第三十八話:接触
とある喫茶店。三人は店に流れるクラシックを聞きつつ、話を進める。
「……しかし、そう簡単に掌握は出来ないと思うヨ」
「分かってるさ、それ位。アイツは外道だが無能じゃ無い。今まで俺以外に反逆を起こそうとした奴がいなかったし、他勢力との戦力差も完全に埋めてる」
反逆をしないと言う事は、現状に満足していると言う事。
無駄に騒ぎを起こしてこの状態が崩れる位なら、何もせずにこのまま過ごした方がいいと言う考えの表れだろう。
敵勢力との戦力差はある。だが、そもそも敵勢力と全部が全部戦っている訳じゃない。
必要最低限の戦闘。害を成すなら徹底的に潰し、牽制で動きを鈍らせるならそのまま牽制を続ける。
SMGが幾ら強力な兵器を持っていると言っても、国単位で戦争を始められれば、物量作戦で負ける事は明白だ。
量より質という考えは、物量に頼れないからこそ生まれた考えとも言える。数で圧倒できるなら、質など考えなくてもよいのだから。
「奴の目を掻い潜るのも苦労してる。見つかれば確実に洗脳でもされるだろうな。うちにも心理操作系統の能力者はいるが、アレとは格が違う」
「洗脳までするのカ?」
「言ったろ。奴は外道だ。反乱を考えれば確実に抑え込まれる」
内側でもめている間に、外から攻め込まれては意味が無い。手に入れるべきはSMGの技術と力。それが失われる様な事は、駁としても避けたい所であり。
「そもそも奴に反逆しようとすれば、まず最初に間違いなく他のレベル5が動く」
「……貴方以外のレベル5は、垣根帝督に従っているのカ?」
「ああ、まぁな。第一位は垣根帝督。これは言った通りだ。そして、それ以外のレベル5は全員があの人に対しての何かしらの感情を持ってるんだよ」
例えそれが正負の面で分かれていようと、垣根はそれを受けている事を全て知っている筈だ。
駁が「あの人」と形容したことからも、本来は
「第二位は恋慕。第四位は忠誠。第五位は妄信。──多少ベクトルは違えど、全員が強い感情を持ってるのには違いねぇのさ」
そして、反逆するにあたって最も問題となるのが第二位の存在である。
原石であって人工の能力者を悉く上回り、垣根でさえ彼女を敵に回せば無事では済まないとされるほどの実力者。正にNO.2に相応しい実力を持つ女だ。
駁の言う様に、彼女は垣根へと恋い焦がれている。故に、彼に仇成す者は誰であろうと許さない。
神であろうと悪魔であろうと、誰が相手でも地の果てまで追いつめて虐殺する。
それほどの執着。それほどの恋心。
第四位と第五位のそれも常軌を逸していると断言出来る駁だが、第二位のそれは根本的に『深度』が違う。
駁も何度か会ったことがあるが、あれは本当に『全てを捧げた』上で『垣根の為だけに動く』存在だ。他の何者だろうと、彼女を縛る事は出来ない。
「垣根とは違う意味での怪物だ。実力もとんでもない奴だし、普通は敵に回したらまず勝てないだろうな」
「そんなとんでも無い奴を敵に回すのカ……一応聞いておくが、彼らを相手取っても勝てると思っていいんだよネ?」
「まぁ、不可能じゃ無いだろう。奴らだって神じゃない。人間である以上、殺す事は出来る筈だ」
もっとも、その為に使える手段が著しく限られているのだが。
「どうやって勝つつもりネ?」
「一応対能力者用の兵器がいくつか用意してある。それと、保険もな」
超能力を研究しているSMGには、当然ながらその超能力を抑え込むためのモノも存在する。万が一刃向かっても、垣根抜きで能力者に普通の人間が勝つためだ。
だが、それらはあくまで人工的な能力者にしかほとんど効果は無い──つまり、SMGの科学で発現した能力以外には効果は薄い。
