第四十話:本山襲撃
「
西洋魔法使いってこういう中二病的な名前とか好きだよな。超能力使えて名前にルビ振ったりしてる俺が言える事じゃないけども。と考えつつ、連絡を続ける。
『現状、過半数の六名が石化されたようです。石化された者達は本山で手当てを受けてるそうで』
「まぁ、それなら問題無いんじゃねぇの? 関西の現戦力を考えれば、篭城は策としては上等な方だろ」
五人いれば十分。そう考える。
関西呪術協会における鴉部隊とは、いうなれば虎の子。関西最高戦力と取っても過言では無い。
本山にいる陰陽師の術師の中から選ばれる最高の十一人が、長に絶対の忠誠を誓う事でその座に付ける。
下手に多くの部隊を動かすより余程速く、効率的。更には戦力として期待できる。故に、いくつもの場所に散っている部隊を戻すのではなく、鴉部隊を優先して戻させた。
『過激派は準備を整え、時間にして後十数分もあれば本山へと進行を開始するでしょう。どうしますか?』
「放っておいていい。俺達が動くのはもっと後、事態がより緊迫した時だ」
「後ろで物騒な会話続けんな」
千雨に怒られつつ、左耳に付けた通信用のヘッドセットを付け直す。
「悪いな。俺の部屋じゃこういう会話は出来ないんだよ」
一般人ばかりだから。と続け、千雨の髪をヘアブラシで梳き続ける。背中合わせに座っているアスナは自分の順番を待ち、携帯を弄っている。
「なら外にでも出てから話せばいいだろ。態々ここに来てまで話す必要あるのか?」
「いやぁ、久しぶりに千雨の髪を梳きたくなっちゃって。尽くすタイプだし、俺」
ケタケタと笑いつつも、手は止めない。千雨の顔は潤也からは見えないが、後ろからでも耳が真っ赤になっているのが良く分かる。
実際、ここにいる理由は上げようと思えばいくつかあげられる。例えば──
「それに、あれも気になるしさ」
潤也の目線の先には、虚ろな目で笑っている顔の木乃香と桜咲の姿。関西の用意した式神だ。
恐らく宮崎達の班も同じ様になっているだろう。バレ無きゃいいなぁ、とぼんやり考えつつ、呟く。
「……もうちょっとマシなのは無かったのかね。関西。現状が不味過ぎるから仕方ないと言えばそれまでだが」
本山は今、緊迫した状態だ。開戦の合図があれば、どちらも戦闘に入れる。衛星やいろんな所に仕込んだ監視カメラで敵を確認できている為、こちらにとばっちりが来ないよう気を付けなければならない。
数年前に導入された、市町村に監視カメラを仕掛けると言う条例。試験的な試みで、数多くの文化財がある京都が上げられ、監視カメラを仕掛けるに至った。
犯罪被害の未然防止、犯罪の予防等の有用性の為に用意されていたものだが、今はそれにアクセスしてリアルタイムで映像を見ている。予め防犯カメラにアクセス出来る様に仕掛けを施して置いたのだ。
もちろん、仕掛けたのはSMG。技術力を買われ、町に安全をという事で市長に頼まれたのだ。
「で、どうよ?」
『本山、過激派、どちらも準備は整っています。後は過激派が動くのを──』
「そっちじゃねぇよ。
八重の言葉を遮るように告げる。関西では無く、関西が内部でゴタゴタをやっている内に何かしでかそうとしている第三勢力。
目的が分からない。関西を牛耳るつもりなのか、京都に封印されている妖魔でも蘇らせるつもりなのか。目的が分かれば対処もしやすいのだが。
『そちらは未だ動きは無い様です。こちらも戦力を整えてありますが』
「そうだな……『ビーランチャー』『Equ.DarkMatter』は数部隊分程度は用意してあるからいいとして……『アレ』の調整は?」
『既に済んでいます』
「なら問題無い。後の懸念は京都の町が被害受けないかって事ぐらいか」
人がいくら死のうと大して興味は無い。裏に関わっている者は大抵が人を殺した事がある。魔法使いの中でも、一般的に悪党と呼ばれる部類の人間。なら、容赦する必要は無い。因果応報だ。
「……木乃香、大丈夫かな」
ポツリと呟かれる一言。アスナにとって木乃香は親友だ。危ない目にあってるとなれば、心配もするだろう。
「大丈夫だろう。少なくとも、大戦の英雄がいるからな」
俺からすればアーウェルンクスの方が気になる、と続ける。手は止めない。
「ナギは、強かったって言ってた。ナギがそう言う程だし、詠春じゃ多分勝てないよ」
ナギと詠春では戦闘スタイルが全く違う。だが、戦闘力として考えればナギの方が上だろう。アスナの心配も分かると言うモノだ。
