくれるさ」
こうしてカモと分かれ、桜咲は部屋に戻って準備をする。
●
旅館近くの橋。
ここが待ち合わせ場所となっている。既に男子組は到着しており、数名はそわそわして落ち着かない様だった。
「おーい、潤也ー」
「ん、来たみたいだな」
座って携帯を弄っていた潤也は、ポケットに携帯を仕舞って立ち上がる。
「待たせたか?」
「いや、特には」
椙咲がかなりそわそわしてたけど。と付け加え、全員そろっている事を確認する。千雨達の班と宮崎達の班だ。
宮崎と綾瀬は疲れた顔をしており、寝る時間少なかったんだろうなーと同情する潤也。とはいえ、自分の意志で参加した以上は自己責任である。宮崎は無理矢理だった可能性も否めないが。
「3-Aって、やっぱレベルたけぇな。潤也と一緒の班で良かった!」
そんな事を言いつつテンションが跳ね上がっている椙咲を無視し、歩を進める事に。
特に目的地は決めておらず、京都の街を歩き、時折気に入った小物やアクセサリーなどを見て回る。
「京都って落ち着いたイメージがあるよな」
「分かる。アレだろ、わびさびって奴だろ」
「あ、あそこプリクラがあるよ。折角だし、プリクラとろうよ」
「話の流れを無視だと!?」
椙咲が早乙女の発言に突っ込みつつ、潤也達はゲーセンへと向かう。数名が「京都に来てまで何故ゲーセン」という顔をするが、特に嫌いでも無く問題無いので咎めない。
プリクラを取る際に早乙女がニヤッと笑っていたのは潤也の見間違いではないだろう。
潤也と千雨の二人で撮ったプリクラ。潤也とアスナが二人で撮ったプリクラ。三人で撮ったプリクラ。
良く周りの人たちが爆弾魔にならなかったと称賛したい。男子勢は仲芽黒を除いていろいろと耐えていたようだが。
具体的には壁を殴って店員に怒られていた。
「ん、んー。なんかラブ臭がするね」
ニヤニヤと笑いながら潤也達と木乃香達を見る。木乃香は桜咲とプリクラを撮っていた。
「ネギ君がいればよかったのにね。そしたら一緒に撮れたのに」
「い、いや、いいよー。ネギせんせーも迷惑だろうし……」
「そんなこと無いって、もっと自分に自信持ちなよのどか」
早乙女が発破をかけている隣では潤也と桜咲が話していた。
壁際で話を聞かれない様に音を遮断し、どうでもいいと言いたげに話を振る。
「その話題のネギ先生はどうしてる?」
「式神を飛ばしてあるから、情報は逐一入る手筈だ」
「確か、関西呪術協会の本山に向かってるんだっけか」
「そうだ。親書を渡す依頼を受けているからな」
子供に、それも修学旅行のついでに渡すという時点で戦争が起きても何らおかしくは無いのだが、其処はスルーらしい。
「……住所は頭に入ってるし、間違っては無いんだよな」
「……何か、気になる事でもあるのか?」
「いや、初日に戦闘した四人の過激派の内二人に発信機付けたんだけどさ。その内一つがこの近くで、もう一つが協会本山の近辺なんだよ」
四人の過激派の内二人。小太郎と月詠の二人の体内──と言っても、皮膚の表面上だが──にある
少なくとも、透視で見える範囲に月詠がいる事は既に把握しており。いつでも制圧できるよう準備をしている。
零にはその探知機も装備してあるので、既に気付いているだろう。
というか、後手に出る必要性が無い。ゲーセンから出たら潰そうと考え、今はまだ様子を見る事に。
(……あのガキ、戦力をバラけさせるという意味では役に立ったのかね)
逆に言えば、それ以外では役に立たないということだろう。バラけさせなくても三分あれば制圧は可能だが。
●
話題に上がったネギ。彼は今、関西呪術協会の本山へと向かっている途中だ。
一、二時間ほど走って千本鳥居を抜けようとしているのだが、これが進んでいる気がしない。幾らなんでもおかしいと気付き、取りあえず近くの茶屋で休憩しつつ現状の確認する。
「どう思う、カモ君?」
「うーん。これは、陰陽術によるものじゃないっすかねぇ。どう思いやすか、姉さん」
「そうですね……恐らく、無間方処の術です。一定の範囲を囲い、入る事は出来ても出る事の出来ない場所を作っているのでしょう」
詰まる所、同じ場所をグルグルと回っている訳だ。それなら辿りつく筈がない。
半径五百メートルほどの範囲。かなりの時間を無駄にしただろう。
「何処かにこれを保つ為の符が張ってある筈です。時間はかかりますが、探しましょう」
方針さえ立てれば精神も持つ。渡すのは時間がかかっても大丈夫だ。渡す事が第一なのだから。
手に杖を持ち直し、鳥居を見てみようと近づいて行く。