原石の能力はAIM拡散力場さえまともに観測が出来ない者もいるし、そもそも演算を必要としない能力さえ存在する。制御出来ない能力だって存在するし、それらを抑えつけるための枷もあるにはある。
「お前等の計画は大凡一ヶ月後だろう。なら、それまでに在る程度は掌握しておかなきゃならん。手伝う気はあるか?」
「……出来れば、まともに相対する事も避けたい位だけどね」
龍宮が、溜息でも突きそうな雰囲気でそんな事を言う。
分かっているだけでベクトルの操作。これでは狙撃も意味を成さない。爆撃も雷撃も、まともな攻撃は通じないのだ。
「確かにそうだが、あくまでアイツは能力者。能力封じられたら唯の人間だよ」
頭が切れて強力な能力が使えるだけの、唯の人間。
もっとも、その唯の人間の武器は超能力だけでは無いのだが。
●
「へくしっ!」
口元を押さえながらくしゃみをした潤也。「あー」と声を出しながら、鼻をすする。
その横ではアスナが心配そうにのぞき込み、千雨と零は桜咲達を真っ直ぐ見ている。心配しているそぶりは無い。まぁ、「風邪を引く筈が無い」という信頼の表れとも言えるだろうが。
「風邪? この時期なら花粉症かもね」
「どっちもかかんねーよ。何処かの誰かが俺の噂でもしてんじゃねーの?」
「そんな漫画みたいな事がある訳ねーだろ」
舞妓二人を横に、日本大橋と書かれた場所にいる桜咲達を見守る。時間は何故か一時間ほど遅れて指定されていて、その間適当に周りを観光しつつ、戻ってきた。
千雨達は既に普段の格好に戻っている。体験時間はおよそ一時間程度だからだ。
どうにも、何やら勘違いして決闘の手助けをすると言っているのは、雪広を筆頭におよそ八人。古菲が随分とやる気になっている
「……唯の人間が相手なら、古菲はオーバースペックなんだけどな」
生憎と相手は神鳴流。気を扱う為に、気を扱えない古菲では勝てない。そっちは桜咲が相手をするので心配などして無いが。
見える敵は一人。隠れているのがいるだろうから、楽観視などできない。
月詠と相対する桜咲を見る。
「あれ、木乃香を狙ってる連中の一人でしょ?」
「まぁそうだな。実力的には互角ってところじゃねーの?」
どちらも実際に戦ってる所を見た事は無いが、桜咲が勝っても負けても別に問題は無い。
怪我をすれば治すだけだし、敵を倒したなら情報を手に入れるのみ。負けたら桜咲はもっと剣に励むか、木乃香の護衛をやる資格は無いといいだすかの二択だろう。
どっちみち、潤也には関係無いし、興味も無い。
「つーか、何で逃げるのじゃ無くて戦闘を選んだかな……」
攫う為に一人で来ている訳ではないのだ。周りへ被害を出さない様に等という考慮の為だろうが、浅はかとしか言いようがない。
戦闘を選べば、木乃香の護衛は薄くなる。潤也を信用している為とも取れるが、戦闘を殺陣と勘違いして見ている周りの人間がいる為、派手には戦闘できないのだ。
目立つ事を極力避けたい潤也からしてみれば、迷惑以外の何物でも無い。
まぁ、逃げ続けるよりはここで倒した方が後々楽ではあるのだろうが、殺せばの話だ。一般人ばかりのここでそんな事は出来ないし、倒すだけではまた戦闘する羽目になる。
「零」
「分かっている」
派手な武器を装備している為、零もそこまで戦闘する訳にはいかない。最低限、消音銃位はいつも持ち歩いているが。
そんな事をしていると、月詠と桜咲が相対して剣を抜き、月詠は札を放って妖怪を呼び出す。召喚された妖怪は無害だが、エロい。着物を脱がそうとして来ているらしく、椙咲達が大喜びだった。
千雨達を参加させなくて良かったと安心する。こんなのが相手なら潤也は手加減も外聞も無く潰しにかかっただろう。
古菲は妖怪たちに対して無双をしていた。やはりこういった事に関してはオーバースペックだ。
