第三十七話:ネギと小太郎
超と龍宮は、バスに乗って移動していた。
私服で大学生にも見える龍宮がいる為、ナンパなどの声がかかるが全て断りつつ、とある喫茶店を目指す。
「私を護衛に使う程、交渉相手はヤバイのか?」
「戦力的に考えて、もしかしたら龍宮さんだけじゃ足りない可能性もあるヨ」
念には念を入れた。自身も戦闘用のスーツを私服の下に着込んでいるし、龍宮も雇った。出来る限りの武装の準備はしてきたつもりだ。
だが、相手はその程度の事では何ら動じさえしないだろう。そんなレベルの相手だ。気は抜けない。
「……着いたヨ。ここネ」
極めて普通な喫茶店。意外と早くから営業している為、店の中にはまばらながらに人がいる。店の中に入るなり、店長と思しき人物が歩み寄り、問いかけてきた。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「待ち合わせをしているネ」
「分かりました。では、ごゆっくり」
眼鏡をかけ、強面の顔をしているマスターがテーブル裏に戻るのを見てから、喫茶店を見渡す。
そして、見つけた。
緊張した様子で歩き、蒼い髪をオールバックで纏めた青年の対面に座る。青年は読んでいた本を閉じてカバンに入れ、超と向き合う。
「こうして会うのは初めてだな。はじめまして、
右耳にはピアス。両手には指輪がいくつもはめられている。
超はテーブルの上に球体の物体を置き、スイッチを入れる。これで、会話が漏れる事は無い。そう言う風に作った物だ。
「はじめまして、超鈴音というヨ」
「隣の子は護衛か? 確かに念を入れるのはいいが、俺が今お前と敵対するとでも思ってんのかっつー話だよ」
テーブルに置いてあるメロンソーダを飲みながら、駁はリラックスした様子で話しかける。
対する超は、緊張した様子を微塵も見せる事無く交渉を始めた。
「それで……私の計画を、どこで知ったネ?」
「ん、んー? ……そうか、気付いて無いのか、お前」
その言葉に、超は眉を顰める。まるで、自分だけが知らない事実があるかのように話すその様子は、あの時葉加瀬と自分に警告に来たあの人物にそっくりだ。
それゆえか、微量ながらに不快感が生じる。流石に顔には出さないが、内心では快くは思えない。
「……どういうことネ」
「簡単だよ。あの町には、得体の知れない技術で常に情報が一か所に集まっている。その技術の出所位、予想がつくだろ?」
「……SMG、カ?」
「正解。あの会社は得体の知れない技術で溢れてる。俺も最初はビックリしたぜ? なんせ、サイボーグ技術なんてのもあれば、人道を尽く無視した研究データなんてのもあったからな。えげつ無いなんてもんじゃねぇよ」
けらけらと笑いながらそう話す。研究データなんてものは、通常は関係者しか見る事は出来ない筈だ。それも人道を無視したものとなれば、プロテクトは相当なレベルだろう。
目の前の人物が一体どんな環境に身を置いているのか、どんな立場の人間なのか。輪郭がぼやけているが、見えてきた。
「お前等が修学旅行の時に接触したのも、麻帆良で話し合いなんて出来無いからだ。知られる筈の無い事が知られたり、なんて事がザラだからな」
お前も心当たりがあるだろう。そう言われ、超は思い出した。
SMGの情報を流した時、ネット上で噂を流した大本のPCを見つけるなんてのは不可能に近い事だと高をくくっていた。だが、それをやってのけた人物がいる。
そして、自身に警告を発した人物。
自身を見つけ出したのは恐らくSMG社長の垣根帝督。そして、警告に来た謎の青年。イコールで結べる可能性もあるが、少なくとも超に心当たりは無い。
仮に知られる筈の無い情報が知られているとすれば、学園と手を組まれては厄介だ。
だが、超はそれに関して心配はしていない。エヴァンジェリンの一件があり、学園とSMGが手を組む可能性は低い。そう思っている。
「一か所に情報が集まっていると言っていたな。それが何処か分かっているのか?」
龍宮の質問に対し、駁は簡単だ。と答える。
「お前らも知ってるだろ? 麻帆良でも一際異色を放つ建物、『窓のないビル』。あの中さ」
俺は中には入れないけどな。と続け、メロンソーダを飲む。
「あの中に入れるのは現時点で垣根帝督のみ。他の奴じゃ『