「おっと、そう言う訳にもいかんで」
その時、現れたのは一人の少年。制服の様な物を着てニット帽をかぶっている、ネギと同い年くらいの少年だ。
ポケットに入れてある手を出し、指先をネギに向けながら叫ぶ。
「おとなしく親書を渡すなら助けたるわ。渡さんなら実力で奪い取る!」
自信満々にそう告げる。勝つ事はあっても負ける事は無い。そう思っているのだろう。
対するネギはと言うと、
「親書を……君が、過激派の一人なの? 西と東を仲良くする為の物なんだよ!? 何で邪魔するのさ!」
ネギの言っているそれは、独りよがりに過ぎない。
世界中全ての人間が、誰とでも手を取り合って仲良くしたいと思っているなら、それは大間違いだ。人間誰しも食べ物に好き嫌いが存在するように、人間同士でも好き嫌いというのは必ず発生する。
とはいえ、ネギの言うことが間違っているという訳でも無いのだが。
「ハッ、そんなのは関係あらへん。親書を渡すか渡さんか。シンプルでええやろ」
鼻で笑い、挑発するように告げ、威圧するように気を全身へと漲らせる。戦闘を楽しむ、典型的な脳筋のやり方だ。
「……決まってる。渡さないよ!」
「そうか。なら、実力で奪い取ったる!」
小太郎が構え、ネギが魔力を精製する。
こうして、ネギと小太郎の戦闘が始まった──
●
「舞妓はいねーのか! 舞子はよー!」
「何なら僕が舞妓さんの格好しようか?」
「何でだよ!?」
朝から……というか、修学旅行前から舞妓が見たいと言い続け、そろそろウザくなってきたなーと感じてきた椙咲除く男子勢。
仲芽黒が舞妓の格好をしても根本的解決にならないらしい。早乙女が目敏く反応していたから、ネタにされるのは間違いないだろう。
「舞妓ってこの辺にいるのか?」
「いるんじゃないか? どこにいるのかは知らないが」
「どうせなら私達がやってもいいけどね」
「え、マジですか!」
土下座で頼み込む椙咲。一歩といわずに十歩位引かれているのは言うまでも無いだろう。
「潤也は見てみたい? 舞妓」
「まぁ、興味が無いと言ったら嘘になるな。見てみたい」
その言葉でアスナは乗り、千雨も満更では無い様な顔をしたので近くのシネマ村に向かう事に。
ゲーセンを出る際、月詠を始末しようと探したが見つからず。探知機で調べると少しばかり離れた場所にいる様だ。
透視をすれば何やら戦闘をしている。関西側の追手だろう。フェイトもいるが、中々に善戦している。
別に手を出してこないなら問題無い。そう思ってこのまま無視してシネマ村へ向かう事にした。
意外と金額は高いので、千雨とアスナの着替えとメイクに関しては全て潤也持ち。それ以外の子に関しては椙咲が出すと言っている。
ちなみに全員がやる訳では無く、千雨、アスナ、早乙女のみだ。木乃香はむしろ他の豪勢な着物を着てみたいらしい。料金は全部同じなので金欠を心配したりはしない。
古菲は舞妓に等興味は無く、別の動きやすい服を選んでいた。
綾瀬と宮崎は他人の金を使う事に抵抗感があったのか、拒否。桜咲と零は動き辛いからの一点張りで拒否。当然と言えば当然だが。
といっても、零の場合は右手をかざすだけで大抵の敵は潰せるので動き辛さはあまり問題では無かったりする。頑丈なのだし。
二人以外はシネマ村にある衣装貸しで着替え、千雨達のメイクが終わるまで時間を潰す。
「割と普通だよな、お前ら」
「普通がベストだ」
「派手なのよりマシじゃね?」
濱面と護は無難に侍の服。かつらまで使って割とリアルである。
「潤也も……侍? 俺達のとはデザイン違うけど」
「じゃねーの? 詳しくはしらねーけどさ」
特に興味も無いので適当に選んだ結果がコレ。何に着替えようか悩んでいると店員さんが熱心に勧めてきたのだ。新撰組の着物だろうか、と思考するが、余り詳しくない為に分からない。
ちなみにカツラはかぶっていない。
「桜咲さんと同じような格好だよな。というか、何であの子男物の扮装? 女だよな?」
「しらねーよ。本人に聞け」
桜咲は胸も大して無いので、見ようによっては普通に男だ。木乃香といるとカップルに見えるのは仕方ないだろう。
ちなみに、零は何故か巫女の扮装をしていた。妙に似合っているのが何ともいえない。
「……何故に巫女?」
「良いだろう、別に。店員に勧められたんだ」
みんな同じ店でやって貰っているが、あの店員、誰にでも勧めたがるらしい。の割に似合ってるので、チョイスは悪くは無いのだろう。
宮崎はいかにも町娘。綾瀬も巫女の様な恰好をしている。