桜咲は派手な音を立てながら月詠と切り合う。手加減無しの殺し合い。だが、周りはそれを唯の殺陣としてしか認識していない。
認識阻害の結界でも張ってあるのか? と思いつつ、周りを見る。
見た事のある顔がいくつか。初日に撃退した四人の内、三人。見た事は無いが、明らかに取り囲んで木乃香を連れ去ろうとしてるのが数人。
そこまで多くは無い様だ。過激派は随分と人手不足らしい。
「零」
「木乃香姫を連れて逃げろと?」
巫女服姿の零は横目で潤也を見つつ、そう言う。
潤也は一人の少年を見ている。白髪の少年、フェイト。恐らくあの三人の中で最も強く、別格である相手。
フェイトも潤也を見ている様に感じるが、視線は別の場所を見ている様にも感じる。
「分かってるなら聞くな。出来るだけ目立たない様にな」
「分かっているさ。近衛さん、こっちへ」
「え、う、うん」
木乃香の手を引き、その場から離れる。同時に、目標が動いたことで移動を始める連中をあぶり出す。要は囮だ。木乃香の方に意識がいっている為、足に『座標転移』で物体を割り込ませれば簡単に潰せる。
適当に潰し、残った敵がいないかと辺りを確認する事数分。安全を確認し、注ぎに行うべきは木乃香の回収だ。
あの三人が見当たらない為、零に連絡して注意を促そうとすると──。
「おい。あの城の上にいるのって木乃香と零じゃないか?」
「は? いやいや、そんな筈は……あったな」
逃げ場の無い城の中に何故逃げた? と思ったが、あの三人が視認できる位置にいるので何の問題も無い。
距離は直線にして大凡八百メートル。最大距離は九百メートルを超える為、潤也からすれば全然届く位置だ。
後ろには召喚されたであろう悪魔が控えており、弓矢を引き絞って木乃香を狙っているが、問題無い。あんなものじゃ零は貫けない。
「まぁ、そこまで期待はして無かったんだけどな、と」
取り出したのは複数の棘の様なモノ。形状はチョークに近く、色は黒い。神経をマヒさせる類の毒が塗ってある。体内に転移させれば問答無用で毒が回るので、捕獲が楽だ。
演算を済ませ、転移させようとした瞬間、
「……潤也」
「ん、どうした?」
声を掛けられ、アスナの方を向く。アスナは何かを凝視して、驚いた顔をしていた。
「あの白髪の男の子、見える?」
「ああ。そいつがどうした?」
「……二十年前。私の力を利用して、世界を滅ぼそうとした奴らの一人だよ」
潤也は目を見開く。表情は驚きに染まり、もう一度白髪の少年──フェイトを見る。先ほど見ていた時とは違う、別物の感情を抱いて。
「……なるほど、なるほど。二十年前に、アスナを利用した奴らの一人か」
「さっき見たときは直ぐには分からなかったけど……見覚えがあると思って、思い出したの」
「そうか。……まだ、アスナを利用する事を諦めていない可能性はあるか?」
「多分。彼らの目的は私の能力を使って魔法世界を『完全なる世界』にする事だから」
『完全なる世界』。確か、二十年前に魔法世界で『紅き翼』と戦争した奴らだと思いだし、実力が桁外れな筈だと納得する。
「なら、潰すか」
アスナを狙っているなら、さっきの視線はアスナを見ていた物か? と思考するが、魔法無効化能力は実際に使われないと分からない。
打ち消す対象が無ければ、認識さえされない能力だ。未だ気付かれてはいないだろうと予測し。
気付かれる前に、殺す。そう、判断する。
そう決めた所で、周りがざわつく。見上げてみると、悪魔が弓矢を放ったらしい。
零はそれを真正面から受け、弾く。貫通はおろか、傷一つ入っていない様だ。ダイヤモンドより堅いモノを用いているから、当然と言えば当然なのだが。
(まだやらないのか?)
