第三十九話:長との会談
関西呪術協会本山。
日が暮れかかるその時分。千本鳥居の奥、山の上に位置するその屋敷にネギはいた。陰陽師の一人が振り向き、質問を投げかける。
「長は奥にいる。親書を届けるのは急ぎか?」
「あ、いえ。届けられれば大丈夫だと聞いてます」
「そうか。済まないが、こっちは急を要するから先に話をさせて貰っても?」
「分かりました。大丈夫です」
それだけ告げ、ネギを助けた陰陽師の一人は屋敷の奥へと入って行った。
残った他の陰陽師に連れられ、ネギ含む全員のけがの手当てを行う事にし、とある部屋に入る。
「痣が多少と擦り傷。多少痛みがあるでしょうが、直ぐに引きます」
けがを治療した巫女姿の女性はそう言い、お茶を出す。
「ありがとうございます」
緑茶を啜り、紅茶とはまた違う味わいに心を落ち着ける。出来れば紅茶が、等と思っていた物の、これはこれでいいなぁ。と思うネギだった。
ほっこりと緑茶を楽しんでいたネギだが、何やら外が騒がしいと廊下を覗く。
そこには、桜咲含む七人。木乃香、早乙女、宮崎、綾瀬、古菲、朝倉だ。
「あ、ネギ先生。何してるの?」
「それはこっちのセリフですよ! 何で皆さんがここにいるんですか!?」
早乙女の呑気なセリフに慌てた様子でネギが言う。親書を届ける仕事とはいえ、曲がりなりにも関西の本山。一般人を連れてきていいのかと桜咲を見る。
桜咲は視線を逸らしながら、呟くように告げた。
「いや……私じゃ無く、朝倉さんなんですけどね……」
「桜咲さんのバックにGPS機能付き携帯を入れて置いたのよ。……それに、何かあってもネギ先生が守ってくれるでしょ?」
最後の方はネギの方に近づいて小声で告げる。
ネギはそれに対して当然だと言わんばかりに頷くが、桜咲からすれば実力的には不安な所があり。
式神を通して記録を見てみれば、ネギと過激派の一人の戦闘でネギは負けかけている。これでは、不安が出るのも仕方がないと言うモノだ。
だが、本山に来れば大丈夫だとたかをくくり、不安を消す。
自身が最も信用している長のいる本山。更には強固な結界。これでは多少腕が立つ程度では侵入しようと言う気さえしないだろう。一般的なレベルの敵ならば。
とにかく、自身の情報を伝えようと長の元へ向かう。
ネギとその他全員を連れ、長のいる部屋へと案内して、扉を開ける。中には十数名の巫女達が居た。
「うわぁ、凄い……」
思わず感想を漏らす朝倉。同意したように頷く早乙女、宮崎、綾瀬、古菲の四名。それぞれ中央に用意されている座布団に座り、長が来るのを待つ。
こういった状況に慣れていないのか、少しばかり困惑した表情を見せる面々。
「なんだか凄い歓迎だねー」
「これはいったいどういう事ですか?」
周りの巫女を見て、忙しなくキョロキョロする早乙女と綾瀬。
「実は、修学旅行とは別に秘密の任務があってここに……」
『秘密の任務!?』
(ネ、ネギ先生。それ言っちゃ駄目ですよ!?)