椙咲の盗賊の格好には、男子勢はほぼ全員が笑い転げていた。女子勢も笑いを堪え切れていない様だ。口元を押さえて必死に笑いを堪えている。
むしろ仲芽黒が町娘と言う姿に違和感を感じなかった事が、一番の不思議だろう。流石童顔で女顔だ。
「千雨達が着替え終わるまで後三十分くらいか。つか、着替えだけで三十分も使ったのか、俺ら」
「格好見て遊んでたしな。良いんじゃねーの、どうせ待つ必要がある訳だし」
その後、軽く散策して時間を潰し、そろそろだと思って戻ってくる面々。店の前で待っている三人の舞妓。全員が振り向き、こちらを向く。
「あ、潤也。どう? 舞妓さんだよ」
アスナがそう言いつつ近づき、ニコッと笑う。それを見て、それぞれが感想を言う。
「我が生涯に、一片の悔いなし……」
「俺、帰ったら告白するんだ……」
「眼福です本当にありがとうございます」
「舞妓って可愛いって言うよりは綺麗って部類だよな」
「そうだね。僕的には顔が白くてちょっと不気味だけど」
上から椙咲、護、濱面、潤也、仲芽黒の順だ。
若干二名おかしなフラグを立てている気もするが、気にしない方向で纏まったらしい。
余談だが、舞子と言うのは少々太っていた方が良いらしい。その点を考えると、アスナや千雨よりも四葉辺りの方が似合うかもしれない。試す気は皆無だが。
「取りあえず写真撮ろうぜ、写真」
その道のプロが撮ってくれるらしく、ありがたく撮って貰った。現像してもらった写真と念の為の写真のコピーデータも貰う。
潤也の事だ。今現在ある技術を総動員して、最高の画質で保存するだろう。それこそ、肌のきめ細かさまで再現するレベルで。
「千雨もアスナも綺麗だ。やっぱりやってよかったな、舞妓体験」
「私もちょっと良かったと思ってる。折角の京都だしな。こういうのもいい」
「私は? 潤也君?」
「アホ毛が無くなれば見れるレベルじゃねーかな?」
「酷いっ!?」
早乙女の言葉をスルーしつつ、土産物を見る。着付けをしてくれた店の人を見れば、半カツラを使っている筈なのに何故アホ毛が出ているのかが不思議でしょうがない、と言った顔をしている。
饅頭やアクセサリーなど、意外と沢山あるらしく、見ていて飽きない。木乃香は桜咲と一緒に写真を撮られたりしている。データのコピーを求めている辺り、満更嫌という訳でも無さそうだ。
「えへへー。せっちゃん男の子みたいやし、カップルに見えるかもなー」
「ちょっ、お嬢様!?」
「ほほう、やっぱり二人はそんな関係?」
「ちち、違いますっ!!」
顔を真っ赤にして必死に否定する桜咲。木乃香はカラカラと笑っている。
「楽しそうだなー。木乃香の奴」
「桜咲と幼馴染なんだろう? 桜咲が避けてたみたいだが、嫌われて無いと知ったから一緒にいたいんだろうさ」
潤也の呟きに零が律儀に返す。
「分からないでもないが、桜咲は護衛だ。浮かれ過ぎてると足元すくわれるだろうに」
周りを見て、そう呟きを漏らした。月詠もそうだが、近い場所に敵がいる。一般人に紛れているが、首元を良く見れば骨伝導マイクなどの装備をしている。
こっちは関西では無いだろうと判断を付けるが、放っておくのも面倒。なら、洗脳でもすればいいと思いつく。
千雨達から離れ、すれ違い様に指を動かし、人格の洗脳を行う。
これで必要な情報は勝手にしゃべってくれる。後は猟犬部隊に渡しておけばいいだろうと判断し、その場を離れる。
探せば居るもので、全部で何人いるかも読み取り、全員の洗脳を完了させた。
戻って来た時、月詠と桜咲が何やら話していた。千雨達の方には何故か雪広達が合流しており、面白そうに桜咲達の方を見ていた。
「……ご迷惑かと思いますけど、ウチ、手合わせして欲しいんですー。逃げたらあきまへんえー──刹那センパイ」
月詠の笑顔に圧されたのか、木乃香は怯えている。桜咲の背中に隠れる様に一歩下がり、顔色が悪くなっている。
「ほな。助けを呼んでも構いまへんえー」
笑いながら、馬車を使ってその場から引いて行く月詠。潤也は眼で追いながらこのまま狙撃してしまおうかと考える。
神鳴流に飛び道具は通じないんだっけ。と思いだし、携行型対戦車ミサイルを取り出そうとしてこっちは被害がでかいからなーと断念。
どうせなら
そんな事を考えている間に、桜咲達は雪広達に囲まれていた。二人の仲を応援するとか何とか聞こえるが、潤也は全て無視を決め込んでいるらしい。
「……面倒臭い事になりそうだな」
ポツリと漏らす小さな呟きは、誰にも聞こえない。