「強度……というと、超能力者のランクの様なものカ?」
「厳密に『超能力者』と呼べる奴は五人しかいないけどな。概ねそんな感じでいい。
低い者は本当に何の役にも立たない能力だが、高い者は世界に対して喧嘩を売れるほど強力。
「『
開発の所為か、レベルの高い一部の能力者は性格が破綻しており、手を付けることもままならない。
その度に潤也が『
「レベル5の中でも序列があってな。第一位は知っての通り、社長の垣根帝督。能力は確か『
能力者は原則として一つしか能力を持つ事は出来ない。
だが、AIMを書き換える事によって例外的に複数の能力を持つことが出来る。データ上ではそう言う事になっているのだ。
一応他の能力者も多重能力を持たせる事が出来るが、演算能力がネックになっている為に未だ成功例は少ない。
「そして、第三位。垣根帝督と同じ
不敵に笑いながらも、その眼は超達を見据える。
●
打撃音が響く。
殴り、蹴り、殴り、蹴り。その繰り返し。
「どうした西洋魔術師! その程度か!?」
気で強化した拳で障壁を殴りながら、小太郎はそう叫ぶ。対するネギは、前衛無しの後衛。詠唱を唱える暇が無く、障壁に魔力を注ぐばかりで攻撃に転じる事が出来ない。
無詠唱魔法でも使えれば別なのだろうが、ネギは未だ戦闘経験など無く、その技術が思いつかない。
更に、小太郎には容赦が無い。二日前に奇襲とはいえ、自身が理解出来ぬまま押さえつけられている。
手は抜かない。気は抜かない。
あの二の舞だけは御免だと、気合いを入れ直している。負ける気など無く、過剰な驕りも無い。
(不味い、かなり不味い状況だ。一端退いて体制を立てなおした方がいいな……)
カモはちび刹那と隠れながら動き、自動販売機から飲み物を買う。中身が液体であれば、何でも良いのだ。
ガンッ! と、小太郎の掌底がネギの障壁を抜き、ダメージを与える。
「どうや、障壁抜いたで。今のは効いたやろ」
まだまだ余裕。息の乱れさえ起こさず、不敵に立つ。だが、油断はせず、構えは解かない。
「ぐ……ケホッ」
口を切り、血を吐きながらもネギは立った。ボロボロの状態でも、親書を届けなければならないと思っているのだろう。
「兄貴、ここは一端退くべきだ!」
「させると思うとるんか!」
カモが叫ぶのを聞きつつ、小太郎がネギへと駆ける。
ちび刹那が陰陽術の詠唱を唱えると同時、カモが一本のペットボトルを投げた。
そして、爆発。水蒸気に視界を奪われ、小太郎はネギの姿を見失う。
「くっ、目くらましかいな!」
両手を振って水蒸気をかき乱しながら叫ぶ。だが、水蒸気の霧が晴れた時、ネギはもう其処にいなかった。
●
「どうする、兄貴」
川沿いの水辺に座りこみ、考え込むネギ。戦法を考えているのか、先程の彼の戦い方を思い出して分析しているのか、時折指が動いている。
その様子を見て、カモがネギに意見を述べる。
「今のままじゃ勝てない。前衛無しで魔法使いが戦士相手に勝つのは、実力差が無いと難しいぜ」
「こういう時の為の携帯です。瀬流彦先生に連絡しましょう」
ちび刹那が冷静に意見を述べ、カモはそれに賛同する。
「いい考えだ。もしかしたら助けてくれるかも知れねぇ。助けるのが無理でも、何か助言が聞ける筈だ」
「あの子は狗族です。身体能力は普通の人間より高いですから、前衛としては結構な力を持ってます。瀬流彦先生も戦った事があるかは分かりませんが、とにかく連絡してみてください」
少なくとも、魔法先生としての戦闘経験はある筈だ。知識と経験は、今のネギにとって何よりも役に立つ。
桜咲は魔法使いではない為、戦闘では立ち回り方が違う。ゆえに、助言などは役に立つ事は出来ない。
「……あ、瀬流彦先生ですか?」
『どうしたの、ネギ君? 何か問題でも起こった?』
落ち着いた声が携帯の向こう側から聞こえてくる。今の状況を簡単に説明し、数分。考え込んでいる様に時間が立つ。
「……それで、何か良い案はありますか?」
『……ネギ君はさ。その子に勝ちたいの?』
「え、どうしてですか?」
『勝つ事は最優先事項じゃ無い、って事。必要ならこのまま本山の方に連絡を入れればいい訳だからね。勝手に行動している過激派はいわば組織の汚点だから、連絡すれば増援を呼んでくれるかもしれないよ』