朝倉、早乙女、綾瀬が喰いつくが、桜咲がアイコンタクトでこれ以上話すなとばかりに睨みつけ、ネギを黙らせる。秘匿とか大丈夫なんだろうか、とかなり不安になる桜咲だが、今更かと諦める。
そうこうしている内に、部屋の奥から誰かが近づいて来た。
「始めまして。木乃香のクラスメイトの皆さん。そして、担任のネギ先生」
ゆったりとした面持ちで、微笑みつつ現れる。顔はやせていて不健康そうに見える男性、近衛詠春。
「お父様、久しぶりやー!」
「はは。これこれ、木乃香」
久しぶりの対面で懐かしく思ったのか、木乃香がいの一番に詠春に抱きつく。積もる話もあるのだろうが、詠春も公務として親書を受け取る必要があるので、木乃香を一旦引き離す。
「東の長 麻帆良学園学園長近衛近右衛門から、西の長への親書です。お受け取りください」
懐から取り出した親書を、詠春へと手渡した。
「確かに承りました、ネギ君。大変だったようですね」
「い、いえ」
手紙を開け、軽く中身を流し読みする。気になる事も書かれている様なので、じっくり読む必要があると考え、一旦ネギを見る。
「……いいでしょう。東の長の意を汲み、私達も東西の仲違いの解消に尽力するとお伝えください。任務御苦労! ネギ・スプリングフィールド君!」
「あ……ハイ!!」
「おー。なんかわかんないけど、おめでとー先生!」
「御苦労さまー!」
これにてネギの仕事である親書の受け渡しは終了。ネギは無事届けられた事にホッとしているが、詠春はまだ話があると佇まいを直す。
「今から山を降りると日が暮れてしまいます。君達も今日は泊まっていくといいでしょう。歓迎の宴をご用意致しますよ」
「え、でも、修学旅行中なので帰らないと……」
「私が身代わりを立てておきましょう。……それに、聞かねばならない事もあるようですしね」
先ほどまでとは違う雰囲気。裏に関係する事だと、本能的にネギは察した。
表の理由は『日が暮れるから』だが、裏の理由としては『今本山から出れば関係者として過激派から狙われる可能性がある』という事。
秘匿の問題も含め、今は本山に残って貰った方がやり易くもあり。
「過激派の事ですか?」
「はい。詳しい話はまた後にしますよ。彼女達がいる前では出来ませんしね」
ぺちゃくちゃと話している朝倉達を視界に入れつつ、そう話す。
「そ、そうですね。では、また後で」
「はい。刹那君も、良いですね? ……木乃香も、連れて来てください」
「……分かりました」
一旦別室に移る事にして、ネギ達は部屋を出る事になった。
●
とある一室。部屋の中には詠春。それに、数名の陰陽師達がいる。
ネギ達が部屋から出ていき、直ぐにこちらに来た。外を見れば、茜色の夕焼けが空を染めているのが分かる。
「……出来れば、関わって欲しく無かったのですがね」
「ここまで来た以上は、不可能でしょう。私達としても、出来ればお嬢様には普通に暮らして欲しかったものですが」
近衛家の血の力は絶大だ。陰陽師としての才能を代々受け継ぎ、強大な魔力を有する。
木乃香の場合、それがあまりにも大きかった。これが近衛家として落ちこぼれとでも呼ばれるレベルだったならば、普通に暮らす事も出来ただろう。
だが、事実として強大な魔力を有し、過激派に狙われている。話さない訳にはいかない。魔法に関して、もう既にバレかけているのは僥倖だろう。何度か不思議な体験をしているだろうから、早めに納得できる筈だと思い。
詠春は目を瞑り、拳を強く握り、下唇を噛む。
それが何を示しているのかは、本人しか分からない。詠春が何かを考えている間に部屋の戸が開き、ネギ、桜咲、木乃香の三人が部屋の中へと入ってきた。
「お父様、話って何なん?」
いつもの雰囲気では無い事に少しばかり気後れしながらも、そう問いかける。
「……ええ、実はですね──」
一瞬、迷う様な表情をするも、直ぐに引き締めて話し出す。
魔法の事、近衛家の事、過激派の事、木乃香の事。大方の事は話し終えただろうか、その時には日は沈み、既に月が空高く昇っていた。