「だがな、アイツは自分から頼んでおきながら俺の保護から出て行ったんだぞ? 俺にはどうしようもない」
桜咲が潤也の実力を知らない以上、それは仕方が無いとも言える。幾ら垣根がエヴァンジェリンを下した事を知っていたとしても、潤也自身の実力には結びつけられない以上、比較のしようがない。
垣根の事を教えた龍宮も、実際に戦闘を見た訳ではないのだ。判断材料が少なすぎた、とも言える。
「ほい、終わり。アスナ、髪を梳くからちゃんと座ってくれ」
「ん、分かった」
アスナは携帯を閉じて横に置き、潤也は反対方向を向いてアスナの髪を梳き始める。
「……お前みたいなのを、リア充と言うんだろうな」
アスナの髪を梳く潤也を見て、零がポツリと呟く。
「どこで覚えた」
「いやなに、暇だからとよく読書やネットをするからな。知識の収集というやつだよ」
千雨と同室だが、パソコンは別だ。理由は千雨が使わせないと言うのが一番の理由だろう。保存してある画像など見られたら赤面どころでは無い。
「余計な知識入れてんじゃねーよバーロー」
「潤也、こっちに集中してよ」
「あ、スマン」
零との会話に意識が行きすぎたのか、手が止まっていたようだ。アスナが潤也の方を向いてそう言った。
『ハハハ、羨ましいですね。私も恋人が欲しいですよ、本当に──おっと、過激派が動いた様です』
「中途半端にギャグが入るよな、お前」
『恐縮です』
「いやいや、褒めてねーよ」
むしろお前はシリアスな場面で出るキャラだろうが。と思いつつ次の言葉に耳を傾ける。
『状況はあまり良くないかと。奇襲された様ですが、本山は──』
「潤也──」
「スマン、ちょっと待ってくれ」
振り返りながら言うアスナに制止を掛け、八重に続きを促す。この情報は出来ればしっかり聞いておきたい。
いつもの雰囲気から変わったのを感じ取ったのか、アスナはそれ以上は何も言わない。
『──奇襲を受け、ある程度の被害を受けている様ですが、それでも残っている戦力で戦闘を続けている様です』
「……地の利はともかく、本山の結界で数の差はある程度何とかなる筈だ。だが、関西の鴉部隊でも足止め位しか出来ないレベルもいる。長としてはとても楽観視できない状況だろうな」
フェイトの事を思い返しながら、そう言う。
実際、フェイトの戦力はよく分からない。相対こそしたものの、目くらましで逃げられた。尤も、逃がすつもりでもあった為にその辺は割とどうでもいい。
だが、実力が分かって無いのは問題だ。アスナの話を聞き、最低でもAAAランク以上と判断した。英雄と呼べるナギ・スプリングフィールドとまともにやりあっていたと言う事から、高畑では相手にならないだろうと考え。
同時に全力状態のエヴァンジェリンを引き合いに出すと、また面倒な事にナギに呪いをかけられている。実際に呪いをかけたのが落とし穴にかけてニンニクやらを投げ入れ、弱体化した所でやった事などというのは誰も知らないのだ。
という事は、最低でもエヴァンジェリンより上なのか? と考える。実際に戦った方が速いのだろうが、データを取るだけなら後からでもできる。問題は無いだろうと思考し。
「……いや、それは愚行か?」
どっちみち、襲ってくるなら返り討ちにしてやればいい。エヴァンジェリンレベルならどうにでもなる。それ以前に、一般人に被害を出す程度なら余計にやりやすい。叩き潰す大義名分も得られるのだし。
攻撃したという証拠があればいいのだ。一般人に怪我をさせる必要は無いし、怪我をさせる気も無い。
『……どうしますか?』
「お前の心配も分かるがな、今はこっちから手を出さない。現状維持だ」
教師で生徒の心配をするのも分かるが、今は宿の生徒を守るのが仕事だ。第三勢力も見張らねばならない。
やるべき事が多過ぎる。護衛は連れてきている『グループ』に任せておいても大丈夫だろうが、潤也にとっては幾つか気になることがあるのもまた確かであり。
面倒だなぁ。と心の中で盛大に溜息を吐く。後ろを向くと千雨が部屋から出ていくところだった。
このままじゃストレスが溜まる一方だぜ。と思いながら、アスナに後ろから抱きつく。
首の後ろから手を回し、引き寄せる様にして抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、潤也?」
顔を赤くしながら慌てるアスナを見て、耳元で可愛いなぁ。と呟く。そして、更に赤く顔を染める。