零と念話を繋げてみれば、最初の一言目は文句だった。
(閃光弾を投げる。全員殺せ)
あの白髪がアスナを狙った連中の一員なら、それと関係のあるあの二人もまた、その一員の可能性はある。
そんな連中が、こんな極東の派閥争いに何をしに来ているのか疑問ではあるが、興味は無い。
零と千草達の間に割り込む様に転移された閃光弾は数秒のタイムラグの後、爆発する。
莫大な閃光はその場にいる者、及びその場を見ていた全員の視覚を潰し、視認を不可能とさせる。零は機械の為、そんな事は気にしない。
それと同時、零の右腕から強大かつ強烈な
空気を引き裂くレーザーの様な一撃は、城の屋根の一部を破壊しながら突き進み、千草達を飲み込む。まともに喰らえば生き残れない威力の筈だ。
(……チッ、逃げられたぞ。閃光弾を転移した時点で気付かれていたらしい)
(そうか。まぁいい。また木乃香を狙って来るだろう。……次は、必要な事を聞きださなきゃなぁ)
さっきは感情に流されて殺そうとしたが、情報は武器だ。敵が何人いるか、どのくらいの規模なのか。
あのレベルの敵が何人いようと敵ではないが、必要最低限準備しなくてはならない。
「潤也。お嬢様は」
「大丈夫だ。零が連れて戻ってきてる」
「……そうか。それと、一旦本山へと向かう事にする。敵がこうも人目を気にせず攻撃してくると、やり辛い。本山なら結界があるし、お嬢様も守り易い筈だ」
「……俺は別に構わねぇよ。お前が信用できる方を選べ」
「……なら、済まないが、本山にお嬢様を連れて行く。魔法についても、流石に誤魔化しきれなくなっているからな。長に魔法バレについて話さなければならない」
桜咲が申し訳なさそうにそう告げる。潤也からすれば、守る対象が一人減っただけだ。特に支障は無く。
「……問題は、山積みか」
本山へ向かうと木乃香に説明している桜咲。視線を別の所へ向ければ、面白そうだと悟って桜咲のバッグにGPS機能付き携帯を放り込んでいる朝倉。
昨日警告した筈だが、桜咲がいれば大丈夫だとでも判断したのだろうか。
いろんな意味で問題だらけだった。
●
「……とまぁ、こんな感じで進める予定だ」
「了解したヨ。では、そろそろ戻らせて貰うネ。流石に長時間一緒にいないとなると怪しまれるからネ」
超は席を立ちながら、そう告げる。駁はそれに対して笑いながら答えた。
「修学旅行中だからな。魔法生徒もいるのはいるんだろう」
「恐らくは気付かれていない筈ヨ。学園からしたら、私はまだ要注意リストで留まっているはずだからネ」
機械をバッグになおし、会計を済ませて店を出る。龍宮もそれに続き、駁も続いて店を出た。──最後に、視線を店長の方へとやりながら。
「ありがとうございました」
店長はそう告げ、店の奥へと入る。
取り出すのは黒い携帯。普通の携帯の様にも見えるが、異常なまでに薄い。
「──こちら、D3。駁は予想通り超鈴音と接触した模様。引き続き動きを監視する。オーバー」
『こちらD2。了解したよ。人員を派遣したから、店長の記憶を操作した後、直ぐに移動を開始してくれ』
店の奥には、ガムテープで口を止められ、両手両足を縛られた店長が居た。
同じ顔の人間が二人、同じ部屋にいる。本物の店長は気味が悪いとばかりに顔を青ざめさせ、偽物の店長を凝視している。
「悪いな。迷惑をかけるつもりは無い。こちらもいろいろ都合があるのだ」
それだけ告げ、能力を解く。
『自己転写』。自分に他人を写し取らせる能力。それはレベルが高ければ性格まで再現でき、思考さえも同じ様に出来る。
これを使う事で、D3と自分の事を呼んだ男は店長になり済まし、駁の眼さえ欺いた。
ここまでは全て予定通り。問題は特に起こっていない。
プランは、予定通り進行している。