「……それで、ウチは狙われとるん?」
「そうです。目的は分かりませんが、木乃香の魔力を使って何かをしようとしている事は確かでしょう」
最終的な目的は、恐らく関東魔法協会への襲撃。だが、それを木乃香に話す事はしない。
今話した事はあまりに断片的すぎる。本来ならばもっと長い時間をかけて話すつもりだったが、何分、時間が足りない。今のままだとかなり穿った見方を抱く可能性もある。
敵は諦めてはいないだろう。警備にも手は抜けない。だから、最低限の事を教え、後はまた時間のあるときにと思っている。
木乃香はそのまま夕食へと向かわせた。仲間外れという訳では無いが、今の木乃香には刺激が強いだろうと思っての事だ。
「では、過激派の詳細ですが……」
「長。一つ、伝言を預かっています」
刹那は頭を下げつつ、詠春に告げる。
「……伝言? 誰からですか?」
「SMGの社長、垣根提督です。誠に勝手ながら、護衛を頼んでおりました」
その言葉に、事情が分かっていないネギ以外全員が驚く。
実際、関西としても過激派の四人のうち二人に付けられた発信機を追う為のレーダーを貰っている。敵対しようとしてる訳ではないと言う事は分かる。
だが、護衛を任せられるほど信用しているかというと、話は別だ。
「刹那君、頭を上げてください。どういう事か、説明して貰えますね?」
「はい。麻帆良にSMGの者……超能力者が存在し、お嬢様とはそこそこ親密な仲を築いているようです。そこで、今回の過激派の事態を対処するにあたって協力を要請した所、快く請け負ってもらえました」
多少都合よく書き変えてはいるが、概ね間違ってはいないだろうと思考を続ける。
麻帆良に超能力者がいる事は既に近右衛門も知っている。そして近右衛門は協会の者に手を出すなと話を通している為、話しても問題は無い。
「木乃香は、その者が超能力者だとは?」
「気付いていません。そして、彼からの伝言ですが『二十年前を思い出して、アーウェルンクスに気をつけろ』との事です」
詠春の顔色が変わった。その顔は驚きに染まる。二十年前、魔法世界で起こった大戦。その際、ナギが倒した筈の『敵』の名前。
ここへ来る前、シネマ村で潤也から「ウチのボスからの伝言」として伝えられた事実をそのまま告げただけで豹変した詠春の様子を見て、刹那は動揺を隠せない。
木乃香を狙っているのは、それほどの敵なのかと。
「……容姿などは?」
「白髪の少年。得意な魔法系統は土だろうとの事です。石化魔法なども使う為、気をつける様にと」
これで、確信する。垣根の言ったアーウェルンクスが、二十年前の敵の生き残りだと。
名前だけならば恐らくは気付かなかっただろうし、デスクワークの量はかなり多い。見逃す可能性も多々あった。
現に関西に入れてしまっている。
だが、垣根がどうしてそれを知っているのかも気になる。ナギが倒し、その姿は殆ど知られていない。つまり、アーウェルンクスだと分かる筈がない。
どうして知ったのかも気になるが、この情報は貴重だ。敵の戦力が想像以上に高い事に驚きつつ、刹那に質問をする。
「その敵は、今は?」
「シネマ村にて一度戦闘しましたが、逃げられました。護衛を頼んだ者も、恐らくは旅館の一般人を守るために動いている筈です」
正確に言えば、千雨とアスナの為に。だが、それは結果的に見れば旅館の守りが厳重であることを示す。
親書にも、エヴァンジェリンが垣根帝督に殺された。と書いてあった。つまり、彼はそれほどの実力者だと判断する。
有事の際の戦力として数えてもいいかもしれないが、桜咲の話を聞く限り、一般人を守っている様だ。動いている過激派が一般人に危害を加える様な者達とも思えないが、絶対とは言い切れない。
詠春からすれば、相手が本当にアーウェルンクスだと言うのならば、今の自分では勝てない。そう判断する。