とはいえ、本山の目の前でこんな事をやっているのだ。気付いていない筈がない。
気付いていてなお手を出していないのか、それとも本当に気付いていないのか。
出ていた本山の戦力が戻ってくるという可能性もあるにはあるが、そちらはいつ来るかわからない。瀬流彦はそちらの期待はしていない。
「……出来れば、勝ちたいです!」
『うん、分かった。どの道邪魔されるだろうしね。倒せるなら倒した方がいい』
しかし、流石にネギ一人にやらせても勝率は限りなく低い。それに、組織としては『親書を渡す』事こそが最優先事項だ。
瀬流彦としても、教師としての生活はそこそこ気に入っている。その上、内部のスパイと言う役割もある。情報を手に入れる為ではないにせよ、こんな些細なことで評価を落とすと後々面倒になる。
学園長的には、親書を渡す中でネギにある程度の戦闘経験を積ませる事が目的なのだろう。と予想し、最低限のラインを予測しておく。
ネギに対して、SMG側からの干渉は無い。無論、彼女達に被害が行くようなら対処はする。一般人については関西のやることだと手は出さない。
そして、小太郎には未だ『
『それじゃあ、簡単に説明する。やり方は簡単だ──』
今度は、ネギの反撃だ。
●
杖を持ち、魔力を高めつつ、小太郎と向き合う。カモは既にネギの方から降りており、携帯を持って未だ瀬流彦と話している。
ネギは杖を構えて戦闘態勢をとり、赤い髪をなびかせながらその双眸で小太郎を射抜いていた。
絶対に勝つという、強い意志の表れでもある。
「……へぇ、真正面から俺とやる気なんか?」
小太郎も構えながら気を練り、ネギと向き合う。
「……この戦い、僕が勝つよ。一撃で決める」
「言うやんけ、西洋魔術師風情が!」
ネギの言葉を聞いて、更に力を込めて犬神を呼び出す。数は数体。それが、小太郎の拳へと集まる。
ネギはそれを見つつ、自身の魔力で無理矢理身体強化を行う。
「狗音爆砕拳!!」
「
予め仕込んでおいた遅延呪文。小太郎を見つけた時点で詠唱を済ませておき、戦闘に入り、近づいた時を狙って放つ。未だ二十秒程度しか遅延出来ないが、十分だ。
魔法の射手を無理矢理魔力強化した拳と共に使って殴りかかり、小太郎の拳とぶつかり合う。
爆音が辺りに響き、衝撃で二人とも吹き飛んで林の中へと突っ込んだ。
「ぐ……お……」
ダメージは小太郎の方が大きい。無理矢理とはいえ身体を魔力強化したネギと気で強化しただけの小太郎。
だが、集めた犬神の数と魔法の射手の数が違う。威力の差がダメージの差につながっているのだ。
しかし、まだ立ち上がれる。
気で補強しながら両足でしっかり立ち上がり、ネギを見据える。
「強いな、お前……名前、なんや。俺は小太郎。犬上小太郎や!」
「ネギ。ネギ・スプリングフィールドだよ」
ネギもまた立ち上がり、小太郎を見る。
(まぁ、上々かな。最低限の戦闘法は教えた訳だし、経験と言っても殴り合うだけが経験じゃ無い。……それに、流石に時間をかけ過ぎてる)
瀬流彦はネギと小太郎の戦闘を、カモを通じて聞きながら、そんな考えを持つ。
そして二人が構え、もう一度攻撃をしようとしたところで──ガラスが砕ける様な音が、辺りに響き渡った。
「な……結界が破られた!?」
現れたのは数人の人物、手には符を持ち、即座に召喚された数体の鬼が小太郎へと向かう。
「クソッ、こんなときに!!」
迷わずに獣化する。今の自分では勝てないと悟ったか、または分が悪いと思ったか。
犬神を駆使して鬼を攻撃し、還す。そして、そのまま呼び出した陰陽師へと攻撃を仕掛けにかかる。
「──疾!」
符は小太郎へと飛翔し、その半ばで符は雷の槍へと形を変えた。
小太郎はそれを紙一重で避け、術者へ殴りかかる。
術者はそれを予想していたかのように動き、殴りかかった腕を掴んで逆方向へと投げ飛ばす。
「しつこい奴やな!!」
「お互い様だ」
低く唸るような声で返答し、またも符を放たれる。符は爆炎を伴って進み、その身を焼こうと小太郎へ迫っていく。
「犬神!」
体制を立て直しつつ、地面より現れる犬神。符は何体もの黒い犬を喰い破る様に貫き、十数体を貫いた所で消えた。
「こっちも忘れて貰っちゃ困るね」