抵抗しない所を見ると、嫌がっている訳では無いようだ。唯、慣れて無くて恥ずかしいのだろう。いつもは自分から抱きついているが、抱きつかれるのには耐性が無いらしい。
潤也としては、こういうのを見てると癒される。
「……全く、タイミングを見計らうのも面倒だな……」
何を思ってそう呟いたのかは、分からない。
●
関西呪術協会、本山前。
激しい術の押収で、木々は焼け焦げ、石段は欠けている所がまばらにある。
「──
曰く、泰山府君炎羅符呪。地獄の炎を纏った符が、辺り一帯の陰陽師によって放たれた。それを防ぐは本山の術者達。
所々に焼け焦げた死体の様な物が転がり、嫌が応にも戦場である事を悟らせる。血の匂いが充満し、鉄臭いにおいが鼻につく。人が焼ける独特のにおい。人体が焼ける事で発生する、空中に漂う脂肪で唇のあたりがべたつく。
それが、この場所が戦場に様変わりしたと否が応でも教えてくれた。
場所は変わり、本山の一角。
「本山前では大規模な戦闘が行われている」
「だが、それらすべてが囮で、本命はお前だろう?」
「……へぇ、どうやって気付いたんだい?」
フェイトと相対する陰陽師。いや、この場合は相対とは言わないだろう。フェイトを取り囲み、符を構えていつでも攻撃できるように準備している陰陽師達。地面に浮かんでいる魔法陣は捕縛用のモノだ。
「長の予想は当たってた訳か」
結界が幾ら強力と言っても、何処か必ず弱い部分、『弱所』という物が存在する。結界を抜ける上で必要最低限の力で抜けられる為、フェイトはそこを通って来るだろうと考えた。
無論、フェイト程の術者なら結界のどこからでも抜けられるだろうから、あまり期待はしていなかったのだが。
本山前での囮がどれくらい持つかもわからない為、この作戦はスピードが重要となる。故に、早々に終わらせる為に通ったが、フェイトとしてはハズレを引いた訳だ。
「悪いが、時間を稼がせて貰う」
「…………」
フェイトは唯、無言。話す事には意味が無いとでも言う様に。
「────?」
不信感、いや、この場合は疑問と言った方が近い。
前回戦闘した時は、こういう奴じゃ無かった。少なくとも、無言を貫き通す様な奴では無かった。
「──疾!」
爆炎を伴った符を放つ。フェイトを相手にすれば、その曼荼羅の様な高密度の障壁が存在する。それを破りきる事は不可能ではないが、時間がかかる。
しかし、今回はいとも簡単にフェイトの体を貫いた。体は水となって辺りに散ってしまう。
「こいつは……西洋魔法か。確か、
「チッ……野郎、面倒な真似を……」
轟音。次いで、爆発。目を向ければ、屋敷の一角で炎が巻き起こっているのが分かる。それらを確認した後、そちらに行っている可能性が高いとして目標を入れ替えた。
「あっちは屋敷の方だな」
「急ぐぞ。我々の役目はあの少年の相手だ」
符を確認しつつ、瞬動で爆発のあったほうへと向かう。
…………。
ズズズ、と幻像を構成していた水を使った『
幻像で侵入したのは間違いではないが、それは何も先回りする為では無い。より強い
結界がある以上、そう簡単に転移魔法では入れない。無理矢理やれば入る段階で恐らく気付かれてしまう。それをさせない為の策だ。
今は結界抜きでどこも警戒されている。どの道気付かれるなら、それを利用しようと考えた。
あの爆発は、恐らく本山前で戦闘していた者達とは別働隊。本来であれば、フェイトが本命である事は間違ってはいない。だが、過激派からすればフェイトこそ更にもう一つ用意した囮。別の場所から結界を抜けて侵入した者達だろう。
同じ関西に所属しているだけあって、結界の強さも知っていたが、弱所も知っている。抜けるにはどうすればいいか筒抜けなのだ。
鴉部隊とまともにやりあえる者は、恐らく過激派にはいない。フェイトならば本気でやれば全員を石化する事も可能だろうが、多少時間がかかる。目的が誘拐である以上、負ける事前提で足止めをされる可能性が高い。何度か戦闘して実力が分かっているだろうし。
フェイトとしては、それは避けたいところだ。
その為に態々回りくどい真似をして侵入したのだ。早々に仕事を終わらせようと、木乃香を探す。
月明かりに照らされ、屋敷の外に隠れて木乃香の魔力を探る。また鴉部隊に会うのは御免だ。時間稼ぎをされては敵わない。
膨大な魔力を見つけ、転移魔法を使ってその部屋の前に来る。
そして、戸を開けようとして──
「待て!」
「……君は」
──フェイトは、ネギと相対する。