客観的に見ても、主観的に見ても、それは紛れも無く事実であり真実。普段から鍛錬していればまだ違ったのだろうが、生憎とまともな鍛錬は出来ておらず、歳のせいか腕も衰えている。
「……佐久間君」
「ハッ。何でしょうか、長」
陰陽師の一人の名を呼ぶ。
「君達は何度か白髪の少年と戦闘したのでしょう。どれくらい持ちますか?」
「長が必要な時間だけです」
即答。主観的に感情を入れた訳では無い。実際、フェイトと戦闘した上でこの五名は生き残っている。
先日戻ってきて、過激派を捕えるために動き、仲間のおよそ過半数を石化させられている。その所為か、より実力が高い者のみが集まった状態とも取れる。
本山の前で戦闘した時も、フェイトとはまともにやりあえていた。
「あなた達五人には、最優先で白髪の少年と戦闘する事を命じます。過激派が不穏な動きをしていて襲撃の可能性がありますが、ここには一般人もいます。彼女達に傷一つ付けてはなりません」
『ハッ!』
陰陽師達は声を揃えて返事をする。
「刹那君とネギ君は木乃香とそのクラスメイト達の安全を第一に考えてください。秘匿の事は分かっているでしょうが、最悪バレる事も念頭に置いておくように」
『はい』
刹那とネギもまた、同じ様に返事をする。迷いは無い。
「その過激派の情報ですが、分かっている者だけで言えば四名ですね」
関西に所属し、ある程度の実力を持つ天ヶ崎千草。同じく関西所属で犬神使い、犬上小太郎。神鳴流剣士、月詠。そして、一か月前にイスタンブールの魔法協会から派遣されたとされるフェイト・アーウェルンクス。
戦力で言えば、アーウェルンクス以外なら何とかなると言う状態。明日の昼には関西の部隊も本格的に戻ってくるだろうが、恐らくは間に合わない。
木乃香の事もあり、SMGが不穏な動きをしていると言う事もあって、数名を京都に速めに戻して置いたのが功を奏した。明日の昼まで持ち堪えられればこちらの勝ち。だが、そう簡単に行くとも思えない。
「少なくとも、この白髪の少年が相当な実力者である事は分かっています。神鳴流の剣士は──」
「私がやります。長は白髪の少年をした方がいいのでしょう?」
「そうですね。ネギ君は魔法使いとして砲台に。佐久間達も出来るだけ敵を減らす様にしてください」
『了解しました』
「分かりました」
攻め込まれやすい場所などの確認をして、連絡は出来るだけ密にする様にと連絡をし、準備を整える。
情報の通達も終わり、お茶を飲んで休憩している面々。
「あの、長さん」
「ん? どうしましたか、ネギ君」
「学園長に、関西の長さんはサウザンドマスターの別荘の場所を知ってると聞いたんですが……」
「ああ、知っていますよ。何せ、ナギと私は腐れ縁ですからね」
笑いながらネギに告げる。それを聞き、驚きに顔を染めるネギ。
「ほ、本当ですか!?」
これが本当なら、父親の事が詳しく分かるかもしれないと顔を輝かせるネギ。
詠春としても、父親を憧れるネギにあのバカ(ナギ)の事を教えてやりたいと思っている。
その時、ネギのお腹が鳴る。羞恥心の所為か顔を赤くして俯くネギだが、詠春は笑って立ち上がる。
「取りあえずは、夕食を食べましょうかね。腹が減っては戦は出来ぬといいますし。ナギの事はその後という事で」
その一言を皮切りに、ネギと桜咲は立ち上がって食事をとる為に別室へと向かう。
●
食事をとり、風呂に入って疲れをとり、ネギとしても
「父さんの別荘か……速く行ってみたいなぁ……」
「そんな焦らなくても大丈夫だって、兄貴。別荘は逃げやしねぇよ」
今の今まで黙っていたカモが口を開く。実際、作戦を立てる際は幾らか助言をしていたのだが、それ以外では一般人もいる事もあって黙っていた。
「うん。でも、楽しみでしょうがないんだよ」
口調は浮かれ、今の本山が危ない事はすっかり頭から抜け落ちている。そんな時だった。
──ドゴォォン!! と、本山のどこかから派手な爆発音が聞こえた。
「な、何!?」
「敵襲だ、兄貴! 急げ!」
「う、うん」
──こうして、夜の闇に紛れ、戦闘は始まる。