疾。と短く呟いて放たれる符。多方向から一気に攻撃され、犬神を使っても迎撃できず、爆炎を伴って放たれた符でその身を焼かれる。
激痛の叫び声が聞こえる。その身を焼かれながらも術者を睨みつけ、犬神を出そうと気を込め始めている。
「おいおい、まだそんなに力が余ってんのか。ビックリするぜ、オイ。どんだけ鬼ごっこしてると思ってんだ」
軽口を叩きつつも前鬼たる鬼を召喚し、迎撃の構えをとった。
他の陰陽師も符を構え、仕留めようと気を練り始め──横槍が入る。
「『石の槍』」
突如として放たれる石の槍。陰陽師の一人を狙って放たれたそれは爆炎を伴った符と共に消え去る。
「チッ……またあのガキか」
「いい加減君等も諦めたらどうだい? かなりの人数を減らされてるんだろう?」
「やった本人がいうんじゃねーよ、ボケ。ぶち殺してやる」
疾。と短く呟き、符は放たれる。それは途中で雷の槍へと姿を変え、またも放たれる石の槍と相殺された。
フェイトは小太郎の腹に一撃食らわせて気絶させ、担いで陰陽師達の方を向く。
「ここは引かせて貰うよ。こっちも都合があるしね」
「にがさねーぞ。地獄の果てまで追ってやる。お嬢様を狙うならなおの事な」
膨大な殺気を孕ませながら、陰陽師は告げる。フェイトは顔色一つ変えること無く、その言葉を聞いていた。
「まぁ、やれるものならやってみることだね」
それだけ告げ、水を使った『
「……野郎の居場所は?」
「まだ待て……ここは、地理的にシネマ村か。もう一人もいるようだが、どうする」
「一旦戻って符を補給する。このまま追っても時間の無駄だ」
発信機の位置情報を頼りに場所を割り出す。手持ちの符を確認し、今のままでは心許無いと一旦本山へ戻る事にする。
一方、完全に忘れ去られているネギ。あっという間の出来事についていけて無いのだ。
「ネギ先生。彼らは恐らく本山の術者達です。敵では無いでしょう」
「……ん? 所で、君は誰だ?」
漸く気付いた陰陽師の一人がネギに話しかける。所々服が破けているが、先ほどの戦いでは傷など負っていない。
会話から、何度か対峙しているのだろうと想像したカモ。携帯の通話を切り、ネギの肩に乗って状況判断をしようとする。
「えっと、僕は関東から親書を届けに来たんですが……」
「親書? ……ああ、なるほど。あのジーさんか」
関東からの親書、と言う事で思い当たる人物を一人上げ、アイツだろうと納得する。近衛家の名を持っていても、近右衛門は西の陰陽師から良く思われてはいないのだ。
理由なら腐るほどある。態々上げるまでも無い位に。
「まぁいい。着いてきてくれ、案内しよう」
「わ、分かりました」
そして、ネギは陰陽師達に連れられ、本山へと足を踏み入れた。
●
「……それほどの人間が、私の計画を手伝ってくれるのカ?」
「一応お前の計画には賛同してるんだぜ? 魔法を世界にばらす。確かに混乱は有るだろうが、俺達の力があれば押さえつけることも可能だ」
何も自分一人、と言う訳では無い。同じ暗部組織の後三人も同じように計画には加担している。
「つまり、君達は下剋上をしようとしていると」
「まぁ、そんな所だな。とはいえ、俺とアイツじゃ天と地ほどの差がある。今のままじゃ勝てねぇ」
髪をかき上げながら、駁は忌々しそうに呟く。
メロンソーダを飲みつつ、頼んだラスクに手を付ける。
「方法が無い訳でも無い。能力者なら絶対にある弱点も存在するしな」
超と龍宮は驚く。能力者になった時点で存在する弱点。そんな物があるのかと。
超からすれば出来れば教えて欲しい所だが、教える気は無いらしい。
「……しかし、彼に反逆した所で、勝てるのか?」
「だから分からないっつってんだろ。俺とアイツじゃ絶対的に破れない壁が存在してるなら、その壁を壊してやればいいだけの話だろうが」
方法ならある。幾らでも、とは言えないが、確実に存在してはいるのだ。
「俺には、やらなきゃならない事がある。その為にはお前の計画は丁度よかったんだ」
「私の計画が、カ?」
「ああ、それによって発生するデメリットは出来るだけ抑える。垣根と同じ『超能力者』である俺が、奴を潰して──俺が、SMGを掌握する」
無謀とも言える目標。だが、諦める気は無く、理由も無い。
自身の目標。目的。無意識に指輪を触りながら、それを考えていた。